第27話苦悩と責任と

圭悟は、与えられた自分達の部屋へ戻って、バルコニーから海を見た。

そんな圭悟を、皆はソッとしていた。考える時間を与えようと思ったのだ。

圭悟は、思い出していた。あの時、囲まれた中で、詩織は必死に術を放っていた。自分には、助けに行ける余裕もなかった。メグの悲鳴に振り返ると、詩織は倒れ、自分もその瞬間相手の術をもろにくらって倒れた。

メグが必死に張る小さなシールドの中で、圭悟は詩織に這い寄った。シールドの外では、荷を持ち去る敵が見えた。血にまみれた手で詩織の手を掴むと、詩織は言った。

「きっと、もう私はあっちへ戻るわ。」詩織は、死という言葉を使わなかった。「圭悟…私は、忘れないわ。あっちで会える。だから…大丈夫よ…。」

メグが泣いている。圭悟は、頷いた。

「会いに行く。オレも戻るかもしれないが…忘れないよ。会いに行くから。」

詩織は、薄く微笑んだ。

そして、そのまま目を開けなかった。圭悟もその後気を失ったが、気がつくとシュレーと玲樹が顔を覗き込んでいた。自分は、戻らなかった…この世界で、命を繋いだのだ。

しかし、詩織は二度とこちらへは来れない結果になっていた。

こちらでの詩織の墓の前に立ちながら、圭悟は約束を思い出していた。必ず傷を治して、現実へ戻る。詩織に会いに行く…。

しかし、やっと戻った現実は甘くはなかった。

詩織は全てを忘れ、思い出す事を希望に何度も通う圭悟を、厭うようにまでなってしまった。

圭悟は、その時、詩織が確かにあの時死んだ事を知り、初めて泣いた。そして、心の中で詩織に別れを告げたのだった。

そんな思いを、二度としないと誓っていた。もうこちらへは来たくないと願っても、ある日玉は光り、こちらの世界へ来てしまう。逃れられない…。

玉を砕くことも考えた。こちらで魔物に殺されることも考えた。だが、結局は出来なかった。仲間を捨てて自分だけ楽になることは、圭悟には出来なかったのだ。ならば細々とこちらでの仕事をこなそう…。圭悟は、そう決めていたのだ。例え恋人でなくとも、仲間を失いたくはない…。

皆、メインストーリーをこなして、生活に追われることなくこちらでの毎日を楽しむだけになりたいと願っているのは知っていた。こちらへ来ているパーティは、皆そうなのだ。なのに、自分はそれに関わるたと思うと避けたくなる。今回も、脇役なのだろう。それでも、手をつけたくないと思ってしまう。誰か他のパーティが、それをこなしてくれたならと…。

ふと、気配に顔を上げると、そこにはナディアが立っていた。圭悟は、頭を軽く下げた。

「殿下。」

ナディアは、首を振った。

「そのような。ナディアで良いのです。ケイゴ…訳は聞きました。ならば、無理をする必要はないのよ。」

圭悟は驚いた顔をした。意外だったからだ。

「ナディア…なぜ?」

ナディアは苦笑した。

「お兄様には叱られるわね。でも、あなたは前回立派に務めを果たしたのです。ならば、今回まで自分を犠牲にする必要はないわ。王族でもない、異世界からこちらへ来ているあなたが、我らの世界を救うために命を懸ける必要はありません。他のパーティが、諸手を上げて行ってくれるでしょう。なので、我は王女としてではなく、一人の人として言うの。何も、あなたが苦しむ必要はないのだって。」

圭悟は、ナディアをじっと見つめた。美しい王女…その昔、バーク遺跡の神殿で女神ナディアに仕えて居た巫女達と同じ能力を持つゆえに、同じ名を付けられて、王である兄の命のままその責務をこなすために危険な場所へも言われるままに赴く、王族の女性…。

圭悟は、急に恥ずかしくなった。自分は、あの現実社会では一般人だ。なので、この王女や、王のような気持ちは持てない。だが、必死に世の中を守ろうとする、そしてそれから決して逃れられない二人の前で、自分の個人的な感情で役に立てないと言ってしまうのはどうだろう。自分は、死んでもこちらを忘れて現実社会へ戻るだけなのだ。しかし、この世界の住人であるリーディスやナディアは、死んだらそれがそのまま完全な死なのだ。なのに、オレは…。

「…仲間を、失うのが怖いのです。」圭悟は、言った。「もう、二度と失いたくないと思った。自分も、こちらでの全ての記憶を無くしてしまうのが嫌なのです。でも、そんなことを言っていては、いけないのですね。こちらの世界は、今大変なことになって来ている。仲間のうちシュレーは、こちらの住人です。他のパーティに任せて、もしかしてこの世界がどうにかなってしまったら、自分達はあちらの世界に戻るだけですが、シュレーはこの世界と共に居なくなってしまうでしょう。それに、あなたも、リーディス様も、親切にしてくれたシオメルの住人も、皆…。」

言ってしまってから、圭悟は理解した。そうなのだ。ここの全てを失うかも知れない時に、自分の感情がどうのと言っていられないのだ。そんな重要な事を、他のパーティに任せられるのか。あの時王宮で会った、あの律子のパーティのような、バラバラで考え無しのようなパーティが行なって、全てが無くなってしまったら…。そして、自分はこちらで生き残ってしまったら。きっと、後悔で気が狂いそうになるだろう。詩織一人ではない。たくさんの人々を失うかもしれないのだ。

「ケイゴ…。」

ナディアが、じっと圭悟を見つめ返して来る。圭悟は、フッと息を付いて、微笑んだ。

「…仲間と話します。これからの、計画を。ナディア、オレはわかった気がするのです。いつまでも、迷って逃げていてはいけない。」

ナディアは、少しためらっていたが、微笑んだ。そして、圭悟は何かを吹っ切ったように、バルコニーから居間へと入って行った。


居間では、残りの五人が黙って座っていた。圭悟が入って来たのに気が付くと、皆が一様に緊張したような顔をして圭悟を見た。圭悟は、ため息を付いた。

「…さあ、どうする?命の気のことってのは、一体どこへ行けば分かるんだ?」

シュレーが、ホッとしたように力を抜くと、答えた。

「ミクシアに、年老いた巫女がまだたった一人残って居ると聞いた。」シュレーは傍の椅子に腰掛けた。「お前が陛下と初めてお目通りした時に、一緒に居たパーティを覚えているだろう。陛下は、あれらがせめてミクシアからある程度の情報を持って帰って来ることを望んでおられたが、ラキが言う所によると、行方不明らしい。シオメルからクシア湖の方へ向かったのを最後に、消息を絶っている。」

舞が、息を飲んだ。りっちゃん…!まさか、もう…?!

ふら付く舞を、メグが支えた。圭悟が眉を寄せる。

「…やっぱり、打撃技を持っていなかったからか。」

シュレーはため息を付いた。

「恐らくな。そこまで状況が悪くなっているとは、陛下も思っていらっしゃらなかったようだ。まだ生きて居るかもしれないが、それも分からない。腕輪が辿れないらしい。オレ達には、今回ラキとダンキスがついて来てくれることになっている。魔法が使えなくても、ミクシアまでなら行きつける。シオメルから少し分け入ったクシア湖の近くに、ダンキスが出身の部族が住んでいるんだ。そこから、グーラに乗って一気に湿原を越えたら、ミクシアはすぐだ。」

圭悟は、頷いた。

「皆、この仕事を請け負うことに異存はないか?」

シュレーが頷く。舞は、呆然としていたが、こくこくと頷いた。メグも、力強くひとつ、頷く。玲樹が、笑った。

「どんな仕事でも、逃げるのは性にあわねぇよ。また腕が上がるなら、オレはどこにでも行く。」

圭悟は、呆れたように言いながらドアに向かって足を向けた。

「お前は、強い方が女にモテるからだろう?」

玲樹は圭悟に並んで歩きながら答えた。

「それ以外、何があるっていうんだよ?」

皆立ち上がり、圭悟についてドアへ向かった。リーディスにこの仕事を受けると言わねばならない…そして、この世界を救うことを手助けできるものならば。

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