第25話行き帰り
その部屋は、舞が期待した以上のものだった。部屋は三つもあり、入り口を入った所の居間らしい部屋には応接セットと食事をするためのテーブルがあって、そこから両隣に三つずつベットのある寝室があった。その寝室には、それぞれにバスルームがついていて、そこには大きなバスタブがついていた。壁や支柱の全ては、大理石だった。全ての部屋と続いた大きなバルコニーからは、海が良く見えた。
「本当にすごいわ。」メグが、ため息交じりに言った。「想像した以上の部屋よ。ここに一泊でも出来るなんて、とっても幸せ。」
舞も同感だった。現実世界に戻ったら、絶対に泊まれそうにないホテルだ。バルコニーへ並んで出ながら、メグと舞は海を眺めていた。何隻かの船が、南の方向へと進んで行く。あっちがシアの方角なのだ。
「飯、何時にする?」玲樹が、居間からバルコニーへ出て来て言った。「陛下から、一週間ほど待てと言って来た。しばらくゆっくり出来るな。寝る場所にも困らないし、食うにも困らない。」
困らないってレベルじゃないけど。舞は思った。横でメグは言った。
「こんなこと、初めてね。ラクルスに遊びに来たみたい。しかも、ステルビンに泊まれるなんて。」
玲樹は苦笑した。
「オレは籠の鳥の気分だがな。いつものこっちへのトリップなら長くても数か月で、金稼いで遊んで、いい気分転換になるんだが、メインストーリーが始まったとなればそうはいかねぇ。面倒なく終わってくれたらと思ってるよ。」
舞は、聞きたかったことを、今聞こうと思った。
「不思議だったんだけど、どうしてこっちへ飛ぶの?それに、どうしたらあっちへ戻れるの?」
玲樹とメグは顔を見合わせた。
「…それは、オレ達にも良く分からないんだが、最初にオレ達がこっちへ来たのは、ゲームセンターのオンラインゲームでしこたま遊んで帰ろうとした時だった。」玲樹は思い出すように海の方を見て言った。「オレがよく通ってた所へ、圭悟とメグを誘って行ったんだ。その帰り、三人で歩いてたら、目の前に変な光の閃光が走って…気が付いたら、こっちへ来てた。姿もこれ。いきなり役所の中だったな。」
メグは頷いた。
「そうそう。役所の職員は慣れた様子で、初めてですか?ってね。で、腕輪を着けられて玉を貰って。いきなり放り出されて途方に暮れていたら、役所から出た私達にディクが近付いて来て、何も知らない私達の情報屋になったのよね。」
玲樹は苦々しげな顔をした。
「そうなんだよ。今なら絶対あいつなんか選んでないぞ?いっつも安い仕事ばっかり持ってきやがって。」
メグは苦笑した。
「まあまあ、ディクもスポンサーが居なかったから困ってたんだから。そのあと、シュレーを紹介してくれたじゃない。」
玲樹は頷いた。
「まあな。必死に訳が分からないまま魔物退治なんかをして四苦八苦していた時に、軍を退役したばっかりの手練れが、入るパーティを探してるから指南してもらえって言ってさ。シュレーが居なかったら、今のオレ達はない。感謝してるよ。」
舞は、消沈した。じゃあ、やっぱり皆、訳が分からずここに来てるんだ…。
舞の表情を見て、玲樹が言った。
「ま、お前は特殊だな。オレの玉を拾って、たまたまこっちへ呼ばれてた時だったから来ちまった。心配しなくても、メインストーリーに関わるような仕事を任されない限り、すぐに帰れるさ。オレ達も前回のメインストーリーが進行してる最中、行ったり来たりしてたんだ。たまたまシオメルであのパーティに出逢って仕事を請け負ってしまったから、関わっちまってそれから帰れなくなっただけで。」
メグが、咎めるように玲樹を見た。
「ちょっと玲樹、舞はあれを知らないから…。」
舞は、首を振った。
「知ってるよ。シュレーが教えてくれたから。もう仲間だからって。」
メグは、驚いた顔をした。
「え、舞それで…嫌になったりしなかった?同じ、攻撃型の技を持ってるのに…。」
シオリと、とはメグは言わなかった。舞は首を振った。
「ううん、平気。だって、その人と私は違うし。知って良かったよ。だって、この世界の死ってどういうものか分からなかったから。もっと頑張らなきゃって思った。こっちのこと、忘れたくないし。」
玲樹は、驚いたような顔をしていたが、ニッと笑った。
「お前って、詩織より元気なんだよな。あっけらかんとしてるっていうか。ま、色気もないんだけどよ。」
舞は、表情を変えた。
「ちょっと!何よそれ!どうせ出るとこ出てないわよ!」
その騒ぎに、シュレーと圭悟が出て来た。
「なんだ、何を騒いでる?晩飯の時間でそんなに揉めるのか。」
シュレーが言うのに、舞は横を向いた。
「だって、玲樹がすっごく失礼なんだもの。別にいいけど。」
圭悟が不思議そうに言った。
「晩飯が、失礼?」
舞は首を振った。
「もう、いいの。晩御飯の時間は私はいつでもいいし。私は、ここからどうしたら帰れるのか、どうしたらこっちへ来るのか、それが知りたかっただけ。なのにこんな話しになって。」
シュレーが舞を見た。
「うーん、それはオレにも分からないな。いつも、急に来るんだ。ディクが気取ってオレに知らせて来る。で、ある程度こっちで過ごしたら夜寝るぐらいにふいに帰って行く。こっちの情勢が変わって来たらそろそろかなって分かるようになっては来たがな。」
舞は、シュレーを見た。
「じゃあ、私達があっちへ帰ってる間も、シュレーはこっちで一人で時間が過ぎてるの?」
シュレーは頷いた。
「時間にずれはあるようだが、そうだ。オレはその間一人であちこち回っていろいろ情報を仕入れたりしてるけどな。」
舞は、コートを脱いだ自分の肩に掴まっているチュマを見て言った。
「…じゃあ、私が帰ってる間、チュマにも時間が流れるんだ…。」
シュレーは、嫌な予感がした。もしかして。
「マイ、あのな、オレはペットなんてもんは…、」
「お願い!」舞はシュレーを見上げて言った。「シュレーにしか頼めないもの。私がもし帰ったら、その間チュマの世話をお願い。その辺に置いてたら、食べられちゃうかもしれないんだもの。」
シュレーは困った顔をした。圭悟が見かねて言った。
「舞、ヒョウがプーを連れてたらおかしいだろう。ディクにでも頼んで、どこかで世話してもらえるようにして…」
舞はうるうるとした目で圭悟を見た。圭悟はその目にグッと黙った。メグが、助け舟を出した。
「じゃあ、シオメルのレムさんとマイユさんに頼んでみようよ。」皆が、メグを見た。「いつもシオンに行くんだから。シオメルまでチュマを迎えに行けばいいじゃない。シュレーには私達が帰ったら、チュマをシオメルに連れて行ってもらって置いたらいいんじゃない?」
シュレーは、急いで頷いた。
「それぐらいならオレもするぞ!ずっと連れて回るのは無理だが。」
舞は渋々頷いた。
「わかった。今度会ったら頼んでみるよ。」
皆ホッと肩を撫で下ろした。そもそも、プーを飼うことになるなんて誰が想像出来ただろう。だが、そこは皆こちらの世界で思い思いに好き勝手やっているので誰も言わなかった。
「じゃあ、殿下のご都合に合わせようか。」圭悟が、口を開いた。「晩飯のことだ。一緒に食べた方がいいだろう。聞いて来るよ。」
圭悟がバルコニーから出て行く。玲樹もぶらぶらと居間へと入った。
「ロビーにでも出て来るよ。ここで居ても何もすることないしな。」
メグがそれを追って居間へ入った。
「待って、私も行く!何か飲みたいし。」
皆が次々に出て行くのを見て、シュレーは舞と取り残された。舞が何も言わないので、少し困ってどうしようかと考えていたが、言った。
「じゃあ、オレ達は剣と、お前のその槍の練習でもするか。」
舞は、顔を上げた。槍の練習か…。
「そうね。今は魔法が使えないし。呪文より、そっちが先よね。」
シュレーはホッとしたように頷いた。
「さ、じゃあ海岸へ行こう。日が暮れるまで特訓だ。腹が減るし、丁度いいだろう。」
舞は笑った。
「もう、ちょっと空いて来てるんだけど。」
二人は、海岸へと出て行った。
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