第24話再びラクルス

次の日、日が昇り始めた頃、一行は食事を済ませてラクルスへ向けて歩き出した。

ミーク平野も奥へと進むと、段々に魔物も少なくなって来る。軍人達に守られた舞達は、なんの問題もなく徒歩で旅を終えることが出来た。

ラキとダンキスが並んでシュレーに向かい合った。

「シュレー、オレ達はここまでだ。少しの間でも話せてよかった。」

ラキが言って、シュレーと握手を交わす。ダンキスも横から言った。

「何かあったら、いつなり連絡をくれよ。いつでも飛んで行くからな。」

シュレーは笑った。

「すまない。今回は助かった。また、情報をもらいに行くかもしれない…いろいろと、気になる事があるからな。」

ラキが、表情を曇らせた。

「…何が訊きたいか、分かる。だが、オレ達には話せることと話せないことがあるのだ。時が来たら、話せると思う…恐らく、陛下から何らかのご説明があるだろう。その時を待て。」

ダンキスも頷いた。

「直に時は来る。シュレー、また一緒に戦える時が来るのを待っておる。」

シュレーが黙って頷くと、二人は舞達に会釈して、兵を引き連れバルクの方角へと去って行った。

それを見送った六人は、ラクルスの方角を見て、ルクシエムの職員達を見た。

「さあ、あと少しです。ラクルスから船に乗ってバルクへ帰れますからね。行きましょう。」

圭悟が言うと、職員達は頷いた。疲れているようだが、表情は明るい。

そして、圭悟を先頭に、ラクルスへ向けて歩き出したのだった。


ラクルスは、いつもの同時期よりも訪問客は少ないようだった。やはり、命の気の少なさと、都市部への魔物の出現頻度の高さが影響しているのではないかと思われた。

職員の責任者である、トーマが進み出て圭悟、そして玲樹、シュレーと握手をした。

「本当にいろいろとありがとうございました。では、これからバルクへ向かい、王宮へ参ります。」

圭悟が頷いた。

「大変なめに合われたのですから、しばらくは休んでください。亡くなられたかたは、残念でしたが…。」

トーマは暗い顔をした。

「私が、亡くなった四人の家族に直接訪問して話します。早く遺体を回収して連れて帰ってやりたい。」

玲樹が、深刻な顔をした。

「それはしばらく難しいだろう。季節もだが、この命の気の異常が何とか出来ない限り、ルクシエムの復興は出来ない。オレ達が起こした火事と破壊の跡を片付けるには、魔法の力が不可欠だからな。ミガルグラントは、あれが全部じゃない。いくらでも原野の奥地から出て来るだろう。」

トーマは、頷いた。

「わかっています。でも、仲間を助けたいと思う…例え、死んでしまっていても。」

シュレーが、思い出したように自分の腰にある小さなバッグを開いて、そこから腕輪を取り出した。

「これを。」シュレーは、トーマにそれを差し出した。「ヨークの腕から、せめてこれだけでもと思って、あの時持って来たものだ。ご家族に渡してやって欲しい。」

トーマは、それを受け取って見つめた。見る見る涙が浮かんで来る。それを必死に抑えて、トーマは言った。

「…ありがとうございます。これを持って、奥さんに所へ報告に行きます。」

シュレーは、黙って頷いた。トーマが皆に向けて深々と頭を下げると、後ろに居た他の職員達も頭を下げる。そして、駅の中へと去って行った。

「早く、この異常が正されたらいいが。」シュレーが、誰にともなく言った。「恐らく、メインストーリーが始まっているんだ。どこかのパーティが旅を始めたんだろう。突然に、状況が表面化して動き出した…前の時も、そうだった。」

圭悟が、険しい顔をした。

「…だから、一斉にいろんなパーティがこっちへ来てるのか。いつもなら、思い出したようにぱらぱらとしか行ったり来たりしないのに。」

玲樹がため息を付いた。

「あーあ、今回は長いぞ?前回を覚えてるだろう。メインストーリーが終わるまで一年、圭悟の怪我が治るまで一年。足かけ二年戻れなかった…オレ、しばらくあっちで整備の仕事に手間取って困った。思い出すまで時間が掛かっちまって。」

舞は、懸念していた通りの事を玲樹が言ったので、やっぱり、と口を開いた。

「私も、それを心配してたの。こっちへ来てる間、私の時間は進んでいるのに、戻るのはこっちへ来たあの日のあの時間なんでしょう?あの日の前日のことだって、今でもはっきり思い出せないのに…生活に支障が出るんじゃないかって…。」

玲樹が舞を振り返った。

「確かに戻った最初は大変だ。前日に頼まれたこととか、全く覚えてない。だからこっちへ来るようになってから、いつ帰れるか分からないからその日にあったことをメモるようになったぞ。オレは日記書くタイプじゃなかったのに。」

それは舞も一緒だった。面倒で、日記も付けていなかった。だから、今回だってこっちへ来る前までのこと、何も書いていなかった…。

舞が黙ったので、圭悟が言った。

「とにかく、ここで立ち話してても仕方ない。陛下がステルビンで待てと言ったんだから、そっちへ行こう。話しはそれからだ。」

舞は頷いて、皆と一緒にそのホテルへと向かったのだった。


「うわ…。」

舞は、そのホテルの前に立って絶句した。大きな総大理石造りのその建物は、不必要に入り口は大きく、そしてなだらかな階段と、円弧を描いたスロープがついていた。白い大理石の上に、赤い絨毯が敷かれてあって、中へと続いている。豪華なホテルに付き物の噴水は、ホテルの横に人工的に作られた滝の前にいくつも並んでいた。大きなガラスの扉の向こうには、キラキラ光る広いカウンターテーブルや、天井から照らす大きなシャンデリアなどが見えた。

「いつも外から見るだけだったのよ。」メグが緊張気味に言った。「何しろ一泊20000金からなのよ?普通の人は泊まれないわ。この大きさで、部屋は30しかないんですって。つまり、一つ一つが大きくて、同じ部屋なんて一つもないらしいわ。本当にここで待つの?」

もはやその価値を知っていた舞は仰天した。つまり、20万円からってこと?!

「六人居るのよ?!一泊しても凄い額じゃないの!」

玲樹がさして気にしていないように歩き出しながら言った。

「何言ってんだ、自腹じゃなし。殿下も居るのにその辺のホテルってわけにはいかないんじゃねぇか?いいんだよ、この機会に中を拝めるなんて最高じゃねぇか。」

ナディアもそれに続いた。

「我はお兄様とラクルスへ来たらいつもここですの。大丈夫、お兄様がここで待てとおっしゃったのだから。」

舞は、プーを奥へ突っ込んで小声で言った。

「プー、絶対出て来ちゃダメよ。」

そして、かちこちになりながら、美しい絨毯の上を恐々歩いて皆について行った。


圭悟がためらっていると、シュレーが進み出てフロント係の男性に行った。

「ナディア殿下と、その連れの者だ。こちらへ宿泊したいのだが。」

フロントの男性はハッとした顔をしてシュレーを見て慌てて頭を下げた。

「これはシュレー将軍。殿下。王宮よりご予約は承っております。」

シュレーは顔をしかめた。

「オレはもう軍を離れた。一パーティとして殿下の護衛を陛下より命じられているだけだ。」

男性は驚いた顔をした。

「これは失礼致しました。では、こちらを。」男性は六枚のカードキーをシュレーに手渡した。「朝夕のお食事を承っております。お好きなお時間にどちらへでもお届け致しますので、ご連絡ください。」

シュレーはそれを受けとると、頷いて皆を促し、ナディアと玲樹以外固まっているのに苦笑しながらエレベーターへと向かったのだった。

エレベーターの中で、メグが言った。

「食事をどこへでもって、外に居ても?」

シュレーは頷いた。

「そう。海に居てもカジノに居てもそこへ持ってくる。至れり尽くせりだろ?」

玲樹は伸びをしながら、止まったエレベーターのドアから出て言った。

「へえ?じゃあ、アイマへ持ってきてもらうか。オレは今夜あっちに泊まるしさ。」

圭悟が呆れた顔をした。

「また行くのか。ちょっとは慎め、いつ陛下の使いが来るか分からないのに。」

舞は小声でメグに聞いた。

「アイマって何?」

メグは答えた。

「サラマンデーと同じ。」

舞は眉を寄せた。どこへ行っても行き付けのそんな店があるじゃないの。

シュレーが言った。

「レイキ、今回は慎め。ちょっとややこしい事になって来ているんだ…離れるのは良くない。ほとぼり冷めるまでは一緒に居た方がいい。」

玲樹は、ふて腐れたように横を向いた。

「なんだよ、分かった。全く、自分が全く興味ないからって。」

シュレーは、戸の前で立ち止まって言った。

「別に興味がない訳じゃないが、オレの姿でどうしろって言うんだ。子供でも出来たらややこしい事になるだろうが。」

玲樹は、自分のカードキーを戸に翳した。

「子供が出来たらオレでも圭悟でもややこしい事になるんだよ。もう分かったって。ここでおとなしくしてるよ。」

玲樹はそこへ入って行った。シュレーはため息をついてナディアを振り返った。

「殿下の御前で失礼を。殿下は、お隣の部屋ですので。このキーを。」

シュレーは、色の違うカードキーをナディアに渡した。

「我も共で良いのに。」

ナディアは、戸惑い気味にそれを受け取って言う。シュレーは首を振った。

「宮殿からそのように予約がされておるのですよ。何かありましたら、すぐに駆け付けますので。」

ナディアは頷くと、こちらを振り返りながら、隣の角部屋へと入って行った。舞とメグは、シュレーについて目の前の部屋へと入ったのだった。

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