第23話この世界での死は

兵達が用意してくれた食事をして、これからの道筋の説明を簡単に受け、暮れてきた日に皆寝袋を手に遺跡のあの部屋にバラバラに横になった。

舞達が待つように言われたステルビンホテルは、メグが言うには最高級ホテルで、なかなか宿泊出来る所ではないらしい。ラクルスはリゾート地で、夏でも涼しく、冬は温暖な気候なので皆が休暇に訪れる場所らしかった。それが、ほんの少し北へと移動しただけであれほどに荒れて極寒の地になる…。舞は、身震いした。現に、舟遊びの際に流されて北へ上ってしまい、寒さに命を落とす者も居るのだと言う。

ラクルスへ戻れば、これで請け負った仕事も終わる。舞は、いつまでここでこうして生活するのだろうと思った。段々に慣れて来て、こちらでもどうすればいいのかが分かって来たのだが、それでも、まだあの現実社会のことが頭から抜けなかった。同じように働いている、律子が気に掛かる。違うパーティで、同じように戦っているなんて…もし、危ない仕事で、命を落としてしまったら…。

舞は、ふと思った。こちらでの死とは、何なんだろう。こっちで自分が死んでしまったら、あっちの自分はどうなってしまうのだろうか。

考え出したら眠れなくて、横でもう寝息を立て始めたメグを起こさないように、そっと舞は寝袋から出て遺跡の階段を上がり、外へ出た。

満天の星空だった。相変わらず、月はピンク色っぽくて二つある。ここが嫌いな訳ではないが、自分は何のためにここへ来たのだろう…。ここで何年も過ごすことになって、あちらのあの時点での生活に戻ったとして、仕事は滞りなく出来るんだろうか。今度はあっちでの常識が分からなくなってしまうんじゃないか…。

考え出したらきりがなかったが、舞は気になって仕方がなかった。

「風邪をひくぞ?」シュレーの声が、後ろから飛んだ。「この辺りはまだ寒いだろう。」

舞は振り返った。シュレー…。シュレーは、この世界でヒョウの姿で生きているんだ。あちらでの記憶を、ほとんど全て失って。

「シュレー。」舞は言った。「考えていたの。この世界で、もしも私が死んでしまったら、どうなるの?あちらの私も死んでしまうの?」

シュレーは、舞に並んだ。

「知らなければ、気になるだろうな。」シュレーは言って、星を見た。「こちらでの死は、お前達の現実世界には関係ない。しかし、こちらでは完全に死ぬ。つまりは、こっちへは二度と来れなくなるんだ。」

舞は、なぜかそれが軽いもののような気がした。こちらの世界の住人は死んでしまうのに、自分達はこっちではただ来れなくなるだけなんだ。

「じゃあ、命を失う訳じゃないのね。」

シュレーは、しばらく黙った。そして、舞を見た。

「舞、こちらでの死は、やっぱりこちらでの死なんだ。つまり、こっちに二度と来れなくなる上に、こっちの記憶も全て消え去る。つまりこっちで死んだら現実社会のお前は、全て無かったこととして毎日を過ごすことになるんだ。オレ達のことも忘れてしまう。こちらであった、全てをな。」

舞は息を飲んだ。何もかも?

「…そんな…何もかも簡単に忘れてしまうの?」

シュレーは頷いた。

「そう。何もかもな。オレは、パーティの仲間をこっちで失った奴らをたくさん知ってるが、皆そう言っていた。思い出させようと話しても、一切覚えていないらしい。終いにはこちらが頭がおかしいと思われてしまう始末だとさ。」

舞は下を向いた。何もかも…まだ少ししかここに居ないのに、私はこれを忘れたくないと思っている。シュレーのことも、シオメルの優しい夫婦のことも。この景色も…。

「じゃあ、死ねないわ。私、もう帰れないのは困るけど、ここのことを忘れたくない。」

シュレーは黙って頷いて、少しためらった。何かを話そうか悩んでいるような顔だ。舞はシュレーの顔を覗き込んだ。

「なに?どうしたの?」

シュレーは舞を見た。

「…お前はもう、仲間なんだから言っていいだろう。」舞が怪訝な顔をすると、シュレーは続けた。「オレ達は、一人仲間を失ってるんだ。ケイゴが大怪我をした仕事があったと言ったろう…あの、前回のメインストーリーに絡んだ仕事だ。」

舞は、身を乗り出した。そう、気になっていたけど、聞けなかった。

「いったい、どんな仕事だったの?」

シュレーは空を見上げた。

「一見普通の旅だったさ。リーマサンデに、荷を運ぶってやつだ。たまたまシオメルで会った羽振りのいいパーティの奴らが、自分達は他の事で行けないから、代わりに行って欲しいと頼んで来た。奴らはデルタミクシアに行くというし、オレ達は旅費もせしめて、船でシアへ抜けてリーマサンデへ入った。あっちで魔物退治を依頼されて、オレとレイキは小金を稼ごうとそれに、ケイゴとメグと、もう一人攻撃技が得意だったシオリは、荷運びにそれぞれ分かれて向かった…」シュレーは、口を引き締めた。人なら、きっと唇を噛み締めたのだろう。「その後、腕輪が光っていたから戦っているのは知っていたが、オレ達は離れていた。こっちも魔物退治してたしな。待ち合わせの港で待っていたら、来たのは泣きじゃくったメグだけ。ケイゴは、重体で、依頼したパーティの奴らにシアへ運ばれていた。そして、メグからシオリが死んだ事を聞かされた。オレ達が会ったパーティはメインストーリーを進行中の奴らで、運んでいた荷は、命の気を調整するのに必要なものだった。リーマサンデと命の気を分け合う事に反対の、ライアディータの奴らに襲われたんだ。そんな危険な物と知っていれば、オレ達は離れなかったのに。」

舞は、わき上がって来る感情に耐えきれず、涙を流した。

「だから…圭悟さんは…。」

シュレーは頷いた。

「ケイゴはシオリの恋人だったからな。こっちで知り合って、そうなってた。現実社会へ戻って会いに行ったらしいが、シオリは何も覚えてはいなかった。何度か足を運んだが、しまいには変な人と避けられるようになってしまったらしい。それは、メグから聞いたがな。ケイゴは、それから二度とシオリには会いに行かなかったのだと。」

舞は、圭悟の気持ちを思った。どれほどにつらかっただろう…目の前で恋人を死なせ、自分も重傷を負って、現実社会でも忘れ去られて…。

だから、あれほどメインストーリーを警戒するのだ。舞は、分かった気がした。

「…やっぱり、こっちでの死も、同じように重いんだね。」

舞が言うと、シュレーは頷いた。

「そう。本当にこっちの世界では死んでしまうんだからな。こちらでの体の機能は停止し、屍になる。だから、もしもマイがそうなったら、オレから見たら二度と会えないし、お前達の現実社会と同じぐらい重い事なんだ。」

舞は頷いた。

「わかった。私、絶対死なない。シュレーのこと、忘れたくないし。」

シュレーは驚いた顔をした。

「舞…。」

舞は、星空を見て立ち上がった。

「私は、もうこっちの住人でもあるんだから。がんばってあっちとこっちで生きてみせるよ。ね、シュレー、いろいろ教えてもらわなきゃ。私が生き残って行けるように、手伝って。」

シュレーは同じように立ち上がると、微笑んだ。

「ああ。じゃあまずは、もっと呪文を覚えなきゃなあ。それから、得意でない氷とか水の魔法も一応は練習しておけよ。今までは炎が有効な魔物ばかりだったが、炎系の魔物なんかが出たら炎は逆に元気になっちまうぞ?」

舞は顔をしかめた。

「えー?勉強ー?呪文たくさん覚えたら、絶対どれがどれか忘れちゃうもん。あーあ、短い呪文の魔法ばっかじゃ駄目?」

シュレーは、声を立てて笑った。

「おいおい、生き残りたいんだろうが?全く困った奴だ。」と、舞を促した。「さ、もう寝よう。明日はまた少し歩かなきゃならないぞ。ラクルスに着いたら、しばらく遊べるが、その間に呪文を教えるよ。」

舞は微笑んだ。

「乗馬もね?」

シュレーは、微笑み返した。

「乗馬もだ。さ、戻ろう。」

シュレーと一緒に遺跡の中へ降りて行きながら、舞はなんだか不思議な気分だった。シュレー…人だったけど、今はこの世界に住むヒョウ。いつも気に掛けて、助けてくれるひと…。

舞は、自分の中に芽生えている気持ちに、まだ気付かずにいた。

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