第21話合流
天気が荒れている。
おかげで、暗くなって来るのが早かった。それでも、常に走っているような状態であったため、気が付けば海を右に見ながら走っていた。
「船があれば、ここを下れるから、ラクルスで待つことが出来たのに。」
圭悟は首を振った。
「一応10人乗りのゴムボートは持っているんですよ。だが、この天気では海上は危ない。やっぱりこのまま陸から落ち合い場所へ向かった方が賢明です。」
トーマは、残念そうに頷いた。
「そうですね。確かに波が高い。焦ってしまって…あと、どれぐらいですか?」
圭悟は、スピードを落として腕輪を開いた。
「…ここから、あちらの方角。」圭悟は、吹雪の中を指差した。「もう一時間も掛からないでしょう。吹雪のせいで見通しが効かなくて、見えないだけです。晴れていたら、もう見えているでしょうね。」
背後の、ナディアが言った。
「たくさんの命を感じます。もう、あちらでもこちらを認識しているでしょう。」
トーマは、少し明るい顔をした。
「では、急ぎましょう。軍との合流を。」
頷いてスピードを上げかけたその時、その時先頭だったメイヤンが前から突然に吹き飛ばされて圭悟の足元に転がった。
「メイヤン!」
トーマが、慌ててメグを降ろすとメイヤンに駆け寄った。他の四人も、前から転がるように青い顔をしてこちらへ走って戻った。圭悟もナディアを降ろすと、剣を抜いた。
「ラグーでしょう。下がって居てください。ここでは、魔法は使ってはいけない。回りのラグーが皆寄って来てしまう。」
皆は、固唾を飲んで後ろへ下がった。メグは、いつでも回復術を使えるように杖を構えた。だが、魔法を使うことは皆の命を危険に晒すことになってしまう…。
圭悟は、吹雪の中目を凝らした。そこには、三頭のラグーがこちらに襲い掛かろうと構えているのが見える。圭悟はたった一人でそれに対峙していた。
舞は、昨夜徹夜だったことも手伝って、シュレーに担がれて走っていて、酷く揺れる最中でもうつらうつらしていた。眠いものは眠いのだから、いいかと割り切っていた。
玲樹は、ハッと腕輪を見た。
「シュレー!」
シュレーは、同じように腕輪を見て、それが光っているのを見て眉を寄せた。
「圭悟だ!ラグーを避け切れなかったか。向こうはきっと攻撃出来るのは圭悟一人なのに…」
玲樹は、走りながら腕輪を開いた。
「くそ!海に近い方向だ。オレ達の現在位置からだと軍との落ち合い場所を挟んで向こう側だ!」
シュレーがスピードを上げた。
「とにかく軍が気取ってくれることを祈ろう!オレ達も急ぐぞ!」
舞は振り落とされないように体を安定させようと、眠っているのに無意識にシュレーの背中にしっかり抱きついていた。シュレーはその方が安定して走れるので、より一層スピードを上げられるようになった。
チュマは苦しそうなのでシュレーの胸元に移っていた。
圭悟は、剣だけでラグーに挟まれながら倒そうと戦っていた。向こうも、命の気の必要な魔法攻撃はしてこない。ただ鋭い爪と、その角で圭悟を一突きにしようと向かって来た。
腕輪が光っているのが目に入り、恐らくシュレーも玲樹も、自分が戦っているのは知っているはず。きっとこっちへ向かってくれているだろう。それまで、果たして持ちこたえるか…まだ、周囲には魔物の気配がするからだ。
圭悟は、息を切らせて二体を倒した。後ろでホッとしたような声が聞こえる…圭悟は、手を上げた。
「まだ、来るんじゃない!」圭悟の息は乱れていた。「まだ、側に居る!」
言った通り、再びラグーが現れた。圭悟はまた、剣を振りかぶって向かって行った。
「…お一人では、限界がありまする。」ナディアが言った。「我には、魔法能力しかない…圭悟を助けるには、どうしたらいいの…。」
メグは、唇を噛んだ。自分もそうだ。舞は、後からこの世界に来たのに、すんなりと魔法も直接攻撃も出来るようになった。なのに自分は、いつまで経っても魔法しか出来ず、もうそれだけでいいと皆が言うのに甘えて、そんな努力はして来なかった。だから、杖も直接攻撃出来ないもので…。
闇雲に向かって行きたいが、自分がこの世界へ来た時に着ていた服はシスターのような長い服。足元が上手くさばけず、あんなにさくさく動けない…。舞は、ミニスカートで中に短いスパッツのような物を履いていた。動きも素早くて、既に皆の役に立っているというのに。
ルクシエムの職員達と、ただそこに茫然と突っ立っているだけの自分に、メグは本当につらかった。
圭悟は、疲れて息を乱していた。
もう、何頭目のラグーなのだろう。しかし、倒しても倒しても、群れであるラグーは次から次へとやって来る。回りを囲まれながら、圭悟はひたすらに斬りまくった。救いは、あちらも魔法攻撃をして来ないことだった。命の気が少ないので、使いたくても使えないのだろう。もしも、ここで魔法を使ってしまったら、一体どうなるのか。考えただけでも怖かった。ラグーどころか、もっと別の魔物までおびき寄せてしまうのではないか…。圭悟は、段々と力が入らなくなって来る一太刀一太刀を、ただ、必死だった。
「圭悟!後ろ!」
メグの声が遠くに聞こえる。吹雪の中、それでなくても目視よりも気配で感じ取っていた魔物たちの位置を、それでも圭悟は目を凝らして振り返って見た。その瞬間、圭悟の剣が手から飛んだ。
「ああ!」
ナディアの悲鳴のような声が聞こえた。圭悟は咄嗟に転がって剣を追い、その柄を掴んだ。仰向きのまま振り返ると、そこでラグーが大きく前足を上げて圭悟を勢いで踏みつけようとしていた。圭悟は闇雲に剣を向けた。回りは寄って来るラグーに囲まれて起き上がれるかどうかも難しいような状態だ。
…無理かもしれない。
圭悟がそう思ってふと、自分の住む現実社会のことが頭をかすめた時、突然に回りのラグー達が咆哮を上げてバタバタと倒れ出した。
何事かと半身を起して目を凝らすと、そこには大勢の甲冑を着た男達が、剣を振りかざしてラグーを手際良く斬り捨てて行く姿があった。
圭悟が呆然としていると、そのうちの一人がこちらへ向かって歩いて来て、圭悟に手を差し出した。背が高く、すらりとした紫のような長い黒の髪の、切れ長の目の男だった。
「圭悟殿か?私はラキ、王からの命でお迎えに参った。」
圭悟は、ラキに引っ張られて立ち上がった。回りに、他の兵達が膝を付いてラキに頭を下げる。スキンヘッドの体格のいい一人は、ラキに並んで立った。ほんの10人ほどであったが、あの数のラグーをもう倒してしまったらしい。圭悟は言った。
「助かりました。脱出の際に、ミガルグラントから逃れるために、二手に分かれたのです。まだ、三人が残っています。」
ラキは、遠く平原のほうを見た。吹雪で、先は良く見えないが、何かを感じ取ろうとしているようだ。
「…こちらへ、三人が向かって来ている。あれか。」と、傍に立つ兵に言った。「ダンキス、そっちを頼む。もう少し平野の奥へ戻れば、ラグーも少ない。五人連れて行け。遺跡で落ち合おう。」
ダンキスと呼ばれたその男は、頷いた。
「わかった。オレ一人で充分だがな。」
ラキは苦笑した。
「分かっているが、今は何があるか分からん。」と、膝を付く兵達に合図した。「行け。」
ダンキスは気が進まないような風であったが、仕方なく五人を従えて、吹雪の中に素早く消えて行った。ラキはこちらを向いた。
「殿下もご無事で何よりだ。女性は輿に乗ると良い。」と、腰から小さな四角い物を出したかと思うと、それに何か唱えて大きくした。「兵達に運ばせる。ここから南南東に一キロほどの所に、小さな遺跡がある。平野に入るので、天気もここまで悪くないだろう。そこで、お仲間と落ち合おうと思う。」
圭悟は頷いた。メグとナディアは、輿という担架を大きくしたような形で、座る所が付いている物に二人で前後に並んで座り、兵達に担がれて進むことになった。
圭悟は、戦い疲れてふらふらになった足で、なんとか踏ん張ってその遺跡へとラキに従って歩いて行った。
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