第20話焼失
舞と玲樹が並んでガラスの前に立つ。
下へ降りたナディアに、シュレーが言った。
「こっちはいいぞ!始めてくれ!」
下では、トーマがナディアに頷き掛けた。ナディアは、目を閉じて気を発した。
上で見ていた舞は、息を飲んだ。にわかにミガルグラント達が騒ぎ出し、気が出ている方向へ行こうと我先にと隔壁に体当たりする。その度にズン、ズンと舞達が立っている場所も振動した。見る間に通路から別のグラント達もなだれ込んで来る。トーマの叫びが下から聞こえた。
「全部入った!閉じます!」
トーマは、四つの隔壁を閉じようとボタンを矢継ぎ早に押し、そして溶鉱炉の点火スイッチを押した。隔壁の戸がガラガラと音を立てて次々に落ちて行く。そして、溶鉱炉に無事に火が入ったのが見えた。シュレーが下に向かって叫んだ。
「圭悟!行け!」
圭悟は皆を連れて指令室を出た。シュレーは、ガラス窓から下を見た。下では、14体のグラントが溶鉱炉からの熱を感じて飛び回り始めている。
「よし、間違いなく入ってるな。レイキ、マイ、やれ!」
舞は、玲樹に合わせて力を放った。
離れた位置から、ナディアがこちらへ気を送って来るのが分かる。その力を受けて、二人の魔方陣は足元に繋がって開き、一気に溶鉱炉に向けて流れ込んだ。
爆発的な炎が溶鉱炉から吹き出し、工場内は一瞬の内に炎に包まれた。
「ギャアアアア!」
悲鳴のような鳴き声が、隔壁をビリビリと伝わって来る。グラント達は、暴れまわっていた。
「きゃあ!」
舞は、目の前のガラスに必死に爪を立てる炎に包まれたグラントに驚いて叫んだ。そうか、グラントは飛べる…。でも、燃えているのに!
バシッ!バシッ!と音がする。グラントが、ガラスに体当たりしている…熱も手伝って、ガラスはきしんだ。辺りにも、きな臭い煙が立ち込めて来た。
「…そろそろだ。行くぞ!マイ、レイキ!」
シュレーが叫ぶ。すぐに三人は階段をかけ降りてバリケード側の扉を出た。そこは、もう煙に包まれて熱を持っていた。シュレーが衿を上げた。
「煙を吸うな!行くぞ!」
狭いバリケードの間を、熱と煙に襲われながら三人は進んだ。しかしそこを抜けた時、目の前に炎が吹き出していた。最初に工場側から抜けた時に通った、あの場所だった。
「これじゃあ来た道を戻れないな。」
玲樹が言う。シュレーが、横を見た。
「北側から上に上がろう。」
三人は階段をかけ上がった。熱はまだ追い掛けて来る。そして、グラントが体当たりしている音も振動もまだ聞こえていた。そのまま、一気に地下一階から一階までかけ上がった。
その時だった。
物凄い振動共に、何かが砕ける音が聞こえて来て、そして建物自体が激しく揺れた。
「破りやがったか!」
玲樹が叫んだ。シュレーは、舞を肩に担いで走り出した。
「急げ玲樹!ここから出るんだ!」
二人は必死に廊下を駆け抜けた。舞はシュレーの背に手を付いて顔を上げ、後ろを見る。炎がまるで生き物のように触手を伸ばし、迫って来ていた。そして、その炎と共にグラントの手が、辺りをまるでクッキーでも崩すかのように破りながら追って来ているのが見えた。
「ああ!グラントが!」
舞は叫ぶ。シュレーも玲樹も振り返らない。ただ前を見て必死に走った。
前方に開いた戸が見えた。シュレーと玲樹は外に飛び出し、そして、とにかく建物から離れようと壊れた塀を乗り越え、外へと出た。
「ギャアア!」
グラントの、掠れた鳴き声がする。玲樹が舌打ちした。
「まだ死なねぇのか!しぶとい野郎だ!」
シュレーは少し振り返った。
「…だが、かなり弱っている。始末しよう。オレが回復に回る!マイ、レイキ、やれ!」
舞は、シュレーに下ろされてふらふらしながら杖を構えた。玲樹も息を荒げながら、詠唱に入る。二人はほぼ同時に叫んだ。
「火炎砲!!」
二人の大きな二つの炎の玉は、燃えながら飛んで来ていたそのグラントに直撃した。そのグラントは、まだこちらへ来ようと構えるような仕草をしたが、結局はその場に消し炭のようになって倒れた。
舞は、なぜか憐みを感じた…グラントも、何かを求めて必死であったような気がした…。こんな風に感じたのは、私だけ?
そんな複雑な思いを胸に、三人は、明けて来る空の下、軍との合流地点目指して進んだのだった。
「急げ!早く、一刻も早くここを離れるんだ!」
圭悟が必死に皆を急かして塀を乗り越えた。後ろから、煙が追って来ている。残っている三人が心配だったが、そんなことを言っていられない。ここには、その三人が逃がそうとした九人が居た。
「ああ、ものすごい力を引き出しているわ。」ナディアが言った。「きっと、中はかなりの高温に…。」
圭悟は、その声が聞こえたが、ナディアの手を引いて走った。今は、皆を無事につれて帰ることが自分の任務なのだ。
職員達六人は、思ったよりずっと体力があるようだった。先頭をトーマが早足で行くのに、後の五人はきっちっりついて行く。しかし、当然のことながらメグとナディアは遅く、遅れがちで、最後尾を守る圭悟はどうしたものかと困った。トーマが、振り返って言った。
「どちらか、私が背負いましょう。どうしても日が高いうちに軍と合流しなければ、ラグーの群れにでもあたってしまったら大変でしょう。こちらは戦闘員ではなく民間人ばかりなんです。戦えるのは私とメイヤンだけなんです…しかも、剣を持ち出せなかったから丸腰のまま術しか使えない。」
圭悟は頷いた。
「では、メグを。オレはナディアを運びます。」
「え、でもケイゴ、我は…」
ナディアは、驚いたように圭悟を見たが、圭悟はナディアを軽く抱き上げた。
「さあ、スピードを上げます。一刻も早く、軍と合流しなければ。」
ナディアは真っ赤になった。
「まあ、では、我は背に。」ナディアは慌てて言った。「走るなら、そのほうが安定がいいでしょう。」
確かにそうだが、王女を背負うのはどうかと思ったのだ。しかし、圭悟は頷いた。
「では、オレの背に。」
見ると、メグもトーマに背負われている。そして、スピードを上げようとした途端、背後で大きな音が聞こえた。
「なんだ?!」
そこに居た皆が振り返ると、遠くルクシエムの辺りから煙が上がっていた。熱で、天井が破れて崩れ、中から煙が溢れているようだった。
「…火を放ったのは地下三階だったのに…。」
職員の一人が呟く。残った三人が気に掛かったが、圭悟は前を向いて言った。
「さあ!軍が待っている。行きましょう!」
皆は、ハッと何かに気付いたような顔をして、黙って頷いた。今は、生き延びることが先だ。
荒れ始めた天気の中、一同は足を速めて目的地へと向かった。
その頃、舞とシュレー、玲樹も後ろを振り返っていた。
「…危なかったな。」
玲樹が、珍しく真剣な顔をして呟く。シュレーが玲樹の肩を叩いた。
「あのタイミングがぎりぎりだったな。よかった、逃げ切れて。」
舞は、まだシュレーに背負われたままだった。シュレーの肩に乗って、背中に胸をを付けるような形で、足を抱えられている。揺れて胸がシュレーの背中に当たるたび、中にいるチュマがぷ!ぷ!と鳴いた。舞の胸とシュレーの背に挟まれて痛かったのかもしれない。
「シュレー、私歩けるけど。」
シュレーが、首を振って背後を振り返った。
「いや、走らなきゃならないからな。このまま行こう。なに、お前一人ぐらい何でもない。」
玲樹が、腕輪を開いた。
「…圭悟達は順調に軍との落ち合い場所へ向かってる。恐らく圭悟はラグーの群れがある場所を覚えていたんだろうな。そこを迂回するように海側寄りを進んでいるな。オレ達はどうする?」
シュレーは、横からそれを覗いた。地図上に、圭悟とメグ、ナディアの位置が示されている。シュレーは、少し考えて、言った。
「オレ達は、真っ直ぐ行こう。」
玲樹は眉をひそめた。
「言うと思った。だがな、あっちもお荷物背負ってるが、こっちも一人背負ってるんだぞ?」
シュレーは笑った。
「まあ移動の時は荷物だが、戦いの時は使えるんだ。武器だと思って背負って行くさ。」
玲樹も大笑いした。
「そうか!大型バズーガだったらそれぐらいの重さだもんな!」
シュレーは玲樹と並んで走り出しながら言った。
「おいおい、大型は60キロぐらいあるんだぞ。舞はもうちょい軽い。」
舞は、シュレーの背中で怒って叫んだ。
「ちょっと!もっと軽いわよ!もうちょいじゃないわ!ちょっと!」
「ぷ!ぷぷ!」
またチュマが鳴き出す。シュレーはまるで舞を背負ってなど居ないかのように早く走り抜けて行った。
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