第19話探索
バリケードの撤去には、七人掛かりで五時間を要した。腕輪は、もう夜中であることを示している…だが、誰も休もうとはしなかった。ミガルグラントの声が、ひっきりなしに聞こえて来ていたからだ。
やっと人一人が通過出来る所まで撤去し終えて、一度指令室へ戻ると、トーマが奥からたくさんの缶詰を持って出て来た。
「とりあえず、腹ごしらえをしましょう。それから手分けして居住区をしらみ潰しに探して行きます。ここには食料だけはたくさんあるんですが、皆缶詰で。申し訳ないのですが。」
舞は腹ペコだったので、喜んでそれを食べた。ずっと不安げに胸元に入り込んで出てこなかったチュマも、ひょっこりと顔を出す。舞は、缶詰の桃をチュマに食べさせた。
トーマが、驚いたようにそれを見た。
「プーだ!まだ子供ですか?食料を育てながら旅をするなんて初めて見た。」
舞は慌てて首を振った。
「違います!この子は飼っているんです。食べるためじゃありません!」
玲樹が笑った。
「ほら見ろ、みんなそう思うんだよ。トーマ、これはこれ以上育たないプーなんだ。食料にはならねぇ。」
トーマは残念そうにプーを見た。
「そうなんですか…ふーん、育たないプーね…。」
「そんな目で見ないでください!」
舞は必死にチュマを胸元に押し込んだ。今にも食べられてしまいそうだ。
「いやいや、ちょっとプーのしょうが焼きを思い出してしまいましてね。嫁が作るのうまかったもんで。」
余計イヤ!
舞は皆に背を向けてチュマを庇いながら、食事をしたのだった。
食べ終わった後、休むのもそこそこにシュレーが居住区の見取り図を広げた。
「ここから北と南に分かれてるから、南はオレとマイ、北はケイゴとレイキで一部屋ずつ回ろう。もしもミガルグラントがこっちにまで来たら…まあ大きさから無理だろうが…炎で撹乱してすぐに戻れ。ナディアとメグはここでトーマと待っていろ。トーマ、通信は大丈夫か?」
トーマは頷いた。
「腕輪の周波数を合わせた。いつでも誘導出来ます。」
シュレーは頷いた。
「じゃあ、溶鉱炉の方のチェックを頼む。何かあったらすぐに呼んでくれ。」
皆が立ち上がったので、舞は眠い目を擦りながらシュレーに従って先程開いたバリケード側の扉へと歩いた。圭悟と玲樹が先に体をあっち向けたりこっち向けたりしながらその間を抜けて行く。舞もその後をついて出た。シュレーがその後ろをついて、四人は指令室を出て行った。
「じゃあ、見つけたら腕輪で知らせる。」圭悟がシュレーに言った。「で、全部で何人だ?」
シュレーは腕輪を開いた。
「名を送っておこう。全部で六人だ。ここの職員は10人だったのだとトーマは言っていた。」
腕輪が光って、そのあと圭悟の腕輪も光った。圭悟が、腕輪を開いて確認する。
「わかった。じゃあ、行こう。」
圭悟と玲樹は北側、つまり指令室の上から調べ、シュレーと舞は南側、つまり入って来た方の棟を調べるために階段を上がって、地下一階へと向かった。
地下三階と同じような戸が並んでいる。奥から順番に、戸を開けて行く。普通の、ワンルームマンションの部屋のような感じの設えの部屋だ。
「…誰か居ないか?助けに来た。」
シュレーが言う。しかし、人の気配も魔物の気配もそこにはなかった。
「居ないようだな。次だ。」
舞は、気が遠くなるのではないかと思いながらそうやって、シュレーと二人で一部屋一部屋開けては確認して行った。地下一階の最後の部屋になった時、舞はふと思って言った。
「ねえシュレー、もしかして、外へ逃げたってことはない?」
シュレーは舞を見た。
「舞、それはない。」舞が怪訝な顔をしたので、シュレーは続けた。「あのな、何の防寒具もなく外へ出るなんて自殺行為なんだよ。夜はマイナス30度にまで下がるって言ったろうが。それに、外には魔物がうようよ居る。ここの冬越しの職員達が、外へ出ようとは思わないことはオレが良く知ってるよ。」と、シュレーは身を震わせた。「それにしても、やっぱり冷えるな。ここの発電機が作る電気だけでは、十分な暖房は出来ないんだ。だから、ここでは炎の魔法が不可欠なのに。」
舞は、頷いた。確かに寒い。確かに何の力もない職員だったら、一人で吹雪の中、装備もなしに外へ飛び出すなんて考えられない。地下一階最後の部屋を開けた。そして、シュレーは何かを見つけて慌てて走り込んで行った。
「…駄目か。」
舞は、シュレーがかがみこんでいた所に倒れている人を見た。寒さに身を縮めていたのか、体には部屋中の毛布や布団、それにテーブルクロスまで身に巻き付けたまま、部屋の奥に座った形のまま横倒しになって亡くなっていた。
「怖くて、出るに出れなかったんだろう。」シュレーは、立ち上がって腕輪を開いた。「トーマ、一人発見した。凍死だな。」
送った画像を見たトーマが、腕輪の通信機から言った。
『…ヨークです。』その声は沈んでいた。『初めてのここでの冬越しだった。奥さんが身重だから、金が要るとこの任務に着いたのに…。』
シュレーは、言った。
「かわいそうだが、今は連れて帰ってやることが出来ない。」その声は、あくまでも事務的だった。「生きて居る者が、生きて帰ることが先なんだ。トーマ、この件が片付くまで待て。」
トーマは、頷いたようだった。
『わかった。』
通信は切れた。シュレーは、ヨークの腕から腕輪を外して、それを自分の腰の小さなカバンに入れた。
「これだけでも、持って帰ってやろう。」
舞は、涙ぐんで頷いた。帰りたかっただろうに…こんな寒い所で。
シュレーは、黙って踵を返すと、舞を伴って地下二階へと降りて行った。
一方、圭悟と玲樹も、地下二階まで辿り着いていた。地下一階では、結局誰も居らず、二階へ来てチルチルに出くわし、少し手間取って最後の扉に手を掛けた所だった。
「…なんか、焦げ臭くないか?」
圭悟が言う。玲樹は、鼻をくんくんと鳴らした。
「確かに。」
二人が戸を開けると、中から人が飛び出して来た。ぶるぶる震えながら、手には間に合わせのトーチを作って、その炎を振り回している。圭悟が慌てて叫んだ。
「待て!助けに来たんだ!」
相手は、ピタと止まった。
「…また、魔物かと思って。」相手は慌ててトーチを降ろした。「助けに来てくれたのか?」
圭悟は頷いた。
「そうだ。指令室へのバリケードは崩した。これから一度そこへ集まって、皆が揃ったら脱出の準備をする。帰りは原野の近くまで軍が迎えに来てくれる。そこまで、生き延びてここを出なければいけないんだ。」
相手は頷いた。
「メイヤンです。でも、外へ出たら出たでミガルグラントが…」
玲樹が答えた。
「そっちの方も、退治の方法を考えてある。とにかく、一緒に来い。他の仲間も探し出さなきゃならないだろう。」玲樹は、腕輪を開けた。「トーマ、一人無事だ。」
「三人です。」メイヤンは言った。「中に二人居ます。一人がかなり衰弱していて、それで、オレが魔物を外へおびき出そうと…。」
圭悟が、中を覗いた。そこには、毛布を掛けられて横になった人影と、その隣でそれを庇うように座っている女性が居た。回りには、色々なものを燃やした後があった。まだ火がくすぶっている。
『良かった、メイヤンが!』トーマの弾んだ声が言った。そして、暗い声になった。『ヨークは、駄目だった。』
メイヤンがショックを受けたような顔をした。
「最後に会ったのが、グラント除けの塀を立てかけてた時だった。」メイヤンは涙ぐんだ。「くそ!なんだってあんなにたくさんのミガルグラントがここに…!」
圭悟が、促した。
「とにかく、急ごう。倒れている人は、オレが運ぶ。指令室へ向かうんだ。」
メイヤンは鼻をすすって頷いて、圭悟に手を貸して、倒れた仲間を運んだ。そして、三人を連れて、圭悟と玲樹は戻った。
舞とシュレーは、二人を見つけることが出来た。たくさんの物を燃やした跡がある…結局は、火を起こす物を持っていたか持っていなかったかで、生死を分けた形になった。
指令室で顔を合わせた職員達は、互いに生きていたことを喜び合っていた。体を壊していた職員も、メグからの癒しの術で見る見る回復した。
「さっそくだが、ゆっくりもしていられない。」シュレーが、その輪に向かって言った。「トーマ、夜明けが近い。夜明けにはここを出られるように、手筈を整えよう。まず、皆に防寒の装備を。それから、中三階に案内してくれ。下を見たい。」
トーマは、頷いた。職員達は勝手知ったる指令室なので、奥へ入って行って、勝手に防寒具を着込んで来た。皆が離れるのは不安だということで、皆一緒に中二階へと登った。そこへの階段は、指令室の中にあって、狭かった。トーマが先頭を行き、次にシュレーが続き、舞が続き、皆登って行った。
そこには、確かにはめ込み式のガラス窓があった。
「ここから、ラインの様子を見るんです。このガラスは、熱に耐えられるように厚さ20センチあるんですよ。水族館並でしょう。」と、恐る恐る下を見た。「…最後にここで下を見たのは、職員達三人がミガルグラントに襲われていた時でした。私は何も出来なかった…なぜだか、魔法が出なくて。職員もそうのようでした。なので、暖も取りにくくなっていたんです。」
シュレーも、そこから見た。ミガルグラントがうじゃうじゃと寄って来て、下を徘徊しているのが見える。グラント同士で諍いを起こしたりしているのが見えた。そして、その足元には、バラバラになった職員の遺体が散乱していた。舞が、思わず目を反らしていると、シュレーが言った。
「…命の気の供給が不安定になっているのだ。」
トーマが、シュレーを見た。
「でも、あなた方はグラントを魔法で倒したでしょう。」
シュレーが、ナディアを見た。
「殿下のお蔭で。」トーマが、驚いた顔をしてナディアを見た。「陛下が、殿下を連れて来ることを了承してくださった。殿下の能力は、知っておるだろう。」
トーマは、まだナディアを見ながら頷いた。
「はい。そうか、それで命の気が尽きることがなかったんだ。」
シュレーは頷いた。
「今、世界のどこでもこうして命の気が枯渇しつつある。なので、調査をしている最中だが、とにかくこちらが危ないということで、陛下は救出することを命じられた。魔物も、命の気を補充して生きている。なので、ミガルグラントも、恐らくはここの命の気に惹かれて原野奥から出て来たのだろう。」と、トーマを見た。「それを利用して、ここに全てのミガルグラントをおびき寄せる。隔壁を閉じることは出来るな?」
トーマは頷いた。
「はい。ボタン一つで出来ます。」
シュレーは、皆に言った。
「ここに全てのグラントをおびき寄せたら、隔壁を閉じて退路を断ち、溶鉱炉に火を入れる。それを、舞と玲樹がここから増幅させて、工場内を火の海にして焼失させる。」
圭悟が、言った。
「燃え移る可能性があるな。」
シュレーは頷いた。
「恐らくは。何しろ、魔法で作る炎の大きさは他の比ではないからな。だから、お前は皆を連れて先に外へ向かえ。こっちで隔壁を閉じてしまえば、お前達を追えるグラントはここには居ないはずだ。」
玲樹が言った。
「舞も連れてけ。オレ一人で充分だ。昨日今日魔法を知ったようなヤツに居られたって、足手まといになるだけだからよ。」
シュレーが首を振った。
「舞を逃がしたい気持ちは分かるが、オレも残る。一人じゃあの数のグラントを全て焼失させるのは無理だ。」
「我も残ります。」ナディアが言った。「近くに居たほうが、気を送れるでしょう?」
玲樹がそれこそ首を振った。
「駄目だ!遠くからでも意識を集中させたら可能だろうが。ここから逃げる時、人数が多いほど逃げ切れる可能性が無くなるんだ。とにかく、先に行け。」と、圭悟を見た。「皆を頼んだぞ。」
シュレーも圭悟を見た。
「すぐに後を追う。舞は、オレが担いで走るから大丈夫だ。」
担がれる時、チュマをしっかり押し込んでおこうと舞は思った。
圭悟が、頷く。シュレーは、ナディアを見た。
「じゃあ、やつらをこっちへおびき寄せるとしよう。トーマ、下へ行って、計器を見てくれ。全て入ったら、隔壁を閉じて溶鉱炉に点火しろ。圭悟、その後は頼んだ。何も考えず、軍との合流地まで急げ。」
皆が緊張気味に配置に着いた。舞も、眠気はどこかへ吹き飛び、ただ緊張して杖を握り締めた。どうなるんだろう…。
ただ、不安だった。
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