第18話ミガルグラント
舞は、メグと共に放心状態だった。チルチルは、確かに例のアレそっくりだった。そして大きいくせにすばしこく、それは向こうも必死だろうが、飛んで来るし声を上げないでいるのは至難の技だった。
「チルチルは危害は加えて来ないからいいんだぞ。」シュレーが言った。「舞はしつこいほど殴っていたが、あんなに殴らなくても追い払うだけでもいいのに。倒してもそう金にならんしな。体力がもたないぞ。」
舞は、シュレーを見た。
「ダメなの…あれを見ると私、どうしても耐えられなくて。」
メグはわかるわかる、と肩に手を置いた。
「私もそうなの。だって…だって大きすぎるわ。虫でなくて、魔物なのよ?精神的に危害を与えられるわよ。」
舞は頷いた。
「ラグーの方がマシだわ…。」
圭悟が苦笑して、先を見た。そこは、たくさんの机や椅子、本棚や箱などいろいろな物で埋め尽くされて、先へ進めそうになかった。
「どうする?明らかにバリケードを築いてあるぞ。きっとこの先に指令室の扉があるんだ。」
シュレーが奥を覗き込む。
「…こりゃ駄目だ。指令室までガッツリ押さえられている。50メートルはこんな調子で続いてるみたいだな。裏からの道があるが…そっちは隠し扉で、非常用なんで細い隙間にある。恐らく中の奴はそこから出入りしているだろう。横を抜けて工場に入り、そこから回らなきゃならない。」
玲樹がそこから工場の方を伺った。
「今なら、その道筋に何も居ない。もっとも、途中で出て来る可能性はあるがな。」
「壁際を行こう。」シュレーが指差した。「居住区寄りを早足で歩き抜ければ、気取られないで済むかもしれない。」
舞は、固唾を飲んだ。つまり気取られる可能性の方が強いのか。
皆が頷き、シュレーを先頭にそちらへ向かって足早に進み始めた。
居住区から工場側へ出た途端に、舞は生臭さに顔をしかめた。何の臭いだろう…ここでは、生鮮食品でも扱っていたのかしら。
だが、今は口に出して言うべきではない。
舞は、皆が息を潜めて一列になって進んで行くのについて、壁際を慎重に歩き抜けて行った。ちらりと工場内へ目をやると、所々に大量の血痕があった。ここで、魔物を退治したりしたのだろうか。
しばらく歩くと、先頭のシュレーがこちらを振り返った。皆がきちんとついて来ているのを確認すると、すぐ先に見えている突き当りの壁の、脇の方を指差した。そこには、隠れるように細い通路があるのが見える。舞でも、きっと横向きにならなければ通れないだろう。そこが目指す場所かと皆が頷いた時、皆の背後を唯一見ていたシュレーが突然剣を抜いた。
「…伏せろ!」
舞がためらっていると、誰かに頭を思い切り押さえつけられて床に手を付いた。頭上を何かが通り過ぎたような感覚があり、杖が衝撃で転がる。振り返ると、そこには、見たこともないような大きな魔物が立って、こちらを見降ろしていた。
「ぼやぼやするな!」
玲樹に引きずられるようにシュレーの背後へと連れて行かれ、舞はハッとしてメグとナディアを探した。圭悟が二人を抱えて同じようにシュレーの背後へと回った。
「後ろへ!魔法を使え、斬っても無駄だ!」
舞には、物凄い大きさに見えた。確かに本体はティラノサウルスより小さいのかもしれないが、羽があるぶん横に大きく見え、とても元来た道を戻れるような感じではない。こちらへ追いつめるように、魔物は目の前に立ちはだかっていた。杖…あれがないと、私は戦えないのに!
「杖を!」
舞は、滑り込んで杖を手にした。
「舞!バカ、やられるぞ!」
玲樹の声が聞こえる。舞は、杖を手にすると魔物を見上げた。まるで小山のようだ。魔物は、大きく手を振りかぶった。
舞は、杖を座ったまま立てて叫んだ。
「シュート!」
先が、剣先になって振り下ろされた手はそれに刺さった。魔物は大きな呻き声を上げて、手を退いた。その隙に、舞は必死にこちらへ戻った。玲樹と圭悟が詠唱した炎技が背後で魔物に当たるのが分かった。
「火炎砲を使え!ミガルグラントの弱点だ!」玲樹が魔法陣を足元に出しながら叫んだ。「圭悟とシュレーは炎技があまり得意じゃないんだ!詠唱時間が長くなって出すのが遅くなる!」
火炎砲?!
舞は頭を巡らせた。確かに呪文は知っているけど、フォトンと、火炎溝という炎の間に溝を作って巻き込む技の、二つしかまだ発したことがないのに。
しかし、考えている暇はなかった。舞は詠唱を始める。後ろから、力が補充されて来ているのを感じる…ナディアが、目を閉じて手を前に祈るように組み、光り輝いているのが見えた。皆に向かって、その力が流れ込んでいた。
ひと際大きい魔法陣が舞の足元に現われた。舞は叫んで杖をミガルグラントに向けた。
「火炎砲!!」
炎は物凄い大きさで膨れ上がって、大きな玉になってミガルグラントを襲った。ミガルグラントは叫び声を上げてそれから逃れようと後ろへよろめく。舞はびっくりした…めっちゃ熱い。自分から、あんな大きな炎が出るなんて!
「やるじゃねぇか舞!」玲樹が言った。「ファイアストーム!」
玲樹の炎は、もっとすごかった。ミガルグラントの足元に魔法陣が出て、上からドッと炎を滝のように降ろして結構な時間攻撃し続けた。
「休むな!」シュレーが叫んだ。「舞、連続で出せ!」
舞は慌てて詠唱を始めた。その間にもミガルグラントにはシュレーや圭悟からフォトンの雨が降り注いでいる。
「火炎砲!」
再び同じように大きな炎の玉が舞から発しられた。舞は、とめどなく送られて来る命の気を、激しく消耗しながらまた吸収しているのを感じた。
「ギャアアアア!」
ミガルグラントが断末魔の叫びを上げて、そこへ音を立てて倒れた。シュレーが言った。
「やったぞ!ミガルグラントを、こんなに早く倒せるなんて!」
舞は、それでも力が抜けて行くように感じていた。そうか、あの技はきっと、物凄く疲れるんだ…。
玲樹も同じように少し肩を落としているのを、後ろからメグが癒しの光を降らせた。
「お疲れ~。」
舞は、メグを振り返って微笑んだ。
「お疲れ~。助かった。」
ズンッと硬い床に響くような音があちこちから聞こえ出した。舞は慌てて振り返った…まさか、まだ?
「集まってきやがった。」玲樹が、剣を構えた。「やっぱり命の気に反応するんだ。奴らはそれを狙ってる!」
「どうするんだ、全部倒すなんて無理だぞ!」
圭悟が叫ぶと、工場の三か所の入り口から、それぞれ数体のミガルグラントが姿を見せる。かなりの数…あれを同時に倒すなんて無理だわ!
舞は、背中を冷や汗が伝うのを感じた。一体でも、あれほど消耗したのに。一度にこれはきっと無理だわ…誰か負傷してしまう!
それでも、迎え撃つために必死に杖を握り締めると、後ろから聞き慣れない声が飛んだ。
「こちらへ!」皆は振り返った。あの細い通路から、見慣れない人が必死に叫んでいる。「早く!」
ミガルグラントがこちらへわらわらと寄って来ようとしている。シュレーが叫んだ。
「行け!走れ!」
舞は、無我夢中で走った。圭悟がナディアを小脇に抱えて、玲樹はメグを肩に担いで走っている。ミガルグラントの泣き声と足音、それに羽音が追って来るのが分かったが、六人は何とかその狭い隙間へ身を飛び込ませ、呼んだ声の主の跡を横向きに歩きながら追った。背後で、こちらを覗き込んでミガルグラントが鳴き声を上げ、暴れている。しかし、そこの隔壁の間を通って来ることは、あの巨体には無理だった。
突き当りで、先頭の人が入口らしき所の電子ロックを解除しようと、ボタンをいくつか押した。すると、そこのドアは横へ滑って開き、皆次々と中へとなだれ込んだ。
最後尾の玲樹が飛び込んだ後、戸はまた元のように閉じた。ミガルグラントの泣き声が小さく聴こえるが、ここまでは来られないのは舞にでも分かった。シュレーが、ホッとしたように相手を見る。
「助かった。ここの職員のかたか?オレ達は王の命でこちらへ駐在員の救出にやって来た。オレはシュレー。」
相手は、手を差し出した。
「私は、ここの責任者のトーマです。シュレー殿、お噂は聞いております。あなたに来ていただけるとは。」
シュレーはその手を握って首を振った。
「オレはもう、傭兵ではない。今は一般のパーティで働いているのだ。今回は、王から雇われてこちらへ来た。他の職員は?ここには居ないようだが。」
トーマは、皆に椅子を勧めた。
「座ってください。」皆、とても疲れていたので、すぐに座った。トーマは、続けた。「ここには私だけです。館内の監視カメラを使って、皆を探して呼んでいたのですが、ここまでたどり着けた者は居りません。今さっき、あなた方が通って来たあの場所辺りで、三人があなた方が最初に倒したミガルグラントにやられてしまいました。」
シュレーが険しい顔をした。
「ミガルグラントは魔物の中でも頭がいい。あの辺りに居れば、獲物がやって来ると思って待ち伏せていたんだろう。それで、他の職員は?」
トーマは、首を振った。
「わかりません。居住区の中に居るようなのですが、居住区には監視カメラも控えめにしかついていないのです。身を潜めていて、連絡を取ることが出来ない…ミガルグラントが塀を壊して入って来たのは突然のことで、あれからいろいろな所が壊されてしまって見れなくなっています。この指令室にはたくさんの食糧もあり、非常時に篭ることも出来る仕様になっていますが、他の居住区にはそこまで充実した設備はない。どうしているのかと心配だったのですが、私もあのミガルグラントのせいでここから出ることが出来なくて。」
圭悟が、頷いた。
「確かにあれでは無理だ。だが、居住区側からバリケードを壊して入ることも出来たのではありませんか?」
トーマは、苦笑した。
「あれは、ミガルグラント対策ではなかったのですよ。チルチルが増えすぎて、特に暖かい所に潜もうとするので、ああやって指令室を守っていました。皆で作った年季の入ったものなので、私一人ではどうしようもなかった。」
シュレーは、指令室の天井から、透明のアクリル板に書かれた、地図のようなものが釣り下がっているのを見上げた。
「…見取り図ですね。」
トーマは頷いた。
「はい。今はここ」トーマは、傍にあった指図棒で指した。「先程通って来たのはここです。この地下三階の工場では、プラスチックを製造して加工していました。手前は鉄を溶かして成形する作業を。今はミガルグラントが出入りするもっとも危険な場所になってしまいましたが。仲間の遺体も回収できずに…。」
舞は、ゾッとした。では、あの血痕は…それに臭いも、きっと…。
「どれぐらいのミガルグラントが侵入しているか分かりますか?」
圭悟が訊くと、トーマは頷いた。
「はい。15体居ます。一体は先程倒されたから、14体か。あれらは大きいので、こちらの計器で温度を計測すればその変化で自ずと分かります。」トーマは、傍のコンピュータらしきものを触った。「前の画面を見てください。ここです。」
前の大きなスクリーン三枚には、一階、地下一階二階三階の図が並んで表示され、現在は地下三階の工場と回りの通路に大きな赤い玉がいくつも表示されて動いていた。
「やっぱり、皆ここへ集まっていますね。」トーマが言った。「地下三階は、今とても入って来れる場所じゃない。」
シュレーが、その見取り図を見てじっと考え込んでいる。それを見た玲樹が言った。
「どうした?とても出て行ける状況じゃねぇな。」
シュレーは頷いた。
「ミガルグラントは学習能力がある。ここで居れば、エサにありつける可能性があると踏んだんだろう。今、工場内に居るのは10体…残り4体は通路に居る。これを何か利用できないか。」
トーマが、首を傾げた。
「利用とは?既に三人が餌食になり、後の6人が行方不明、とても何か仕掛けようとは思えない。」
シュレーは、溶鉱炉の位置を指した。
「これは?まだ動きますか?」
トーマは頷いた。
「はい。メンテナンスのために、私達は危険を侵してこんなところに居るのですから。」
「遠隔操作で?」
シュレーは聞いた。トーマはいちいち頷いた。
「ここからやります。ですが、起動して鉄が溶けるほどの温度まで上げるには、時間が掛かりますよ。あれでミガルグラントを追い払うのは無理です。」
シュレーは、首を振った。
「逆だ。皆集めるんだよ。」
圭悟が言った。
「一気に燃やすつもりか。」
シュレーは頷いた。
「溶鉱炉に手伝ってもらう。着火と同時にマイとレイキにその炎を増幅する魔法を送らせる。」
玲樹が首を振った。
「せめてあそこが見える位置でないとここからでは無理だ。モニター越しに魔法なんて送れないぞ。」
トーマが、玲樹に言った。
「この一階上からガラス越しに見えます!ラインを監視するために中三階があるんです!」
「そこから力を送ろう。」シュレーは頷いた。「とにかくバリケードを崩すことから始めよう。それから二手に分かれるんだ。居住区の中に潜む職員を探して、脱出の手はずを整える。ミガルグラントを14体も殺すような炎で、ここが持ちこたえるのか疑問だからな。」
皆は頷いて、立ち上がった。そして、トーマによって開かれたバリケード側の扉の向こうを見て呆然とした…一体何時間掛かるんだろう…。
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