第17話ルクシエム

その日は、そこで寝袋にくるまって皆で休んだ。男性達は交代で見張りに立っていた。夜行性の魔物が、襲って来る可能性もあるからだ。

舞は、そんな中で疲れのせいで、ぐっすりと眠った。なので、朝はシュレーのいつもの声で起こされるまで、意識も無く寝ていたのだった。

「おい、舞、お前すごいな。」玲樹が言った。「どこででもぐっすりなんてよ。オレなんて、昨日見張りに立ってから後数時間しか寝てないんだぞ。」

シュレーが寝袋を片付けながら言った。

「いいんだよ。それぐらいでないと、特に女は体力がなくなってしまう。ここからライ原野にやっと入るんだ。魔物が大きくなって来るのはこれからなんだからな。」

舞は身震いした。大きいのが出て来るのか…。昨日は、ほとんどラグーだったから…。

舞の様子を見て、圭悟が言った。

「心配ないよ。ルクシエムは目と鼻の先だ。昨日は無理して進まなかっただけで、ここから二時間ほどで着くんじゃないかな。ルクシエムに入ったら、魔物は居ないから。」

舞は頷きながらも、不安だった。きっと魔法を使わなきゃならなくなるんだ…それで、あっちこっちからいっぱいうようよ寄って来て…。

ナディアが、言った。

「我のシールドを破って来れる魔物は、まず居りませぬ。何かあっても、大丈夫だから。」

舞は、皆に励まされてばかりの自分が情けなかった。なので、無理して微笑むと、自分も片づけを手伝った。


ルクシエムまでは、やはりラグーは出て来たものの、舞が懸念していた大型の魔物は居なかった。うまい具合に晴れて来て、町に入る門構えが見えた時には、舞は歓声を上げた。

「ああ、町だわ!」

圭悟が笑った。

「天気も回復したな。だが、喜ぶのはまだ早い。」

シュレーが頷いた。

「冬季は、町は閉鎖されるんだ。原野の奥から気温の低下と共に魔物が出て来るから。珍しく晴れたから見通せるが、普段は吹雪で真っ白で視界が悪くて、とても歩けたもんじゃない。工場には、だから維持のための駐在員が数人居るのみなんだ。外へも一切出て来ない。」

舞は、少し緊張気味にその門をくぐった。そこには確かに町並があったが、皆頑丈な鉄のシャッターが下ろされて鎖などでグルグル巻きにしてある。それでも、いくつかの店は何かに押し潰されたように壊れていて、中の商品らしき物が散乱していた。その側の足跡を見て、玲樹は舌打ちした。

「…ミガルグラントだぞ。」

シュレーが、それを聞いてすぐに玲樹に並んだ。

「そうだな。あんなものがここへ来ているのか。」

舞は、知らないながらも不安になった。大きな足跡…どんな魔物なんだろう。

玲樹は回りを見回した。

「…結構な数だ。少し警戒した方がいい。」

メグが、体を固くしている。舞は言った。

「大丈夫?ミガルグラントって…」

メグは言った。

「ティラノザウルスを少し小さくして、羽を生やして角をつけたみたいなのよ。口から冷気を吐くの。しかも、狂暴で肉食。」

圭悟が眉をひそめる。

「だが、あいつらは群れないんだ。どうしてこんな数がここに?」

シュレーは、黙って先を急いだ。玲樹が顎で示す。

「行こう。あっちに工場のゲートがある。」

舞は頷いて、メグとナディアを促して歩き出した。そして杖を握り直して、覚悟を決めた。きっと、そのミガルグラントと会うことも近いはず。私は体力があるから、この二人を庇わなきゃ。

しばらく歩くと、そこには大きな倉庫のような建物が見えた。その向こうにも建物が続いているらしい事は分かる。その大きな鉄の扉は、しっかりと閉じられていたが、何本もの爪痕が生々しく付いていた。

そして、何より舞が驚いたのは、その前に点々とラグーが血を流して倒れていたことだった。ラグーの死体の側には、無数のミガルグラントの足跡が交錯している。舞が言葉に詰まっていると、シュレーがその間を抜けて、その扉の端に付いているインターフォンのような機械を操作した。

「陛下からのご命令で救出に来た、シュレーだ。扉を開けてくれ。」

しばらく待ったが、何の応答もない。シュレーは繰り返した。

「王からのご命令で来た。扉を開けろ。」

横から覗き込んだ玲樹が、それを見て言った。

「…駄目だ。これは魔物が引っ掻いた時にどこかやられちまってる。他から入れないか?」

圭悟が、右側に回り込んで見た。

「こっちの方が守りが薄いな。柵を越えられる場所があるかもしれない。行ってみよう。」

皆は回りを警戒しながら、足音を忍ばせてそちら側へ向かった。


塀が、ずっと続いている。

所々に引っ掻いた跡があり、何かが入ろうとしたようだが、それは昔からあるようで、傷は新しい物と古い物があった。シュレーが、じっと見ている舞に言った。

「ここらはラグーが来るから、こうして冬のために塀があるんだ。あいつらは飛べないから、高い塀は要らないんだが…。」

明らかに、中から何かの鉄板を、有刺鉄線を巻いた状態で間に合わせで立て掛けてある跡がある。塀は高くなり、有刺鉄線も邪魔をして舞達に越えるのは難しかった。

「ミガルグラントか。」圭悟が言って、先を行く玲樹を見た。「玲樹、何かあるか?」

玲樹は、手を振って静かにしろと合図した。舞は、息を詰めた。もしかして、ミガルグラントが?

しかし、そっと玲樹に追い付いて見ると、そこには塀が大きく破られた跡があり、辺りの雪は踏み荒らされて土と混じって茶色く変色していた。そして、その先にある工場の壁も、大きく破られた跡がある。

「…もしかして、最悪の事態じゃないのか。」

玲樹が小さな声で言った。シュレーが、一人先に歩いて行って、そっと中を伺った。そして、来いと手で合図した。

皆が追い付くと、シュレーは言った。

「中もかなり荒らされている。工場だから空間が大きい場所が多いのが災いしたな。奥へと進んでいるようだ。」

舞も、中を覗いて見た。そこは、狭い通路が伸びていて、傍らの一つは引き千切られ、工場の中が丸見えになっている。おそらく、そこにも通路があったのだろうが、壊されてしまっていた。そして、その破壊は工場の内部へと進んで行っていた。

「どこかに潜んでいればいいが。」

シュレーが、心配そうにつぶやいた。ナディアが言った。

「我の能力で、生体反応を探ることも出来るのだけれど、やってみまするか?」

「やめた方がいい。」即座に圭悟が言った。「こいつらは、どうも命の気を求めて歩き回っているようだ。生体反応を探して気を飛ばしたら、絶対にその源を辿って大挙してやって来るぞ。この数のラグーでも手こずるのに、ミガルグラントとなると…。」

シュレーが、頷いた。

「とにかく、気配を探りながら目ぼしい場所を見て行くしかない。ここは地下三階まである…指令室は守るために最下層の奥にある。だから、無事だとしたらそこに居ると考えていいだろう。」

玲樹が頷いた。

「ミガルグラントは狭い場所にはいないだろうから、こっちの居住区の方から降りて行けば出くわさずに済むんじゃないか。」

圭悟は頷きながらも、そちらを見て言った。

「だが、あのミガルグラントが破った所から他の魔物が入って来てる可能性があるだろう。ラグーはミガルグラントを恐れて入って来ないだろうが、あいつらが食べない魔物が居るだろう。」

シュレーがため息を付いた。

「…チルチルか。」

玲樹が歩き出しながら言った。

「厄介だな。あれは小さいからすばしっこくてなかなか剣が当たらないんだよ。」

舞は、そのチルチルなら自分にも何とかなるかもと思った。

「チルチルって、どんな見た目?」

玲樹は舞を見て、フッと笑った。

「きっと好きになるぞ、舞。黒くて羽があってカサカサ走る、台所でおなじみのあの生物にそっくりなのに大きさはLサイズのスリッパぐらいあるんだ。最初にあれを見たメグは、気を失って倒れたんだ。」

舞は、叫びそうになって慌てて口を押えた。無理…!まじ無理それ…!

「どうしてそんなにかわいい名前なのよ!」

玲樹は眉をひそめた。

「知らねぇよ。オレに言うな。オレに命名権はなかったぞ。」

舞は途端に怖くなって、回りを必死に見回しながら、チルチルの影が無いかと地下へと下って行く間気が気でなかった…。

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