第15話港町ラクルス
最早暗くなった中、列車はスピードを上げて走っていた。圭悟は、一人展望デッキに駆け込んだ。確かに、大人げなかった。王女は何も知らないだろうに。自分は、自分の感情に振り回されて、王女に八つ当たりしていたのだ。
そこへ、ナディアが入って来た。圭悟はびっくりして顔を反らした。あんなに怒鳴ったのに。兄のことをあんな風に言われて、いい気がするはずはない。文句を言いに来たのだろうか。
圭悟が、そのままじっと外の景色を見ていると、ナディアが話し掛けて来た。
「…少し、よろしい?」
圭悟はそちらを見なかった。
「どうぞ。」
ナディアは、圭悟の隣に座った。
「お兄様を、許して欲しいとは言わないわ。ただ、聞いて欲しいの。お兄様は、昔からあんな風ではなかった。我も…小さな頃から一緒だったから。いつも一緒に臣下の子達と遊び回っておって。それが、ある日を境に変わってしまったわ。あれは、王座に就かれて半年の頃、まだ20歳にもならなかったお兄様が、ある決断をなさった時からなの。」
圭悟は、ナディアを見た。
「十代で王座に?」
ナディアは頷いた。
「あの頃、戦争がまだ辺りであったから。ライアディータは、山のこちら側の、一番大きな国でしかなくて。回りの国は、豊かなライアディータを狙って侵攻して来たわ。」
圭悟は、ナディアを見た。自分がこちらへ来た時は、既にこちら側はほとんどライアディータの領地だった。ナディアは続けた。
「お兄様は、争いを好まなかった。隣国の王が和解を持ち掛けて来た時は、こちらが優勢だったにも関わらず、すぐに快諾したわ。和解の調印は、隣国の国境でお互い軍を退かせて二人きりで行うように向こうから申し出て来たの。お兄様は、皆が反対するのを押しきって、たった一人で国境へ向かった。」
圭悟は、息を飲んだ。そんなものを、信じたのか。
「それは…、」
ナディアは頷いた。
「相手の罠よ。お兄様は、それでもあちらもこちらも傷付かずに済む方法を模索してらしたの。それには、自分が行くしかないと判断したのよ。」
圭悟は黙った。ナディアは、構わずに続けた。
「そこには、お兄様一人に一万の兵が待ち構えていて、相手の王は居なかった。お兄様はそれでも相手国の首都へ向かおうと応戦したの…たった一人で。」ナディアは身震いした。「満身創痍だったわ。でも、隠れて親衛隊が密かについて行っていた。お父様の代から仕える軍人達で、王を守るために、たった500の兵で一万の兵に立ち向かって行ったの。もちろん、部隊は全滅。お兄様は、軍人の一人に抱えられて戻った。そして、傷だらけの体で泣きながら命じたの…相手国を根絶やしにしろと。」
圭悟は、その様が目に浮かんだ。自分を守るために目の前で死んで行く軍人達…自分の判断が甘かったために、死ななくていいもの達が死んで行った。全ては、王の判断一つで。
「相手国は一夜にして死の国になったわ。元々ライアディータは力のある国。兵も皆優秀だったから。その時お兄様を連れ帰ったのが、シュレーなのよ。全て、シュレーは見ていたわ。傭兵でありながら、親衛隊について行ってまで、お兄様を守ろうとしてくれた軍人なのよ。」
圭悟は、思った。だから、シュレーは陛下を庇うのか。
「…どうしてシュレーは、それほどまでに忠誠を誓う陛下から離れて、民間のパーティなんかに?」
ナディアは、首を振った。
「それは分からないわ。お兄様もシュレーも、何も話してくれないから。でも、お兄様がシュレーを今でも信頼しているのは事実。お兄様が自分の感情より、国益を、少数より多数を選ぶようになったのは、それからなの。シュレーもそれは理解しているようだったわ。だからそれが原因でないことは分かるわね。」
圭悟はナディアを見た。ナディアは、圭悟を見て微笑んだ。
「嫌な思いをさせて、ごめんなさい。でも、お兄様は王なの…昔の、皆で遊んだような気軽な雰囲気ではないの。お兄様はあの事件でそれに気付いて、それからは自国の民を守るために戦って来られたわ…我も、そんな孤独なお兄様を、支えて差し上げたいと思う。だから、今回も燃料代わりと言われても、黙ってルクシエムに行くことにしたのだもの。我が行くことで民が助かるとお兄様は判断なさったのでしょう。だから、それで命を落としても、それは仕方がないと思っているわ。だけど、それをあなたにまで強制しない…あちらへ着いたら、私があちらで別のパーティを雇ってもいいわ。あなたが、決めて。」
圭悟はまじまじとナディアを見た。自分は、ここの国の民ではない。でも、こうしてここで生きているからには、何かを成し遂げなければいけない…シオメルのレムやマイユは、全く赤の他人の自分達のためにああして世話をしてくれた。自分も、何か返さなければ…。
「ナディア。」圭悟は、じっとナディアを見つめて言った。「オレも、信じてみる。誰かのためになるのだと。一緒にルクシエムへ行こう。」
ナディアは、頷いた。
「ええ。我も頑張って皆に力を送ります。」
二人は、並んで展望デッキで、しばらく景色を眺めていた。
次の日の早朝、舞は、シュレーの声で目が覚めた。
「マイ。もう着くぞ。」
舞は、驚いて目を開けた。
「え、え、もう?!」
時計は、午前6時を少し過ぎた所を指している。もう着くんだ!
「だからバルクとラクルスは直でつながってるんだよ。さ、起きろ。」
慌てて起き上がって窓の外を見ると、もう海が見えていた。本当にもう着く!
「チュマ、行こう!」
チュマはぷぷと小さくまだ寝ぼけているように泣いたが、舞はそのままチュマを抱いて駆けて行った。
バルクの駅を見ていた舞は、ラクルスの駅もハン・バング並に大きかったのにそんなに驚かなかった。しかし、ホームに降り立つと、そこは潮の香りがした。北へ向かう場所と思っていたので、きっと寒いと思っていたその街は、思いの外暖かく、軽装の人々が多かった。大半の者は皆、脇目も振らず港の方へと出て行く。やはり、ここから船に乗り継ぐ者が多いようだった。
「陛下が、ここから船を雇ってくれている。」圭悟が言った。「ルクシエムに最短距離で行ける船着き場までそれで行こう。帰りは、そこまで軍が迎えに出てくれるらしい。救出した人達も一緒だろうから。」
皆は、黙って頷いた。何を話したのか知らないが、昨夜ナディアと二人で話してから、圭悟はすっきりしたような顔をしていた。ナディアとも、普通に接しているし、仲がいいくらいだ。舞も皆も気になったが、変に聞いてこじれてもいけないので、ただ黙っていた。
「ここから、少し長くなるな。」シュレーが誰にともなく言った。「食料を買い出して置いたほうがいい。それから、殿下…いや、ナディアの分の寝袋も買っておかなきゃな。五人分しかない。」
ナディアが、腕輪を指した。
「こちらの、お兄様のお金で買って下さってよいのよ。」ナディアは、明るく言った。「必要経費は全てこれでと申し付かっておるので。」
舞は、既に自分のコートと手袋と帽子がそれで買われたのを思いながら、頷いた。
「じゃあ、食糧はオレとメグと、ナディアで買って来よう。シュレー、舞と玲樹と一緒に備品を買い出してくれ。舞の防具とかも買って置いた方がいいかもな。」
シュレーは舞を振り返った。
「…確かにな。胸の辺りにディアムの軽い甲冑を買っておこう。打撃技になると、魔物に近付くからな。ナディアが居るから、魔法技もありだが、なるべく使わずに置きたいからな。」
舞は身震いした。魔物に近付いて杖で殴るのか。私の力で殴って、効くのかしら。
いろいろ不安になりながら、舞はシュレーと玲樹について歩いて行った。
舞は、明るくまるでテーマパークのような街並みに驚いた。あちこちにネオンサインの看板が付いている。
「わあ…ここの街って、港なだけじゃないの?」
シュレーご頷いた。
「ここはリゾート地だ。カジノや酒場が多くて、玲樹の大好きな店もある。」
玲樹は苦笑した。
「オレがここを素通りなんて、あり得ないんだぞ。行きつけの店が、ほら、そこの角を曲がって…」
シュレーが、眉をひそめて玲樹の腕を引っ張った。
「こら、今日はダメだ。油断ならんな、まったく。」
玲樹は肩をすくめた。
「なんだ、舞に教えてやろうと思ったのに。」
「何を?!」
舞は思わずチュマを抱き締めた。
「ふぎゅ!」
チュマは悲鳴のような声を上げた。舞は慌ててチュマを撫でた。
「ごめんチュマ。」
シュレーが、ため息を付いた。
玲樹はもう忘れたようで、退屈そうに伸びをした。
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