第14話捨て石

城を辞して門番から無事にチュマを受け取ると、舞はチュマに頬擦りした。

「いい子にしてた?チュマ。とっても寒い所へ行く事になったの…チュマは大丈夫かな?」

シュレーが言った。

「野生のプーは主に北が生息地だ。そいつは大丈夫だろうが、問題はオレ達だ。」

メグが言った。

「私達は大丈夫よ、前に買った防寒着があるから。舞の分を買わなきゃならないわ。」

「帽子も手袋も忘れるな。お前、前に手がかじかんで杖を握れなかったろう。」

シュレーに言われて、メグは赤くなった。

「だって、あんなに寒いと思わなかったんだもの。とにかく、今日の午後出発だから、急がないと。舞、いらっしゃい。あっちの商店で急いで買いましょう。圭悟達は、ルートの確認を急いで。」

メグは、舞をせっついて早足に歩いて行った。

シュレーが言った。

「とにかくラクルスまで出よう。そこから海を岸沿いに行って、ルクシエムまで歩く距離を少しでも減らさないと…殿下がもたないだろう。」

玲樹が踵を返した。

「すぐに鉄道を見て来る。船よりそっちの方が今なら早いはずだ。午後に乗って、明日の朝には着く。」

「頼むよ。」

圭悟が言うのに、玲樹は走って行った。シュレーはそれを見送りながら、噴水の脇に座った。

「それにしても救助だったとはな…この時期に殿下が私用で外出なんておかしいと思ったんだ。」

圭悟が、それを黙って聞いていたが、思い切ったようにシュレーを見た。

「シュレー…腕輪のことなんだが。」シュレーは座ったまま圭悟を見上げた。圭悟は続けた。「どうして陛下は、あっちに一個しか必要ないと言ったんだ?」

シュレーは黙った。そして、しばらくそのままだったが、圭悟が辛抱強く待っているのに根負けして口を開いた。

「…あっちは、恐らくデルタミクシアまでたどり着けないだろう。」シュレーは言った。「ミクシアも怪しいものだ。だが、陛下はミクシアには行って欲しいと望まれている。一人だけでも。」

圭悟は、衝撃を受けたような顔をした。それが分かっていて、行かせたというのか。

「陛下は、捨て石にしたのか?あいつらを?」

シュレーは首を振った。

「そうじゃない。能力の問題だ。陛下は伊達に王なんじゃない。一目見れば、そのパーティの能力は判断がお出来になる。とにかく情報が欲しいから、来た情報屋に依頼したんだろう。それが、たまたまあいつらだった。それだけだ。」

圭悟は声を荒げた。

「結局はそうじゃないか。使い捨てにするつもりで、陛下はあいつらをあっちへやった。」圭悟は、ハッとしたように顔を上げた。「そうだ…あっちの魔物は、今魔法技に寄って来る。あのパーティで、打撃技に強そうなのは誰だった?」

シュレーがため息を付いた。

「ショウだけだ。」

圭悟は、シュレーを見た。

「やっぱりそうか!あのパーティはバラバラだったぞ!あいつは任務を遂行するためなら、他を助けるより先へ進むだろう。そんなヤツじゃないのか。」

シュレーは黙った。そうか。そうなのだ。一人だけでも、ミクシアへ辿り着き、そこの情報を王都へ送って来るのを望んでいる。もしも何人か運よく生き残ってミクシアへ辿り着いたら、そのままデルタミクシアへ登るように指示して…結局は…。

「…どうせオレ達は、捨て石か。王には、オレ達の命なんか、そんなものなのか。」

シュレーは答えない。圭悟は、足を駅のほうへ向けた。

「…玲樹の所へ行って来る。」

シュレーは黙って頷いた。そして思っていた。ケイゴ、お前にも分かる時が来る。その犠牲の上に、何十万の人命が救われるなら、お前が王なら、どう選択する?


結局夕方まで、圭悟はだんまりだった。玲樹が何かあったのを察して声を掛けない。舞とメグは尚更のこと訳が分からなかったが、とにかく王女が来るのを待った。

日も傾き始めて、出発の時間もあと15分後と迫った頃、焦って見回す一行に、女の声が言った。

「もし。」

他の男性陣は余裕なく王女を探していたので、舞が振り返ると、頭から中近東の女の人がかぶっているような白いベールを掛けた女が、たった一人で立っていた。

「はい。どうなさったのですか?」

道なんか聞かれたらどうしよう。舞がそう思っていると、相手の目元が微笑んだ。

「ああ、やはり。我です、我。ナディアですわ。」

舞はびっくりして思わず叫んだ。

「ええ?!」

シュレーも圭悟も一斉に振り返る。ナディアは急いで首を振った。

「まあ、しぃー!誰にも知られてはならぬと思うて、我はこのように身をやつしておりまするのに。」

シュレーが、恐る恐る言った。

「殿下…?」

相手は頷いた。

「はい。ですがここでは殿下と呼ばないで、シュレー。私の事は、ナディアと。私もあなた達と同じパーティであると、お兄様が登録してくれましたの。しばらくはお仲間のつもりで居てくださいませ。」

全員が、ナディアの手元を見る。そこには、同じような腕輪がついていて、反対側の手にも、王からの腕輪と同じものが付いていた。

シュレーが、咳払いをした。

「あー、ではナディア。鉄道の席が取れておるので、参りましょう。」

ナディアは嬉しそうに笑った。

「はい、シュレー。」

それを見ながら、玲樹がため息と共に言った。

「王女が供の一人も連れないでこんな人混みに立ってていいのかよ…。」

それは、舞も同意見だった。

しかしナディアは、嬉々としてシュレーの手を取って歩いて行ったのだった。

舞は、それに少しさみしくなった。シュレーは、いつも自分を気遣って傍についててくれたのに…。王女様に怪我させたらいけないし、きっとあっちを見なきゃならないんだろうなあ…。

「ぷ。」ふと、腕に抱いていたチュマが鳴いた。初めて聞いた声だ。「ぷぷ。ぷー。ぷー。」

控えめに、何かを舞に言うように鳴いている。舞は、チュマに頬を寄せた。

「チュマ…何だか分からないけど、慰めてくれてるの?大丈夫よ、私、これでも大人なの。」

「ぷー。」

チュマは心配そうに舞の頬に自分の頬らしき場所を摺り寄せた。舞はそれだけで、なんだかあったかい気持ちになれたのだった。


ナディアは、初めての単独の鉄道の旅に大喜びだった。

「本当に、我にはいつも侍女達や臣下達がついておって。」ナディアは目を輝かせた。「このように、一般の人に混じって旅をするなど初めてなのでありまする。ああマイ、あちらは何?」

最早三日過ごした列車の中は舞にとって庭のようなものだった。舞は言った。

「あれは、長旅の際に退屈を紛らわす場所ですわ。ですが私としては、展望デッキがお勧めです。とても良く見えるから。」

ナディアは微笑んだ。

「是非、見てみたいわ!」

圭悟が、横を通りながら言った。

「…人命が掛かっているというのに。呑気なことだ。」

「圭悟…。」

メグが、圭悟の後姿に言う。ナディアは、下を向いた。

「確かに、その通りですわ。」ナディアはため息を付いた。「つい、浮かれてしまって。いけないわ。」

ナディアは、そう言って圭悟を追い掛けて歩いた。舞もそれについて歩きながら、メグと顔を見合わせた。圭悟に、いったい何があったのだろう。コートを買いに行って、戻ったらそんな空気だった。玲樹は気にする風でもないが、舞は気になった。シュレーに聞くべきかな…。

席に付いた後、ナディアは言った。

「ケイゴ、お茶はいかが?」

圭悟は、目も合わせず言った。

「いや。今はいいです。」

列車が、夕焼けの中走り抜けて行くのを横目に、舞はため息を付いた。どうしたというのかしら、本当に。

すると、玲樹が言った。

「なんだ、大人げのないな。不満があるなら、はっきり言え。」

舞はびっくりした。だからってストレートにここで聞くのもどうかしら!

しかし、もう口に出してしまっている。圭悟が、玲樹を見た。

「王女は、王族だろうが。オレ達庶民なんて、結局使い捨てに思っていらっしゃるんだろうと思ってな。」

シュレーが言った。

「圭悟、殿下は何も知らない。何もかも陛下が決めておられるのだから。殿下に八つ当たりするのはお門違いだ。」

圭悟はシュレーを見た。

「シュレーは傭兵だったんだろう。王命で生きて来て、今だってそうなんだろうが。なんだって傭兵を辞めた。こんな民間のしがないパーティなんかに入って。本当なら、王城で国を守るために鍛えてたんだろうが。オレには分からないよ!オレは、王のやり方には納得できない!」

玲樹が言った。

「だからそれは王に言え。どうしてここでナディアに言う。男らしくないな。」

「使い捨てにされた過去があるのに、どうしてお前はそんなに落ち着いてられるんだよ!」

「その過去ってのはなんだよ!あの仕事のことなら、あれはお前の練習不足だ。自分の能力が足りないのを、陛下のせいにするなよ!」

シュレーが割り込んだ。

「待て。」そして、圭悟を鋭い目つきで見た。「圭悟、じゃあ聞くがな、お前が今の状況で、何十万の人命を背負ってるとする。デルタミクシアの様子は全く分からない。ミクシアのことも分からない。誰か知らないが、敵には知られたくない。じゃあ、民間のパーティを使おうと思う。今、一刻を争う…命の気の枯渇が近いからだ。お前、どうする?それでも、何人も情報屋を呼んで、いちいち能力を聞くのか。パーティを片っ端から呼んで、その中から充分に任務に耐えられる奴を選ぶのか。そうしているうちに、もしかしたらシオメルの住民が全滅するかもしれない。ルクシエムが手遅れになるかもしれない。首都まで影響が来るかもしれない…お前の判断の遅れと誤りが、何人もの罪もない者達を死に至らしめる。お前、どうする?皆で全滅の時を待つのか。ま、それも王である判断の一つなのかもしれないが、オレはそんな王は優秀だとは思わないし、そんな王のために命を懸けて戦おうとは思わないな。」

圭悟は黙った。わかっている。本当は分かっていた…必要なことだって。だが、捨て石にされた者の気持ちになったことはあるのか。現に、前回のあれは、捨て石にされて、それでもなんとか自分は生き残ったのではないのか。

圭悟は、立ち上がった。

「…もういい!お前のきれいごとなんか、うんざりだ!」

圭悟は、そこを飛び出して行った。これから大変な任務に就くというのに…。皆が思っていると、ナディアが立ち上がった。

「我が行きます。」皆が驚いた顔をした。「心配しないで。話してきますわ。」

ナディアが、穏やかに言うと、出て行った。

「ぷ。」

チュマがまた、小さな声で鳴いた。

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