第13話王城
舞は、圭悟の声で目が覚めた。
「舞、飯に行くぞ。陛下との面会は10時なんだ。」
時計を見ると、もう8時を回っていた。驚いた舞は、同じベッドで寝ていたチュマを見て頭を撫でた。
「朝ごはんに行って来るから、おとなしくしていてね?見つかったら放り出されるからね。」
チュマは舞を見上げて軽く跳ねた。分かったということなのかと、舞はそこを後にして、皆と一緒にカフェへと急いだ。
「王城は緊迫しているらしい。」迎えにやって来たディクが言う。「陛下は軍にも傭兵部隊にも、いつでも動けるように準備をしろと命じておられる。」
傭兵…舞は思った。確か、シオメルでシュレーにミンが言っていた。氷の傭兵、って。でも、シュレーは嫌そうだったっけ。
「戦になるような感じなのか?」
圭悟が眉をひそめて言う。ディクは首を振った。
「いいや。そんな感じじゃない。リーマサンデは静かだし、何より今はそれどころじゃないだろう。こっちで命の気が枯渇してるってことは、同じことがリーマサンデでも起こってるってことだ。元々、あっちの方が命の気が少なかったから、あっちは文明が発達していろんな電気で動く機械の開発が進んだわけだからな。」
舞は、ディクを見た。
「多い少ないがあるの?」
ディクは頷いた。
「そうか、舞は知らないな。あっちはほとんど魔法なんて使われていなかったんだ。使えるのは、こっちのマクシアに当たる、ナディールという村の数人だった。それも、デルタミクシアが近いから命の気が他より多かっただけで、元々あっちもこっちも同じ種族だから、皆魔法は使えたはずなんだ。それに引き替えこっちは、命の気が豊富だったから皆が皆魔法を使う。先のメインストーリーの時に、あっちとこっちの世界を二つにまとめ直し、命の気の配分が均等になるように操った。その結果、ライアディータでも電気が多く使われるようになり、リーマサンデでは魔法が多く使われるようになったんだ。」
舞はびっくりしていた。命の気って、そんなに大切なものなんだ。
「…命の気がないと、魔法は使えないのね。」
ディクは頷いた。
「そう。特に困るのはライアディータさ。こっちは元々電気なんかなかったからな。あるのは魔法によって得られる力だけ。だから、陛下は急いで電気の普及に力を入れて、今がある。鉄道だって電気で動いているしね。リーマサンデは、だから命の気が無くても困らないんだよ。元々無しで発達した国だからね。」
なら、命の気が無くなったからって戦になることはないんだろうか。舞は、今一この世界の政治に疎かった。圭悟が言った。
「とにかく、陛下がお呼びなんだろう。話しを聞かなきゃな。」と、舞を見て言った。「プーは連れて行けないぞ。門番に預けて行け。」
舞はショックを受けた顔をした。でも、確かに王様に会うのにプーを連れては失礼かもしれない。舞は、渋々門番にチュマを差し出した。
「とっても賢い子なので、無理は言いません。だから、大切に預かっていてくださいね。」
門番はためらったようにチュマを見た。プー…昨日オレ、プーのカツ食ったのに。
門番は敬礼した。
「はい。責任を持ってお預かりします。」
舞は頷くと、城門をくぐってその城を目の当たりにした。
その城は、大きくて頑強な石造りの建物だった。いつか見た物語の中のお城ってこんな感じ…。舞は思いながら、そのいくつもある塔のようなものに、青い三角の屋根が小さくついて居るのを見上げていた。
大きく開かれた戸を入って行くと、数人の人影が、前を行くのが見えた。玲樹が言った。
「あれ?あいつ…」
圭悟が顔を上げた。
「知ってるパーティか?」
玲樹は圭悟を見た。
「ほら、あいつだ。オレが一緒にここへ来たってヤツ。あいつらも、王にお目通りかよ。」
舞は何気なくそちらを見て、その女二人、男三人のパーティを見た。そして、口を押えた。
「え…?!まさか!」
舞は走り出した。びっくりしたシュレーが舞を止めようと言う。
「マイ!どこへ行く?!」
舞は、そのパーティに駆け寄ると、ブルーの裾の長いドレスのようなコスチュームの女の腕を掴んだ。
「りっちゃん?!」
相手は、驚いたようにこちらを見た。
「え、舞?!え、え、一体どうしてここに?!」
お互いに、その姿のこともあって茫然となっていると、律子のパーティの一人が振り返った。
「律子?知り合いか?」
舞は、その顔に見覚えがあった。これは、りっちゃんの彼氏!24歳イケメンの…イケメン…あれ?
舞は、不思議な気持ちだった。あの時はあれほどイケメン彼氏が羨ましかったのに、今はあまりピンと来ない。
「なんでぇ、舞、お前の友達なのか。オレ、そいつにくっついてここへ来たんだよ。」
後ろから、玲樹が言う。そちらを振り返って、舞ははたと思い立った。圭悟も玲樹も、かなりのイケメンだった。毎日朝に夕に見ていて、見慣れてしまっていたのだ。
そのせいで、前はイケメンだと思った人も思わなくなってしまっているのだ。
「あの…あっちの職場の仲良しの同僚なの。」
「律子といいます。」
律子は律義に頭を下げた。玲樹は軽く手を上げてそれに応え、圭悟は軽く会釈した。
舞はその様子を見ていて、律子の指輪を見た。あの指輪…誕生日のお返しって言ってた。あの石…あの玉だ!
「りっちゃん、それ…もごっ、」
「しーっ!」律子が舞の口を押えて小声で言った。「これはね、たまたま一緒に居た時にこっちへ一緒に来てしまったから、こっちの住人として登録した時出て来た玉よ。それを、彼氏が無くさないようにって指輪にしてくれたの。」
舞は、自分の指にも光る同じ指輪を見た。じゃあ、私は誰からのプレゼントになるんだろう。
「なーんだ。じゃ、特別な意味があった訳じゃないのか。」
律子は、顔を赤くして下を向いた。
「うん…ごめんね。嬉しかったから、ついああ言っちゃった。」
舞は小さく笑った。
「別にそんなのいいよ。で、どうしてここに?」
「うん。陛下に呼ばれて…。」
「何をこそこそ言ってるんだよ。」玲樹が舞の髪を引っ張った。「向こうじゃオトモダチでもこっちじゃ別のパーティはライバルでしかねぇ。忘れんな。」
「いたたた!ちょっと、やめてよ!再会したから話してただけじゃない。このパーティも陛下に呼ばれたらしいよ。」
圭悟が律子の彼氏を見た。
「お前らも?」
相手は頷いた。
「ああ。どうやら陛下もお忙しいみたいだな。一緒に呼ぶなんて。」
圭悟は黙った。相手はふふんと鼻を鳴らすと、先に歩き出す。律子がためらいがちにこちらを気にしながら、それについて歩いた。舞は思っていた…やっぱり、りっちゃんには悪いけど、全然イケメンじゃない。性格悪そう~。
玲樹が舞を後ろから小突いた。
「おら、行くぞ。」
舞はその声に弾かれたように前へ出ると、律子の背を見ながら足を進めたのだった。
ドンドンと昇って行き、奥の大きな戸の前には、兵士が二人立っていた。そして、双方を見た。
「これはシュレー殿。では、そちらのパーティは奥へ。こちらは?腕輪を翳して。」
シュレーを見た兵士が、あっさりこちらのパーティを中へと通す。律子達は、一人一人腕輪で身元確認をされていた。そう言えばここまで、ずっとこんな調子だった。兵士達が立つ所へ来ると、皆一様にシュレーを見、そしてざっと皆を見回して通れと言う。あちらは、その度に足止めをくっていちいち腕輪を翳していた。
「顔パスってな。シュレーはかなり有名な傭兵だったからな。」
玲樹が薄く笑って小声で言う。舞は納得した。やっぱり、シュレーは傭兵だったんだ…。しかし、シュレーは何も言わなかった。
今まで、通った戸の向こうにはまた廊下が続いていたのに、そこは様相が違った。正面には玉座があり、その後ろには大きく何枚かのガラスで作られた窓があった。ここから、城下が見渡せるのは分かった。
その玉座に座る、若い茶色に近い金髪の男が、こちらを見ていた。舞は息を飲んだ…なんて、なんて綺麗な顔をした人。金糸で刺繍されたチュニックがまた、その美しさに磨きを掛けるようだった。その男は立ち上がった。
「シュレー、久方ぶりぞ。」
シュレーは頭を下げた。
「ご無沙汰しております、陛下。」
それが、王、リーディスであるのは、舞にも分かった。律子のパーティも入って来て頭を下げる。リーディスは頷いた。
「遠路ご苦労であったな。そっちはリーダーの名は…」
「翔です。」
律子の彼氏が答えた。リーディスは頷いた。
「そう、ショウ。主らに先に申す。急ぎミクシアへ出向き、あちらの様子を調べて知らせよ。必要とあらば、デルタミクシアまで登ってもらわねばならないかもしれぬ。」
翔は、驚いた顔をしたが、嬉しそうに顔を紅潮させた。
「は!」
リーディスは傍らの臣下に頷き掛けた。臣下は、新しい別の腕輪を持って来て翔に差し出した。
「それは、こちらとの通信用の腕輪ぞ。それに、旅費などは全てそれで賄うが良い。何か質問は?」
翔はそれを受け取ると、自分の腕輪と反対側に付けた。
「ございません。」
リーディスは手を振った。
「では、急ぎ参るが良い。とにかく急いでおるゆえ、出来る限り早く着くルートで参れ。」
「は!」
翔は、他のメンバーと話しをすることもなく、踵を返してそこを出て行った。他のメンバー達は、ためらいがちにしていたが、それについて急いで出て行った。すれ違い様、律子が舞に囁いた。
「ごめんね…あの人、絶対にメインストーリーに引き当ててを完結させるってそればっかりで…。他のメンバーとも、あんまりなんだ…。」
舞は、寂しそうにそう言って出て行く律子を見送った。
すると、リーディスがこちらへ向き直った。
「さて、ケイゴ。あの折の怪我はもうすっかり良いようぞ。」
圭悟が頭を下げた。
「はい。お気遣い頂き、ありがとうございます。」
リーディスは舞を見た。
「新しいメンバーか。そうよの、あれが抜けた後を埋めねばならぬ。よう考えられていることよ。」
あれが抜けた後?舞は思った。誰か、他にメンバーが居たのかしら…。
舞がそう思いながらリーディスの整った顔に見とれていると、リーディスは横を向いて、奥から手を振って誰か呼んだ。
「お呼びでしょうか、お兄様。」
出て来たのは、金髪に綺麗なすみれ色の瞳の、王に良く似た若い女だった。
「我が妹、ナディアよ。」リーディスは言った。「主らには、これを伴ってルクシエムへ行ってもらいたい。」
圭悟が驚いた顔をした。ルクシエムだって?北の最果ての工業地帯、特に今は命の気が少ないから…恐らくは…。
「陛下。」シュレーが進み出て言った。「内親王殿下をあちらへ連れて参るのは、私はお勧め出来ませぬ。今は命の気が枯渇しておるとのこと。あちらのパーティをミクシアへ調査に出したのはその為でありましょう。北は大変に厳しい土地。殿下がおつらい思いをされまする。どうしてもと申されるなら、リーマサンデで開発された大きな電気自動車というもので行かれたほうが良いかと。」
リーディスは黙ってそれを聞いていたが、フッと笑ってシュレーを見た。
「シュレーよ。我がなぜに軍を動かしているにも関わらず、ミクシアの調査をさせずに民間のあのようなパーティに依頼したと思うか?」
シュレーは、呆気に取られた顔をした。
「え…それは、陛下は常大きな事を構えるのを避けられるゆえ、小さく済むように軍は極力動かさぬからでは…。」
リーディスは頷いた。
「その通りよ。しかし、今回は別の意味もある。公に調べては、気取られる可能性があっての。」
シュレーが不思議そうな顔をした。
「気取る?何にでございまするか。」
リーディスはため息を付いた。
「今はまだ言えぬ。とにかく、我は今ことを公にしとうない。ナディアのことにしても、公に動いたと知られたくない。ナディアは、伊達にデルタミクシアの女神の名を冠しておるのではないぞ。こやつには、巫女の血が流れておるのだ。地から命の気を吸い上げて他へ与えることが出来る。言ってみれば小さなデルタミクシアだと思うてくれれば良い。」と、傍らのナディアを見た。「ルクシエムでは、何人かの労働者が寒さに震えて救出を待っておる。今は冬季であるゆえ、最小限の人員しか居なかったのが幸いして、その辺の物を燃やすことで暖を取っているようだ。しかし、そのようなことは長く続けられぬ。ナディアが居れば、主らは魔法を使うことも出来る。魔物を弾き返すだけのシールドも張ることが出来よう。つまりは燃料としてナディアを連れて、ルクシエムの労働者を助け出して欲しいのよ。」
玲樹が口を挟んだ。
「しかし…王女様を危ない目に合わす訳にはいかない。」
ナディアが言った。
「そのような。我はそのようなことは厭いませぬ。我が民が苦しんでおりまするのに、助けずにおけまするでしょうか。そのためにこの力を持って生まれておるのです。それに、お兄様はこちらの方々なら大丈夫だとおっしゃっておりまする。我は何も心配しておりませぬ。」
玲樹はグッと黙った。しばらく沈黙した後、圭悟が言った。
「…分かりました。お引き受けします。」
シュレーが驚いたように圭悟を見た。いつも、少しでも危険そうなことは避けていたのに。
「そう言うてくれると思うておった。」リーディスは満足げに微笑んだ。「これへ。」
控えていた臣下が、今度は5つの腕輪を持って出て来て、皆に差し出した。舞はびっくりした…みんなに一個ずつあるの?!
「皆に、でありますか?」
シュレーが言うと、リーディスは頷いた。
「はぐれてはならぬゆえな。」と、戸のほうを遠くを見るような目で見た。「それに…あちらは一つで充分であろうからの。」
シュレーが、ハッとしたようにリーディスを見た。リーディスはじっとシュレーを見返している。シュレーは、頭を下げた。
「…仰せのとおりに。」
舞は、何のことか分からなかったが、それでも何か未知の不安が押し寄せて来て、これからどうなるのだろうと、反対側に付けられた新しい腕輪を見つめたのだった。
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