第12話プー
お昼ご飯も終わり、一行はバルクの街へと散策に出た。舞が、全くの初めてだったからだ。
バルクは全てが石畳に覆われていて、きれいに整備された大きな街だった。
歴史を感じる石造りの建物が軒を連ねていて、外国の街並みはこんなだろうと、舞が想像するそのままだった。
開けた広場のような場所では、天幕やパラソルの下、荷車や木造の台の上に商品を並べて、活気のある呼び込みの声が響いていた。
肉が吊るされた店の前で、舞ははたと立ち止まった。その隣に置かれてある金属の檻の中に、サッカーボールぐらいの大きさの、丸いクリーム色の毛でおおわれた生き物がうずくまっていたのだ。
「いらっしゃいいらっしゃい!お嬢さん、今夜はプーのカツなんていかがですか?いい具合に切り分けますよ。」
店主が舞に話し掛ける。だが、舞が見ていたのは檻の中だった。それに気付いた玲樹が言う。
「なんだ、小せぇなあ。非常食にしたってこりゃ買わねぇぞ。」
非常食?!舞が驚いて振り返ると、店主が背後から言った。
「それは売り物じゃねぇんです。隔世遺伝かなんかで小さく生まれた上、育たない。その上ほかよりかなり頭が良くて肉を取ることも出来ねぇんで。仕方ないし、こうして見世物に使ってるんでさあ。」
その生き物は、よく見るとふるふると震えていた。そして、舞に気付くと怯えたように小さい体を更に縮めた。
「これはなに?」
シュレーが答えた。
「プーだ。さっきうまそうに食ってただろう。」
舞はショックを受けた。プー?これがプーなの?!
「この子も食べちゃうの?」
玲樹が言った。
「そりゃ、そのうちそうなるだろよ。売れないなら、遅かれ早かれそこのおっさんの家の食卓に並ぶことになるだろう。」
舞は涙ぐんだ。だってこんなに怯えてるじゃない。自分と同じ生き物の肉と一緒に並べられて…。
「シュレー」舞は、潤んだ目でシュレーを見上げた。「買って欲しいの。きっと魔物を倒して取り返すから。お願い!」
シュレーは困ったようにその小さなプーを見た。
「買うってマイ、飼うつもりか?世話はどうする。そんなの抱いて旅するつもりなのか。」
舞は頷いた。
「私が世話をするわ!抱いて行くから。お願い…!」
シュレーはしばらく黙ったが、店主に言った。
「いくらだ?」
店主は笑った。
「だからそれは売り物じゃねぇんです。育てて食おうってなら無理ですぜ。それ以上育たないんだ。しかも賢いから、屠殺だってなかなか…」
シュレーはため息を付いた。
「分かってるよ。いくらか聞いてるんだ。」
店主は困ったように顔をしかめる。舞が訴えるような目で見ているのと目が合うと、仕方なく答えた。
「仕方ない。返品は受け付けませんぜ。500でどうだ?」
シュレーは舞を見た。舞が今度はシュレーを見ている。シュレーは頷いた。
「それで買う。」
店主はため息を付くと鍵を開けた。舞はそのプーを抱き上げようと手を伸ばした。
「おいで。」
プーは、まだ震えて舞を見ている。舞はプーを抱き上げると、そのふわふわの毛を撫でた。思ったよりずっと軽かった。
「おいおい、無駄金使いやがって。」玲樹がそれを見て言った。「どうするんだよ、食えもしないプーを買って。」
シュレーが腕輪を翳して支払いを済ませた。
「いいじゃないか。グーラを倒す時はフォトンでかなり弱らせてくれたんだ。酒と女に使うよりはいい。」
玲樹は黙った。あれはオレ一人で稼いだ金じゃないかとぶつぶつ言っている。
舞はプーを抱きながら思った。私は、金輪際プーは食べない!ルクルクだけにしよう。
先にホテルへ行くと圭悟を追って行った玲樹とメグを横目に、舞は広場の噴水でそのプーをじゃぶじゃぶ洗った。相変わらずプーは震えていたが、タオルで水分を拭き取ると、見違えるように綺麗になった。
「そんなに震えないで。私はあなたを食べたりしないから。」舞はそのプーに話し掛けた。「そうだ、名前を付けよう。でも、男の子?女の子?どっちかしら。」
シュレーが横からひょいとプーをひっくり返した。
「…オスだ。」
舞は乱暴に掴むシュレーを咎めるように見てから、そのプーを抱き寄せた。
「男の子なのね。どうしよう。」舞は、シュレーを見た。「シュレーが買ってくれたのよね。舞とシュレー舞とシュレー…マシューってどう?」
シュレーは顔をしかめた。
「プーにオレの名が入ってるのか?オレはヒョウなのに?」
舞は抗議するような目でシュレーを見た。
「もう、いいじゃない。じゃ、マチューにしようか。あ、ちょっと待って、チュマってのも可愛いよね?」
シュレーは目だけで空を見た。
「もう、なんでもいい。お前のいいようにしろ。」
舞は決断したようにプーを見た。
「決まり!あなたはチュマよ。チュマ、これからよろしくね。一緒に旅しようね。」
チュマはじっと舞を見上げている。どこまで分かっているのか分からなかったが、あの店主は頭がいいと言っていた。きっと、そのうちに分かってくれるはず…。
チュマは震えが止まり、舞を見上げたまま少し左右に体を揺らした。
「お、何か分かったような感じだぞ。」
シュレーが言うのに、舞は嬉しそうに頷いた。
「うん。きっと分かってくれたんだよ。ね、シュレー、じゃあ皆が待ってるホテルに行こう。チュマが綺麗になったから、きっと大丈夫だと思うから。」
シュレーは気遣わしげに舞と並んだ。
「犬は駄目なんだが、プーはどうなんだろうな。」
そこは、流石に首都のホテルといった感じで、大きな美しい白い建物だった。舞は、急に不安になった…だって、シオンの旅籠があんな感じだったし、ここでもあんな感じの旅籠だと思ったから、だからプーもきっとスルーだと思って。
シュレーが、舞に言った。
「オレの上着の中に入れよう。暴れたり鳴いたりしたらそれでアウトだ。いいな?」
舞はドキドキしながら頷いて、チュマを見た。
「チュマ、一緒に部屋に入ろうと思ったら、あなたは見つかったらいけないのよ。見つかったらきっと、別の所に預けられちゃうのよ。だから、シュレーの上着の中でじっとしているのよ。」
チュマは、分かっているのかいないのか、とにかくおとなしかった。シュレーはそんなチュマを上着の脇の下辺りにうまく入れ込み、フロントに立った。
「連れが先に予約していると思うんだが。」
シュレーが言うと、相手は言った。
「では、こちらに腕輪を翳してください。」
シュレーが腕輪を翳すと、あちらのモニターに何か映ったようだ。掛かりの男は微笑んで頷いた。
「はい。シュレー様、そちらはマイ様でございますね?」
舞は頷いた。
「はい。」
「では、マイ様もこちらへ腕輪をどうぞ。」
同じようにすると、相手は頷いてカードキーを出して来た。
「10階の奥、1010号です。ごゆっくりお寛ぎください。」
「ありがとう。」
二人は、緊張気味にエレベーターへと向かった。チュマは、一言も鳴かない上、動きもしなかった。死んでいるのではないかと舞は気が気でなかったが、エレベーターには他にも乗客が居る。早く上まで着かないかと、その時間はそれは長く感じた。
部屋に辿り着くと、メグが出迎えてくれた。
「圭悟と玲樹はディクに会いに行ったわ。最終打ち合わせだって。」と、見回した。「あれ、プーは?噴水で洗ったんじゃないの?」
舞は、シュレーをせっついてチュマを出させた。
「こらマイ!慌てなくても生きてるって。」
シュレーは、チュマを上着の中から出した。チュマはじっと舞を見上げている。舞はホッとしてチュマを抱き締めた。
「ああチュマ、いい子だったわね!見つからないかと思ったけど、本当に良かった。あなたは本当に賢い子ね。」
チュマは、また左右に体を揺すった。何が言いたいのか、分かったらいいのに。
「可愛いわね…チュマって名前にしたの?」
メグが言う。舞は頷いた。
「そうなの。本当に賢いのよ。言ってることが分かるみたい。」
まるっこいチュマは、洗って更にふかふかになった毛皮で、ベッドの上でぴょんと跳ねている。メグがウェストポーチを開けて探った。
「まだ少し野菜なら残ってたと思うのよね。プーは草食でしょ?食べるかな。」
「じゃあ、私は水を用意するわ。」
二人がチュマに夢中になり出したので、シュレーは苦笑してそこをソッと出て行った。
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