第11話首都バルク

いくら豪華列車でも、三日目の朝には飽きてしまって、メグと舞は展望デッキで外を見てばかり居た。鉄道沿いには、小さな町がたくさんある。そんな街並みを見て、退屈を紛らわしていたのだ。

「さ、昼にはバルクだぞ。」圭悟が、二人に言った。もう見慣れていた部屋着から着替えている。「そろそろ着替えておけよ。後二時間ほどだと車掌は言ってた。」

メグは立ち上がった。

「やっとね!シオメルを出てから一週間以上掛かっちゃったね。」

圭悟は答えた。

「グール街道を野宿しながら歩くつもりだったんだから、金は掛かったが早かったほうだぞ?あっちに鉄道敷いてくれたら早いのにな。」

メグは歩きながら言った。

「あそこは魔物が多くて無理だって聞いたよ。大型のが多いじゃない?ここらは小型だから、列車には近付かないけど。」

舞は、展望デッキから何度かチラチラ見た魔物を思い出した。確かに、小さかった。

「分かってるよ。直線コースで来れたらいいのにって願望さ。」

圭悟について展望デッキに別れを告げると、舞とメグはあの服に着替えて、列車を降りる準備をした。


大きな、近代的な造りの建物へと、特急列車は吸い込まれて行く。部屋からその様子を見ていた舞は、感嘆のため息を漏らした。

「ああ、すごいわ。こんな大きな駅、向こうの世界でも来たことない…。」

本当にそうだった。ホームは4つと少ないが、造りが豪華で、細かい所まで作り込まれているのがわかる。床は石造りで磨きあげられて顔が映るほど輝いていた。はるか上の天井には、大きなシャンデリアが何個もこちらを見降ろして輝いている。これが、首都バルクの駅なのだ。

「ここが一番大きな駅だから。」圭悟が言った。「鉄道を使うならシアへ行くにも港町のラクルスへ行くにも、ここからしか乗れない。ラクルスまでの直通列車は、海を旅する者達が使う一番多い手段なんだ。」

「シアへ行くなら、ラクルスから海を船で行ったほうが早いからな。」シュレーが言った。「ハン・バングに用がない限り、オレは陸ルートは使わない。バルクから歩きか鉄道でラクルスへ出て船でシアへ向かう。海上には高速船があるから、シアまでほんの一日で着くからな。」

舞は、シュレーを見た。

「シアってよく聞くけど、どんな所なの?」

列車が止まって、皆が立ち上がったのに合わせて慌ててついて行きながら、舞は言った。

「シアは、商業の街だ。」シュレーが歩きながら言った。「リーマサンデの都市サン・ベアンテと近くて、そっちも商業の街だから交易が盛んだ。ハン・バングなんか目じゃないほど珍しいものがひしめいているぞ。金さえあったら、面白い街だ。」

列車を降りた四人は、見慣れたラッコが不必要に広くて大きな改札の向こうで手を振っているのを見て取った。

「ああ…役立たずのオレ達の情報屋がお出ましだぞ。全く、いい気なもんだ。」

シュレーが呟くと、圭悟が笑って改札を抜け、ディクと対面した。

「ディク、予定通りだな。」

ディクは頷いた。

「レイキが来てるのは知ってるな?」

「腕輪が何度も光ってたからな。」圭悟が答えた。「居場所知ってるのか?」

ディクは肩を竦めた。

「バルクへ来たんだから、分かるだろ?」

シュレーが呆れたように言った。

「またサラマンデーか。」

ディクは苦笑した。

「そうさ。お決まりの毎日だ。自分が使う分は稼ぐと言って、街道へ出ては小物を退治して金にしてたよ。だから、皆の金には手を付けてないから安心していい。」

圭悟は頷いた。舞は横のメグにコソッと言った。

「何?サラマンデーって。」

メグは言いにくそうに顔をしかめた。

「えーっと、女のひとと遊ぶ店の名前。」

「スナックみたいなのかな。」

舞が言うのに、シュレーがさらりと言った。

「いや、昔の遊郭ってのが近いな。」

舞は真っ赤になった。

「え、ゆ、遊郭って、あの、吉原のなんとかってあれ?」

圭悟が大真面目に頷いた。

「全く困ったもんだよ、あいつの女好きにも。」

ディクが歩いて行くのに、圭悟とシュレーが付いて行く。舞も、ショックから立ち直って居なかったが、慌ててついて行ったのだった。


入ったオープンカフェのような所で、洗練された町並みを見ながら、舞はその店の日替わり定食を頼んだ。

「プーの生姜焼きです。」

目の前に出されたものは、どう見ても豚肉の生姜焼きだった。その香りに誘われて、プーが何かは分からなかったが、もはや何か分からないものを食べることに慣れていた舞はガンガン食べた。おいしい…。やっぱり豚の生姜焼きだ。

粗方片付けてホッとしていると、ディクが見計らって言った。

「明日の朝、陛下と面談出来るようになってる。」ディクは皆を見回して心持ち誇らしげに言った。「いよいよだな。」

圭悟が水を差すように言った。

「それより、レイキは何で来た。玉はここにあるし、オレ達もここに居る。前に無くした時とはわけが違う。他に誰か居たのか?誰に便乗して来たんだ。」

「前の競合ディーラーの営業のヤツだよ。」不意に、聞いたことのある声が後ろから飛んだ。「あいつに、前にバルクで会ったのを思い出してな。あの日は朝からなんか玉が光るから、絶対夜こっちへ来るんだと思ってたのに、その女が玉を拾っちまいやがって。」

皆は振り返った。

「玲樹!」

玲樹は、開いた椅子に座った。

「遅いぞ。こっちで一週間待った。ディクのヤツがオレが来たのを気取って訪ねて来たから、お前達のことは聞いてる。」

圭悟が、少しイライラしたように言った。

「それで?その競合店の営業がどうしたって?」

玲樹は頷いた。

「そいつもこっちへ来てるのを知ってたから、きっと今回も来るだろうと思って、あの夜家へ押しかけた。そしたら、案の定玉が光っててな。無理矢理一緒に来たのさ。」

シュレーがため息を付いた。

「で、そいつはどうした。」

玲樹は肩を竦めた。

「さあ?こっちへ着いたのを見て、別れたからな。あっちのパーティとはオレは全く関係ないし。ただ、あいつらはいつもここバルクから始まるらしい。だから、オレはここに居たって訳さ。」

玲樹は、残っていた皿からウィンナーを摘んで食べた。舞は唖然として見ていた…玲樹のこちらでの服は、黒を基調としたコスチュームで、赤いラインが入っている…黒に銀色のラインが入ったシュレーの服よりいくらか派手だった。腰には、やはり大きな剣を吊っていた。頭には圭悟と同じような額飾り、サークレットが付いていて、真ん中には赤い石が光っていた。あんな感じだけどカッコいい…女好きでさえなければなあ。

舞がそう思って見ていると、その視線に気付いた玲樹がちらと舞を見た。

「なんだおい。お前、舞だっけ?オレに惚れるなよ?子供は趣味じゃねぇ。」

舞は真っ赤になった。

「な…何を言っているのよ!玉、返す!」

舞は、あの時拾った玉を投げつけるように返した。玲樹はおいおい、とそれを大袈裟によろけたフリをして受けた。

「なんだ、本当のこと言っただけじゃねぇか。ガキはこれだから困る。」

メグが言った。

「ちょっと玲樹、舞に手を出さないでよ?!」

玲樹は鬱陶しそうに手を振った。

「ないない。オレは出るとこ出てるほうが好みだ。女は20代後半から30代後半に掛けてがいいとオレは思ってるんだよな。変に意地を張るヤツも少ないし、いろいろ知ってて面倒がねぇ。すぐに怒るような女は論外だ。」

舞が少なからずショックを受けていると、玲樹は目の前で玉を腕輪に付けた。そして、真面目な顔をすると、圭悟に言った。

「ところで、仕事はどうなんだ?こっちで居ても、シオメルのことは伝わって来てるぞ。山からグーラが降りて来るようになったんだって?農場が被害を受けてると聞いたぞ。」

圭悟は頷いた。

「そのグーラのお蔭で快適な旅は出来たがな。アレがしょっちゅうとなると、困るだろう。」

ディクが口を挟んだ。

「そのことなんだけど」皆が、一斉にディクを見る。ディクは咳払いをした。「シオメルの役人が用心棒にと二つのパーティを雇って山へ調査に入ってたんだが、戻って来たのはたった一人だったらしい。山は荒れて、グーラが出て来てそれを魔法で倒そうとすると、それを目掛けてどんどんグーラどころかマシラも出て来て…囲まれて、全滅だそうだ。その一人は、必死にそこから抜け出して戻ったんだと。確かに、マシラも数が減っていてしかも命の気が少なかったそうだ。陛下にその報告が来たのが昨日、すぐに軍がシオメルの守りに向かったらしいが、原因を探らなきゃこの騒ぎは収まらないだろう。実はこの辺りも、最近は命の気が極端に少ない。魔法が出せないんだ。でも、首都には電力が豊富だから、それで何とかごまかしてやっている。主要都市はそれで何とかなっているが、シオメルや工業地帯のルクシエムは魔法技に頼ってるから今大変なんだそうだ。」

シュレーが深刻な顔をした。

「ルクシエムは暖を取るのに炎の魔法が不可欠だ。零下30度にもなるんだぞ。一体どうしてるんだか…。」

圭悟は眉を寄せた。

「魔物は、命の気で生きて居るのが大半だ。だから、グーラはシオメルに降りて来るのか。魔法の波動を辿って。」

ディクは頷いた。

「そうじゃないかと言われてる。命の気の源は、知ってるよな?」

玲樹が答えた。

「馬鹿にするなよ。デルタミクシアだろう?あの、山脈の東の。」

ディクはまた頷いた。

「そうだ。それを管理しているのが、麓にある小さな村、ミクシアだ。陛下はそこへ使いをやって、状況を確認しようとしているらしいぞ。」

シュレーがディクを見た。

「リーマサンデはどうなんだ。デルタミクシアの命の気はライアディータだけで使ってるんじゃない。」

ディクは、首を傾げた。

「分からないな。陛下はご存知かもしれない。」

圭悟が、テーブルに手をついて立ち上がった。

「…とにかく、オレ達には関係ない。陛下からは妹君の護衛の仕事が来たんだろう。オレ達みたいなパーティは、掃いて捨てるほどあるんだ。そんな謎には、とっくに誰かが立ち向かってるさ。」

「違いねぇ。オレ達みたいなその他大勢のパーティには、護衛ぐらいしかやるこたないわな。」

玲樹が鼻を鳴らして面白くなさげにふんと笑った。シュレーは黙っている。圭悟は一人歩き去りながら言った。

「先にいつものホテルにチェックインしとく。面会は明日だろう。」

圭悟が歩き去って行くのを、舞は複雑な気持ちで見送った。それは皆同じなようだった。

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