第10話鉄道

トレーも片付けてジュースだけを飲んでいると、圭悟が戻って来て四枚の紙を皆に見せた。

「船はやっぱり満席だったよ。」圭悟は、うんざりしたような顔をした。「何でもアリステンを降りた乗客が首都にも寄るとか寄らないとかで大量に買い占めてるらしい。鉄道の特急がちょうど空いてたから、四席確保して来た。一時間後に駅へ行こう。その間に、ここでしか買えないものがあったら買っとくことだ。」

シュレーは肩を竦めた。

「特にないな。食料は食っちまったが、鉄道には食堂車があるし、武器のメンテも済んでいる。駅へ行って駅中でもぶらついて時間を潰すか。」

圭悟は、舞とメグを見た。二人は顔を見合わせて、頷いた。

「じゃあ、そうしよう。バルクまで三日で行くそうだ。さすがにライアディータ鉄道は早いな。」

シュレーは頷いた。

「船なら二日だがな。全く金持ちの道楽で買占められたらたまったもんじゃない。レイキに早く会いたいよ。」

圭悟は笑った。

「ディクがあっちで待ってるそうだ。さっきオレに連絡があった。駅に迎えに来てくれる。」

「当然だ。」シュレーは憮然として立ち上がった。「あの騒ぎ、あいつが知らないとはな。どうせ街道を通らずに船で来てたんだろう。あんな奴が情報屋だなんて、オレらはついてないよ。」

圭悟はふふんと笑って歩き出した。

「あいつの取って来る仕事は、だからアテにならないんだよな。」

少し嬉しそうな圭悟に複雑な表情になりながら、舞とメグは黙って二人について歩いて駅へと向かった。


地下三階、地上三階あった駅中の店を、シュレーと圭悟を引きずり回して堪能した舞とメグは、その美しい金色の車体の、バルク特急に足を踏み入れた。

四人で広々と使える個室へ案内され、そこにシャワーまで完備されているのに、舞は感動した。ここに来て、お風呂だけは困っていたのだ。はっきり言って、船に乗っている間は一度も入れなかった。無かったからだ。

「やったーお風呂だ!すぐ入っていい?」

舞がもうウェストポーチを外し始めると、メグが言った。

「ずるい!じゃあ私次ね!」

男性陣が、困って言った。

「じゃあ、その間オレ達は車内を見て来るよ。」

二人が出て行ったのを見て、舞は景気良く服を脱ぎすてると、さっさとシャワー室へと駆け込んだのだった。

服は、旅館のように車内専用の楽な作務衣のような物が置いてあった。なので、着ていた服は列車についているクリーニングに全部出した。男性陣が戻って来たので、交代してシャワーを譲り、舞はメグと二人で至れりつくせりの列車の中を見て回った。ビリアードのような台があったりして、そこは遊ぶ場所なのだと分かったり、食堂車は綺麗でまるでホテルのレストランのように気品高かった。売店もあって、普通に商店と同じような物が買える。展望デッキでは、全面ガラス張りで外の景色がとても良く見えた。

「わあ…ここ、気に入ったわ。」舞が見回しながら言う。「夜とか、星も見えそう。」

回りには、同じような作務衣のような部屋着を来た乗客がぱらぱらと居る。絶対、鉄道がいい!船より鉄道が気に入っちゃった。

舞は上機嫌で、メグと二人そこでしばらく景色を眺めていたのだった。

「ここに居たのか。飯はどうする?運賃についてる物ならタダだが、追加は料金がその場で掛かるから考えて食えよ。」

部屋着を来たシュレーと圭悟が迎えに来た。開口一発シュレーにそう言われて、メグは頬を膨らませた。

「えーちょっとぉ、豪華旅行気分に水を差すわね。」

圭悟が苦笑した。

「グーラのおかげで食いつないでるが、首都は物価が高いし、ちょっと出ないと魔物が居ない。稼ごうと思えば、荷物運びとか人探しとかの依頼を受けるよりないんだぞ?四人分のホテル代と食費を考えたら、これからのこともあるから浪費しない方がいい。」

シュレーが横から言った。

「五人だ。首都でレイキに合流するだろう。レイキも、自分の食いぶちだけでもと考えて、バルク郊外へ出て魔物を何匹が倒したんだろうからな。ま、幕屋セットも寝袋もある。郊外で野宿もいいさ。」

メグは慌てて手を振った。

「え、え、こんな豪華生活からいきなり野宿はきついって!…わかった、ハン・バングみたいに食べ過ぎないようにするよ。」

シュレーと圭悟が目配せをし合って笑っているのが見えた。舞は思った…すごく生活感漂ってるなあ…。皆の財布が連動してるから、余計に。

それがなんだか家族のようで、舞は少し心地よかった。


列車は走り続けているが、乗客は皆寝静まったようだ。

メグも早々に寝てしまっているし、向こう側のベッドの圭悟とシュレーも静かになっている。舞は、自分だけが眠れないのかと、起き上がってそっとあの展望デッキへと向かった。

軒並み明かりが落ちた車内は、とても静かだった。展望デッキは完全に明かりが落ちていて、思った通り満天の星が見えた。舞は、思わずつぶやいた。

「わあ…こんなの、見た事ないよ。」

本当にそうだった。星なんて、たくさん無いと思っていたのに。それとも、ここが異世界だからこんなにたくさんあるんだろうか。

二つある月が少しピンクがかって見える。本当に異世界に居る…違う星の下に居るんだ…。

「眠れないのか?」

舞は振り返った。そこには、シュレーが立っていた。

「うん、少し。何もかも初めてのことばっかりで、見る物も珍しいし。本当に違う世界に来たんだなあって、実感してたところ。」

シュレーは頷いて、舞の横へ座った。

「オレもマイぐらいの歳でこっちへ来たんだ。最初はワクワクしたもんだが、そのうちに現実の厳しさに焦ったものだったよ。」

舞は、え、という顔をした。シュレー、こっちの住人じゃないの?だって、ヒョウだし…。

「シュレー…私、シュレーはこっちの世界の住人だと思ってた。」

「このナリだからか?」シュレーは自分の体を指した。「確かにそうだ。もう、帰れないしな。オレの瑠璃色の玉は砕けちまった。もうずっと前だ。今更帰りたいとは思わない。だが、せめて元の姿に戻れたらとは思ったことはある。同じ種族が居ないってのは、孤独だしな。だが、メインストーリーを完結させるしか、ヒトの姿に戻る方法は無いらしい。まあないだろうから、オレはずっとこの姿だろうな。」

元の姿…。舞は、シュレーの横顔を見つめた。つまり、私達と同じだったってことかしら。

「シュレーは、ヒトだったの?」

シュレーは頷いた。

「そうだ。もう忘れちまって、名さえ思い出せなくてな。ただ、時々断片的に思い出す。それを繋ぎ合わせて、ヒトだった頃の自分を探ってみたりもするが、どうせ戻れても、あの世界には戻る気はないからな。もう、いいんだ。」

舞はじっとシュレーを見た。きれいな毛並みのヒョウ…目つきは鋭いけど、こっちへ来てからずっと私の世話をしてくれている。ヒトっぽいのは、元がヒトだったからなのだ。

「どうして、その姿になったのか覚えてる?」

シュレーは首を振った。

「いいや。はっきりとは思い出せない。気が付いたら、この姿で腕輪もなく、シアの郊外で倒れていた。名さえ思い出せなかったから、助けてくれた役人に役所へ連れて行かれて、もう一度登録したら名がシュレーだった。それから生きて行くのに一生懸命になっていたが、いろいろと思い出して来て、自分が元はヒトだったこともわかった。雑貨屋のミンも、情報屋のディクも、同じ理由でこっちへ囚われた奴らなのだと分かる。だから、同じような奴らはみんな元はヒトだったのも分かる。どうしてこうなっているのかは、分からない。まだ思い出した奴に会ったことがないからな。」心配そうに目を伏せる舞に、シュレーは笑った。「大丈夫だ。何故かマイはならない気がするぞ。それに、マイならなったとしても、ウサギとかリスとかになるんじゃないか。皆に可愛がられるだろうよ。」

舞は無理に笑った。シュレーが、こうなってしまった、理由…。

でも、舞はシュレーが好きだった。優しくて、とても強くて親切だ。別に姿がどうの、関係ない。

「でも、私はシュレーが好きよ。姿が怖いと最初思ったけど、とても親切で頼りになるんだもの。」シュレーが驚いたような顔をした。舞は、あ、と言う顔をした。「シュレー、今度乗馬を教えて欲しいの。五日も前のことなのに、あの乗馬で痛めたお尻がまだ青タンになってたのよ。お風呂で見てびっくりしちゃった。すっごく痛かったし、今度の移動の時にはあんなことないようにしなきゃ!」

シュレーは、星に向かって誓うように言う舞に、なぜかおかしくて笑った。笑い出すと止まらなくて、腹を抱えて笑ってしまった。舞は、顔を赤くして言った。

「何?お尻の青タンを想像したのね?いい歳してって思ったんでしょう?ちょっとシュレー、笑い過ぎよ!」

シュレーの笑いの衝動は、しばらく収まらなかった。

その間も、列車はすごいスピードで走り抜けていた。

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