第9話船旅

朝は3時にシュレーにたたき起こされ、舞は眠い目を擦って下へ降りて来た。マイユがもう起きていて、テーブルの上には料理が乗っている。舞は思わずマイユを見た。あれから寝なかったのだろうか。

マイユはその視線に困ったように笑った。

「寝たわよ?少し。うちの人も一緒に船着き場まで行くから、それで起きたの。さ、早く食べて。ウールンに乗っても少し掛かるから。」

ウールン?と思っていると、メグが横から小さな声で言った。

「馬よ。」

舞は頷いて、先に食べている圭悟とシュレーに倣って食事を始めた。

「ハン・バングに着いてから先を決めることにした。」シュレーがいち早く食べ終わって言った。「なんだか事情が変わって来てるようだ。こっちのルートを使う者が後をたたないらしくて、ハン・バングは乗り換えでごった返してるんだそうだ。船か鉄道か、空いてる方でバルクへ向かおう。あっちまでの船賃が浮いただけでも、かなり余裕が出来たからな。船の中にあの機械があるだろうから、昨日のグーラがいくらぐらいになったか確認するよ。」

二人は食事をしながら頷いた。思ったほど食べられない。朝が早すぎるのだ。

「おい、食っとかないと貨物船には食堂はないぞ。まともな食事はハン・バングまで出来ないと思った方がいい。」

圭悟が言うが、そんなことを言っても食欲がないのだ。マイユが言った。

「仕方ないわ。お弁当作ってあるから、持って行って。それから、昨日のミルク。そもそもこれを買いに来たんでしょ?」

メグは忘れていて、あ、と手を出した。

「そうだった!おいくらですか?」

マイユは首を振った。

「今回はいいわ。」

メグは慌てて言った。

「そんな!ここまでお世話になったのに、ちゃんと買います!」

マイユは笑った。

「いいの。あの人を治してもらって、本当に助かったんだから。それに、グーラも倒してもらったし。また次にもらうから。」

いい人だ…。舞は思った。なんだか古き良き時代の人って感じで…なんだか人が信じられるようになりそう。

「本当にお世話になってしまった。」

シュレーが言った。立ち上がっている。そろそろ出掛けるのか。舞も慌てて立ち上がった。

「まあ、こちらこそ。」マイユは微笑んで言った。「外でウールンを出してレムが待ってるわ。気を付けて。」

四人はマイユの弁当を手に、そこを出た。


ウールンは、ほんとに馬だった。よく見ると小さな角が額の真ん中にあったが、どう見ても馬だった。

慣れたシュレーが舞を前に乗せ、レムがメグを前に乗せて、圭悟は一人でウールンに股がった。

「オレ、まだ三回ぐらいしか乗ったことないんだよなー。」

圭悟がぶつぶつ言うのを後目に、三頭のウールンは走り出した。

「舞、ケツがダメージ受けるぞ!」

舞は必死にシュレーの腕に掴まっていた。そんなことを言っても!

「だってどうしたらいいのかわからないのよ!」

「動きに合わせて立つんだよ!」

ええ!?立つの?!無理無理!落ちるから!

「無理!」

「何のための鐙なんだ。」シュレーは呟いた。「もういい!そのまま掴まってろ!」

「ええ~!?」

そのまま十分、舞はお尻が痛くて死にそうだった…。


「大丈夫?」

メグが心配そうに舞の顔をのぞき込む。舞はお尻をさすっていた。

「メグは大丈夫なの?」

メグは頷いた。

「うん。もう何度か乗ってるもの。コツがあるのよ。乗馬のね。」

うう…尾てい骨が痛い。舞は、レムが戻って来たので顔を上げた。

「話はつけて来た。ハン・バングで荷を少し下ろすのに一時間ほど止まるそうだ。その時に下ろしてもらえるように言ったよ。」

圭悟がレムと握手した。

「何から何まで、本当にありがとう。また会いに行きます。」

レムは笑って頷いた。

「土産話を聞かせてくれ。じゃあ、皆さん、お気を付けて。」

四人は、その船に梯子を使って乗り込んだ。上から見ると、レムがこちらに手を振っている。舞は一生懸命手を振った。何がどうなってるのか分からないけど、これからしばらくこの世界に居るんだ。出来ることから頑張らないと!まずは、今度シュレーに乗馬を習おう。

みるみる遠ざかって行くシオメルを見ながら、舞は思っていた。


もう、五日が過ぎようとしていた。結構なスピードで進んでいるにも関わらず、景色は変わらない。左に高い山脈があって、右手には高原。時々小さな町があったが、船は止まることはなかった。

あのグーラは、一体倒して5000金にもなっていた。買い取りが一体2500金なので、合わせて一体7500金。三体でかなりの額だ。普段、山からそうそう降りて来る魔物でもないらしく、値が高いのだと教わった。

「もう、ハン・バングが見えて来るぞ。」シュレーが、だれていたメグと舞に言った。「やっとまともな飯が食えるな。」

そう、これに乗ってから干し肉とかリンゴとか、まともなところでパンしか食べていない。皆シオメルで買ってきた物だった。それももう尽きるとメグが悲壮な顔をしていたところだったのだ。

「まあ!ああ、パスタが食べたいなあ。温かい物に飢えてる感じ。」

舞は頷いた。

「スープがいい。あるかな。」

シュレーは笑った。

「ハン・バングは大きな町だ。首都と繋がってるし、商業地のシアへの通り道だから、何でもあるぞ。今金があるから、皆でたらふく食ってからバルクへ向かおう。」

メグと舞は大喜びした。

「わーい!」

言っている間に、河の右側にはぽつぽつと家が増えて来た。舞が甲板で身を乗り出して見ると、前に大きな石造りの建物がたくさん集まった場所が見えて来た。

「あれ?!すごい、大きい!都市だよ!」

船は少しスピードを落とし始めた。間違いない。あれがハン・バングだ。

船は、ゆっくりと流れに乗るように進んだ。大きな建物が、河の上に乗り出すように建っていて、そちらの方角へ進む。

「わあ…電車のホームみたい…。」

舞が呟いた。河は建物の中まであって、いくつの桟橋が並んでいる。舞達の乗る船は、そのうちの1つへしずしずと進んで、ゆっくりと止まった。

「あっちにめちゃくちゃ豪華な船が止まってる。」

舞が言うと、シュレーがそれを見て頷いた。

「あれは豪華客船のアリステン号だ。ここから海へ向かって、リーマサンデへ向かう。」

「あの高い山脈の向こうの?」

舞が言うと、シュレーはまた頷いた。

「そうだ。ま、金がないと無理だわな。オレならあれに乗らずにシアで乗り換えて海沿いを鉄道で行くね。その方が安い。」

ふーん、と舞はその船を見た。白い船体が綺麗で、金色の飾りがそこかしこに付いている。自分も縁がないかなあ…まだ魔物も一人で倒せないんだもの。

圭悟の声がした。

「おーい、降りるぞ!」

「はーい!」

舞は慌てて貨物室から荷物と一緒に歩いてハン・バングの港に降り立った。


港を出ると、そこはシオメルとはうって変わった都会の街並みだった。ネオンサインがある…電気があるのだ。

「あの店にしよう。」

圭悟が、先に立って石畳の上を歩いて行く。そこは、木製の枠を付けてカントリー調に仕上げてある店だった。

外のテーブルに席を取ると、四人はトレーを持ってセルフサービスのレーンに並んだ。あれもこれもと選ぶ舞とメグに、シュレーが言った。

「あのな、食いきれる量にしろ。いくら金があるからって。」

「あら、食べられるわよ。」メグが口を尖らせた。「ね、舞。」

舞は、自分のトレーを見た。確かにたくさん取っている。

ルクルクのステーキを頼んだので、ローストルクルクはやめておくことにした。

席についてお腹も満たされ、味はオレンジジュースの飲み物を飲んでいると、急に腕輪が光りだした。

「え…」

誰か、パーティの者が戦っていたら光ると聞いたのに。みんなここに居る。舞が思っていると、シュレーが圭悟を見た。

「…レイキか。」

圭悟は頷いた。

「それ以外考えられない。」と、腕輪をパチンと開けた。開くんだ!と舞が思っていると、圭悟は眉をひそめた。「バルクの近くの街道沿いだな。どうやって来たんだ。」

シュレーは首を振ったが、言った。

「どちらにしても、レイキが居たら心強い。早いとこ合流しよう。バルクに向かってるのは知ってるんだろう。あっちに居るってことは。」

圭悟は考え込むような顔をしながら、頷いて腕輪を閉じた。

「港の切符売り場でバルク行きの空きがあるか聞いて来るよ。ここで待っててくれ。」

圭悟は言うと、立ち上がってトレーを片付けると歩いて行った。それを見送りながら、メグが言った。

「圭悟、なんだか警戒してるのよ…今回の仕事が、陛下からの依頼だからって。」

シュレーがメグを見た。

「あいつ、まだメインストーリーに当たるのを怖がってるのか。」

メグは頷いた。

「そう。あの大きな依頼、メインストーリーの関係があったじゃない?あんな脇道のことであれほどの怪我を負ったから、もしもメインなんかに当たったらどうなるのかって。その上あれで…。」

シュレーは考え込むように腕を組んで椅子に深く座った。

「確かにな。まだ27才やそこらで、死に直面したんだ。トラウマになっても仕方がない。あれからケイゴは変わったからな。」

舞が驚いた顔をした。

「え、そうなの?圭悟さん、もっと年上かと思ってた。」

メグは苦笑した。

「そうよね。あれ以来すっかり落ち着いた顔つきなって、同年代より年上に見えるから。30代ぐらいって思ったんじゃない?」

舞は、きまり悪げに頷いた。

「そうなの。そうか、まだ27歳なんだ。」

メグはシュレーを指した。

「シュレーは歳が分からないでしょう?でもまだ29歳なのよ。私は25歳。玲樹は26歳よ。舞は?」

舞はおずおずと言った。

「来月20歳。」

「若っ!」

メグが叫んだ。シュレーが笑った。

「まだ子供みたいな顔してるじゃないか。オレはそれぐらいだろうなと思ってたよ。」

舞はそんなメグ達を見ながら、圭悟のことを考えていた。そんなにひどい怪我をしたんだ…トラウマになってしまうほど…。

舞は、他人事でないと思った。もっと術を使えるようにならなければ。

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