第16話ライ高原に向けて
甲冑とか言うので、どんなにいかついものかと思っていたが、軽くて薄いもので、着てもそれほど違和感はなかった。だが、これで魔物の牙も爪も通さないのだという。ディアムとかいう金属のすごさを、舞は文字通り肌で感じていた。
待ち合わせていた船着き場の、個人の船が着く場所に行くと、もう圭悟とナディア、それにメグが待っていた。その前には、20フィートほどの小さな船が停まっていた。
「これで、三時間ほどだそうだ。」
圭悟が言う。シュレーは頷いた。
「そうか。これにこの人数乗るのか?」
すると、船員が言った。
「大丈夫です。定員ぴったりですから。」
そうして、少し不安になりながら、六人はその船に乗り込んだ。
しばらくすると、風が冷たくなって来た。ラクルスも少し涼やかな風が吹いていたが、海辺だからと思っていた…だが、違ったようだ。ドンドン冷たい空気になって来る。舞がチュマを抱いて震えていると、シュレーが言った。
「そろそろコートを着たほうがいい。段々と雪が見えて来るぞ…ほら、陸を見てみろ。」
舞は、言われるままに陸の方を見た。段々と白くなって来ている。雪が積もっているのだ。そりゃ寒いはずだわ。
慌ててウェストポーチから縮めたコートを出すと、教えられたとおりに念じて大きくした。そして、慌てて身にまとうと、その中にチュマを入れた。チュマは、不思議そうにこちらを見上げている。チュマを抱いてるだけで、かなりあったかい。襟元にファーが付いているそれは、肩までファーに覆われていて暖かい。ホッとしていると、皆が一様に毛皮や皮で作ったコートを身に着けて、震えた。
「あの桟橋です。」
船員が言う。そこには、木で桟橋を作っただけの、小さな船着き場があった。そこへ横づけすると、その小さな船が大きく見えた。そうか、ここにつけるためには、これぐらいの船でないと駄目なんだ。
舞が思っていると、圭悟から順にその桟橋に降り始めた。先に降りた圭悟は、ナディアの手を取って降ろしている。玲樹が飛び降りて行って、シュレーが降りて舞に手を出してくれた。舞はそれに掴まって降りた。
「ちょっと!」後ろから、メグの声がする。「何か忘れてない?どうして私だけほったらかしなのよ。」
玲樹が面倒そうに言った。
「お前は大丈夫だろう。そんな裾の長い服で、走り回ってるんだからな。」
「何よ。私は珍しくないからってさ。」
メグはふくれっ面で文句を言いながら降りて来た。チュマは、コートの前から顔を出して回りを見ている。手を離していても、そこに入っていてくれるので、舞は楽だった。なので、何があってもいいように、杖を出して大きくして握り締めた…大丈夫、みんな居るし、ディアムの甲冑を付けてるんだし。
「お気をつけてー!」
後ろから、船員が言うのが聞こえる。皆で船員に手を振ると、腕輪が示す方向へ向かって、皆は歩き始めた。
途中、雪がちらつき始めた。ドンドンと雪が多くなって来る方向へ向かって歩いているのが分かる。こんな所に、魔物が居るのかしら。寒すぎて、魔物も凍るんじゃないの?
黙って歩いていると、胸元でチュマがぷぷ、ぷぷ、と怯えたように鳴いた。シュレーが眉をひそめる。
「…何か居る。」
玲樹が、頷いて剣を抜いた。
「恐らくラグーだ。あれはオレ、食えないんだよな。臭いんだもんよ。」
圭悟が頷いた。
「オレもだ。」と、ナディアを見た。「下がって。」
ナディアは頷いて後ろへ下がった。シュレーも剣を抜いて言った。
「メグは後衛、マイは中衛だ。オレ達三人は前衛に回る。マイ、魔法は極限まで使うな。手が届く距離になってからでいいから、その先で刺せ。」
この先で?!舞は思ったが、頷いた。でも、何匹来るんだろう~。
「来たぞ!」
吹雪の中から、三頭のラグーらしき魔物が飛び出して来た。それを見たチュマが、コートの中に顔を引っ込めて震えている。ラグーは、何やら黒と紫のまだらの色の、見た感じ形は羊のような、角がある生き物だった。こちらを睨んでいる。怖い…これ、食べるんだ。しかも、臭いってどうよ。
玲樹が真っ先に斬り込んで行った。見ていると、玲樹の動きは素早くて無駄がない。それに、そこに居る誰よりも積極的だった。
結構強いんだ…。
舞は思っていた。すると、一頭が圭悟の前をすり抜けてこちらへ飛び出した。
「きゃあ!」
舞は、杖の先で刺せと言われたが、どこをどうやったら刺すような杖の形になるか分からなかった。だが、ラグーはこちらへ飛び掛かって来ようとしている。
「も~えい!えい!」
舞は、杖で力任せにその頭を思い切り殴りつけた。ラグーはひるんでよろめいた。そこを、シュレーが一突きにして、そのラグーは倒れた。
「いいぞ!その調子だ、マイ!」
どの調子?舞は思ったが、とにかく杖を大きく振りかぶってラグーを殴り続けた。右から左から大きく振り回して殴っていると、気が付いたらそこには三頭のラグーが倒れていた。
「あ~あ、なかなかしつこいラグーだったな。」
玲樹が、何でもないように言う。圭悟が少し息を上げて言った。
「なんだか、必死な気がしたぞ。今までと勝手が違うな。」
玲樹が、珍しく真面目な顔をした。
「…それだけ、何かが起こってるってことだろうよ。」
三人は、剣を鞘におさめた。舞は息を切らせて杖を地に付けていた。魔法の方が絶対いい。これじゃあ、体力勝負じゃないのよ。
そんな舞に、玲樹が言った。
「お前、なかなかやるじゃねぇか。その杖強いな。それだけ振り回せりゃあ、打撃技も出来るって大きな顔で言えるぞ。女は魔法ばっかなのによ。」
舞は、なんだか褒められた気がしなかった。
「どうも。」
舞はぜいぜい言いながら歩き出した。もう、いいや。早く工場に着きたいんだけど。
しかし、そんな願いも虚しく、それからも魔物の襲来は続いたのだった。
「殴るのもいいが」シュレーが、見付けた洞窟の中で言った。「先を伸ばせ。それは槍にもなるだ。」
舞は眉を寄せた。
「だって、どうしたらいいか分からないんだもの。」
シュレーは、舞から杖を受け取って上に向け、杖をとんと下に付いた。
「シュート!」
途端にシュッと音がして、杖の先が伸びた。そして、長く尖った。
「わあ…そうやるんだ。」
舞は感心して見ていた。
「それで、戻す時は?」
シュレーはまたとんと下に杖を付いた。
「スタンド。」
スルッと杖は元の形に戻った。
「とにかく、これからはこうやって使い分けろ。闇雲に振り回すだけじゃあな。」
玲樹が、火を起こしながら言った。
「そうそう、何度オレまで殴られそうになったか。」
舞はばつが悪そうに頷いた。確かにみんなが避けてくれなければ、何度か当たっていたかもしれないからだ。
舞は、居心地悪くて外へ目をやった。外は暗くなり、吹雪いている。このまま魔法を使わずルクシエムの工場へ着けるかな…。きっとここでは、私の炎の技は有効なのに。
気取ったように、シュレーが言った。
「マイとレイキなら、属性が炎の技が得意だからここでは強いのにな。オレなんて、ここじゃ魔法は無理だ。得意なのは氷だから、ひたすら斬るしかない。だから、どのみち同じなんだが。」
舞はシュレーを見た。
「でもシュレーは、斬るのがすごくうまいから問題ないじゃない。私なんて、あんなことしたことないから。剣なんか振り回せないよ。」
玲樹が笑った。
「違いねぇ。剣をあの調子で振り回されたら、回りがたまったもんじゃないからな。」
ふと、舞はメグが黙っているのに気が付いた。思えばメグは、いつもナディアと共に後ろに立っているだけだ。回復が担当なのだから、魔法を使うなと言われている今はやることがない。舞がなんと声を掛けたらいいのか戸惑っていると、圭悟が言った。
「メグ、お前は今はそれでいいんだよ。オレ達が消耗しないのが第一だから、今はお前の出番がないほうがいい。」
シュレーも頷いた。
「そうだ。お前の出番が来たら、オレ達が危ないって時だろう。今は余裕があるってことだ。心配しなくてもライ原野に近付くに連れて魔物が大型になって来る。嫌でも魔法を使わなきゃならなくなるだろうし、回復もしてもらわなきゃ勝てなくなるさ。」
メグは、頷いた。そして言った。
「でも…何か役に立てればいいのに。私って、同じパーティの中でも、一番力がないでしょう?攻撃力がほとんどないもの。回復なら、みんな出来るじゃない。私は、戦いに夢中のみんなを、戦ったまま回復させることが出来るってだけで。」
シュレーが言った。
「それが大事なんだぞ。誰かがそれをやってくれないと、皆で闇雲に戦うだけだったら全滅してしまうだろう。自分の役目に誇りを持て。」
メグは頷いた。そう思えればいいけど…。
舞は、複雑な気持ちでメグを見ていた。
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