第7話初対決
舞は、シュレーに言われて自分の杖を出していた。それをそこの店主に渡すと、相手は眉を寄せた。
「う~んこの手のヤツは子供の練習用に買う客が居るだけで、一般には需要がないんだよなあ。」
「子供?!」
舞は思わず声を上げた。シュレーが買い替えろと言うはずだわ。
「まあいい。最近は新しい奴らがこの世界に来ることも少なくなって、この手のヤツの買い取りが少なくなってるのも事実だ。500金だな。」
舞は500円と言われた気がした。
「安っ!」
舞が叫ぶと、相手は眉を寄せた。
「あのなあ、これにマージン乗せて値を付けるのに、高いと売れないんだよ。戦いたい大人はもっと良いもの買うしな。子供に武器を持たせようって大人は、もうここらでは居ねぇ。」
シュレーは、驚いたように店主を見た。
「なんだって?おいランツ、ここはシオメルだろう。一番平和で命の気が多いから、魔法が使いやすいって子供の頃から教えるんじゃないのか。首都からわざわざ留学する子供も居ると聞いてたぞ。」
ランツは、杖を置いた。かけていた眼鏡を取って、シュレーを見る。
「…知らないのか。」
シュレーは、眉をひそめた。
「何をだ?」
ランツはため息を付いた。
「そうか、まだここへ来たばかりだな。シオンで噂になってなかったか?」
シオンとは、あの舞が始めに居た村だ。シュレーは首を振った。
「そもそもオレはそこにも昨日着いたばかりだ。シアに居たからな。河を船で来た。そのままここを抜けてすぐシオンへ行ったからな。」
ランツは頷いた。
「ここ最近だ。山の方からグーラが降りて来るようになっちまって。ルクルクの値が上がってるだろう?牧場が荒らされてルクルクが被害を受けてる。命の気の供給が不安定で防御の魔法が不安定なんだ。」
シュレーが険しい顔をした。
「それにしてなんでグーラが?あいつらはルクルクなんか食わないだろう。あいつらの好物は命の気の多いマシラだ。おとなしいし山にはめちゃくちゃ居るから、滅多に山から出て来ないのに。」
ランツはまた頷いた。
「だから役所の役人が、パーティを雇って昨日山へ調査に行ってるよ。陛下に報告しなきゃならねぇからな。」
シュレーは表情を険しくしたまま頷いた。
「確かに…ここでそれなら、首都はどうなってるんだ。シアはまだ穏やかだった。」
ランツは肩を竦めた。
「オレ達は西側のことまで分からないな。とにかく、ここでは命の気の供給が不安定になってグーラが降りて来てる。そういうことだ。グール街道上は酷いらしいぞ。魔法を使って戦ってたら、わんさか魔物が寄って来て手に負えなくなるから、もっぱら斬って斬って斬りまくって進むしかないらしい。港が盛況だったろう。街道を越えるのが面倒だからだ。」
シュレーは舞を見た。位置関係が全く分からない舞には、どこがどうなのか全く分からないのだ。シュレーは察して、言った。
「グール街道っていうのは、首都へ食料を送るために作られた首都までのまっすぐな街道だ。その街道上にシオンみたいな小さな宿場町があって、旅人は何日も掛けて首都バルクへ向かう。ここから海へと大きな河が流れていて、そっちから行く手もあるんだが、オレ達は船代ケチって徒歩で行くつもりだったんだ。何しろ直通の船は高いし、乗り換えたら面倒だし…。」舞が、まだ今一分からない顔をしているので、シュレーは手を振った。「ああ、いい。後で地図を見せよう。どうせケイゴ達とも話さなきゃならないんだからな。マイとメグを連れて街道を行くのは今の状態じゃヤバいだろう。」
ランツが頷いた。
「そうだ。男ばっかりのパーティでも、行くまでに全滅してたのが見つかったらしいからな。魔法技しか使えないようなパーティは、絶対今の街道は行かない方がいいぞ。」と、ランツは杖を見た。「さ、どうするんだ?これを買い取るか?これ持って行くか。」
シュレーは即答した。
「買ってくれ。新しいのを買う。少しはマシなのを持たせとかないと、何が起こるか分からなくなったからな。」
ランツは頷いて、何本か杖を持って来た。
「こっちは軽くて振りやすいヤツ、こっちは重いが直接攻撃にも耐えられる…つまりは最悪これで殴っても大丈夫ってヤツ。これは、軽いし先が剣にも変わるから槍がわりにもなるが、材質が最高質のディアムだから高いんだ…値段がこっちの倍。」
「いくらだ?」
シュレーがもう腕輪を上げながら言った。ランツは答えた。
「10000金。」
シュレーの動きが止まった。
「…ほんとに高いな!」
舞にも、それは分かった。さっきの一式が、6000金って言ってたから、こっちはこれ一本で10000金ならかなり高いだろう。
ランツが眉を寄せた。
「だからディアムだっての。お前の剣だってディアムだろうが。」
シュレーがそれを見た。
「オレはディアムを山で採って来て加工してもらったから安いもんだ。」
ランツははいはい、と言ったように杖を退いた。
「だったら採って来て鍛冶屋へ行きな。そのほうが安いだろうから。この値だってほとんど材料代なんだぞ。加工賃はまけてもらったからな。」
「なら、少しはまけろ。さっきミンはまけてくれたぞ。」
ランツは長いため息を付いた。
「仕方ないな…お得意さんだからよ。引き取りと合わせて8000金だ。それ以上は無理だ。」
シュレーは首を傾げた。
「…7500でどうだ?」
ランツはハーと宙を仰ぎ見た。
「わかったわかった。全く、デカい仕事に当たったら、絶対うちで武器を揃えろよ。一生遊んで暮らせる金が入るんだから。」
シュレーは笑った。
「遊んで暮らせるのに武器か?まあいい、そうなったら、絶対ここで買うよ。」
舞がぽかんとしている前で、シュレーは腕輪を翳した。そしてその何やら良い材質で出来ているらしい杖を渡されて、それを握った。銀色なのに、金色に見える時もある、不思議な金属だった。先に、ドロップ型の同じ金属の飾りらしき物が付いていて、その回りに金色の輪が取り囲むように何本も付いていた。明らかに、最初になぜか持っていた物と違う…。それに、とても軽かった。
シュレーは満足げにそれを見た。
「よし。これで実戦でも大丈夫だな。」と、ランツを見た。「ありがとうよ、ランツ。また来るよ。」
ランツは苦笑して手を振った。
「次は稼いで来てくれ。」
舞は、シュレーと共に店を出た。
シュレーが、言った。
「待ち合わせ場所へ行くか。どっちにしても今日出発は無理だ。さっきの話をケイゴ達にして、行き方を決めなきゃならない。まったく、ディクの奴は情報屋のくせに、こんなこともオレ達に知らせないで。」
舞は、頷きながら横を見ると、建物が無くなった先に、ゲートがあるのが目に付いた。
「あのゲートの向こうは?」
シュレーは答えた。
「ああ、農場だ。ルクルクとか放牧してる牧場もある。」
舞は、昨日食べたルクルクがいったいどんな見た目なのか絶対に見てみたかった。なので、シュレーに言った。
「ねえシュレー、私、ルクルクが見たいの。昨日食べたけど、いったいそれがどんな姿なのか知らないんだもの。ちょっとだけ行こう?」
シュレーは驚いた顔をした。
「ルクルクを?あんなの野生で居るぞ。でも、ま、おとなしくしてるのは飼ってるルクルクだからな。いいだろう。」
舞は、まだ手に杖を持ったまま、嬉々として先に立って歩き出した。空気が気持ちいい…ここは大気汚染なんて関係ないんだろうなあ。
喜んで駆けて行く舞を、シュレーは困ったように笑いながら追った。まだ、この世界が珍しいのだろうな。無理もない。
ランツが言っていたが、牧場も農場も一見穏やかだった。シュレーがホッとしながら歩いて行くと、いつもミルクを安くわけてくれる農場の小屋が目に入った。そこの横の、木の低い柵の方へ歩いて行きながら、シュレーは言った。
「ほら、マイ。ここから見えるぞ。あれがルクルクだ。」
「本当?!」
舞は、急いでシュレーに並んだ。
ルクルクは、牛のような胴に、大きな二本の角が耳の横から上に向けて生えている、紫と白のまだらの色の生物だった。顔を上げた時に見えた目は金色で、確かに魔物だろうが、今はおとなしく草を食んでいる。シュレーが言った。
「飼ってるヤツはああやっておとなしいんだ。野生のヤツが厄介でな。あの角が、あれの倍は伸びる。ここでは定期的に切ってるし、おとなしく切られてるから、あれぐらいで済んでるけどな。」
ふと、舞は自分が魔法を使っている時の波動と同じようなものを感じた。顔を上げると、シュレーも同じように顔を上げて、小屋の向こう側を見ている。
「シュレー、今…。」
シュレーは頷いた。
「メグだな。あの波動はそうだ。何かを治療してるんだろう…病人でも居たのか?」
そう言い終わったか終わらないかの時に、突然、つんざくような泣き声が聞こえた。上空からだ。
「何?!」
舞は、ルクルク達が怯えて必死に一所に集まろうと騒いでいるのを見た。
「グーラだ!」
シュレーが、弾かれたように剣を抜いた。舞はびっくりした…長い。鞘に納められるように、小さくしていたの?
シュレーは、舞を見ていなかった。上空、山の方からこちらへ向かって飛んで来る三体の、深い緑色の大きな生物を見ていた。
「こっちへ真っ直ぐ向かって来るぞ!マイ、オレが前で斬り込むから、お前は後ろから詠唱時間の短いフォトンを撃て!」
あの、火の玉のヤツか。舞は途端に震えて来るのを感じたが、頷いた。
「わかった!」
新調したばかりの杖を握り締めて、舞はその時を待った。
グーラと言われる羽を広げれば二トントラックほどの大きさの魔物は、二人の前に舞い降りた。
舞の腕輪と、シュレーの腕輪が同時に光出した。
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