第6話シオメルから
そこは、舞が初めて見るこの世界の大きな町だった。まるで、どこかのテーマパークに来たような感じを受ける。皆それぞれにいろんな形の衣装を身に付けていて、それを見るだけでも楽しめた。
「ここは大きな町とは言っても、農業の町だからね。」シュレーが言う。「活気があって、人が多いのはここだけだ。ここを抜けると農場ばかりで、その先が山岳地帯になる。山を越えて旅をするもの達はここでいろいろ買い揃えて、休んでから行く。ライアディータの食料は全てここから供給されてるのだ。」
舞は、感心して見ていた。たくさんの、見たことがないような野菜が並んでいる。あっちこっち目移りして仕方がなかった。そんな舞に、シュレーが苦笑して言った。
「だがオレ達は備品を買い揃えに来たんだぞ?ここは市場、商店はあっちだ。」
舞は、もっと見たかったが、シュレーがさっさと歩いて行くので仕方なくついて行った。市場を横に折れて歩いて行くと、レンガ造りの建物が並ぶ通りがあり、シュレーは慣れた様子でその中のひとつに入って行った。ガラスのはめ込まれた木製の戸を開けると、暗めの室内の正面のカウンターに、どう見ても熊だろうと思われる店主が立っていた。
「よう、シュレーじゃないか。久しぶりだな。」
シュレーは笑った。
「幕屋のセットはあるか?いろいろ買い揃えたいんだ。」
相手は頷いて、舞を見た。
「見ない顔だな。新顔か?」
シュレーは頷いた。
「舞だ。そこそこ力があるんだぞ。」
相手は値踏みするように舞を見ていたが、言った。
「…ミンだ。そうかお嬢ちゃん、こいつらと旅かい?」
舞は、少し怯えながら頷いた。ミンはため息を付いた。
「おいおい、マジで連れて行く気か?オレにこんなにビビっちまってるお嬢ちゃんが、魔物を退治できるってのかよ。」
シュレーは肩を竦めた。
「お前はクマだから怖いんだよ。」
ミンは心外だという顔をした。
「お前だってかわいい子猫ちゃんな訳じゃねぇぞ。え?氷の傭兵さんよ。」
シュレーは、あからさまに嫌な顔をした。
「…よしてくれ。それは昔のことだ。それより仕事しな。幕屋セットと、携帯用調理セット、それにそこの寝袋を5つ。」
ミンは舞に向かって大袈裟に目を丸くすると、シュレーの方へ歩いて行った。
「へいへい、出すよ。」
ミンは大儀そうに奥へと繋がる狭い通路を抜けて出て行った。舞は、横を向いているシュレーに今の傭兵が何とかということを聞こうかと思ったが、シュレーがそれを避けているのは見ていて感じる。なので、ただ黙っていた。なんだか、沈黙が痛い…。
何の気なしにそこいらへんの飾りのような物を触って見ているフリをしていると、シュレーが言った。
「…それが欲しいのか?」
「え?」
舞は、無意識にメロンソーダ色の棒のような物を手にしていた。すりこ木ぐらいの大きさだ。何に使うかも分からないものを欲しいはずはない。舞は慌てて手を離して首を振った。
「ううん!ただ、ちょっと綺麗な色だなって。」
シュレーはふーんとそれを見た。
「値段が書いてないな。武器でもなさそうだが、何だろうな。オレにもわからん。」
舞は、別にこんな棒どうでもいいんだけど、と思いながら頷いた。
「飾りかもね。」
ミンが奥から戻って来た。
「持って来たぞ。なんだ?それに興味でもあるのか。」
シュレーはミンを振り返った。
「何だろうかと言っていたのだ。」
ミンは顔をしかめた。
「一週間ほど前に、山の方から来た大層みすぼらしい旅人が、金にしてくれと持って来たのさ。そいつも何か分からないようだったが、こっちもわからない。とにかく飾りとして買い取ったんだ。」
シュレーは呆れたように言った。
「何でも買うなよ。破産するぞ?」シュレーはミンに向き直った。「で、いくらだ。」
ミンは、カウンターの上に、小さな消しゴムのように見えるものをぽろぽろと置いた。
「全部で6000金。まけてやるよ、そのお嬢ちゃんの加入祝いにな。」
「すまないな。」シュレーは笑顔でその消しゴムのようなものを拾い集めて巾着に入れている。「さ、支払いだ。」
シュレーは腕輪をカウンターにある機械に翳した。光が降り注ぎ、それが消えた後、ミンは言った。
「毎度あり。また来いよ。」と、舞をシュレー越しに覗いた。「嬢ちゃんもな。」
舞は頷いた。幕屋とか調理セットとか言ってたのに、消しゴムに見えた。あれって、杖とかみたいに縮めてあるのかな…。
疑問は山ほどあったが、シュレーがさっさと出て行くので、舞は急いでその後を追ったのだった。
外へ出ると、シュレーが言った。
「安くついたから、武器も新調しよう。マイのはかなり初心者用だから、実践じゃ辛いと思ってたんだ。武器屋はこっちだ。」
舞は、言われるままに歩いてついて行ったのだった。
メグは、麻袋を地面置き、何かを念じて縮めた。そして、圭悟の腰に付けた鞄に入れる。
「ま、五日分でいいんじゃない?後は宿場町で買い足して。バルクまで、どこかでまた荷馬車に乗せてもらえたらいいわね。でなきゃ歩くと二週間近く掛かっちゃう。」
圭悟は黙って頷いた。メグはため息を付いた…あの旅籠でディクの話を聞いてから、ずっとこんな感じだ。
「圭悟?どうしたのよ、今回の依頼が気に入らないの?」
圭悟は、ハッとしたようにメグを見た。
「…いや、別に。」
歩き出す圭悟について行きながら、メグは言った。
「王からの依頼だから、警戒してるんでしょう?大丈夫よ、大きなメインストーリーに当たるのなんて、宝くじに当たるより難しいのよ?ちょっと聞いたところによると、王の妹君を船に乗せる護衛でしょ?兵に知らせないお忍びだから、外部に依頼するって言ってたじゃないの。港は隣町だもの。一日で着いちゃうわ。」
圭悟は立ち止まった。
「…分かってる。だが、ちょっとでも可能性のある依頼は避けたいんだ。シュレーには悪いが…大きな仕事なんて、受けたくないんだよ。」
メグは、圭悟を見た。
「あの仕事のこと…まだ忘れられないの?」
圭悟はメグを睨んだ。
「いつも後衛のお前に何が分かる!」
そして、さっさと歩いて行く。メグは言った。
「ちょっと圭悟!牧場はこっちよ!ミルクを買わなきゃ!」
圭悟は無視してずんずん歩いて行く。メグは腰に手を当てて叫んだ。
「いいわよ!私一人で買って来るから!」
圭悟は答えず、人波に消えて行った。メグはぷりぷり怒りながら、牧場に向かって歩き出した。
市場を抜けて、アーチをくぐると、突然に風景が変わる。そこからは、見渡す限り農場と牧場が広がっていた。
メグはいつもの農場へ迷わず足を向けた。そこは、いつも市場で買うより安くミルクを分けてくれるのだ。
木をうまく組んで作った小屋に入ると、メグは声を掛けた。
「こんにちは~。」
奥から、初老の女の人が出て来た。
「あらあらメグ!久しぶりね!元気だった?」
メグは微笑んだ。なんだかホッとする。
「マイユさん。」メグはキョロキョロとした。「あら、レムさんは?」
いつもおしどり夫婦で、離れているのを見たことがないのに。マイユは、暗い顔をした。
「うちの人、ルクルクを守ろうとして魔物に足をやられちゃって。」マイユは背後を見た。「良くないの。治りが遅いのよ。ここの治癒の術屋にも来てもらったのに、最近は命の気が不安定で…聞いてない?」
メグは首を振った。
「知らないわ。ここはデルタミクシアに近いから、命の気は豊富なんだと聞かされてたけど…。」
マイユは頷いた。
「そうなの。そのはずなのに、最近は魔物も増えて、夜もゆっくり出来ないぐらい。守りの術が安定しないからなの。」
メグは、足を踏み出した。
「私に見せて。もしかしたら、少しは治せるかも。」
マイユは嬉しそうな顔をした。
「本当?治癒の術者も、あちこちに行くから命の気が足りなくて治し切れないのだと言っていたのよ。メグなら、大丈夫かもしれないわ。」
メグは、マイユについて奥へと入って行った。
小屋を抜けると、そこにはログハウスが建っていた。何度かお邪魔して、お茶をもらった事がある。マイユはそこに入ると、二階へとメグを案内した。
「あなた、メグが来てくれたわ。」
マイユが、苦しげに眉を寄せる、ベッドに横たわった男性に声を掛けた。メグは言った。
「レムさん。」
レムは、目を開けた。
「メグか?こんな姿ですまんな。グーラに足をやられてね。治らないんだ。痛んで仕方がない。」
メグは険しい顔をした。グーラって、大型の翼竜みたいなやつ…あれは山に居るのに。こんな所まで降りて来たの?
「見せて。」
メグは、ポケットから杖を取り出した。左足が、かなり膿んでいる。これは、強い治癒の魔法でないと…。
メグが詠唱すると、すぐに魔方陣が足元に現れた。そして、メグから出た光はレムを包んで、見る間に傷は癒えて行った。
「おお!」レムは、すぐに起き上がった。「すごいぞ!効いたよ!メグ、ありがとう。」
メグは杖をしまった。
「良かった。私には命の気がまだあるから。そんなに使っていないもの。でも、どうして治癒の術者でも治せないほど命の気が少なくなったのかしら…。」
メグが言い終わらないうちに、農場の方から甲高い嫌な鳴き声がした。ルクルク達の騒ぐ声が聞こえる…まさか!
「グーラだわ!」
マイユが叫んだ。メグは慌てて外へ走り出た。確かに大きな翼竜が、こちらに向かって飛んで来ていた。
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