第5話ディンダシェリア
舞は、役所と言われる建物に連れて行かれて、そこで何だか変な機械で全身スキャンされたかと思うと、立派な腕輪が手首についた。そして、瑠璃色の玉がコロリと一個目の前に落ちて来て、持って行けとばかりに浮き上がって顔の前を浮遊した。舞は、それをメグの勧めで指輪に加工してもらい、河野のように落とさないようにと指にはめた。それでその世界、ディンダシェリアの住人になったのだった。
いきなり魔物退治は無理なので、お金稼ぎは圭悟とメグに任せて、舞はシュレーに戦い方を習っていた。怖い外見とは違い、堅苦しいながらシュレーは親切だった。
舞が教えられた通りに目を閉じ、必死に詠唱していると、シュレーが言った。
「いいぞ!上手いじゃないか。お前は魔法に長けているな。メグほど回復に特化した能力でもないし、攻撃技も出せる。これなら便利に使える…慣れたら戦力になる。」
便利に使えると物のように言われても、舞は嬉しかった。ここに来て、能力がないと足手まといなのだと知ったからだ。真面目に怪我をするし、回復してもらって傷を押さえても、痛みの記憶は残る。なので、戦うのが怖くなったりするのだという。とにかく、怪我をしない、仲間に怪我をさせないのが第一なのだ。
「…もっと、技を覚えておかないといけませんね。」舞は言った。「私に出来るかな…。」
シュレーは、ぽんと舞の頭を叩いた。
「皆、最初は同じだよ。慣れたら、マイなら大丈夫だ。能力は一般人より上だから。安心するといい。」
舞は、何だかホッとして頷いた。顔はヒョウだから怖いけど、でも優しいな。
「打撃は無理みたいだから、攻撃技の二つを、とにかく完璧に出来るようになるのを目標にします。」
シュレーは付け足した。
「回復技もな。仲間だけでなく、自分が息切れして来た時なんかにも使える。シールドも張れるようになってから、実践に行く事にしよう。マイは中衛か後衛だ。前衛はケイゴのように、打撃技も得意な者しか無理なのだ。」
舞は頷いて、また真剣に詠唱した。まさか、自分がこんなことをするようになるなんて…。
足元に現れた魔方陣にまだ戸惑いながらも、舞はここで生き抜くための技を必死に体得していた。
日も暮れて旅籠へ戻ると、もうメグと圭悟は戻って来て食事をしていた。側には、ディクも座っていて、舞とシュレーに向かって手を振った。
「おい、待ってたんだ!こっちへ。飯も準備してあるぞ。」
思えば、舞は腹ペコだった。急いで席につくと、肉を取り分けてパクパクと無心に食べた。それを見て目を丸くする三人に、シュレーは言った。
「あれからずっと慣れない魔法の練習をしていたからな。腹も減る。」
圭悟は頷いた。
「こっちも軽く五体は魔物を倒して来た。当面はこれでなんとかなるだろう。」
メグは微笑んだ。
「今日は野生のルクルクが二体混じってたの。」
シュレーは皿を見た。
「そうか、これはルクルクか。」
舞はピタリと動作を止めた。
「…え…これ、まさか魔物の肉?」
シュレーは頷いた。
「ルクルクはいいぞ。かなりの肉が取れる。それに金にもなるしな。シオメルでは、育ててるんだぞ。乳も利用出来るからな。」
舞は複雑な気持ちで手を止めて肉を見詰めた。魔物の肉…どんな見た目なんだろう。
「心配ないわ、牛みたいなものよ。牛肉みたいな味でしょう?」
メグが明るく言う。確かにそうだけど。圭悟は大真面目に頷いた。
「ラグーよりはずっといいぞ。オレは北に行った時、寝ても覚めてもラグー三昧で死ぬかと思った。」
シュレーは笑った。
「あれは食用でもかなり癖のある匂いがするからな。オレは鼻がきくから、あれは無理だ。だが、北にはあれしかおらんからなあ。」
舞は、何だか気にはなったがどう考えてもこれは牛肉なので、牛だと思って食べることにした。本当においしいのだ。
ディクが、話し始めた。
「そんなことより、仕事の話をしよう。」話したくてウズウズしているようだ。「マイがものになって来たら、すぐにでも会いに行ってくれ。人探しはとりあえず断った。何しろな、リーディス様からの依頼を受けられるかもしれないんだ。」
圭悟が目を見張った。
「何だって、この国の王じゃないか!」
ディクは胸を張った。
「だろう?たまたま王の侍女から話を聞く機会があってな。世界に関わる仕事でなくても、金にはなる。」
舞は顔をしかめながらフォークを置いた。
「王様がいるの?」
圭悟は頷いた。
「このディンダシェリアには、二つの大きな王国があって、ここはライアディータという国の、首都バルクから南へ少し来た、農場と山岳の町シオメルの近くの村だ。ここと敵対してるのがもうひとつの王国、リーマサンデなんだ。」
ディクは頷いて舞を見た。
「前は世界が不安定でね。君達みたいなパーティが、世界を旅して回って安定させた。それでとにかく二つの国が治める事で今の平和な世はあるんだけどね。」
シュレーは言った。
「あのパーティの旅が終わるまでは、皆ばらばらでそれは激しい戦闘が多かったからな。あれはすごかった。何がどうなったのか、詳しくは知らないが。」
圭悟は、肩を竦めた。
「ま、オレ達は脇役ですらないんだ。そんな大きな事は成し遂げられないだろうよ。」
シュレーは、圭悟を見た。
「ケイゴ…。」
しかし、シュレーはそれ以上言わなかった。圭悟の表情が硬いような気がする。舞は何かあるのかと思いながら、何も言えずにそこに座っていた。
次の日、一行はシオメルに寄って食料を買い出し、それからバルクに向かうことにした。
「ま、道中魔物は出るだろうから、舞の練習になっていいんじゃないか。」
圭悟が言う。頷くメグを見て、舞は焦った。
「あの、でも、まだ詠唱が遅くて…」
シュレーが笑って肩に手を置いた。
「マイ、心配ない。オレと一緒に中衛を守ろう。メグは後衛、ケイゴは前衛。レイキが居れば前衛を二人に出来るのにな。」
圭悟は頷いた。
「舞が慣れた頃、一度帰れる気がする。とにかく、舞を成長させて玲樹をこっちへ呼べることに賭けることにするよ。」
シュレーは頷いた。
「まさかの時の玲樹だからな。あいつは本当に上達が早い。」
圭悟は、何も答えずに先を歩いた。シュレーがそれに続く。メグは、舞に並んで言った。
「つらくなったら、いつでも言ってね。ここでは、基本歩きが多いんだ。馬で移動したりもあるけど、たまたま行く方向へ出る馬がある時でないと、ずっと連れて行かなきゃならないから…馬を持つのって、難しいのよ。」
舞は、なんとかこっちのことに慣れようと頭をフル回転させていた。ここには、あんまり車とか自転車とかない。飛ぶことも出来ないから、歩くんだ…。
「首都のほうへ行けば、鉄道があるがな。」シュレーが言った。「ここらはまだ馬車とかと使っているから。ライアディータは自然に溢れた国、リーマサンデが機械系に強い国でね。開発が進んでて、首都はそういうものが入って来ていろいろ交錯しているんだ。この腕輪のシステムは、魔法と機械の融合で出来たもので、初めてリーマサンデと協力して出来たものなんだぞ。」
先の見えない高野を歩きながら、舞は頷いた。でも、ここに居るからにはとりあえず体力勝負ってことよね。
この、持っている大きな杖のようなものは、念じれば小さくすることが出来た。いつもこんな大きな物を持っているのは邪魔だと思っていた舞は、それを聞いてホッとしたが、でも魔物が出て来た時にいきなり出して大きくすることが出来ないので、慣れるまではこのまま持って歩いておくことにした。
ちなみに、メグは小さくしてポケットに入れていた。
しばらく歩いていたら、ほんの十分ほどでシオメルらしき町の入り口が見えた。
「あれ?」舞は言った。「もう?魔物、出なかった…。」
圭悟が苦笑した。
「今まで居た町はシオンっていうシオメルに一番近い宿場町なんだよ。それに、ここら辺に魔物は出ないんだ。バルクに向かえば、それなりに増えて来るから心配しなくても練習は出来るよ。」
なんだ、それならこんな杖小さくしておいたのに…。舞は、街に入ってすぐに杖を小さくしてポケットに入れた。ああ、構えて損した。
「急がなきゃならないから、手分けしよう。舞はシュレーと野宿のための材料を揃えて来てくれ。オレ達は食べ物を買って来るよ。終わったら、ここで落ち合おう。」
そうして舞は、初めての大きな町に足を踏み出した。
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