第3話遭遇

休診日の今日、舞は、鬱々と家で過ごしていた。あのディーラーを覗こうにも、今日は定休日でお休みだった。

あれから何度も通勤途中に前を通ったが、じっと見る訳にも行かず、楢橋には会えて居なかった。ただ、河野のことは、外に居るのを何度か見掛けた。河野はいつも、車の側で作業をしていてこちらに気付く事はなかった。

どんな口実でディーラーへ行けば自然だろうと思い悩んでいると、母の声が階下からした。

「ちょっと舞!買い物頼める~?!」

舞は顔をしかめた。そんな気分じゃないのに。

「忙しいんだけど~!」

舞は叫び返した。母は負けじと言った。

「お昼ご飯何もないけどいいのね?!お母さんはいいのよ、漬物だけで!」

舞は、渋々立ち上がった。お母さんの糠漬けはおいしいけど、それだけのお昼は嫌だなあ。

「わかった!行って来るよ!」

舞はそれから化粧をして、そしてついでにあれもこれもと頼まれて、結局いいように動かされた事を知りつつ駅前のスーパーへ向かった。


スーパーで好きなお惣菜を二つほど選び、頼まれたあれこれをかごに放り込んでレジを通ると、舞はついでにと本屋さんに立ち寄った。

ここのスーパーには専門店がくっついていて、他にも洋服屋、雑貨屋などが軒を連ねている。

本屋さんは、ゲームセンターの前にあって、少し騒がしい。だが、図書館ではないので別にうるさくは感じなかった。

いつも買う雑誌に適当に目を通していると、ゲームセンターから見覚えのある顔が出て来た。何気なくそちらを見ていた舞はびっくりした…河野だ!

「河野さん!」

思わず声を出すと、相手は振り返った。

「お前…」思い出すように眉を寄せている。そして、言った。「自転車で派手に転んだヤツか。」

私服の河野は、思ったより格好良かった。少し赤くなってしまった舞は、そんな自分に不甲斐なく思いながら頷いた。

「瑞原です。」

河野はふうん、と興味なさげにした。

「買い物か?主婦やってるのか。」

舞は下げている買い物袋を見た。ラップやら豆腐やらが透けて見える。舞は、慌てて首を振った。

「違います!これはお母さんに頼まれて…。」

河野はまた興味なさげに横を向いた。

「ま、そうだろうな。じゃ、オレ急ぐから。」

河野は、歩き去りながら手を軽く振った。

「え、ちょっと…」

舞の声には振り返りもせず、河野は歩いて行ってしまった。

楢橋さんのこと、何か聞けるかと思ったのに…。

舞が残念に思いながらそれを見送っていると、足元にキラリと光る何かを見付けた。拾い上げると、それはキーホルダーのようだった。先に、小さな瑠璃色の玉がついていて、不思議な光を放っている。

「これ…河野さんのだ。」

よほど大切なのか、金属の所に何かで引っ掻いたように「R・KOUNO」と雑に彫ってある。舞が急いで顔を上げると、河野はもう居なかった。

明日、仕事帰りに持って行こう。

舞は、少し嬉しくなった。これでまた、楢橋に会えるのだ。ディーラーに行く口実を作るのに苦労していたのに。

河野には気の毒だが、舞はその落とし物が、楢橋に会うための河野からのプレゼントのように思えて嬉しかった。

明日には返すんだから、いいよね。今返しようがないんだし。

舞は、嬉々として家路についた。


夜、寝る前に明日のシュミレーションをした。

服はきちんと選んである。爪もオッケー。髪は明日の朝早く起きて頑張って編む。後は作業場に居る河野と目を合わせないうちに中へ入って、楢橋に何気ない風で「河野さんの落とし物を届けに来ました」と言う。運が良ければきっと、楢橋が河野の所へ連れて行ってくれる…。

楢橋の事を思い出して、舞は布団の中で顔がにやけてしまうのを止められなかった。

早く明日にならないかなあ…。

舞は、そのまま眠ってしまった。

玉は意味ありげにキラリと光った。


「…で、玲樹は来ないのか…」

男の声に、舞は驚いて目を開けた。見慣れない木の天井が目に入る。ガバッと起き上がると、自分は木製のベッドの上で寝ていた。布団は見慣れない柄…ここ、どこ?!

「目が覚めたか?」

声の主の顔を見て、舞は仰天した。相手はまるでアニメの中のような格好をしている…鮮やかな長い青いチュニックに少し先が膨らんだパンツ、それに茶のブールを履いて、甲冑のような金属の胸当てのような物まで付けている。そして、腰には間違いなく、金色の細工が施された剣がぶら下がっていた。額には金色の縁取りのサークレット…額の真ん中に来るように青い石が付いている。そして何より、その顔は楢橋だった。

「な、な、楢橋さん!ど、どうしてここに…というか、ここどこですか?!」

相手は困ったような顔をして、傍らの女性を見やった。その女性にも見覚えがある。あのディーラーの、受付に居た人だ。しかし、今はどう見てもアニメキャラだった。頭には大きな白いリボンのような物が付いていて、服はシスターのような裾の長い白いワンピースだった。そして、手には金色の長い杖のような物を持っていた。

「私達が聞きたいの。あなた、どうしてここに?玲樹のこと、知ってる?」

舞は頭を抱えた。玲樹って誰?

「あの…まずは自己紹介します。私は瑞原舞。部屋で寝てたはずなんです。玲樹って人、知りません。それで、こっちは楢橋さんで、あなたはあのディーラーの受付の女のかたですよね?」

相手は頷いた。

「そうよ。私は崎原恵美。みんなにはメグって呼ばれてるから、あなたもそう呼んで。」と楢橋の方を見た。「圭悟のことは知っているのね。玲樹っていうのは、河野玲樹。」

舞はああ!と手を打った。R・KOUNOって玲樹の頭文字か!

「河野さん、知っています。昨日偶然会って。」

楢橋がずいと一歩踏み出した。

「会ったって?それで、どうやってその玉を君が?」

言われて初めて、舞は自分がそれを握り締めていたことに気付いた。その瑠璃色の玉に視線を落として、舞は言った。

「落として行ったから、明日持って行こうと思っていました。この玉が何か?」

楢橋はため息を付いた。

「…何も知らないなら仕方がないな。とにかく、今回は玲樹無しで行かなきゃならないことが分かったし、説明するよりない。」と、メグのことも促して、二人で椅子に座った。「説明するよ。まずは、この世界のことについて。」

舞は何のことか分からないまま、とにかく楢橋の言う事に耳を傾けた。今は楢橋と話したかったことすら、頭の中から吹っ飛んでしまっていた…。

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