第2話お礼
「もうスッゴクかっこよかったの!それにとっても優しくて、大人って感じ。」
舞は律子に言った。二人でいつものように並んで受け付けに座っていた。律子はニッコリ笑った。
「いいなあ、舞。でも、三十代ぐらいなら結構年上だよ?」
舞は笑った。
「いいの、私も来年二十歳になるし。そしたらそんなに離れてる感じでなくなるじゃん。あんな人が彼氏ならいいなあ…。」
律子は苦笑した。
「結婚、してないかな…?」
舞はドキッとした。そうか…そんなこと全然考えてなかった。
「ほんとだ…そうだね、あんな素敵な人が、一人って可能性、ないよね…。」
急にしょんぼりとなった舞に、律子は慌てた。
「で、でもね!ほら、私の彼氏も車屋さんの営業でしょ?あんな所は出会いも少ないし、帰り遅かったりするから、一人の人も結構居るらしいよ!だからもしかしたら、ね?」
舞は急に顔を上げた。
「そうだよね!諦めないで頑張ってみる!」
律子はホッとすると同時になんだか不安になった。でも、どうやってがんばるんだろう…。
お礼は何がいいかとウキウキしている舞を見て、律子はそれ以上何も言えなかった。
その日は木曜日で午後休診だったので、舞は帰りにあのカーディーラーへ寄ってみた。手には結局食べるものがいいだろうと、近くのお店で買ったお菓子を持っていた。
昼間に来ると、店は活気に溢れていて、皆忙しく動き回っているのが、ショールームのガラス越しに見える。なんだか入りづらくて、舞は展示車の影に隠れてそっと覗いた。
そうすると、外の工場の方では、つなぎを着た人達が世話しなく動いているのが見え、その中に、河野の姿が見えた。
「すごい…あんな大きなトラックまで修理するんだ…。」
トラックの、舞から見ると頭に見える所が前に倒れて、頭を下げているように見えた。その首の辺りに頭を突っ込んで、何やらやったり、また道具を持ち変えたり、見ているだけでも疲れて来た。
舞が食い入るようにその姿を見ていると、横の事務所辺りと繋がるドアが急に開いて、何かの紙を持った楢橋が出て来た。日中は暑いので、あの時見たジャンパーは着ていない。明るい所で見る楢橋は、また一段と凛々しく見えた。舞は思わず赤面してしまった。
そんな舞には気付かず、楢橋は持った出て来た紙をボードに張り付けて、他のつなぎを着た人に何か言うと、またすぐ中へ引っ込んだ。
ガラス越しに、受付のカウンターに座ってパソコンを見ているのが見える。舞は意を決した。
「ここで立っていても仕方がないし!」
舞は紙袋の持ち手を握りしめ、ショールーム入り口のドアへ向かった。
「いらっしゃいませ!」
自動ドアが開いた途端、中から無数の声が飛んだ。すぐに立ち上がった営業マンらしき人と、女の人がこちらへ歩いて来る。あ、お客さんだと思ってるんだ、と、舞は慌てた。
「あ、あの…」
ニッコリ笑った営業マンは、舞の言葉を待っている。舞は助けを求めて楢橋の方を見た。
楢橋は異変に気付いてパソコンからチラリと視線を上げた。
「ああ!」楢橋は立ち上がった。「どうしたの?」
営業マンが楢橋を見た。
「楢橋さんの知ってるかたですか?」
「一昨日の夜自転車壊れた子じゃないか。」
「ああ!」その営業マンは言った。「そういえば!」
この人も居たのかな。舞は記憶をたどった。そういえば、たくさん出て来た中に居たような…。
舞は、楢橋を前にして急に緊張した。慌てて紙袋のことを思いだし、それを渡した。
「あの時はありがとうございました!これをお礼に持って来ましたので、皆さんで召し上がってください!」
楢橋はびっくりしたようだったが、それを受け取った。
「わざわざよかったのに。ありがとう。」
楢橋はそれを、後ろに居た制服の女の人に渡した。その人はニッコリ笑って、舞に会釈をした。
またお客さんが入って来た。なんだかじゃまのようで、舞はまた頭を下げた。
「お邪魔しました!」
楢橋は手を軽く振った。「ありがとうー」
自動ドアを出て振り返った舞は、またすぐに座ってパソコンに向かっている楢橋を見た。歩いて離れて行く間、何回かチラチラ見たが、楢橋の目はパソコンから離れることはなかった…。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます