第16話:助かったのになぜか北の塔送りになる。

エンゲルナシオン王国の城下町のはずれで、金色に輝く巨大なドラゴンが目撃されてから3日が過ぎた。


ドラゴンが去ってから、ナギ先生にこれまでの事情を一通り話してしまうと、私は緊張の糸が切れたようだった。ほとんど気を失うように倒れてしまったのだ。目を覚ましたときには、王宮の自分の部屋のベッドに寝ていた。最初に聞こえてきたのはメーヤの声だった。


「あっ……お目覚めになりました!レイラ様!ナギ様!」


メーヤが私の傍に駆け寄って、ゆっくりと上体を抱え起こしてくれる。非現実的な体験をした後だからか、メーヤの姿がすごく懐かしく感じる。


ありがとう、と言いかけたとき、うつむいたメーヤが顔を真っ赤にして涙を堪えているのがわかった。


……誘拐された私を心配してくれてたんだな……。


いつも怒ってばかりのメーヤが、こんなにも私を思ってくれていたことに少なからず感情が揺さぶられる。メーヤは泣きそうな顔を見せたくなかったのか、すぐに国王を呼びに部屋を出て行ってしまった。


と、レイラに強く抱きしめられた。


「ルナ!ああ!よかった、本当に……!あなた、3日も眠り続けていたのよ!このまま起きないんじゃないかって、どれほど心配したか……!」


姉の王女は顔をくしゃくしゃにして、今にも泣き出さんばかりだ。いつもは大人っぽく振舞っているレイラだが、今ばかりは年相応の顔に戻っている。なんだかんだ言っても、レイラだってまだたったの12歳だもんね……。


ナギ先生が静かにベッドの傍に立った。

マルの屋敷の外で私を見つけた時の感情をあらわにしたナギ先生ではなく、いつもの冷静な表情に戻っている。


「どうやら魔力を使い過ぎたようですね。しばらく体内魔力が生成できなくなるかもしれませんが、少し経てば元通りになるでしょう」


ええ〜、私魔力の使い過ぎで倒れたのか……。


確かに『水』や『土』の具現化をしたときなどは、普段の修行の時の何倍もの威力を発揮できた。『土』の時などは、失敗かと思いきや馬小屋を壊すかの勢いだったのだ。それで魔力を使い果たしていたとは気が付かなかったが……。


と、部屋の扉が開き、イノラーン王とリューイ王子が入ってきた。


「ルナ!!目が覚めたか!」


とイノラーンが先に言い、


「ルナ!心配したぞ!」


とリューイが後に続いた。こうして並んでみると2人はとてもよく似ている。


2人とも、私の無事を喜びながらも、心配そうな表情で私を気遣ってくれる。


「無事で何よりだった。……すまなかったな」


イノラーン王が申し訳なさそうな顔で私に声をかけてきた。国王にとっては、アルマーも息子なのだ。自分の息子が腹違いの妹を傷つけようとした事実に、きっとショックを受けているに違いない。何と答えていいかわからず、無言でただ首を振った。


その後、誘拐事件の顛末がどうなったかを皆が順を追って説明してくれた。


ルナ王女誘拐事件により、王宮は一時上へ下への大騒ぎとなったという。

王宮付き魔法使いたちの活躍で、幸いにも私は無傷で保護され、犯人も捕らえられたという話は、王宮内に留まらず城下町一体で瞬く間に広がったそうだ。さらに、主犯は国王の妾の息子だという衝撃の事実は、建国以来の一大スキャンダルとなり現在国中を吹き荒れているらしい。


私たちが王宮に戻った後、慌ただしく事実関係があらためられた。


まず、主犯は国妾であるロイブ公爵夫人の息子アルマー。


実行犯はノラント語教師と身分を偽っていた盗賊のキジャ。


アルマーが私を引き渡したのが、最近王国内で暗躍していた奴隷商人のマル。


私が倒れてしまう前にアルマーが誘拐を計画した張本人だと言ったとき、ナギ先生をはじめ王宮付きの魔法使いたちはまさかという表情を見せた。どうやらナギ先生が現れた時にアルマーはすぐ逃げてしまったので、姿を見られなかったらしい。しかし、私が捕らえられていた街はずれの屋敷はロイブ公爵家の持ち物だったのだ。その後、屋敷内で戦々恐々としていたアルマーが見つかり、さらに私の5歳にしては筋の通った説明と、キジャや生き残って捕らえられたマルの手下の男たちの供述とぴたりと一致した。


屋敷の捜索を進めると、アルマーの自室からリューイ王子や私に対する恨みつらみを書き付けた日記や、キジャやマルとのやり取りの証拠の手紙なども発見されたらしい。どうしてそこまでバレないだろうとタカをくくれるのか逆に不思議だが、とにかくアルマーは捕らえられた。


キジャもナギ先生の〈制止パレ〉の魔法をかけられて捕まり、王宮内の牢獄に収容されている。刑はまだ確定していないが、おそらくアルマーは牢獄に生涯に渡り幽閉され、キジャは死刑になるのではないかという話だった。マルの手下の男たちは、王宮付き魔法使いたちの攻撃魔法でほとんど全滅したらしい。


「ルナ、ナギ先生に聞いたぞ。魔法を使って脱出しようと頑張ったそうじゃないか」


リューイが優しく声をかけてくれる。


「魔法の修行、頑張っていたもの。ルナは本当に勇敢だわ」


レイラが褒めてくれる。2人とも、私の無事を喜んで泣き出さんばかりだ。


……アルマーは、私がドラゴンの花嫁として生まれたという出自を『呪われている』と蔑んでいた。それが理由で、王妃が私を愛せないとも。


こうして喜んでくれている国王や兄姉も、実は私のことを疎ましく思っていたりするんだろうか……?こんなにも無事を喜んでくれているんだから、そんなことはないと思いたいけれど。


意を決して、ずっと聞きたかったことを尋ねる。


「お父様、リューイお兄様、レイラお姉様、ナギ先生……。私が16歳になったらドラゴンの花嫁になるって、知ってたんですよね……?」


その場にいた全員が、気まずそうな表情を浮かべた。


……この反応は……どう考えても、肯定だよね……。


イノラーン王が、近づいてきて私の肩を抱いた。


「ルナ。幼いお前にはなんとか知らせまいとしてきたのだがな。確かに、我が国には王族だけに伝えられている不思議な伝説があるのだ。お前が聞いたように、銀髪に紫の瞳の乙女がドラゴンの花嫁となる、というものだ。ドラゴンへの恐怖からか、この伝説は、いつしか『呪われた銀の乙女の伝説』として王宮内でおとぎ話のように伝えられていたのだ」


……やっぱりそうだったんだ。


ていうか、この世界ではドラゴンってそんなにゴロゴロいるものなんだろうか。


「ドラゴンはたくさんいるんですか?」


国王に問いかける。


「他国でドラゴンライダーたちがドラゴンを飼いならしているとは聞いたことがあるが、この国にはいない。と言うより魔物にしたところで、最近では人里で見かけたという話もほとんど聞かない。この世界の創造主であるマスタードラゴンについては、学校で習うことにはなってはいる。しかしそれとて、ただの伝説のはず……だったのだ」


そこまで言って、イノラーン王が頭を振った。


「しかし、お前が生まれた時に不思議な声が聞こえたのだ。『やっと生まれた。待っていた』と。それで王妃は一時錯乱状態に陥ってしまってな。あれを刺激しないように『呪われた銀の乙女』の話はできる限りしないようにしていたのだ。もともとただのおとぎ話だと思われていたし、王宮以外では知るものもほとんどいない。余も、あの不思議な声さえ聞こえなければ、我が子がそのような運命を持って生まれたなどとはとても信じられなかっただろう。いや、たとえあの声が聞こえたからといって、今までは半信半疑であったのだ。……それがまさか、本当にドラゴンが現れるとは……」


……あれっ!??

そういえば、ユージンはどうしたんだろう?


マルを倒した後、小さくなって私がしばらくの間抱きしめていたのだが、ナギ先生たちがあまりにも大騒ぎするのでどこかへフイッと飛んで行ってしまったのだった。ナギ先生に話しかけようとすると、先生は皆の後ろで気が付かれないように必死の形相で「シーーーー!!」とやっている。もしかして、これってユージンのことは内緒にしろってことなんだろうか。そういえばさっきからユージンが私を助けてくれた話はまるで出ていない。ナギ先生と魔法使い達が私を助けてくれたことになっている。


訝しげな顔の私を見ながら、ナギ先生がやや早口で告げる。


「……本当に、私と王宮の魔法使い達がルナ様を助け出してから、突然!どこからともなく!ドラゴンが出現するとは驚きでした!なぜか!山向こうに光を放ち破壊するとどこかへ飛んで行ってしまいましたが!」


ナギ先生は私に向かって目を見開いている。

あー、はいはい、わかりましたって!ユージンのことは内緒にしたいのね。

事の張本人の恐ろしいドラゴンが『呪われた銀の乙女』と友達だと知ったら、皆びっくり仰天するだろうなぁ。


「……ドラゴンは、倒せないのでしょうか!?大事な妹をみすみす死なせるなど!私は来る日のために、剣の腕を磨いております!」


リューイが勢い込んで言う。国王は何か言いたげな表情を浮かべたが、無言のままだ。代わりにナギ先生が答える。


「……リューイ様。恐れながら申し上げます。あのドラゴンには、到底人間の力では太刀打ちできないでしょう。普通の魔物ではないのです。あの場にいた王宮の魔法使い全員が身動きひとつできませんでした。もちろん、私も含めて」


苦々しげに、ナギ先生が言葉を続ける。


「私もリューイ様と同じく、いつかドラゴンに対峙する日に備えるべく魔法の修練に励んでおりました。ルナ王女にも少しでも魔力を高めていただき、いざという時にご自分の身を守れるように修行のお手伝いもさせていただいていました。しかし、あのドラゴンを実際に見てしまってからは……」


いったん言葉を切り、苦しげな表情を浮かべたナギ先生は、リューイの顔を見据えて重々しく告げる。


「はっきりと申し上げます。王国のすべての軍勢を集結させたとしても、あのドラゴンの凄まじい力に太刀打ちすることはできないでしょう。もし戦いになった場合に、勝負がつくのは一瞬。すぐにこの王国は滅ぼされてしまうことになるでしょう」


ナギ先生の言葉に、その場がしんと静まり返った。


レイラが手で口を押さえる。目に大きな涙を浮かべている。


冷静なナギ先生がことさらに私の魔法の修行にアツく力を入れていたのは、そういう事情だったのか、と今さら私は納得していた。ユージンの本当の力を見た後では、いつもやっている基本の魔法の修行をいくらやったところで敵うわけないというのがわかる。


ナギ先生がさらに続けようとした言葉を、扉が開く音が遮った。


皆が一斉に振り向く。

――扉の前に現れたのは、私が王宮中でもっとも苦手とする人物――実の母の、ユーミ王妃であった。


豪奢なドレスに身を包んだユーミ王妃が部屋に入ってくると、周囲に緊張が満ちたようだった。王妃は今年35歳だが、精力的に若作りに励んでいるようで、全体的に派手な印象を受ける。


こうして見ると、レイラは完全なる王妃似だ。2人とも暗めの金髪に茶色の瞳で、はっきりとした目鼻立ちをしている。レイラはまだ幼いからか、利発そうな少女という印象だが、ユーミの方はいかにも気が強そうな恐い女性といったタイプで、穏やかで気弱そうなイノ◯チ似の国王とは対照的だ。


「先ほどまでのお話は聞かせていただきましたわ。ルナがとうとう自分の運命を知ってしまったようですわね」


ユーミ王妃がことさらに尊大な態度で言った。

私を見る目は限りなく冷たい。


王妃は忌々しそうな表情になった。


「ドラゴンが現れたということは、やはり『呪われた銀の乙女』の伝説は本当だったということですわね。なぜドラゴンはこの呪われた王女をさっさと連れて行ってくれなかったのでしょう!?ああ、汚らわしい!」


「ユーミ!よさないか!」


「もともと『銀の乙女』は魔物のようなものだと言うではありませんか。魔物は人間の子供をさらって自分の子供を置いていくことがあると聞きます。この子は、きっと本当は私の子ではないのですわ!」


一応この人が私のカーチャンなのだが、さっきから言いたい放題である。

魔物が自分の子供を置いていくって、妖精の取り替え子じゃないんだから。今までも冷たく扱われていたが、ドラゴンが実際に現れたことでさらに拍車がかかっているようだ。


イノラーン王が王妃の発言を諌めようとしているが、効果は上がっていないようだった。王妃はさらに憎々しげに言葉を続ける。


「『呪われた銀の乙女』の伝説は、これまで王宮内で内密にしておりましたものを……。今回の誘拐事件は広く世間に知られてしまいましたわ。それにドラゴンが現れたことで、きっとこの伝説もすぐに噂となることでしょう!人の口に壁は建てられないと申しますもの」


母親である王妃の剣幕に、リューイもレイラも何も言えないでいる。ユーミ王妃はさらに言葉を続ける。


「本来であればそろそろルナの婚約者探しを始めてもよい頃でしたのに。ドラゴンの花嫁に定められている王女など、どこの国にも嫁げるわけがありません。エンゲルナシオン王国の王女がどこにも嫁げず、果てはドラゴンに喰われるだなどど……」


「ユーミ!」

「お母様!」

「ユーミお母様!」


王妃のあまりの言いように、国王と兄姉の制止の声が重なった。


レイラが私のベッドの傍から立ち上がり王妃に向かって言う。


「お母様。それはあまりな言いようではございませんか。ルナの運命は、ルナが選んだものではないのです。それに婚約者探しなど……ルナはまだ5歳ですわ。どちらにせよ早過ぎます」


……どっちかと言うと、この運命は転生する時自分で選んだのだが、レイラがそんなことを知る由もない。


さらに、あちこちで婚約者を探したりすることこそが乙女ゲー的展開に憧れた私の夢だったのだが……。


まあ、それは置いておこう。


一斉に非難の声を浴びた王妃だが、めげることなく話を続ける。


「とにかく、ルナをこれ以上王宮の他の者の目に晒してはいけません。どこから呪いの噂が漏れるかわかりませんから。ドラゴンに捧げられるなどという呪われた王女がいると周辺国にでも知られてごらんなさい。エンゲルナシオンの王族全体が気味悪がられて、リューイやレイラの縁談にまで支障が出てくるやもしれませんわ。それに、今後もドラゴンが王国に出現する可能性だってあるでしょう。ドラゴンの出現に合わせて他国から攻撃を受けたらどうします!?もしドラゴンに同時に攻撃されたら……ああ恐ろしい!そんなことになれば、我が国は壊滅的な打撃を受けるでしょう」


王妃の言い分はめちゃくちゃながらも一応の筋は通っているように思えた。それを示すかのように、国王もリューイも押し黙ってしまう。レイラだけは顔を真っ赤にしてなおも反論する姿勢だ。


「わたくし考えたのですけれど、ルナには北の塔に行ってもらうのはいかがでしょうか」


王妃が涼しい顔で告げた。北の塔、と聞いて皆の顔色が一斉に変わる。先ほどから一貫して沈黙を保っていたナギ先生が声を上げた。


「王妃様!あそこは、王族や貴族の中でも犯罪を犯した者や、死を待つ重病人が入れられる場所ではないですか!そんな場所にルナ様を行かせるなど、あんまりでございます!」


「あら、ナギ。臣下のあなたがわたくしに意見を述べるのですか?」


王妃がナギ先生をきつく睨む。イノラーン王も反対する。


「ならん!ルナをあのような場所に行かせるなど。幽閉するようなものではないか!」


「あら、お人聞きの悪い。幽閉と言ってもあそこでしたら部屋は清潔ですし、何より警備は万全ですわよ。少なくとも白昼堂々と王宮内で誘拐されるような目には遭わないのではないでしょうか?今回の事件で、王宮の警護責任者は処罰されることになるでしょうが、それより、王宮の警護体制がたいしたものではない、と思われてしまうことこそが問題なのです!『呪われた銀の乙女』の伝説が公になれば、アルマーのようにルナを嫌って危害を加えようとする輩も出てくるでしょう。おかしな者たちがこれ以上王宮に入り込んできては困ります!」


「……」


イノラーン王は反論できないでいる。周りを見渡すと、ナギ先生も、リューイも、レイラすらも黙ってしまっている。


……ユーミ王妃は詭弁を語らせたらエンゲルナシオン王国一なのかもしれない。


王妃はさらに、ドラゴンが目撃された今だけは、ほとぼりが冷めるまで「一時的に」北の塔に行ったらどうかと提案してきた。


そこから揉めに揉めたが、一時的というのであれば、と最終的に国王が折れてしまった。リューイも、しばらく安全のために私の身を隠しておくのに賛成してしまった。ナギ先生とレイラだけは最後まで反対してくれていたが、なし崩しに私の北の塔送りは決まってしまったようだ。




――そして、さらに数日後。


私は、初めて北の塔に足を踏み入れた。

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