第15話:巨大ドラゴン闇夜に現る。
巨大な黄金色のドラゴンが夜空に突然出現したことで、その場はたちまち恐怖と混乱に支配された。
私はあんぐりと口を開けて宙に浮かんでいるドラゴンを見つめた。
……ユ、ユージン……なんだよね?
いつものミニサイズのドラゴンが、何十倍もの大きさになり、夜空に羽ばたいている。
……一体、何メートルあるんだろう。
前の世界の近所の高層マンションよりも大きいんじゃないだろうか。確かあのマンションは20階建てだったな……。
ユージンは本当の大きさは天を覆うほどだと言った。もしかしたらまだまだ大きくなれるのかもしれない。
ナギ先生と王宮の魔法使い達は、その場に呆然と立ち尽くしてドラゴンを見上げている。無謀にもドラゴンを魔法で攻撃しようとする者は誰もいなかった。皆、ドラゴンの魔力のあまりの強大さに、戦意を完全に喪失しているようだった。
おそらくそれは、宙に浮かび金色の光を放っているユージンから、凄まじい魔力が絶えず放出されているからだろう。ただそこにいるだけだというのに、足が震えるほどの強力な波動を感じる。
ユージンは地上からほど近い位置に浮かび、光り輝く羽根を羽ばたかせている。
サイズがケタ違いなので、一回羽ばたきする毎に突風のように風が吹きつけてくる。夜の冷たい風が肌に直接当たるので、かなり寒い。
マルの屋敷から逃げてくる途中に、着ていたドレスを脱いで馬に括り付けてしまっていたので、よくよく考えると下着姿のままだった。子供とはいえ、仮にも一国の王女がボロボロに薄汚れた下着姿で走り回っていたことになる。
しかし、今はそんなことを気にしている余裕はなかった。
ふと、ドラゴンの顔の前に何かが浮いているのに気がついた。
「ルナ様!あれを!」
いち早く自分を取り戻したナギ先生が上空を指差す。
「あれは……マル!?」
なんと、先ほど私に斬りつけようとしたマルとその手下の男が宙に浮いているのだ。2人は狂乱状態になり、死に物狂いで叫んでいる。
「だっ誰か!た、助けてっ!降ろしてくれぇっ!」
「ひいいいぃぃっ!わっ、私を降ろしなさいっ!!お、降ろしてくださぁいっ!誰かあぁぁっ!」
宙に浮かんだ男達は、手足をバタつかせて辺りかまわず剣を振り回しているが、空中に浮いているのだから、無論どこにも当たるはずもない。文字通り、宙をむなしく斬っているにすぎない。
つい今しがた、マルにすんでのところで斬られるところだったのだ。ユージンが危ないところを助けてくれなかったら死んでいたかもしれない。
その時、黄金のドラゴンの口が重々しく開いた。
宙に浮いた男達の悲鳴が一層大きくなる。
……喰われる……!?
人が食べられるところはさすがに見たくない!
思わず目を背けた、その時。
その場にいた全員の頭の中に、不思議な声が響いた。
耳から音声で聞こえているわけではない。言葉という感じではないのだ。まるで、ドラゴンの感情がそのままダイレクトに伝わってくるような感覚。
頭というより、心に直接響くのだ。それも、一言一言が胸にドンと響くような大きな衝撃を与えてくる。まるで至近距離で大きな花火が打ち上がっているかのようだ。
激しい怒りの感情とともに、威厳に満ちた声が心に響く。
『……我が花嫁を傷つけようとした罪は重い……愚かなる人間達よ……。……塵となり消えよ!』
言葉が終わるなり、開いたドラゴンの口から眩い光の柱がほとばしる!
光の柱は男達を一瞬で飲み込み、そのまま遥か遠くまで伸びていく。長く彼方まで伸びた輝きが、この周囲だけでなく、向こうの山々まで明るく照らし出していく……。と、光が伸びていった山向こうで、巨大な爆発が巻き起こった!爆発音と共に爆煙がキノコ雲の形になり夜空に立ち昇っていく。
「きゃあっ!」
かなり離れた場所で爆発が起こったようだが、十数秒の後に爆風と粉塵が私の所まで届いてきた。顔を両腕で思わず覆う。
や、やり過ぎだよ、ユージン!
光に飲み込まれた男達は、文字通り消えてしまった。今のはレーザービームのようなものだったのだろうか。それともミサイルか。凄まじい高熱に焼かれ、一瞬で消し炭になってしまったのか……。
爆発が起こった山向こうの方角では火事が誘発されているのか、夜空が赤々と染まっている。
あまりの光景に誰も何も言葉を発することができなかった。
人知を越えた圧倒的な力に、ナギ先生ですらただ立ち尽くしている。
と、ドラゴンが私に向かって真っ直ぐに向き直った。こちらに向かってゆっくりと降りてくるのを見て、私の心臓は大きく跳ね上がった。
ズン……!という振動と共に、巨大なドラゴンが私の目の前に降り立つ。
―― 一瞬、その美しさに目を奪われてしまった。
巨大なユージンの鱗は、一枚一枚が金色の光を放っており、月明かりよりもずっと明るく輝いている。金色のトーンも一定ではなく、濃い黄金色の鱗もあれば、淡い金色もある。私を見下ろしている大きな青と金の眼は高温の炎のように波打ちながら煌めいていて、見ていると吸い込まれてしまうように目が離せなくなる。
大きな口に、牙。それに、鋭そうな巨大な爪。大きな翼に長い首、それに尾……。これまでユージンのことを怖いと思ったことはないが、彼がやろうと思えば私など一瞬で引き裂かれてしまうのだろう。
……でも、ユージンはマルに斬り殺されそうになった私を助けてくれた。大きさが変わったって、ユージンはいつものユージンのはずだ。
勇気を出して、ユージンの耳に届くように大きな声で叫んでみる。
「ユーージーーン!!ありがとうー!助かったよーー!」
ナギ先生と魔法使い達がギョッとして私を見る。
「ル……ルナ様!?何を言っているのですか!気が動転されているのですね!さっ、早くこちらに!」
ナギ先生が私を匿おうと走り寄ってくる。
と、その時、ドラゴンの声が再度頭の中に響き渡った。
『……ルナ……危なかったな……怪我はないか……?』
ナギ先生達にもユージンの声は聞こえたようだ。ナギ先生と魔法使い達の動きがぴたりと止まった。一斉に信じられない物を見るような強張った表情を私に向ける。
ユージンと私が前からお友達だということを知る者は誰もいないのだ。驚くのも当然だろう。驚愕の表情で固まっているナギ先生達はひとまず放って置いて、ユージンの方に向き直る。
「大丈夫ー!私は無傷だよー!」
『……そうか……ならいい……』
「うん!!もう大丈夫だから、元に戻っていいよー!」
私がそう叫ぶと、大きな瞳が静かに閉じられた。ユージンの巨大な身体がポッポッと美しい金色の光に包まれていく。不意に、目の前にいたはずのドラゴンが光と共に消え失せた!……ように見えた。
私の紫の瞳は、小さくなったユージンが私に向かって降下してくるのをしっかりと捉えていた。ふわり、と細い腕の中に猫サイズに戻ったドラゴンが舞い降りる。
「……おかえり。ユージン」
「……ああ」
「……すごかったね。ユージンって、本当に魔法使えるのかなとか疑ってたけど。あんなの見たことないよ」
「はぁ?疑ってたのかよ。まったく……。でもさっきのは魔法っていうのとちょっと違うけどな」
そうなの?とさらに聞こうとした私の言葉を、恐るおそる近づいてきたナギ先生が遮った。見ると、顔面が蒼白になっている。
「ルルルル……」
ナギ先生は声が震えて、なかなか私の名前を呼ぶことができないようだ。まるで、北の国でキタキツネを呼ぶときのようになってしまっている。いや、あれは「ルールールー」だったか。
「ルルルルナ様……!?一体どういうことでしょうかっ?ま、まさかこのドラゴンとお知り合い……などということを仰るのですかっ!?」
ナギ先生が魔法使い達と一緒に私とユージンを遠巻きにしている。
「えっと……あ、うん。友達なんだ」
「友達!?」
いつもクールなナギ先生が今は卒倒寸前だ。口をパクパク動かして声を絞り出そうとしているが、何も言葉になっていない。
と、そこになんとも間の抜けた声が聞こえてきた。
「お〜い!助けてくれぇ〜〜!」
あ。キジャだ。
そういえば、ナギ先生が〈
キジャの元へ魔法使いたちが駆け寄って行くのを見ながら、私は腕の中のユージンをしっかりと抱きしめていた。
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