第14話:ナギ先生大活躍。

マルの手下の男たちに捕まるすんでのところで、光の中からナギ先生が現れた。赤い五芒星が描かれた黒い手袋を身に付け、その手を額に当てている。


長い黒髪を爆風になびかせながら、先生はさらに魔法を放っていく!


ドーン!という爆音とともに、マルの手下たちが吹っ飛ぶ。


すごい、ナギ先生!


「くそっ!王宮の魔術師どもか。一旦引けっ!」


アルマーが馬首を翻し、屋敷に向かう。マルや残りの男たちも一斉に同じ方向に逃げて行った。


術が解けて動けるようになったキジャが、私を抱き起こしてくれた。

ユージンがひらりと私の肩から飛び降りていく。


立ち上がると、地面のあちこちに光の輪が生まれているのが見えた。その中から魔法使いたちが次々と飛び出してくる。どうやら王宮の魔法使いたちのようだ。輪から飛び出した魔法使いたちは、逃げて行く男たちを追って屋敷の方へ向かって行く。


「ルナ様……!ご無事で……!」


ナギ先生が駆け寄ってきて、迷わず私をしっかりと抱きしめてくれた。


いつもは無表情で冷静なナギ先生が、感情を隠そうともしない。


思いがけず抱きしめられ、なんだか恥ずかしくなってしまった。これまでの不安と緊張が一気に解けていく。


「……どうして、ここがわかったの?」


照れくささを隠すように、普通を装って聞いた。さりげなく身体を離す。


「王宮から突然姿を消されたと聞いてから、ずっとルナ様を探していたのです。そうしたら先ほど、ルナ様の魔力の波長を微量ですが感じたのです。その波長に目がけて〈瞬間移動テレプエルト〉の魔法で飛んで来たというわけです。援軍として王宮の他の魔術師も大勢連れて来ましたがね」


魔力の波長を感じる……。

そんなことができるんだ。

もしかして、さっき馬小屋で土の槍を出現させた時のものだろうか。


と、私の肩に再度ユージンが飛び乗ってきた。怒ったように私の耳に囁いてくる。


「おい、ルナ。いま、この男に抱きしめられて喜んでただろう」


「なっ!よ、喜んでなんかないよ。変なこと言わないで」


「嘘だ。喜んでた」


……もしかして、ヤキモチ妬いてるんだろーか。こんな時だが、なんだか笑ってしまう。


「ちょっとユージン。そんなことより、どうして助けてくれなかったのよ。さっきヤバかったじゃない」


「あいつらに殺気がなかったからな。また屋敷に連れて行かれたら、そこで全員倒そうと思ってた」


「そうなの?もう、こっちはハラハラしたんだから」


ユージンとひそひそ声で話しているうちに、ナギ先生がキジャに近づいて行った。鋭い眼光をキジャに向け、ローブの袖から人相書きを取り出し確認する。


「長い髪に長身。お前がキジャか。ルナ王女がいなくなる直前、ノラント語の授業を受けていたことは侍女に聞いてすぐにわかった。今日は、いつもの教師ではなく、代理の教師が来たということもな。しかし確認したところ、そんな代理を頼んだ覚えはないという」


あっ、やっぱり代理の先生っていうのは嘘だったんだ。それにしては、キジャのノラント語の発音はかなりのものだったが……。


ナギ先生は、今度は私に向かって問いかけてくる。


「ルナ様。この男が誘拐犯で間違いありませんね?」


うっ……。

間違いなくキジャが誘拐犯だけど、助けてくれようとした人でもあるんだよね。

なんて説明しよう?


ためらっている私を遮って、キジャが諦めたような声を発する。


「そうだ。俺が王女をさらった」


「……そうか。すでに観念しているようだな」


私が止める間もなく、ナギ先生が先ほどの〈制止パレ〉という金縛りの呪文を詠唱しキジャに術をかけてしまった。


「ナギ先生、でも、キジャは……」


「気にすんな、王女さん。こういう結末もあるってことよ」


庇おうとした私を制し、キジャが言った。その瞳には、不思議と晴れ晴れした光が浮かんでいる。


「でも……」


「……あちらもそろそろ片付いたようですね」


ナギ先生が呟いた。


顔を上げると、こちらに向かって数人の魔法使いたちが飛んで来ている。スーパーマンのように両手を広げた姿勢で、ホウキのような道具などは持っていない。屋敷からは火の手が上がっており、周辺の空が紅く染まっている。屋敷を制圧したんだろうか……。


次々と傍らに降り立つ魔法使いたちを眺めながら、ようやく緊張を解いたその一瞬。


「そこまでですよ、あなた方!動くんじゃありませんっっ!!おおお、王女を殺しますよぉ!」


いきなり、背後から抱き上げられた。鋭い短剣の切っ先が私の喉元に当てられる。


なんと、屋敷の方に逃げたと思っていたマル達が、気がつかない間に私の後ろに回り込んでいたのだ。抱き上げられた弾みでユージンが私の肩から落ちる。私を捕まえている男はどうやらマルの手下のようだ。その横に、マルが血走った目をして長剣を抜いている。


ナギ先生や他の魔法使いたちが、一斉に額に手を当てる。


「おっと!変なマネをするんじゃねぇぞ!魔法を使ってみろ。その前に王女の喉をかき切ってやるからなぁ!」


私を抱き上げている男が叫んだ。

ナギ先生が額に手を当てたままのポーズで答える。


「やめろ!王女に手を出すな。要求があれば聞く!金か!」


男は、私の身体を掴む腕にギュッと力を込めた。


ぐっ……苦しい。


「あなた方王宮のエリート魔法使いを大勢相手にして、このまま逃げられるとは思ってはおりません。けれども、せめて一矢報いなければ奴隷商人マルの名が泣きます!王女を無事連れ帰れなかったら、ザマァないですものね、あなた方も!!」


憎々し気にマルが言う。


「王女を離せば、お前たちは逃がしてやる。金も欲しいだけやろう!お前たちも奴隷商人などではなく、『眩しい光の中』で生きて行きたいとは思わないのか?」


ナギ先生が私に目配せしながらことさらに声を張り上げる。


眩しい光……?

って、あ!!

ナギ先生が私に向けて暗にメッセージを示している!


「金ならいくらでもあるぞ!いくら欲しい!?言ってみろ!金貨で欲しいか?宝石で欲しいか!?」


ナギ先生は、さらに大きい声を出して術師の注意を引いている!


―― 私が呪文を詠唱するのを気づかせないために。


男がナギ先生に気を取られている隙に、額に手を当て小さな声で素早く呪文を唱える。そして、振り向きざまに光の強さを最大限にした〈光球〉《ラ・ルース》を術師の眼前に突きつける!


「〈光球ラ・ルース〉!!」


「ぐわぁっ!?」


強い光に目を潰された男が私を取り落とした。急いでナギ先生の方に逃げようとしたが、足がもつれて転んでしまった。


「このガキぃぃ!もう許しませんよおおぉっ!」


隣にいたマルが私に襲いかかってきた。マルは光を見なかったのか、怒りに震え長剣を握りしめている。


「ルナ様っ!!」


ナギ先生が魔力のこもった左手を振り下ろすが、マルの方が一瞬早い。


マルが、私にめがけて剣を振り下ろす!


――はずだった。



……?


斬られてない……。


思わず閉じてしまった目を開くと、そこには金色の光の塊が浮かんでいた。私に当たるはずだったマルの剣の先を、その光が止めている。光の中にいるのは、ユージンだ。その光がどんどん大きくなる――!!


カッ!!と金色の光が弾けた。

今唱えた〈光球ラ・ルース〉より何十倍、いや何百倍と明るい金色の光に包まれる。


「きゃぁ!」


凄まじい光の渦に飲み込まれ、思わず顔を覆う。


「な、なんだ……!どうなってる……!?」


「あ、あれは一体なんだ!?」


魔法使いたちのどよめきが周囲から漏れ出してくる。


目を開けてみると、信じられない光景が広がっていた。


一瞬、金色に輝く稲穂畑が目の前に出現したのかと錯覚をおこすほど、煌びやかな黄金色に辺りが包まれていた。


……しかし、それは稲穂畑ではなかった。


隣でナギ先生が呆然と呟く声が聞こえる。


「伝説の、黄金色のマスタードラゴン……?そ、そんなまさか……」


そう ―― そこに現れたのは、金色に輝く巨大なドラゴンの姿だったのた。

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