第12話:脱出劇。

「……ん?……おい、なんか焦げ臭くないか?」


部屋の外で見張っているらしい男の声が聞こえてきた。


「あっ!おい、あそこ!扉の下から火が出てるじゃねえか!水持って来いっ、早くっ!王女に何かあったらおれたちが殺されちまうぜ」


別の男が焦ったような声を上げる。バタバタと走って遠ざかる音が聞こえる。どうやら一人は走って水を取りに行ったようだ。


よし、うまくいったようだ。


何をしたかというと、この部屋の中にはいろいろなガラクタが転がっていたので、まずは音を立てないように使えそうな物を漁った。そしてちょうどよく置いてあった細い梱包用の縄をひとまとめにして、先っちょに火を点けたのだ。そして、まず燃えている先の部分をドアの下の隙間から外に出し、残りのまとまった部分も押し出すようにして部屋の外に出した。これなら部屋の中に煙はそれほど入って来ない。


名付けて、『ボヤの術』!

……って、名付けるまでもないか。


急いだ様子でガチャガチャと扉の鍵が開けられる。


バタンッ!と勢いよく扉が開いた。


……よし、今っっ!!


扉の横の壁に張り付いていた私は、練りに練った『風』の魔力を放出した!


と、部屋に散乱していた木箱の一つが、突如出現した小さな竜巻に煽られて宙を舞い、焦って部屋に飛び込んできた男の頭に直撃した!


バーン!と気持ちのいい音を立てて、木箱が砕け散る!


よぉーーしっ!

クリーンヒットぉ!!


よっぽど強く当たったのか、男はそのままバタンと床に倒れこんでしまった。


扉の陰からさっと躍り出た私は、そっと外の様子を伺ったが、どうやら見張りは二人だけだったようだ。もう一人の男は水を取りに行ったままのようだが、すぐに戻ってくるだろう。急がなきゃ!


猫の姿のユージンはすでに扉の外に出ている。


私も外に出て、扉を閉めておく。縄についた火はそのままだが、まあこの程度なら大きな火事になって中で倒れている男が焼け死んだりすることもないだろう(たぶん)。


外に出るとすでに夜になっていた。空には月が出ている。少し離れた場所に明りのついた大きなお屋敷が建っている。どうやら、今の部屋はこの屋敷の納屋だったようだ。とすると、ここは裏庭か何かにあたるのだろうか。広い敷地の周りはぐるりと高い塀に囲まれており、飛び越えていくのは無理そうだった。


ユージンが小さくニャアと鳴いて小走りに走り出す。どうやら行くべき方向を知っているらしい。


どんどん家の方に向かって進み、屋敷の裏口がすぐそこ、という所まで来るとユージンが急に進路を変えた。裏口の横に積まれている葡萄酒の樽の陰に入り、こっちを見ている。私も急いで樽の陰に隠れた。


すると、騒ぎを聞きつけた男たちが裏口からわらわらと出てきた。皆、バケツに水を抱えてボヤが出ている納屋に向かっている。


わー、危ない危ない。


「よし、行ったな」


男たちが通り過ぎると、ユージンはまたそっと走り出した。裏口から家の中に入るのではなく、建物の横をすり抜けて行く。とにかく、後をついて行くしかない。


屋敷の脇をちょうど半分くらい来たところに小さな勝手口があった。と、勝手口が急に開いて、そこから別の男がひとり、バケツを抱えて出てくるところにバッタリ居合わせてしまった。


「あっ!このガキ!何してやがる!」


わっ、しまった!


思わず身体が強張る。


と、電光石火の動きでユージンが男の顔面に飛びかかる!


「ルナ!水だ!水を使え!」


水!そっか!


男はまさか猫が喋ったとは思っていない。どこからか声が急に聞こえて驚いているようだ。


その隙に、男の持つバケツの水に意識を向けた私は、素早く額に手を当て、バケツの水に向けて『水』の魔力を放出した。ユージンが一瞬早く男から飛び離れる。次の瞬間、水が散弾のように勢いよく噴き上がり、男の顎に直撃した!


うわお!すごい威力。


……男はバケツを持ったまま後ろに倒れ込んでしまった。まさか、自分が喋る猫と5歳児にやられるとは思っていなかっただろーなぁ。


私ったら、いつの間にこんなことできるようになっていたんだろ?これまでは、せいぜい自分で持ったコップの水を増やすくらいのことしかできなかったはずだが……。ナギ先生やユージンとの魔法の修行の成果が今頃出てきたのかしら。


しかし、考えている暇はない。倒れた男の脇をすり抜けようとしたとき、勝手口の中側から人の声が聞こえてきた。


やばい!息をひそめて壁に張り付く。


「……まったく、王女をさらうなんてどうかしてるぜ。バレたら皆して死刑になっちまう」


「ああ、まったくだ。あの貴族の坊ちゃんもよくやるよなぁ。庶子っていっても王様の息子なんだろ?腹違いの妹を奴隷にしようなんてな。ま、このネタでマル様に一生強請られるのは間違いないだろうな」


アルマーのことを話しているに違いない。まったく……言わんこっちゃない。


と、家の奥から別の男の怒声が響いてきた。


「おい!何してやがる!王女が逃げたぞ!早く探せ!」


うわっ、やばいやばい。


そろそろとその場を離れ、屋敷の正面に回り込んだ。男たちは裏庭に集まっているらしく、こちらには誰もいないようだ。広い前庭があり、正面に馬小屋らしき建物が見える。ユージンは、迷いなく馬小屋に向かって行く。


馬小屋には入り口には扉が付いておらず、ユージンと一緒にそうっと忍び込む。息を整えていると、家畜の臭いがぷんと漂ってくる。大きな馬小屋で、10頭以上も馬が繋がれているが、突然の侵入者に騒ぐこともなく落ち着いたものだ。馬小屋の反対側にも入り口があり、外を覗いてみるとこの屋敷の正面玄関らしき門が見えた。門の上には松明が灯っており、見張りの兵がいるようだ。


……あそこから、逃げられるだろうか。


逃げたとして、この屋敷は一体どこにあるんだろう。城からはかなり離れた場所にあるんだろうか。


私が馬にでも乗れればいいんだけど……。


ふと、自分の格好を見てみると、膝丈の薄ピンクのドレスはスカートが汚れて泥まみれになっている。せっかくのお姫様のドレスも、これじゃあ台無しだ。逃げるのに動きづらいし、思いきってナイフを腰のところから入れてスカート部分を取ってしまおうか……。


「おい、こっちだ。早くしろ」


ユージンが、馬小屋の脇に置いてある藁の束をカリカリ引っ掻いて鳴いている。


「どうするの?」


問いかける私に、ユージンがおもむろに言う。


「脱げ」


「えっ!!?」


思わず耳を疑った。


「ぬ……脱げってこんな所で?な、何考えてんのよ、エッチ!」


「ばか。エッチな想像してるのはおまえだろ。そのドレスでおまえの身代わり人形を作るんだよ。早くしろ」


……そ、そうか……。なんか恥ずかしい。


まあ、私の身体は子供なんだから、脱いだって別に問題ないんだけどさ。つい、よ。つい!


心なしかユージンも動揺しているような気がする。と言っても猫だからよくわからないのだが。


とにかく、ユージンと素早く今後の作戦を打ち合わた。作戦はこうだ。まず私の着ているボロボロのドレスと藁で、身代わり人形を作る。その人形を馬に括り付け、魔法で驚かせて逃す。門の見張りが馬に引き付けられたところで、私たちがこっそり逃げ出す!


……って、うまくいくんだろうか。

まあ、やってみるしかない。


ドレスを脱ぎ、子供用のレースのタンクトップとかぼちゃパンツ姿になる。脱いだドレスに藁の束を首の所から突っ込んで、不恰好ではあるが身代わりの術っぽい人形をなんとか作った。鞍が着いたままになっている馬の手綱に、ドレスの腰のリボンのところを結えつける。


一瞬、触ったりして馬が怒ったらどうしよう?と思ったが、人に慣れているのか大人しいものだった。


そして、馬たちに蹴られないように注意しながら、馬を小屋に繋いでいる綱をどんどん外してしまった。


全部の馬の綱をといて、一息つく。と、外から男たちの声が聞こえてきた。急がなきゃ!


しゃがみこんで魔力を練る。左手は額に当て、右手は馬小屋のむき出しの土床につけている。


「おい、馬小屋は調べたか!?」


男たちの声がどんどん近づいてくる。


……よし、今っ!!!


勢いよく左手を振り下ろす!


……しかし、土を触っている右手には何の反応もない。


あ……失敗!?


うそぉ……。


焦りが心臓の鼓動と共に滲み出てきた。男たちの声はもうすぐそこまで迫っている。このままじゃ見つかっちゃうよぉ!


と、ユージンがしゃがみこんだ私の背に飛び乗ってきた。あっとぐらつきそうになる私の耳を後ろからかぷっと咬む。


きゃあんっ!


……と、次の瞬間、体の中のエネルギーが一つの方向に大きく流れていくのを感じた。バラバラになったパズルのピースが元の位置にはまるような、すべてが整う感覚。


魔力が身体から溢れ出す……!!


―― このまま、いっけえぇっ!


途端、立っていた地面がグラグラっと大きく波打った。目の前の土が激しく盛り上がり、まるで巨大な土の槍のような形状になっていく。土の槍はそのまま馬小屋の屋根を突き抜ける!


突然の出来事に驚いた馬たちが大きくいななき、どんどん小屋の外に走り出して行く。


「わあぁっ!なんだなんだ!」


「おい、馬が!」


たちまち馬小屋の中も外も大混乱に陥った。私は立っていられず、しゃがんだままユージンを抱きしめた。う、馬に蹴り殺される〜!


私は腹這いになりながらも、藁が置いてあった場所に隠れた。


突如暴れ馬が馬小屋からどんどん飛び出して来たので、外の男たちはパニックに陥ったようだった。


「うわあああ!」


「おい、あそこ!娘が乗ってるぞ!」


「追いかけろ!馬を捕まえろ!」


「あっ!正門を蹴破りやがった!」


「屋敷の方にも突っ込んでいくぞ!」


馬小屋の外は騒然となっているようだった。男たちはパニックによって思考が働いていないのか、身代わりの術にうまくだまされてくれたようだ。


混乱に乗じてそっと馬小屋を抜け出そうとしたその時、ごく近くで男の声がした。


「おいおい。せっかく馬を拝借しようと思ってたのに、逃がしちまうとはな」


この声は……!


振り返った私の目の前に、人影が立ちはだかった。

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