第11話:縄抜けはルパ◯三世のように。
「アルマー様。商品を勝手に傷つけられては困りますよ」
剣を抜き放ったアルマーに対して、マルが静かに声をかけた。
アルマーはふん、と鼻息をひとつ吐き、抜いた剣を腰に戻したようだ。
……あほー!ビビっただろがー!
「まあいい。どうせこの娘は2度と王国には戻ってこれないんだからな。……奴隷の買い手はいるんだろうな?」
アルマーの問いに、マルが
「お任せください。この美しい髪に眼……これほどの上玉であればすぐに買い手がつきましょう。王女であることがわからないようにする必要はございますが……。喉を潰してしまえば事情を話すこともできますまい」
アルマーはさらに蔑んだように言いつのる。
「こんな子供を買ったところで
「それはそれ、世の中にはいろいろなご趣味の方がおりますゆえ……」
マルがフッフッフッ、といやらしい笑いを漏らす。キジャが苦虫を噛み潰したような声になる。
「かわいそうにな、この娘。王国に戻るどころか、今後、人として真っ当に生きることはないだろう。幼児趣味の奴等は、幼い子供相手に本当にえぐいことをするからな。……死ぬことができればまだいいが」
な……!マジ……?
ゾワゾワと悪寒が身体中を駆け巡る。
冗談じゃないわ!
アルマーの笑い声が狭い部屋に響く。
「はっはっは。どうせ呪われた娘だ。構わんだろう。夜明けと共に出発だったな。この事はくれぐれも内密に頼むぞ」
「もちろんでございます、アルマー様」
男達はなおも話しながら、扉を開けて出て行ってしまった。外からガチャガチャと錠をかける音が響く。
そして、静かになった。
しばらく待ってから、私はむくり、と顔を上げた。
……恐ろしいことになってしまった。
このままでは、幼くして奴隷としてどこか遠くに売り飛ばされてしまう。
あのアルマーという男は、本当に人格が崩壊しているようだった。呪われた娘だったら、5歳の子供を奴隷にしても構わないというのだろうか?
リューイの話だと、アルマーは自分は庶子と言えども本来であれば王族だと自負していて、自分より下の位の者を蔑んでいるということだった。それなのに、あんなチンピラのような連中とつるんでいる。
いくら王族が気に食わないといっても、幼い王女を誘拐して奴隷商人に渡すなど、正気の沙汰ではない。正当な王族として認められていないとはいえ、国王の息子には違いないアルマーがそんなことをしたと世間に知れたら必ず失脚する。
こんな、見るからに信用のおけなそうな連中にそんな重大な弱味を握られてしまったのに、本人は気にしている様子もなかった。
……まったく、いい気なものだ。
アルマーのことはともかく、今はとにかく何とかしてここから逃げ出さなくては。あいつらは夜明けには出発と言っていたが、今が一体何時なのかもわからない。
逃げると言っても、どうやって逃げよう。この部屋には窓はない。たった一つの扉には鍵がかかっている。私は潜在的な魔力は凄まじいと言われてはいるが、まともに呪文が使えるわけではない……。隙を見て殴って倒す、というのも子供の腕力で大人に勝てるわけはない。
……つまり、今の状態は、絶体絶命というやつだ。
……だんだん、泣きそうになってきた。
と、カリカリという音が聞こえてきた。どうやら近くに積まれた木箱のうち、下の方にある木箱の中から音がしているようだ。
―― もしかしてっ!?
起き上がって上に積まれた木箱をどかそうとしたがなかなか重い。身体を押し付けて上の木箱を音がしないようにゆっくりとずらした。下の木箱の蓋を静かに開けると、中から猫の姿のユージンが顔を覗かせた。
「ユ……!!」
ユージン!と叫びそうになった私の口を猫の手がふさぐ。小さな声でユージンが囁いた。
「あほ。見張りに気づかれるだろーが」
「(もごもご)……ゴメン」
豪奢な金色の猫はあきれたような顔をしながらも木箱をすり抜け、音も立てず軽やかに部屋に降り立つ。
「どうしてここにいるの?」
ひそひそ声で聞く。
「おまえの気配が急に遠のいたからな。気になって追ってみたら、王宮から出て行こうとする馬車からおまえの匂いがしたんだ。で、荷台に隠れてついて来たんだよ」
そーなんだ。ドラゴンて鼻が利くのね。
「……おまえ、実のお母さんに嫌われてるのか?」
ユージンが私を見つめて静かに問いかける。心なしか気まずそうだ。どうやらさっきの話を聞いていたらしい。
「え?あー、なんかそうみたいだね……」
「……おれの花嫁になる運命だからだよな」
「もしかして気にしてるの?」
ユージンは黙っている。
「気にしなくていいよ。もともと嫌われてるのはわかってたし。ユージンのせいじゃないよ」
これは本当の気持ちだ。
もちろん嫌われるよりは好かれるほうがいいのだろうが、ユーミ王妃に憎まれていようが実際はどっちでもよかった。
私がもし本当に5歳の子供であったのなら母親を慕ってつらい思いを抱えていたのかもしれないが。実際の私の中身は、享年26歳なのだ。今さら母親が恋しい歳でもない。生まれた時から赤ん坊の私にほとんど会いに来ず、これまで成長する上でも接点がまったくなかった女性を、母親として慕う気持ちはこれっぽっちも湧いてこなかった。
王族は家族で団欒することもほとんどないのだ。母親と言っても、はっきり言って数ヶ月に1度会うか会わないかの親戚の嫌なおばちゃん、くらいの関係である。そんな人に好かれようが嫌われようが、それほど重要ではない、と私は達観していた。
それよりも、ユージンが私の気持ちを心配してくれたことがなんだか嬉しかった。
「……そんなことより、ここからどうやって逃げよっか」
黙っているユージンに囁く。
と、ユージンがまたもや木箱の中に入ってゴソゴソやりだした。そして、どこから調達してきたのやら、1本のナイフを口に咥えてまた顔を出す。チャリンと小さな音を立てて、ナイフを私の体の前に落とした。
「ほら、早く縄を切れ」
こともなげに言う。
「ええー、私が自分で縄を切るの?ユージンが魔法か何かでぱぱっと助けてくれるんじゃないの?」
ひそひそ声で文句を言う。
「おれが魔法を使ったら強すぎておまえの身まで危ないって言ったろ。ロープどころか、この辺り一帯が吹っ飛んじまう。……側にちゃんとついててやるから。自分の力で逃げ出してみろ」
「そんなあ……」
なんて不便な。力が強すぎるのもどうやら問題らしい。
って言うか、本当にユージンって魔法使えるのぉ……。今のところ、猫に変化する以外の魔法を使っているのを見たことがない。非難がましい目で見る私をユージンが突き放す。
「おまえも今まで魔法の修行してただろーが。大丈夫だって。本当にやばくなったらおれが絶対助けてやるから」
……本当でしょうねー。
仕方がないので、音を立てないように、静かに腹筋を使って上体を起こす。
ナイフを掴み、まずは手の縄を切ろうとしてみたが、なかなかうまくいかない。マンガやアニメだと、さも簡単そうにパラリと縄がほどけるかのように描かれているが、実際は大違いだ。
身体の前で手首が縛られているので、まずナイフを逆手にして縄の中に入れようとしてみたが、きつく縛られているのでうまくいかない。なんとかナイフが縄の中に入っても、今度は力が入れづらいので引っ張って縄を切ろうとしても動かせない。縄の結び目はぐるぐる巻きにした内側に入れ込んであるようで、結び目を狙って切ろうと思ってもどこだかわからない。
ルパ◯三世って、すごいんだわ……。
いつでもどこでも縄抜けしてるもん。
「できないよー」
「なかなか固いな」
「……あれっ、でも、この状態で魔法って使えないかな?」
「ん?そういやそうだな」
思わず顔を見合わせて声を立てずに笑ってしまう。なんだかユージンといると、誘拐されて危険な状況に我が身が置かれているというのを忘れてしまうようだった。
縄にナイフが挟まったままだが、そのまま両手を顔の前に持ってくる。左手の人差し指と中指を額に付ける。〈魔力を溜める〉のポーズがぎこちないながらもできた。
ユージンが見守る中、さっそく心の中で炎をイメージする。
炎よ……!
縄を燃やして……!!
と、体の奥から熱いものがこみ上げてきた。
……いける!
息を小さく吐きながら指を額から離した。親指も広げ、そのまま縛られた両手を下す。
指の上にテニスボール大の炎が燃えていた。
―― ぃよしっ!!
炎を持ったまま、指をそーっと手首の方に曲げる。そのまま、縄を焼くように炎に念じる!
ボッ!っと音を立てて、炎が小さく舞い上がり、縄に絡みついた。炎はチロチロと縄を燃やしていき、ボロボロと燃えかすが床に落ちた。
ナギ先生の教え通り「熱くない、熱くない!」と、一生懸命念じていたおかげか、私の手首は火傷しなかった。
同じ要領で足の縄も焼き払う。
よし、これで何とか自由の身にはなれた。これからどうするか。手に先ほどのナイフを持つ。ユージンは私の足元にちょこんと座り、金と青のガラス玉の瞳でじっと私を見つめている。
閉じ込められている狭い部屋を見渡し、しばし考える。
私が今使える魔法は、<
鍵を開ける魔法も知らないし、悪者を倒すような攻撃魔法も習ったことがない。
元OLだった私は、こんな時に頼りになるほどの剣術や武道の能力も持ち合わせていない。
私の力だけで、ここから逃げ出すことができるのだろうか。外には見張りもいるだろうし、キジャやマルもきっと近くにいるだろう。
……だけど、怖くはなかった。
ユージンが側にいてくれる。それだけで、不思議と勇気が湧いてくる。
それに相手だって私が子供だと思って油断しているだろう。
……よし。
心を決めた。
うまくいくかはわからないけど、今の手持ちの基礎魔法で可能な限りあがいてやろうじゃないの!
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