第10話:ルナ王女、誘拐さる。
世の中には嘘みたいな本当の話がいくつもあるというが、真昼間の王宮内で王女が誘拐されるというのもそのうちの一つに数えられるかもしれない。
目を覚ますと、どこかの部屋の床に転がされていることに気が付いた。手足は縄でガッチリと縛られている。
狭い部屋には木箱や荷袋が散乱している。おそらく、倉庫か何かのようだ。部屋には窓もなく、扉がひとつあるだけで、私の他には誰もいない。
と、扉の外でガチャガチャと音がする。
……誰か来たんだ!!
は、犯人かも!
どうしようと思ったが、ここは古典的に寝たフリをかますことにした。私に用があるならどっちみち起こされるだろう。
薄眼を開けてこっそり周りの様子を伺えるように、頭をちょっと動かして銀髪で目が隠れるようにした。
と、扉がガチャリと開き、複数の足音が部屋の中に入って来た。
「おお、本当にルナ王女だ。よくやった、キジャ。……薬でよく眠っているようだな」
「危ない橋を渡らせるぜ、あんたも。ロイブ公爵夫人の御子息のご推薦ってことで城には怪しまれずに入り込めたがな。だが、あんたの名前を出してもよかったのか?そこから足がついたらどうするんだよ」
「なんとでも誤魔化せるさ、そんなもの。私は公爵家子息とはいっても、実際は国王の息子なのだからな。何を聞かれても知らぬ存ぜぬで押し通せば、無理に調べることなど出来ぬ」
あっ……!
この声は、アルマー!!
部屋に現れたのは、異母兄のアルマーとキジャ先生だった。
――この2人、グルだったんだ!
目まぐるしく私の脳が動いた。
きっと、私の誘拐を指示したのが王族に恨みを持っていそうなアルマーで、実行犯が王宮に出入りできるキジャなのだ。マーシャル先生が風邪だというのももしかしたらウソで、キジャが代理の先生として王宮に入れるようにアルマーが裏で手配したのかもしれない。
でも、何のために?
どうやってバレないようにこんな所まで私を連れて来れたんだろう?
横になったまま私が身動きしないので、男たちはまだ薬が効いていて寝ているものと思ったようだ。キジャが横柄な態度でアルマーに話しかける。
薄眼をそうっと開けて見ると、授業の時のパリッとした服装ではなく、いかにも下働きの人夫といった服装に変わっている。
「まさか、これほどあっさりいくとはな。自分でさらっておいて言うのもなんだが、驚いたぜ。城の警備って言ってもザルなんだな」
キジャは、語学の先生という仮面はすっかり外しているようで、チンピラっぽい本性を現している。言葉使いもノラント語の授業の時とは全く違っていた。
アルマーの得意気な声が狭い部屋に響く。
「警備の厳しい王宮から王女を連れ出すなど、普通であれば至難の技。城の内情を知る私が計画を考案したからこそ成功したのだ。まあ、貴様がノラント語の教師に化けると言ったときには驚いたがな。……貴様のその発音は、間違いなく貴族のものだ。一体、盗賊ふぜいがどうやって身につけたのだ?」
キジャは答えない。
……そうか、キジャは盗賊だったのか。
「アルマー様はどんな方法で王女を王宮から連れ出されたのですかな」
アルマーとキジャの他に、どうやらもう1人部屋にいるようだ。
声からすると、年配の男性だろう。ねちっこい、嫌な声だった。薄眼ではよくわからないが、趣味の悪い派手なズボンと靴の組み合わせがうっすらと見えた。
アルマーがまた得意気に話し始めた。
「ふっ、知りたいか。王宮ではたくさんの食材を毎日外から仕入れているだろう。大体は早朝に野菜や葡萄酒などを届けに商人どもが来る。そいつらは、午後には食材が入っていた空箱や樽を回収しに来る。キジャは王女を眠らせてから空いている木箱に詰め込んで、商人たちに紛れてここまで運んできたのだ」
「それでは木箱に入れるまでに見つかってしまうのではないですか?」
「木箱に入れるまでは袋に入れて、台車に乗せて侍女に運ばせた。ほら、そこの袋だ」
アルマーが指し示した袋は見ることができないが、おそらく大きな布製の袋か何かが近くに置いてあるのだろう。そういえば、たまに侍女が大きな布袋を台車に乗せて廊下を歩いているのを見ることがある。多分普段はシーツとかカーテンとかを変える時に使っている物なのだろう。誰も、まさか王女が入っているとは思うまい。
男が感嘆の声を上げる。その様子に満足したのか、アルマーは得意気に話を続けている。
「食材の仕入れは毎日のことだから、王宮を出る時に兵士もそれほど厳しく中身を確認したりはしない。朝は割ときちんと見ているが、木箱を回収するときはどうせ空だと思っているからな。適当にしか見ていないんだ」
「王宮を出る時に怪しまれないように人目につかない場所で人夫の服に着替えたしな。王女が部屋から急にいなくなって侍女どもがすぐに大騒ぎするかと思ったが。王女があちこちうろついていなくなるのはいつものことというのは本当らしいな。誰も気にしていない様子だったぜ」
……どうやら、誘拐に先立って王宮の食材の仕入れ体制や、王女である私の行動をよく調べてあるようだ。確かに私は勝手に王宮を抜け出して裏の森に行ったりしているし、誘拐犯から見たら隙だらけだったことだろう。アルマーも一応王宮で訓練している身である。そういった裏事情をよく知っているのかもしれない。
しかし、本当にいるのね、こういう時に頼まれてもいないのにペラペラと手の内を明かしてしまう人って……。
「それで、本当に王女を渡していただけるのですかな、この奴隷商人のマルめに」
なっ……奴隷商人っ!?
アルマーのやつ、なんと私を奴隷として売り飛ばす気らしい。
アルマーは、ふふんと鼻を鳴らして言った。
「ああ。そのためにさらってきたのだからな。『呪われた銀の乙女』をこの王国から追い出してやるのだ」
「『呪われた銀の乙女』とは……いったい何なのですか?母君が違うとはいえ、王女は異母妹にあたられるのではありませんか。もちろん、詮索する気などございません。単なる好奇心でお尋ねしているまで。お捨ておきなさっても結構でございます」
「はっはっは!よいよい。別段隠すことでもない。まあ、王族連中はこのことを秘密にしたがって躍起になっているようだがな。教えてやろう。よく聞け、この王女はな……」
アルマーは一旦言葉を切った。勿体ぶって楽しんでいるようだ。
見えないのでわからないが、どうやらマルの様子に満足したらしい。
アルマーはこれでもかという仰々しい声を張り上げた。
「……ルナ王女は、ドラゴンの花嫁となるという呪われた運命の持ち主なのだ!」
「……は……?ド、ドラゴン……?」
マルの呆気に取られた声が上がる。
ま、普通はそういう反応になるわな。
私もドラゴンが目の前に現れて「おれたちは許婚」と言われなかったらおそらく信じられなかったことだろう。
アルマーは本気の声で話を続ける。
「おかしいとは思わんか。この髪、この眼!国王にも、王妃にも似ていない!銀髪に紫色の眼というのは、伝説のマスタードラゴンに捧げられる乙女が持つと言われている外見なのだ。千年に一度、この姿で生まれた者は、乙女のままドラゴンの花嫁となるという」
「……なるほど、き、興味深い話でございますな。しかし、失礼ですが、それは本当の話なのですか?ドラゴンと結婚など、実際にできるものなのでしょうか?」
口調は恭しいが、疑いの色を濃くした声で、マルが尋ねる。
アルマーはマルの言葉に気分を害したようだった。ムキになったように話を続ける。
「ふん、ドラゴンは伝説上の存在だと言う者もいるなしかし、これは確かな話だ。王宮中でこの話を隠しているのが何よりの証拠だ。それに、花嫁と言っても本当にドラゴンと結婚などするものか。伝説では『花嫁』と言い伝えられてはいるが、実際は生け贄のようなものだという解釈だそうだ」
ふんふん。やっぱりそういうふうに解釈されているのね。
ユージンはもっと単純に「おれが気に食わなければおまえを喰う」と言ってたけどね。
アルマーはさらに興奮したように言葉を続ける。
「あの王妃…、ルナ王女の母親だがな。大国のジャタ王国から嫁いできたこともあり、相当にプライドの高い女らしい。自分がドラゴンの生け贄などという『呪われた銀の乙女』を産んだことがどうしても受け入れられないと聞く。この王女はかわいそうに、母親に愛されていないのだ。あの女にしてみれば、この王女を産んだことはとんだ間違いだったんだろうな」
……そうか。
そういう事情だったんだ。
暗く冷たい気持ちが私の小さな胸にしんと広がっていく。
アルマーが言うように、今まで王妃が母親として接してくれたことは一度もなかった。産まれてからほとんど会いに来てくれたこともない。会った時も、冷たい態度でいつも邪険にされている……。
「相当、あの王妃が嫌いらしいな」
キジャが口を挟んだ。
アルマーはその言葉に激しく反応する。
「あの女のせいで私の母は王宮を追い出された!そのせいで、本来ならば王族として遇されるべき私やノーリアも一介の貴族でしかない!それも、母の色仕掛けで成り上がったという不名誉な爵位だ!父上が本当に愛していらっしゃるのは母1人であるのに、あの忌々しい王妃のせいで……。『呪われた銀の乙女』などを産んだあの汚らわしい女こそ王宮から追放されるべきではないのか!それなのに、父上もジャタとの関係を気にして、王妃には頭が上がらないでいる!」
話しているうちに感情が噴き出してきているのだろう。アルマーの声には狂気の色が濃くなってきている。
「もっと気にくわないのはリューイ王子だ。あいつがなぜ一介の兵士どもと訓練に励んでいるか知っているか?妹のためにいつの日か『ドラゴンを倒す』んだと。勇者気取りというやつだ。何も知らない馬鹿兵士どもも王子がしょっちゅう鍛錬場に現れるので士気が上がっている。『呪われた銀の乙女』なんていう気味の悪いものを、なぜ命をかけて守らなくてはいけないのだ?この王女自体が、魔物のようなものではないか!」
そうだったんだ。
考えてみると、リューイもレイラも私とかなり歳が離れているから、呪いのこともずっと前から知っていたんだろう。ユージンがあっさり私にばらしてしまったが、『銀の乙女』の伝説を一生懸命隠してくれていたんだと思う。
アルマーや王妃は私を嫌っているようだが、国王を始めほかの人々は皆普通に接してくれている。アルマーの場合は、何かと王族を嫌う理由を探しているだけという気もするが。
「国王もこの気味の悪い者を王女と認めているようだが、私は認めん!」
言うなり、アルマーが腰に帯びた剣をスラリと抜き放つ音が聞こえた。
げげげげ!
これっ……、どうなっちゃうのっ!?
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