第8話:ドラゴン、王宮内を散策する。

王宮の裏の森で金色の小さなドラゴンのユージンと会うようになってからというもの、次第に私の中でユージンの占める割合が大きくなってきていた。ふと気がつくと「今日はユージンと何して遊ぼう」などと考えてしまっている。


王女としてこの世界に転生してこれまで何不自由なく生活していたが、友達はいなかった。私にとってユージンがこの世界でできた初めてのお友達なのだ。2人で森で過ごすひと時が、私にとって大切なものになり始めていた。


16歳になったらユージンの花嫁になる運命だと言われたが、いまだにピンと来ない。16歳になった時に「はい結婚しましょう」となるのか、それともやっぱり気に入らないから私を喰ってやる、などとなるのかはわからない。


でもユージンは今のところ私のことを気に入っているようだし、私もユージンといるのが楽しい。

のん気と言われるかもしれないが、今は「一緒にいて楽しい」、ただそれでいいかと思っている。

それに16歳になるまでまだ後11年もあるしね。


今日もいつものように森でユージンと会っていた私。

ユージンが突然、お城を探検したいと言い出した。そういえばここのところ森に通い詰めだったかも。


よし!

今日は王宮内を散策しよう!


金色の羽根をパタパタと動かしているユージンを見て、はたと気づく。


「ねえ、ドラゴンが現れたら皆驚くんじゃない?」


「それもそうだな。何か別の物に変化するか……」


「ちょっと!魔法使ったら街が吹っ飛ぶって言ってなかった!?」


「〈変化トランスフォルマシオン〉は攻撃呪文じゃないから大丈夫だろ。……多分な」


ちょっとやめなさいよ、と言いかけた時、素晴らしい速さで呪文を唱え終えたユージンがふわりと玉のような光に包まれる。


光が消え、そこに現れたのは――1匹の猫だった。


ペルシャ猫のようなフワフワの長毛種。全体的に金色で、頭の真ん中に黒い毛が一筋曲線状に生えており、遠くから見ると黒い三日月のように思える。瞳の色はやっぱり金色と青色のオッドアイだ。

あまりのかわいさに悶絶しそうになる。


「きゃー!ユージンかあいい〜〜!!ねっねっ、もふもふしていい?」


「ばか、やめろ。さわるなって」


猫のユージンがするりと身をかわして私から逃げて行く。


「待ってってば。ちょっとだけでいいから」


「しかたないな。ちょっとだけだぞ」


私が近づくと立ち止まってくれた。


なでなでなで……。

撫でてみると、フワフワの毛の感触が気持ちいい。喉の辺りや、ヒゲの周りにも優しく触れてみる。


……ゴロゴロゴロ……。

猫のユージンの喉が鳴り出す。


「ユージン、気持ちいいんでしょ」


「うるさい、ばか」


バカと言いながらも、寝っ転がってお腹を見せるゴロニャンポーズをしている。

ふふふ、気持ちいいくせに。


「ねねね、抱っこしていい?お腹に顔つけてもふもふしていい?」


「……それはだめだ」


さすがにプライドが許さないのか、ピョンと跳ね起きて距離を取られてしまった。


ちぇっ、けち。

もふもふしたかったのに。


ともかく準備は整った。1人と1匹で連れ立って王宮へ向かう。


エンゲルナシオン王国の王宮は、4つの建物に分かれている。


一つは王宮の中央に位置する王の宮。


ここはイノラーン王が執務をする際に使っている場所で、王宮の中で一番立派で大きい。外国からの使者と謁見したり、賓客をもてなしたりするのがここらしい。子供の行くところではないと、私はほとんど立ち入らせてもらえない。


二つ目は王宮を正面から見て、右側に位置する衛兵舎。

ここには王宮を守る騎士たちや兵士たちが駐在している。さらに少し離れた場所に、鍛錬場と厩舎がある。


三つめは、その反対側の左側に位置する魔法舎。

王宮勤めの魔法使いたちが日々魔法の研究をしているところで、ナギ先生がいらっしゃるのはここ。レイラに連れて行ってもらった図書室もある。


最後は、王の宮の裏手にある後宮だ。

ここに私をはじめ、国王の家族が暮らしている。王妃の部屋、リューイ王子の部屋、レイラ王女の部屋、私の部屋、そして使用人部屋……エトセトラエトセトラ。ここだけでもかなりの広さがある。


ちなみに、王宮の周りには塀がめぐらされていて、そのすぐ外には貴族の館や、重鎮の役職についている者の住まいが立ち並んでいるらしい。で、さらにその外側には、普通の城下町がら広がっているんだそう。城下町にはまだ行ったことがないが、いつか王宮を抜け出してでも行ってみたいと思っている。


あちこち見て回った後、兄のリューイ王子が最近熱心に励んでいるという剣術の稽古を見学に行こうと、衛兵舎の方に向かうことにした。


衛兵舎は王の宮や後宮と比べて、装飾が少なく、実用的な造りになっている。

衛兵舎に渡る回廊を歩いていくと、何人もの騎士や兵士とすれ違った。皆、幼い銀髪の王女が見慣れない金色の猫を連れて歩いている姿を不思議そうに見ている。


衛兵舎を抜け、王宮から少し離れた場所に独立して建つ鍛錬場に着いた。


鍛錬場は、小学校の校庭くらいの大きさの開けた場所で、周りをぐるりと壁に囲まれている。

と、リューイ王子が人間に見立てた案山子を相手に剣をふるっているのが見えた。他にもたくさんの兵士たちが同じように鍛錬に励んでいる。


リューイ王子が私に気が付いた。地面に置いてあった鞘に剣を収め、近づいてくる。


「ルナじゃないか。どうしたんだ、こんな所に来て。……猫まで連れて来たのか?」


私とユージンに視線を向けながら、穏やかな声で問いかけてくる。


リューイ王子は、今年15歳。淡い栗色の髪に黒い瞳は父親のイノラーン王譲りだ。顔立ちは若い頃のイノラーン王にそっくりと言われており、なるほど、確かにジャニー◯Jr.のころのイノ◯チに似ている。それでも年齢相応の少年らしい爽やかなルックスの持ち主だ。庶民派らしく、あまり気取っていないところがとても好感が持てる。


「お兄様の剣術の練習を見学させてもらいたくて」


「そうか。ではそこで見ていろ。危ないからな、近づくんじゃないぞ」


「はーい」


素直に返事する私。ユージンも大人しく私にくっついている。


「えいやっ!とおっ!やーっ!」


おー。すごいすごい。なかなか形になっている。周りの兵士たちは、リューイ王子の側でパチパチと拍手している私を苦笑いしながら遠巻きに見つめている。


ふと横を見るとユージンがいない。あ、あんな所に行ってしまっている。物珍しいのか、すぐに勝手にどこかに行ってしまうのだ。

ユージンを追ってその場を離れる。


「……ルナ王女!」


不意に、声がかかった。そちらを見ると、身なりの良い少年が皆から離れた場所に立っていた。黒髪に焦げ茶色の目をした、どことなく暗い感じのする少年だ。


あら、この人、どこかで見たことがあるような。


少年の周りには、別の少年たちがたむろしており、皆同じようにいかにも貴族然とした綺麗な服装をしている。鍛錬場に来ているというのに、およそ兵士らしさの欠片もない。


「不躾にお声をかけたことお許しください。私、ロイブ公爵夫人の息子、アルマーです。貴女とは、これでも異母兄弟ということになるのですが」


異母兄弟……?


あっ、そっか。

この人、国王のお妾さんの子供なんだわ。確か、男の子と女の子がいて、男の子はリューイと同じ歳の15歳。つまり、王妃が第一子を妊娠している時にお妾さんも同時に妊娠していたということだ。ドロドロだよね……。


アルマーはどことなく国王とリューイに似ているが、その表情は見る者に全く違う印象を与える。暗く、神経質そうで、目には陰険な光が宿っているのだ。この日が初対面だが、良い印象は持てなかった。


しかしこの人、5歳の私に向かって随分と丁寧な話し方をするものだ。王女としてこちらも礼を欠くわけにいかず、私もドレスの裾を持ち、膝を折り挨拶をする。


「アルマー様。ごきげんよう」


「様、などと敬称をお付けになるのはおやめください。私どもは臣下にあたるのですから」


「……?」


「私どもは王族とは認められていないのです。住まいも王宮とは別の場所に館を与えられているのです。ご存知ありませんでしたか?」


あー。

えーと、確か王宮の侍女たちが噂してたなぁ……。

アルマーのお母さん、つまり国王のお妾さんは元は国王の侍女だったらしい。国王の子供ならば、たとえ母親が侍女だろうが女奴隷であろうが、子供は王族となる。それなのに、ユーミ王妃が裏から手を回して、お妾さんの子供たちを庶子としても王族扱いするのを阻止したとか。王妃はジャタという大国から嫁いできているので国王も強く出れず、ジャタ国としてもユーミ王妃が生んだ男児を次の国王にしたいが為に国王に圧力をかけたとかかけないとか。


お妾さんの産んだ子供たちを王族として遇さない代わりに、お妾さんにはロイブ公爵夫人という爵位と郊外の土地をとりあえず与えて、王宮から追い出したとか……。


うーん、昼ドラだわ。

でも、そんな事情を5歳児が知っていてもおかしい。


「知りませんでした。ごめんなさい」


「いえ、私こそ失礼を申しました」


なんだか気まずい空気が流れる。

っと、話題を変えよう!


「アルマー……さん、は、こちらで鍛錬なさっているのですか?」


「ふん、貴族の友人たちと剣の練習をしているのです。本来なら、私たちのような者は一介の兵士たちとは別になるべきだと思うのですがね」


ちくり、と毒を含んだ言い方をする。


アルマーはとりまきの貴族の少年たちと視線を交わし合い、嫌な笑みを浮かべている。


「鍛錬場も、貴族と平民とは分けて使えるようになればいいのです。まあ、リューイ王子はお気になさらないようですがな。まったく奇特な方だ」


遠回しに、下賤の者と交わっているリューイを卑下しているようだ。


こいつ……もしかしてやな奴?

カチンときた私は、アルマーの方をしっかりと見据えて意見する。


「お言葉ですが、王子という身分にこだわらずに一介の兵士たちとともに普段から鍛錬場で過ごしているからこそ、有事の際にも心を一つにして活躍できるのではありませんか。身分をかさにきて皆と交わらなければ、信頼を得ることはできないと思いますけど」


アルマーの顔がうっ、と歪んだ。

5歳児からのまさかの反論を受けてたじろいでいるようだ。


「……ルナ様は聡明であらせられますな。確かまだ5歳でいらっしゃったのではないですか?まるで立派な淑女とお話しさせていただいているような錯覚に陥ります。まあ、淑女と言っても、上に『呪われた』が付きますがな」


「呪われた……?それはどういう意味ですか?」


アルマーの顔に邪悪な笑顔が閃いた。


「おやっ!?『呪われた銀の乙女』の伝説のことをご存知ない!ご自身のことなのに……イノラーン王も、よっぽど貴女が可愛いと見える」


の、『呪われた銀の乙女』?

『銀の乙女』って呪われてるの!?


さらに問いかけようとしたその時、後ろからリューイの声が響いた。


「アルマー!!ルナに近づくな!」


リューイの方を見ると、これまで見たことのない恐ろしい顔をしたリューイが走ってこちらに向かってきている。


「これはこれは、リューイ王子。血相を変えてどうしましたか」


目の前に立ったリューイに向かって、アルマーはどこまでも悪びれない様子だ。


「アルマー、ルナに何の用だ」


「これは人聞きの悪い。立ち話をしていただけです。貴方方は、よっぽど『銀の乙女』の伝説をルナ王女に聞かせたくないらしい」


「アルマー!それ以上は……!」


リューイが焦って言う。


ふふん、という顔をして、アルマーは無言で剣を片付け、とりまきたちを引き連れてそのまま鍛錬場を出て行ってしまった。


リューイはアルマーが鍛錬場から出て行くまでジッとその後を睨みつけていたが、こちらに向き直り、問いかけてきた。


「ルナ。あいつに何か言われたか」


「えっと、私が『呪われた銀の乙女』だって」


リューイの顔色が変わった。


「ルナ……。いや、それはアルマーがただ言っただけだ。気にするな」


いやいやいやっ!

気になるって!


「アルマーは国妾の息子だからな。私やルナのことが気に入らないのだろう」


「……そうなんだ。なんだかお兄様が兵士達と鍛錬してるのが気に入らないみたいだったけど」


「アルマーは本来ならば庶子と言えど王族だからな。だからなのか、自分より身分の低い者に冷たい」


と、膝にフワフワの何かが触れた。見ると、いつの間にかユージンが側に戻って来ていた。


「さ、もういいだろう。城に帰りなさい。アルマーに今度会っても、口を利くなよ」


有無を言わさないリューイの言い方に、鍛錬場を追い出されてしまった。


後宮に帰る道すがら、周りに誰もいないのを確認してユージンに話しかける。


「……ねえ、『呪われた銀の乙女』って言われたんだけど。リューイお兄様も何だか様子がおかしいし」


「呪われた、ねえ……たぶん、おまえがおれの花嫁になる運命として生まれたからだろうな」


ユージンがさらりと言った。


「もしかして、おれの花嫁になるってことを皆おまえに気を遣って内緒にしてるんじゃないか?『マスタードラゴン』がこの世界の創造主っていう伝説は、普通は子供でも知ってるぞ。でもおまえは知らなかった。銀髪に紫の瞳の王女が生まれたらドラゴンに捧げられるっていう話の方は、一般の人間は知らないとしても、エンゲルナシオン王国の王族には伝わってるはずだぞ」


「ええー。今まで誰にも何も言われたことないよ。そりゃ、私だけ銀髪でちょっと家族と似てないなーとは気になってたけど」


「そりゃ、おまえがまだ子供だからかもな。皆おまえのこと『16歳になったらドラゴンに捧げられる憐れな王女』とかって、かわいそうに思ってるんじゃないか?」


その元凶のドラゴンがまったく悪びれずに言う。


自分は初対面で会ってからすぐさま『銀の乙女』についてばらしたくせに。そう文句を言ってみると、「隠してたっておまえのためにならんだろーが」と一蹴されてしまった。そりゃ、まあね……。


と言うより、ユージンはちっとも私のことを子供扱いしない。5歳のルナ王女の魂が享年26歳のOLだとわかっていたら驚きだが。……どうだろう。聞いてみる気にはならないけど。


ユージンに言われたことを考えてみると、心当たりがあった。

これまで王宮の誰に聞いても『マスタードラゴン』と『銀の乙女』の伝説について、はっきりしたことを教えてくれなかったのだ。


この世界の創造主とは言えドラゴンとはやはり恐ろしい存在だと思われているようなのだ。そのドラゴンと実は結婚する運命だなどという話を、子供の私に聞かせたくないというのは道理である。


……王宮の人々は、まさか事の張本人であるドラゴンの末裔が私の前に現れて教えてくれたとは露ほども思っていない。さらに、そのドラゴンと『お友達から』ということで毎日王宮の裏の森で会っていることももちろん知らない……。


隣をとてとてと歩く金色の猫をちらりと見て、大きなため息をついた私であった。


そして、この時はまだ、これから己の身に降りかかるトラブルを私はちっとも予想できていなかったのだ。

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