第7話:新しい魔法の師匠。
森の奥で小さな金色のドラゴンと出会ってからというもの、午後は一緒に森で過ごすことが私の日課になっていた。
ドラゴンの名はユージンというらしい。
ドラゴンとお友達になるなんて最初はどうなることかと緊張したが、私が元々動物好きだったのが幸いしたのか、数日するとすっかり打ち解けた。
ドラゴンが何を食べるかわからなかったが、おやつにどうかと思って一度厨房から干し肉をたくさんくすねて持って行ってあげたらおいしそうに食べていた。後で料理長にバレて「姫様はそんなに干し肉がお好きなのですか」と聞かれてしまったが、大きな猫を拾ったと適当に嘘をついておいた。
ナギ先生は、最近城の近くで目撃されたというドラゴンを追って、城外探索に行ってしまっている。……目撃されたドラゴンって、もしやユージンなんだろうか?怖くて聞けない。
そんなこんなで、魔法の修行は「自習しておいてください」と言われている。
とりあえず今日も森でユージンと会った私。
せっかくなのでユージンに魔法の修行に付き合ってもらうことにした。
気持ちよさそうに地面に寝そべって日向ぼっこをしている猫サイズのドラゴンに問いかける。
「ユージンは魔法使えるの?」
「当たり前だろ。誰に言ってる」
「そうなんだ。ドラゴンだもんね。小さくなったり大きくなったりする魔法しか使えないわけないよね」
「疑ってるな。その言い方は」
金色の小さな獣が怒って私の周りをパタパタと飛び回り始めた。
ユージンは、尊大な態度を取るかと思えば子供みたいに拗ねてみせたり、かと思えば鱗を撫でてくれとすり寄ってきたり、中身も本物の猫みたいに気分屋なのだ。
このドラゴンが一体何歳なのか聞いたことはないが、絶対に子供なのは間違いない。享年26歳の私からしてみると、ドラゴンと言うより小学生を相手にしているような感じだ。子供の扱いにはそれほど慣れているわけではなかったが、毎日相手をしていたらだんだんと扱いのコツがつかめてきた。
「お前な。言っておくけど、おれはただのドラゴンじゃないんだぞ」
「へー。何なの?」
「こないだ言ったろ。おれはこの世界の創造主であるマスタードラゴンの末裔。魔法が使えるのなんて当たり前だ。おれの先祖がそういうふうにこの世界を創ったのだから」
「ふーん。すごいね」
「おまっ……!本気にしてないだろっ!ホントーにホントなんだぞっ!」
ユージンはさらに私の周りをパタパタ飛び回る。
ふー、本当に小学生そのまんまだわ。なんだかでっかいことを言って「すごいねー」と言われたい子のようだ。
とりあえずめんどくさいのでさらりとスルーしておいた。
『マスタードラゴン』と『銀の乙女』について詳しくナギ先生に聞いてみたかったけれど、先生は不在だ。そのうち会えた時に聞いてみようと思っているうちになんとなく時間が過ぎてしまっていた。
まあいっか。
「もー。私は忙しいの。『風』の具現化うまくいってないし。そろそろできるようにならなきゃナギ先生に怒られちゃうよ」
「ふん。おまえがこないだからやってるやつか。……ちょっと待ってろ」
そういうと、木の上へ飛んで行く。すぐに何かを口にくわえて降りて来た。
パタパタと私の近くに飛んで来て渡してくれる。
見てみると、それは何の変哲もない1枚の木の葉だった。
「葉っぱ?これがどうかした?」
葉っぱを指でつまんで、クルクルと弄ぶ。
「これを持ってやってみろ」
えー、なんで?
こんな物で何か変わるのかと思ったけれど、言われた通りにする。
ユージンが拾ってきた木の葉を、左手の人さし指と親指でつまんで持った。そのまま、おでこに指をくっ付ける。葉っぱがおでこに当たっている。中指も伸ばして、イメージトレーニングを開始する。
と、ユージンが声をかけてくる。
「今おまえが持ってる葉が風に吹かれてどこかにいくように想像してみろ」
言われたままに、指に挟んだ木の葉がつむじ風に吹かれてクルクルと回転しながら宙に舞っていくところを想像してみた。
あっ……なんかうまくいきそう。
額に当たっている木の葉がピクピク動いている!
そのまま、小さなつむじ風を想像しながら、ゆっくりと額から手を離した。腕を最後まで伸ばしてから、そっと指を広げる。
と、持っていた木の葉がフワリと浮き上がり、クルクルと回転して空に昇っていく。
おー、やったぁ!
「うまくいったな。『風』そのものを具現化するより、『風の力を受けて動く物』に意識を向けるってことだ」
そーかあ。
これなら風自体は見えなくても、その存在と動きを現すことができるもんね。
「ユージン、すごい。ありがと」
素直に感謝の気持ちを述べる。
「……ふん。おれが教えてやったんだからこのくらいできて当たり前だ」
どこまでも偉そうにドラゴンが言う。
……でも、ちょっとだけ嬉しそうに見えるのは、きっと気のせいではない。
「でもこんな小道具使ってもいいの?」
「そりゃそうだ。体内魔力の練り方は術者によって無限に違う。おまえはおまえなりのやり方でやればいいんだ」
そうなんだ。
ナギ先生は学校で決まったやり方か何かで教えてくれてたのかもしれない。こんな風に道具を使うようなやり方は聞いたことがなかった。
その後もユージンに付き合ってもらって、『水』と『土』の具現化もあっという間に成功させることができた。
『風』の具現化で葉っぱという道具を使うことを覚えた私は、『水』の具現化の時には、コップに一杯の水を用意して、それを手にもって体内魔力を生成してみたのだ。
……結果、コップに入っていた水がごぼごぼと溢れ始めたではないか。
何もない所から一から具現化することはできなくても、媒体となる水そのものがあれば、その水を増やすことができる。
そういうやり方を覚えたのだった。
『土』の方はもっと単純だった。
地面に座り、右手で土を触りながら、左手で<魔力をためる>のポーズを取る。
それだけである。
『土』の場合は、魔法の現れ方は少々異なっていた。左手を額から離すと、右手で触っていた土がもここっと盛り上がるのだ。つまり、こちらは私が何かを具現化しているということはなく、今ある土を少し動かせる、というだけなのだが、これまでまったく成果が上がらなかったことを考えるとえらい進歩である。
両方ともユージンが適確にアドバイスをしてくれた。
「すごいよユージン。1年半修行してもできなかったのに」
「……フン」
ユージンはそっぽを向いているが、金色の尾が微妙に上下に揺れている。干し肉を食べていたときもこんなふうに尻尾が揺れていたことを考えると、もしかしてこれは「嬉しい」という意味なのかもしれない。猫かと思いきや犬か?
「ねえ、でも、どうせならバーンと派手な魔法を使えるようになりたい。いまいちこの修行って華がないのよね」
「ん?なんだそんなこと。強力な魔法なんてすぐに使えるようになるよ、おまえなら。『銀の乙女』は強大な魔力を持って生まれてくるからな」
「えー、そうなの?」
「ああ。でも今のままじゃあ自分の魔法を制御できなくて危険かもな」
そうなんだ。潜在魔力が多いとそれだけコントロールに苦労するということか。
「ま、おれがおいおい教えてやるよ。おまえの魔法の先生は普通の人間だろう。『銀の乙女』に魔力のコントロールの仕方を教えるには荷が重いかもな」
地に降り立ったユージンがまたもやくつろぎながら言う。
「そうなの?なんで?」
「いまはただの魔法の基礎練習をしてるだけだから関係ないだろうが、そのうち呪文を唱えるようになればおまえの力は普通の人間と比べて桁違いなんだぞ。呪文を唱え間違えたりしたら普通の人間だったら巻き込まれてすぐ死んじまう」
「ええー!それは困る」
「ま、安心しろ。おまえの魔力は確かにすごいが、おれほどじゃないから。呪文の練習だったらおれがいくらでも付き合ってやる」
こともなげに言う。
私を見つめる金と青のオッドアイの瞳が、心なしか楽しそうに光っている。
……どうやら、私はとんでもない魔法の師匠に巡り合ってしまったのかもしれなかった。
「ね、ユージンも魔法使ってみせてよ」
ふと思いついて言ってみる。しかし、すぐに「いやだ」という返事が返ってくる。
「なんで?『水』の具現化とかさ。お手本見せてよ」
確か、ナギ先生がお手本を見せてくれた時は水芸みたいに手からピューっと水が上がったのだ。あれくらいできたら、宴会の席で重宝されるかもしれない。
「だめだ。おれがそんなことしたら洪水が起きちまう。この辺がすべて水に流されてもいいならやってやるが」
「洪水!?」
「そうだ。おれも魔力をコントロールするのがそれほど得意じゃないからな。少しでも魔法を使うと、山とか街がよく吹っ飛んじまうんだ」
「ええー!」
「だから、おれに魔法を使わせようとするなよ。おまえの身まで危なくなる」
……前言撤回。
『とんでもない魔法の師匠』じゃなくて、『とんでもなさすぎてもはや危険なレベルの魔法の師匠』だ。
ユージンに魔法を使わせるような事態にならないよう祈る私だった。
※※※※※
《現在のスキル》
<水を増やす>
コップに入った水を増やす。喉が渇いた時に超便利。
<土を動かす>
触った土を盛り上がらせる。意味は特にない。
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