第6話:ドラゴンとの出会い

ナギ先生との魔法修練を始めてから、1年半が経とうとしていた。


私ことルナ王女は、5歳になっていた。銀色の髪の毛はなぜだか伸びるのが異様に遅く、5歳だというのにちょうど肩上までのオカッパの長さくらいしかない。ちょうど結べない長さなので、サラサラと髪の毛が耳に当たってくすぐったい。


ひそかに期待していたように、魔法の練習をしていたら突然、隣の国の王子様が通りかかって角を曲がったときにぶつかって知り合って……というようなことも今のところ起きていない。


相変わらず、王宮の裏庭でクールなナギ先生と一緒にせっせと魔法の修練に励んでいるのみである。


おかしいなぁ……。

乙女ゲー的ストリー展開なら、そろそろイケメンの幼馴染くらい現れてもいいのに……。


やっぱり、この修行自体がナギ先生との恋愛フラグなのかしらっ!?

でもでも、実の姉のレイラと先生の奪い合いなんてできっこないっ!!


ふるふると頭を振って、ナギ先生の方をちらりと盗み見る。

……先ほどから腕組みをしてこちらを睨んでいる。私が集中してないのがバレバレなんだろう。


うっ、怖い……。


私の邪念を見抜かれたのか、ナギ先生の喝が飛んできた。


「ルナ様。集中がおろそかになっていますよ」


「はーい……」


ナギ先生がため息をついて言う。


「ルナ様。やる気が出ないようですね」


「だって、全然できるようにならないんだもん」


「火は具現化できるようになったではありませんか」


「でも、その後は水も風も土も出てこないもん」


「『だって』も『でも』もいりません。さ、もう一回やってみましょう」


「え~~……」


そうなのだ。

1年半前に修練を始めたときには、ちょいちょいっと火が出たりしたのでいい気になっていたのだが、その後は期待したほどには修練の成果が出ているとは言い難かった。


ナギ先生によると、私は莫大な潜在魔力を体内に秘めているらしい。


しかし、その魔力を正確にコントロールして取り出せるようにならなければ、いくら潜在魔力が高くても宝の持ち腐れになってしまう。


魔力のコントロールには集中力が欠かせないのだが、どうやら私は雑念が多すぎるらしい。

もしかすると、5歳のルナ王女の中身が、享年26歳の『ホカサダ』であることが関係しているんじゃなかろうか。魔力の体内生成は、頭が柔らかくて既成概念にとらわれない子供のほうが向いているという話だったが、私のように中身が既に大人な場合は、もしかしてうまくいかないんじゃ……。って、気づくのが遅すぎるか。


ともかく、今は『風』を具現化する修練をしている最中である。


『風』を具現化するには、心の中に吹きすさぶ嵐を思い浮かべればいいらしい。


吹きすさぶ嵐って……台風とかかな。


ふと、台風で電車が止まり、ラッシュ時のJRの駅に人が溢れているところが思い浮かんだ。


うーん。これは嫌だわ。


っていうか、これが雑念なのよー!!


よし、気を取り直してもう一度。集中集中……。


と、『火の魔法を使うときは、必ずお外で大人と一緒にやりましょう』という、注意書きの看板が立てられているのが目に入った。


ぷぷぷ……何あれ……。

誰が立てたんだか……花火の袋に書いてある説明みたい。


子供が魔法の練習をする時は必ず外で!というナギ先生の主義を考えると、きっと先生が建てたのだろう。クールな顔して……。


って、なかなか集中できない。


「ふぅ……。雑念が払えないようですね。私は一足先に王宮に戻ります。少し、一人で自習してください」


「あ、はい……」


あーあ、ナギ先生怒っちゃったみたい。スタスタと王宮の方に戻って行ってしまう。


そんなこと言っても、火の具現化ができるようになって最初は興奮したものの、こう同じことの繰り返しでは、やる気もなくなってくる。


ちなみに火の具現化の方は若干の進化を遂げており、今では火の大きさも弱火、中火、強火と3段階が可能になった。今度目玉焼きでも焼いてみようか。


とにかく、ただひたすら集中という修行に、ぶっちゃけ飽きがきてしまったのだ。私は魔法の素質はかなりあるようなのだが、どうも一つのことをやり続ける持続力には欠けているようだった。


でも、こんなことではいけない!

せっかく異世界に転生したのだから、本気出して成長していかなければ!


そう心を新たに、ふと思いついて王宮の裏庭から続く森に入ってみることにした。


森の中に入ると、スッと気温が下がったように感じた。日の光が枝葉で遮られて、陰になっているからだろう。足を進めると、少し開けた場所に出た。周りは鬱蒼とした木々に囲まれているが、そこだけは木がまばらにしか生えておらず空間がポッカリ空いているような感じだ。遮るものがないので、日の光がさんさんと注いでいて暖かい。


と、ちょうどよく木の切り株があるのが目に付いた。ちょこんと腰掛けて空を見上げる。青空に所々薄い雲が浮かんでいる。ピーピーと鳥の鳴く声があちらこちらで聞こえてくるし、そよ風までそよそよと吹いてきた。


気持ちいい……。

ハンモックでもかけてお昼寝したいなぁ。


と、ついうっかり当初の目的を忘れそうになる。


いけないいけない。


よし、と気合いを入れ直して、<魔力をためる>のポーズを取る。心の中で、吹き荒ぶ嵐を想像し……、指をおでこからパッと離して手を前に突き出す!


……しーん。


うーむ。やっぱり何も起こらない。


何を隠そう、四大元素の中でも、特に『風』のイメージトレーニングには1番手こずっているのだ。


火や水や土と違って、『風』というのは目に見えない。目に見えないものを具現化するというのが、なかなかに難しいのだ。


ふと、そよ風が顔に当たるのに気がついた。上を見上げると、木の葉がサワサワと風に揺れている。木の葉に陽の光が当たってピカピカしている。

木の葉、キレイだなぁ……。


と、見上げていた木の陰でゴソゴソと何かが動いた。動物か何かと思ったが、その『何か』は金色の光を放っている!よく目を凝らして見ると、そこにいたのは金色の小さなドラゴンだった。


ファンタジー映画などでよく出てくる伝説上の生き物。しかし、木の陰からジッとこちらを見つめているドラゴンは、大きめの猫くらいのサイズだ。


わーー!

ドラゴンっ!初めて見た!

意外とかわいい!


何を隠そうこの私、大の動物好きなのだ。ドラゴンと言えどもたわむれたいっ!……けど、小さくても獰猛なのかしら。


私は注意深くドラゴンを観察した。

金色の鱗で覆われたドラゴン。同色の翼が背から生えている。額の真ん中は、黒い曲線状に鱗が黒くなっている。まるで額に漆黒の三日月が浮かんでいるようだ。瞳は金色と青色のオッドアイで、まるでそれ自体が高温の炎のように煌めいている。


こんなところで何してるのかしら。

まさか、野良ドラゴン……なんているのかなっ!?


小さなドラゴンは相変わらずどこかの家政婦のように、木の陰からこちらをジッと見つめている。


チッチッチ、と舌を鳴らしてみた。

ついでにドラゴンの鳴き声が何なのかわからなかったのでとりあえず「ニャーオ」と猫の鳴き真似をして挨拶してみた。

金色のドラゴンは、意外そうに目を見開いたが、少ししてからこちらに近づいてきた。むふふ。よしよし。


私からは決して近づかないようにして、視線もわざと別の方向を向いておく。お、来た来た。

しかし、ドラゴンはある程度の距離を保ち、そこからは近づいてこようとしない。

はいはい、警戒してるのね。いいよいいよ別に。


……そして、しばらくすると。警戒を解いたらしいドラゴンが、私に近づいてきた。恐るおそる撫でてみる。


なでなでなでなで。


鱗はツルツルしていて触り心地がいい。


ゴロゴロ……。ドラゴンが気持ちよさそうに喉を鳴らし始めた。


へーえ、何だか猫みたい!


「あなた、こんなところで何してるの?野良ドラゴン……じゃないよね?こんなに小さいってことは、赤ちゃんドラゴンなのかな」


と、突然ドラゴンが翼を広げて宙に舞い上がった!


「……違うっ!おれさまは野良ドラゴンなどではないっ!」


「ぉうわぁっ!!あ、あなた喋れるのね。早く言いなさいよ!ビックリするじゃないの」


「ふん、ドラゴンが言葉を話すなんて常識だろ」


「そうなの?あなたみたいな赤ちゃんドラゴンでも話せるのね」


「この姿は仮の姿なんだよっ!本当はもっとずっと大きいんだぞ」


言うなりふいっとそっぽを向いてしまう。小さい子供が拗ねたような態度だ。


えー何この反応。

……なんだかかわいい。


いつしか、ドラゴンが空を飛び回って言葉を話しているという異常さにも慣れている自分に気付く。

異世界に転生してからというもの、不思議な現象に対する耐性ができているのだろう。


あやすようにドラゴンに話しかけてみた。


「ねえキミ、何しに来たの?私と遊びたいの?」


「子供扱いすなっ!おれはな、ただ『銀の乙女』ってのがどんなのか見に来ただけだ。決して、遊びに来たわけではない!」


『銀の乙女』。一体何のことだろう。

きょとんとしていると、ドラゴンが翼を折りたたみ私の近くに降り立った。


「なんだおまえ、なーんも知らないのか?『銀の乙女』って、おまえのことなんだぞ」


「何それ?確かに私の髪は銀色だけど」


「……まいったな。おれが説明するのかよ……。あのな、『銀の乙女』ってのは、ドラゴンの花嫁になる娘のことだよ。つまり、おれとお前は、許婚同士ってこと」


ーーええぇぇ??


完全に呆気にとられた私に、ドラゴンが続ける。


「千年に一度、銀髪に紫の瞳を持って生まれる娘は、16歳になったらおれの花嫁になるって伝説で決まってるんだ。まあ、おれがその娘を気に入らなければ、生贄として喰ってやるんだけど」


「ななななな!?サラッと今すごいこと言った!い、生贄って、ウソでしょぉ!?」


「うそなもんか。そういうふうに昔から決められてるんだよ」


「ドラゴンなのに人間と結婚するなんてできるの?ドラゴン同士では結婚しないわけ?」


「そりゃ、普通のドラゴンなら、ドラゴン同士でくっつくさ。おれは……普通のドラゴンじゃないんだよ」


「普通のドラゴンじゃないならなんなのよ。あなたは体が小さいから、普通のドラゴンとはつがいになれないってこと?」


「あのな。おれは本当は大きいと言ったろ。本当の大きさになると天を覆うほどになるから、人間の前に姿を見せるときには小さくなってるだけだ」


「天を覆う……って、めちゃくちゃデカイじゃん!」


「だからそう言ってる」


天を覆うほど大きなドラゴンと結婚。

もしくは生贄。

……どっちも嫌ああぁ!

頭を抱えたくなったが、とりあえず会話を続ける。


「あなたが他のドラゴンと違うって、何がどう違うの?」


「おれはこの世界の創造主であるマスタードラゴンの末裔なんだ」


「……何それ?」


「何って……おまえおれのこと知らないの?学校で習わなかったのかよ」


「学校まだ行ってないもん」


「なんだよ。驚かせようと思ったのに」


また拗ねた。


金色の小さな獣は、「とにかく、おれは偉いドラゴンなんだ」と、無理やりまとめてしまった。


「あの……なんで私に会いに来たの?」


気になっていたことを聞く。


「そりゃ、許嫁っていうのがどんなやつか気になったからだ。おまえが16歳になってから突然会ったってすぐ仲良くなれるかわからないだろ。それより、もっと前からお互いを知る時間かあってもいいんじゃないかってジジイどもが言うんでな。仕方なくおまえのこと見に来たんだ」


なんだかめちゃくちゃなことを言っている。ジジイどもって、他にもお仲間がいるんだろーか。


「おい。おまえ、名はなんというんだ」


「え?ルナ……だけど」


「ルナか。おまえ変わってるな。おれのこと見ても驚かないしな。さっきの鱗の撫で方もなかなかよかったぞ」


「そ、そう……」


ドラゴンはなんだか嬉しげだ。私の周りをパタパタと飛び回り始めた。

どうやら気に入られてしまったらしい。


「よし、決めた!おまえ、おれと付き合え」


「えっ?つ……?付き合うって……?」


「そうだ。許婚って言ったって知らない者同士だからな。きちんと付き合ってお互いを知るのもいいだろう」


ええええ!

そんな勝手に決められたら困るよぉ!


「……あの!つ、付き合うって、私まだ5歳なんですけど!早くない?」


「いやなのか……?」


……あ、あれっ、悲しそう。


なんだか、意外な反応……。


嫌かと聞かれたら、まあ、そりゃ……。ドラゴンに気に入られなかったら喰われるかもしれないし。


慎重に言葉を選びながら言う。


「え、えとっ!イヤっていうんじゃないんだけど……。あ、アナタのこと、会ったばっかりでまだ何も知らないんでっ!」


って、なんだか告白を断る中学生のセリフのようになってしまった。


と、ドラゴンが私の顔の前までパタパタと飛んで来た。私の目をじっとのぞき込む。


「会ったばかりか。それもそうだな。じゃあこうしよう。おまえ、おれさまと友達になれ!」


「えっ?」


「だから、『お友達からはじめよう』って言ってやってるんだよ」


……『お友達からはじめよう』……。

ドラゴンと……。


これだってある意味交際の申し込みなんだろう。生きてきて初めて告られた。相手はドラゴンだけど。しかもかなりの上から目線……。


まあ、確かに16歳になっていきなり来られて、すぐ結婚か生贄かと言われるよりはずっとマシなのかもしれないけど。


私が呆然としていると、ドラゴンがイラついたように声を上げる。


「おい!返事は?」


「あ……えと……じゃあ、友達からでよければ……」


「……そうか。じゃ、決まりだな!」


ドラゴンは嬉しそうに飛び回っている。


こうしてなんだがわけがわからないうちに、大きな態度の小さな金色のドラゴンとお友達としてのお付き合いを始めることになってしまったのだった。

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