第5話:魔法の修行開始っ……って、恋愛フラグはいつ立つの!?

「ルナ様、集中です。燃え盛る炎が体の中心にあるところを想像するのです。――そのまま一気に燃え上がらせて!」


「ふっっ!!」


息を吐きながらチョキの形にした左手の人さし指と中指の腹をおでこから離す。指を離す瞬間には親指も広げ、3本の指を前に出す――。


と、小さな炎が人さし指と中指の間に点った!

おお〜!!ちっちゃいけど、火が出せたぁ!


「お見事でした」


ナギ先生が近づいてきた。


先生、といってもまだかなり若い。

おそらく20歳になるかならないか、というところだろう。

サラサラの長い黒髪に冷たい印象の切れ長の瞳。

目鼻立ちはすっと整っており、かなりのハンサムである。

大きな襟のついた黒の長いローブに同色の手袋を身に付けた黒ずくめルックをしていて、いかにもミステリアスな魔法使いといういでたちだ。

ちなみに黒い手袋には赤い五芒星が描かれており、なかなかカッコイイ。


ナギ先生は王宮付きの魔法使いの中でもかなりの実力者と言われている。


その魔力の高さと冷静な判断力を買われ、若くして王族の魔法指南役に抜擢されたそうだ。


私の兄のリューイ王子、姉のレイラ王女もナギ先生の生徒だ。

もっとも、レイラはともかくリューイの方はほとんど魔法の素養がないらしい。最近は魔法より剣術の修行に力を入れていて、魔法は一応知識的なことだけ習っているそうだ。


「炎を具現化することに、大分慣れてきたようですね」


にこりともせずナギ先生が言う。


「えへへ……」


たいして褒められてはいないのだが、勝手に照れておく。


ほとんど感情を露わにしないナギ先生に褒められるとなかなか嬉しいのだ。

照れ照れとしていると、王宮の方からフリフリの水色のドレスを着たレイラと乳母のメーヤがこちらに向かってくるのが見えた。後ろにはレイラの侍女のリリーが大きな籐のバスケットを抱えて、えっちらおっちらついて来ている。

レイラが明るく声をかけてくる。


「ナギ先生、ルナ。ご精が出ますわね。よろしかったらお昼をご一緒しませんか?外で食べられるように準備してきましたのよ」


「……これはどうも。では休憩にしましょうか。ルナ様、火を消して」


「え……と。どうやって?」


「そのまま手を握るのです。『熱くない』と思いながら」


グッと手を握りしめる。……確かに、熱くない。

3秒ほどして手を広げると、火は消えていた。

って、これってもしや、熱いって思ってたら熱かったんじゃないだろーか?

ナギ先生の方を見ると、なんとも涼しい顔をしている。

うぅ……どS先生め。きっとわかってやっているに違いない。


私たちが今いる場所は、王宮の裏庭だ。

裏庭と言ってもかなり広く、向こうの方は険しい崖になっている。

この城自体がこの崖を背にして立っているのだろう。地の利を活かして、自然の壁に守られた造りと言うわけだ。山の中腹にはちらほら灌木のようなものが生えており、頂上のさらに上には晴れた青空が広がっている。

なんとも爽やかな景色だ。


今日は朝っぱらから魔法の修行をしていたので疲れてしまった。今はもう太陽はかなり上に昇っており、お昼の時間帯になったのだろう。修行に夢中になっている私たちに、レイラがランチを差し入れてくれた。


うーん、と伸びを一つして、裏庭に備え付けのテーブルに向かう。レイラとナギ先生はもう椅子に座っており、その周りをリリーとメーヤが忙しく給仕している。


先日、私が図書室で初めて魔法を使ってから、レイラはすぐにナギ先生にそのことを伝えた。話を聞いたナギ先生は、最初は半信半疑だったのだが、ナギ先生と、さらに王宮付き魔法使い筆頭のドマ師の目の前でもう一度<光球ラ・ルース>を使ってみせたことで態度が一変した。そして、たった3歳の子供が魔法を使ったという話は光の速さで王宮内を駆け巡り、イノラーン王の耳にも入ったのだった。


まだ子供なので魔法の修行を反対されたらどうしようと思ったのだが、「さすが余の娘だ」という親バカ発言と共に、魔法の修行はあっさりと許された。


それからというもの、ナギ先生がほとんどつきっきりで指導してくれている。


「それで、魔法の修行の進み具合はいかがかしら?」


レイラがナギ先生に尋ねた。

言いながらも、チラチラと先生を気にしている。

どうやら、レイラはこの若い実力派の魔法の先生にお熱のようなのだ。


彼女が持って来た燻製ハムとチーズのサンドイッチを食べながら、ナギ先生がことさらに冷徹に答える。


「順調です。今しがた呪文詠唱なしで火を出されました」


「まあ!王宮付きの魔法使いの中にも、呪文詠唱なしの魔法の具現化はできない者もいるというのに……。私などルナにはあっという間に追い越されてしまったわね。まだ修行を始めてから二月ほどだと言うのに」


レイラが眉をしかめながら言う。しかし目は笑っており、心の中では妹を誇らしく思ってくれているのが伝わってくる。自分より私の方が魔法の才能に優れていることに対する妬みやひがみなどは一切感じなかった。


……もしかしたらナギ先生の前だからか?とちらりと疑う黒い自分がいるが……。

女子の内面の怖さを知っている元OLの悲しい性だ。


「呪文を唱えない魔法というのもあるんですね!このメーヤ、存じ上げませんでした」


「わ、私もです……」


ひとしきり給仕をし終えたメーヤとリリーが口々に言う。

メーヤもリリーも紺色のドレスに白いエプロン姿だ。侍女は皆、この服装に決まっているのだろう。若いリリーはなんとなくオドオドした感じだが、メーヤは体格だけでなく態度も大変どっしりとしている。


それはともかく、魔法の修行に呪文は使わない、とナギ先生に最初に言われた時は、確かに私も驚いた。この世界の魔法は呪文を唱えるものと思っていたからだ。


呪文詠唱なしの魔法の修行をすることになったのには、ふたつ理由がある。


ひとつは、まだ言葉が大人のように流暢に話せないこと。

かなり気をつけてはいるものの、時々、赤ちゃん返りのように『でちゅ』とか、『でち』とか、はたまた『バブッ』とかいう声が出そうになるのだ。


魔法の呪文には、それ自体にある種の魔力が宿るものらしい。もしも唱え間違えてしまうと、場合によっては魔力が暴走して術が破綻し、唱えた者に魔法が返ってきてしまうそうなのだ。魔法が失敗して術が発動しない、というのはラッキーな失敗なんだそうだ。失敗の度合いによっては、運悪く魔法が爆発したり、術が止まらなくなったり、さらには唱えた者の魔力を根こそぎ奪ってしまうこともあるとか。


先日は<光球ラ・ルース>の呪文詠唱はうまくいったが、もし失敗していたら大変なことになっていたかもしれない、とナギ先生にこっぴどく叱られてしまった。

それ以来、ナギ先生のお許しが出るまで呪文詠唱は禁止、ということになっている。


そして、もうひとつの理由。

呪文を唱えないでも魔法を使えるようにしておくと、後々かなり有利になるから、だそうだ。


元々、魔法を使うには体の中で生命エネルギー(チャ○ラとか小宇宙コスモみたいなもの?)を練り、魔力を作り出す必要があるらしい。それも、唱える魔法によって、その都度魔力の種類とか作る量などに細かな違いがあるんだそうだ。でも、膨大な数の魔法の生成方法を覚えるのはめちゃくちゃ大変なこと。


そこで、魔力が宿った言葉――つまり、呪文を詠唱する、という技術が発明されたんだそう。呪文詠唱をすると、自動的に体内の器官が唱えた魔法に応じて、適合する種類と量の魔力を生成するんだそうだ。


で、ここからはナギ先生独自の意見。

なんでも、最近の魔法使いは、みんな呪文詠唱に頼りきっていて、自らの力で魔力を生成することができなくなっている、と。


それを言っているあなたも十分お若いんですが……というツッコミは置いておいて。


ナギ先生が魔法学校に通っていた時には、呪文を勉強するのはもちろんのこと、どれだけ自分たちで独自の体内魔力を生成できるかを競い合ったものなのに、最近は、いかに間違えずに呪文を唱えるかという修行に重きが置かれているらしい。


ごく若い世代では自分で体内魔力を作れること自体知らない者もいるくらいだそうだ。


と、年よりのグチっぽいことをまだ若いナギ先生が口にするのがなんだかおかしかったが、ともかく自分で体内魔力を錬れるようになっておけば、呪文を唱えたときにさらなる応用を組み合わせて魔法を進化させたり、ある呪文を唱えると見せかけて他の魔法を発動させたり、魔法使いとしてずっと応用の効く戦い方ができるようになるそうだ。


……ってなんで王女の私がそこまで魔法の修行をしなくてはいけないのだろう、とは思うが……。


どうやら私の魔法の素質は王族の中でもずば抜けているらしく、ナギ先生がめちゃくちゃ張り切っているようなのだ。


冷徹そうな見かけによらず、中身はアツイのかもしれない。


で、今やっている修行というのが、『心の中で具現化したいものを想像する』というもの。


火の魔法であれば、燃え盛る炎を。

水の魔法であれば、轟々と流れる水を。

風の魔法であれば、吹き荒ぶ嵐を。

土の魔法であれば、激しく隆起する地を。


これと、例の<魔力をためる>のポーズを組み合わせて、後は体の内から沸き起こった力を自然に放出する。


これは、言うなれば魔法の基礎中の基礎の練習なのだそうだ。


元来魔力の種類は火・水・風・土の四大元素に大別され、このイメージ方法でそれぞれの魔力を生成できなければ、実際の呪文の勉強には移らせてもらえないらしい。


この修行、口で言うとなんだか簡単そうなのだが、これがなかなか難しいのだ。先ほどの小さな火をポッと点けるだけで、2か月もかかった。


なんだかなぁ……。

まだ幼児だから仕方ないのかもしれないけど、ちっとも乙女ゲー的展開にならない……。

私は、お姫様になってイケメンに囲まれてちやほやされたいのっ!!

『ホカサダ』だったころにハマっていたケータイ小説では、普通の女の子が乙女ゲームの主人公に転生し、あちこちで恋愛フラグを立てたり折ったり立てたり折ったり……。

ルナ王女として美少女に転生したまではいいのだけれど、最近は来る日も来る日もハンサムだけれど無表情のナギ先生と一緒にスポ根のように魔法の修行に励んでいる。


……まあ、4歳じゃあ恋愛なんてどっちみち無理だものね……。


……しかし、この修行自体がナギ先生との恋愛フラグだったりするのではないかという妄想が若干脳裏をちらつく。実の姉のレイラとナギ先生の奪い合いとか……って、まだ4歳なのに、これじゃ色ボケ幼児だわ。


それにしても、どうも子供だましの『魔法のおべんきょう』をさせられているような気がしてならない。子供に使わせるには魔法は確かに危ない技術だから、わかるっちゃわかるが。


レイラがおもむろに席を立ち、リリーとメーヤに向かって言った。


「魔法にも色々なものがあるのよ。さ、いつまでもお邪魔しては悪いわね。また後で様子を見にまいりますわ」


レイラがリリーに合図してテーブルを片付けさせる。レイラはまだ11歳だというのに、こうやって侍女に指図する態度なんかは本当に立派だ。やっぱり生まれた時から召使いがいる生活をしていると、自然にこんな風にお姫様然とするものなのだろうか。

レイラとリリーは王宮に帰って行ったが、メーヤは側に残って修行を見学していくようだ。なんとも大声で応援してくれている。


「ルナ様〜!お気張りあそばせ〜!」


横では黒づくめのナギ先生が無言で腕を組んでいる。


うぅ……余計集中できなくなるってーの!


そんなこんなで、私の魔法修行の日々は続くのであった。


※※※※※

《現在のスキル》

<炎の具現化>、またの名を<チャッカマン>

小さな火を指の間から出せる。

ライターが見つからない時の代わりとして便利。

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