ドジッ娘魔法の片鱗

 エヴィエニスを連れだって、メルとバルガは村の中央にある教会へとやって来た。この時間に教会を訪れる村人は少なく、神父も気を利かせて村長宅へと赴いているので、今この教会に居るのはメル達三人だけだった。

 彼女達はこの教会にある「会食室」で話をする事になった。

 そこは教会の南側に面し、一面に窓をあしらえてあるその部屋は陽射しの通りも良くとても明るい。中央に長いテーブルがあり、その両側に椅子が4脚づつ配されている。

 腰掛けたメルとバルガに対面する位置で着席したエヴィエニスが、にこやかな笑みを崩す事無く口を開いた。


「改めてご挨拶いたします。私はモンターニュ王国親衛騎士団長、ライデンシャフト伯エヴィエニスと申します。本日は突然訪れ、お忙しい中申し訳ありませんでした」


 座ったままで頭を小さく下げる彼の作法は決して礼儀に適ってるとは言い難い物の、伯爵と言う地位にある者が一村民にこうべを垂れる事自体驚きの事であった。


「はっ……はくしゃくさまですかーっ!?」


「……こいつはおでれーたおどろいたな……」


 そしてその考えを、二人は口に出してそれぞれに表現していた。この村に爵位を持つ者が訪れる事自体少なかった。しかし何人かの貴族が採った行動は至極一般的であり、その余りなギャップに驚くなと言う方が無理であった。

 基本的に貴族と言わずそれなりに権力を持つ者は、明らかに自身より身分が下の人物に対しては高圧的に接し威圧的な口調で語る。つまりは威張っているのだ。

 だが目の前の青年、エヴィエニスにその様な雰囲気は感じられない。まるで自分と同等の身分と接する様な、それ以前に同じ人間として接している様子さえ窺う事が出来たのだ。


「……それで、本日こちらに赴いた理由についてなのですが……」


「あっ! 私……何か飲み物を取ってきますーっ!」


 エヴィエニスの言葉を遮って、空気が読めていないのかメルはそう言って立ち上がろうとした。


 ―――ガツンッ!


「あ痛いっ!」


 しかし慌てて立ち上がろうとしたメルは、椅子をずらす事もせずに立ち上がろうとしてテーブルに太腿を激しくぶつけたのだった。


「……おいおい、メル。ちったーすこしは気を付けろよ……」


「……えへへー……」


 溜息交じりに呟いたバルガの声にメルは頭をポリポリと掻いて照れるような声で笑い、改めてエヴィエニスにお辞儀して給仕室へと小走りで向かって行った。

 ヤレヤレと言った表情で彼女の姿を見送ったバルガだったが、先程まで感じられなかった雰囲気にエヴィエニスの方を見やる。彼が向けた視線の先では、先程まで穏やかな笑みを浮かべていたエヴィエニスが今は険しい表情で身構えているのが解った。


「……あのー……エヴィエニス様……?」


 その余りにも緊迫した表情をどう理解すれば良いのか解らず、バルガは小声でゆっくりと探る様に問いかけた。途端にハッとした表情を浮かべたエヴィエニスが、今度は照れ笑いか苦笑いとも取れる表情を浮かべ席に座り直した。


「……すみません、バルガさん。少し過敏になっていたようです」


 何に対して過剰反応したのか説明もなくそう話されても、バルガにはどう答えて良いかすら解らなかった。


「……バルガさん……この村で不審な事は起こっていませんか?」


 それを察したのかエヴィエニスは、バルガに向き直ると真剣な表情で話を切り出した。だがこれも唐突な話題であり、バルガの表情には疑問が浮かんでいた。


「……不審……ですかい……? そんな怪しい奴も、おかしな事件も起こっちゃいねーが……」


 だが彼にしてみてもすぐに思いつく事は無かった。彼の店は燃えてしまったとは言え酒場を経営していたのだ。村の者が毎晩多く集い、その日あった事をワイワイと話す云わば社交場的存在だった。重要な事やくだらない事まで酒場には話題が飛び交い、その全てがバルガの耳に飛び込んできていた。この村で起こるどんな些細な事も、彼が知らないという事は無い筈であった。


「……そうですか……ところで、昨晩はこの村で火事でも起こったのですか? 皆さん、事後処理などでお忙しくされていましたが……?」


 村長から村の情報通として紹介されていたバルガの口から、何か得る事の出来る様な話が紡がれず、エヴィエニスはこの村へ訪れた時に気付いた事を口にした。

 その事に触れられたバルガは途端に渋い顔をした。


「……ああ……昨晩確かに火事があった……燃えたのは……俺の店だ……」


 しかしこれは完全に話題のチョイスミスとなった。流石にエヴィエニスも笑顔ではおれず、困った様な顔を浮かべて絶句してしまった。


「……でもそう言えば……あれも変な事と言えば変な事……だよなー……」


 だがバルガは何かを思い出したのか、遠くを見る様な眼で疑問を口にした。


「変な事……ですか……?」


 すぐさま鋭い目つきとなったエヴィエニスは身を乗り出してバルガに先を促した。


「……あ、ああ……実はよ……」


 余りに変貌したエヴィエニスの雰囲気にやや気圧され気味となったバルガが、昨夜起こった事を掻い摘んで説明した。





「……それは……間違いないですね……『ドジッ娘魔法』です……」


 これ以上ないと言った深刻な表情で呟いたエヴィエニスだったが、含まれていた言葉が余りにも見合わない物だったので、バルガもどこか気の抜けた表情となってしまった。


「……いや、伯爵様……確かにメルはドジでオッチョコチョイだけどよ……それがその……何とか魔法か? ……それとどう関係あるんだ……?」


「ドジ……ではなく『ドジッ娘魔法』です……彼女は恐らく……予言にあった『ドジッ娘魔法使い』なのでしょう……」


 ここに至ってバルガの思考は強制停止せざるを得なかった。エヴィエニスは真剣に、深刻な話をしているのは理解出来た。それは彼の表情や雰囲気が物語っている。

 しかしその口から紡がれる言葉ワードは、その雰囲気に全くと言って良い程そぐわない、ミスマッチと言う以外に無い物だったからだ。バルガにしてみればエヴィエニスが本気で話しているのか、それともふざけて居るのかもう判別付かなかったのだ。


 ―――パタパタパタ……


 エヴィエニスの言葉で沈黙が訪れていた会食室に、何やら小走りで近づいて来る足音が隣室から聞こえてきた。準備が出来たお茶をトレイに乗せ、メルが小走りで戻って来ていたのだ。


 ―――ブブンッ。


 その気配に反応したのか、突如エヴィエニスが所持していた盾に嵌っている大きな宝玉が光出した。それに気付いたエヴィエニスは、すぐにその盾を持ちバルガを庇う様な位置取りでメルの登場を待った。


「……お……おい……伯爵様……?」


 突然の行動に合点のいかないバルガは、真剣そのもののエヴィエニスにそう言葉を掛けるしかなかった。


「すみませーん。お待たせしまし……キャーッ!」


 会食室に入って来たメルは直後、いきなり前のめりに躓いた。それを見たバルガは、あんぐりと口を開けて絶句してしまった。彼にしてみれば「何故そこでこける!?」と言う言葉以外に浮かばなかっただろう。


 ―――だが異変はその後に起こった。


 メルがこけると同時にぶちまけられた、トレイの上に載っていたティーカップやソーサーが、そのまま弧を描いて床に落ちるのではなく凄まじい勢いで

 大よそ自由落下に相応しくない動きをしたカップやソーサーは、それが何かに操られているかの如く規則正しい動きで飛び交い……エヴィエニスとバルガの元へ急降下して襲い掛かった。

 すでに防御態勢を取っていたエヴィエニスは、更に盾を高く構えた。その途端、盾にはめ込まれていた宝玉の青い輝きが更に強くなる。


 ―――ガガガガガシャーンッ!


 次々にエヴィエニスの元へと突入し、カップやソーサーは粉々になり床へと散らばった。


「……こ……こりゃー一体……」


 突然目の前で巻き起こった不可思議な現象に、バルガはそう呟くだけでやっとだった。


「あた……あたたたー……」


 今の一瞬で起こった事を、俯せで転倒していたメルには一切見えていなかったのか、何事もなかった様にゆっくりと体を起こしている。そして彼女から大きく離れた場所で不自然に破片を散乱させているカップやソーサーの残骸に気付き慌てだした。


「ご……ごめんなさーいっ! お……お怪我はなかったですかーっ!?」


 その破片の落ちている場所がエヴィエニスの足元であった為、メルは自分のぶちまけた食器が彼等に当たったのではと危惧したのだった。

 小走りでエヴィエニスの元へと駆け寄ったメルは、彼等に怪我がないか至る方向から覗き込んでいる。その様子をエヴィエニスは安堵した表情で、バルガは驚愕を浮かべて見つめていた。





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