騎士団が来たー

 ―――そして現在―――


 目に涙を湛え、呆然と燃え盛っていた店を見つめているメルに、少しばかり落ち着きを取り戻したバルガが近寄って来た。


「うぉーい、メル。怪我は無かったか?」


 先程までは自分の店が燃える事に取り乱していたが、バルガは本来豪胆な男であり、無くなってしまった物にいつまでも執着する様な考えを持っていなかった。


「……はいー……バルガァー……」


 彼の顔を見て、メルは再び泣きだそうとした。


「おいおい……泣きたいのはこっちだよ……兎に角怪我も無く無事で何よりだったぜー」


 メルの頭をガシガシと撫でながら、バルガは大きな溜息をついた。それには今後の事に対する不安と、メルが無事であった安堵が含まれている。


「おーい、バルガ。店の消火は済んだんだが……殆ど燃えちまった……」


 バルガと親交のある者か、もしくは店の常連だったのだろうか、親し気に話し掛けてきた男は言い難そうにそう報告した。


「……見りゃー解るよ……ありがとな。ついでに建て直すのも手伝ってくれるか?」


 苦笑いをその村人に向け、バルガはお道化た様にそう言った。


「勿論だ! 家の仕事なんてほっぽって手伝ってやるよ!」


 バルガの殊の外落ち着いた明るい物言いに、恐縮していた村人も笑顔を取り戻しそう答えた。そしてその日は、バルガとメルは村の教会で一晩を過ごす事にしたのだった。




 翌朝、メルとバルガは朝食を済ませると、昨日までバルガの店であった場所の掃除に取り掛かった。二人は黙々と作業をしているが、何もバルガが怒っているからと言う訳では無い。気落ちしているメルに、バルガはどう声を掛ければ良いか解らなかったのだ。何と言ってもメルは年頃の女の子である。それまで娘を持つどころか結婚すらした事の無いバルガに、その様な難易度の高いミッションなどクリア出来そうには無かったのである。


「……あー……その……なんだ……あんまり気を落とすな、メル……な?」


 しかし昨晩より長く続く沈黙に、彼の性格が耐えられなかった。明らかに動きの鈍いメルへ、バルガはどうにかこうにか声を掛ける事に成功した。


「……でもー……お店がー……お店がー……」


 しかしそれは逆効果だった。メルはバルガの言葉に、再びグズグズと鼻をすすって泣き出したのだった。


「う……うぉいおい……泣くなよ……ったく、泣きたいのはこっちだってのによー……」


 メルに近づき、泣きべそをかくメルの頭をポンポンと叩きながら、崩れ落ちた店を見てバルガは溜息をついた。しかし彼女がこれほど悲しんでくれるから、バルガ自身が悲嘆に暮れずに済んでいる事を彼は知っていた。


「さーて! 今日中にここを綺麗にして、早く新しい『バルガ亭』を再開するぞ! メル、泣いてる暇なんて無いんだからな!」


「……うん……うんっ!」


 殊更大きい声でそう言ったバルガの声に、メルは顔を上げて答えた。そして先程よりは元気に作業を再開したのだった。


「……しっかし……なんで店が燃えちまったんだ……? やっぱり原因は……アレ……か?」


 せっせと働くメルの後姿を見ながら、バルガは昨夜の光景を思い浮かべて首を捻っていた。




 決して大きくないこの山間部に設けられた村「リエス」に、大きな事件、いや珍事が起こったのは昼も回った頃だった。

 村人達も参加して行われている元「バルガ亭」の清掃作業は、昼を迎えて一旦小休止となっていた。大きな材木は屈強な男達により粗方片付けが済み、後は時間を掛けて消し炭と化した木片を片付けて行くだけだった。

 思い思いに腰を下ろして昼食を取る彼等の元へ、村の入り口より響き渡る複数の蹄が立てる音と、馬のいななく声が聞こえた。

 大よそ10頭の馬と2台の馬車が入り口付近の広場で歩を止めた。全員が下馬し終えると、その集団から数人が休憩中だったメル達の元へと近寄って来た。その姿は旅人では無く、全身を煌びやかな鎧で固めた戦士、いや騎士の物だった。豪奢な鎧は気品に溢れ、見るからに高貴な者に仕える騎士団と言った風体だ。


「お休みの所失礼する。この村の村長にお目通り願いたいのだが」


 僅かに頭を下げ、先頭の男性がメルにそう声を掛けた。騎士と言えば出自が貴族である事も多く、メルの様な平民、しかも年若い娘に丁寧な口調どころか頭を下げる様な者は相当珍しい。勿論そんな経験はメルにとって初めてだった。


「えっ……あの……その……」


 案の定、メルは目の前の男性騎士が取った行動に狼狽え、すぐさま声を出す事が出来ずにいた。


「……あー……騎士様……ですか。村長の所には俺が案内するよ」


 メルの後ろから声を掛けたのはバルガだった。彼は到底、メルに目の前の騎士を案内する等出来ないと思い助け舟を出したのだった。


「ありがとう、宜しく頼むよ」


 爽やかな笑顔の、如何にも好青年と言った面持を湛えた騎士を引き連れ、バルガは村の奥に位置する村長宅へと向かって行った。




 昼食の時間もそろそろ終わりと言う雰囲気になり、午後からも後片付けに従事する者達が動き出した頃、村長の元へと赴いていたバルガと騎士達が戻って来た。それに気付いたメルは、バルガに声を掛けようとして言い淀んでしまった。彼の顔には難しい表情が浮かんでおり、見様によっては怒っているとも取れる物だったからだ。

 そんな彼と騎士達は、迷う事無くメルの元へと歩を進めてきた。


「……あの……バルガ……?」


 メルの目の前まで来ても口を開こうとしないバルガに、彼女は恐々と声を掛けた。短くない間、彼とは家族と見紛う程一緒に過ごして来たメルだったが、今バルガが浮かべている表情を見るのは初めてだったのだ。


「……貴女がメルクレール=ローズベルト嬢でしょうか? 申し遅れました、私はモンターニュ王国親衛騎士団長、エヴィエニス=ライデンシャフトと申します」


 言葉を発しないバルガに代わりその後ろに控えていた騎士が、今度は作法に則って片膝をつき彼女の手を取って丁寧な自己紹介をした。


「……えっ……えっ……!?」


 突然の事に顔を真っ赤にし、メルはバルガとエヴィエニスを交互に見やった。


「……この騎士様がメル、お前に話したい事があるそうだ」


 彼女の慌てた様子を見たバルガが出来るだけユックリと、今のメルにも理解出来る様に説明した。


「……えっ……? 私ですかー……? 何で……?」


 それでもその理由に見当のつかないメルは、やはり視線を彼等の間で行ったり来たりさせていた。


「メルクレール嬢、詳しい話はあちらで。教会を使用しても良いと許可を得ております」


 そんなメルに、エヴィエニスは優しく微笑んで教会の方を指差した。確かに今の時間教会に人は殆ど来ない。許可を出した村長も、その事を理解しての事かも知れない。


「……さぁ、参りましょう。バルガ殿も同席なさってください」


 彼の言葉に、バルガは無言でうなずいた。それを確認したエヴィエニスは立ち上がり、メルの手を取って歩き出した。

半ば引き摺られる様に連れられるメルと、その後に続くバルガ。そのバルガの表情が事の大きさ、重要さを物語っている事に、メルはまだ気付いていない……。


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