第21話 決戦3

 視界が、紅蓮に包まれた。ゴウ!とすさまじい熱量を伴った紅蓮の壁が押し寄せる。逃げ場は無い。左右上下、全ての空間が炎でなぎ払われる。鼠狼討伐の際の、地獄のような光景が蘇る。魔術で熾された炎は通常のそれとは密度が違う。まともに巻き込まれればあっという間に消し炭になる。回避不能、直撃即死のそれを前にしてボクは、


「ああ――やっぱり、こうなった。」


 そう、呟いた。

 耐火マントを翻して、ボクは炎に突っ込んだ。瞬時にマントの表面が燃え上がる。ジリ、と貫通してきた熱が皮膚を焼く。

 けれど、それまでだ。炎そのものはマントで防がれ、ボクに届くことは無い。一秒に満たない生存猶予。でも、これで十分。マントが焼失する前に、この炎の壁を突破する――!


「奔れ、風精!」


 最後の最後。搾り滓の様に残った魔力を開放する。足元が弾け、それを推進力にボクは炎の壁を突っ切った。


「――!」


 炎を抜けた先、偽リズが驚きに固まるのを見た。全てを薙ぎ払うはずの炎の掃射。しかし、それは同時に視界を塞ぐ壁にもなっていた。

 ――この瞬間を、待っていたのだ。

 いや、正確にはこの瞬間が来てしまったと言うべきか。

 ボクは本気で、この魔術が使われる前に決着をつけるつもりだった。

 一つ目は遠距離からの弓矢による狙撃。二つ目はワイヤーを使用した変則軌道による超高速の近接戦。

 そのどちらも必殺の確信をもって臨んだものだった。だから、その二つが共に通用せず、あまつさえワイヤーを焼き払われるなんてボクの予想の遥か上を行っていた。

 そう。予想外だったのだ――けれど。

 リズはどんなときも、ボクの予想を上回った活躍をしていたから。リズとこの偽リズが同じだと言うのなら。『彼女もボクの予想を超えてくる』という事だけは予想していたのだ。

 だからこそボクは、二度の必殺の策を越えてなお最後の手を残していた。わざわざワイヤーが蜘蛛の糸という事を伝え、炎で焼き払う可能性を高めた。死力を振り絞った近接戦闘で長期戦の選択肢を奪い、相手が一発逆転を狙うよう誘導した。それが生かされる事はありえないと思いつつも、そのありえない瞬間のために伏線を張り続けた。

 無意味だったはずの全て。それを、今ここで結実させる――!


「――!」


 リズは炎の壁を突き抜けて高速で飛来する影に驚いている。今まで開けた視界の中でも対応困難だったもの。しかも奇襲となったそれに対応出来るはずがない。それは偽リズの懐へと肉薄し、彼女に一撃を――。

 だが。彼女はどこまでも天才だった。彼女の腕がブレた、と思った瞬間。既に剣が振るわれていた。ガキィン!と金属がぶつかり合った音が響く。

 意表を突かれてからの超反応。予備動作無しからの神速の一撃。常人では反応すら出来ないであろう攻撃に彼女は対応した。

 本当に、嫌になる。

 ――ああ、通じると思っていたのに。

 一つ目は遠距離からの弓矢による狙撃。二つ目はワイヤーを使用した変則軌道による超高速の近接戦。そして、三つ目の、炎の壁を利用した奇襲攻撃。

 三度の必殺の確信。その全てを偽リズは覆した。

 ……この相手に通常の必殺は通用しない。そう、理解した。

 化け物じみた……化け物すら上回るであろう反応速度。その反応速度に追従する神速の剣技。そして何より、如何な奇襲も察知する直感と状況に応じて魔術と剣を即座に使い分ける戦略眼。凡人とはそもそもからして規格が違う。凡人がいかに緻密で完璧だと確信出来る罠を張ったところで、それはあくまで凡人にとっての完璧だ。そんなもの、彼女にとっては少々手こずる程度の平凡な障害に過ぎないのだ。だからもし、彼女を打倒出来るものがあるとすれば――


「――。」


 金属と金属がぶつかった音。偽リズは、自身の剣が受け止められたと思い、返す刀で二撃目を振り抜こうとする。が、しかし、その剣は偽リズの動揺と共に止められた。

 偽リズに飛び込んだ影。

 それは、

 それは金属特有の残響を響かせながら、偽リズに切られた箇所からバラバラと空中に広がった。


「鉄針……!?」


 鉄針が入った皮袋。偽リズは、それが自分が斬ったものだと理解する。だが理解した所で遅い。ボクは既に彼女の背後に着地していた。

 そう、もし彼女を打倒出来るものがあるとすれば――、それは必殺の確信ではなく、物理的に対応不可能な状況を作り出す事のみ。


「――……!」


 偽リズは完全にボクの姿を見失っていた。見えずとも、偽リズの表情が凍りついたのが分かった。ボクの存在は、彼女からは完全に死角になっている。魔力の軌跡は炎の魔術にかき消されている。息遣い、衣擦れの音――いわゆる気配も燃え盛る炎と散らばる鉄針の音に紛れている。そして何より、剣を持ったその左腕は、先の一撃により伸びきってしまっている。

 無防備なその背中に向けて一歩踏み込む。

 そして――、ボクはその手に確かな手ごたえを感じた。

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