幕間8 ~リズ(ニア)・シルノフ・アジリエートの場合~

 痛む頭を押さえて、路地の影に身を寄せた。


「ハ、ァ――。」

 

 熱を持った吐息。体中の細胞が軋んでいるのが分かる。いや、軋んでいるのはもっと内側の方だ。私を構成する全ての要素が痛んでいる。

 家屋の影から路地の様子を伺う。……どうやら、リヒトの追跡は振り切れたらしい。ここがまだ街中で助かった。ここが森や林だったならこうは行くまい。リヒトの森での探索能力は神がかっている。私が彼女を振り切れたのは幸運と言う他無い。

 トーファはそもそも追ってきていない様だ。念のため、傍らに置いてあった私の位置を探る魔術具は持ち出したが、彼女が私の位置を探る方法はそれだけではない。彼女の魔術は万能だ。もし追ってきているのならば、そろそろ登場しそうなものだがそれも無い。もしかしたら、今はこの町からは離れているのかもしれない。


「っ……。」


 ズキン、と頭の芯が痛む。ここ数日の記憶が曖昧だ。時間感覚が一定しない。

殺人犯の濡れ衣を着せられ、捕まった私をトーファが助け出してくれた所までは覚えている。その後は――、どうだったか。どうも良く思い出せない。目覚めた時は、私はベッドに寝かせられ、傍らにはジュゼさんが居た。きっと、私は長い間眠っていたのだ。体の動きが鈍いのは、痛みだけのものでは無いのだろう。

 そんな事をつらつらと考えていると、路地の近くを人影が横切った。私は慌てて身を隠す。

 ……そもそも私は何故、あの部屋から逃げ出したのだろう。たぶん、私は看病されていたのに。有無を言わさず、私はあの部屋から逃げた。いや、逃げ出したのではない。私は……私が、探しているのだ、彼女を――、


「ア、グ――!」


 ザリ、と、意識にノイズが走る。今までと比にならない程の頭痛が襲う。の事を思い出す度に頭蓋が破裂しそうになる。

 そうだ。だ。

 トーファを、襲っていた。そして一度だけ剣を合わせた。たった一度、一瞬だけの邂逅。しかし、それだけで全て分かった。

 私は、

 けれど――、理解しているのに思い出せない。思い出そうとする度に頭痛が邪魔をする。まるで、思い出してしまえば、全てが終わってしまうと言うかのように――。

 でも、私はもう一度彼女に会わなくてはならない。それだけは、思考としてではなく、感覚として理解していた。だから私はこうして部屋を抜け出した。だから私は何もかもを投げ打って彼女を探しているのだ。

 会ってどうするのか。私が何をしようとしているのかも曖昧だ。それでも、私は彼女に会わなくてはならない――。それだけが、私の頭を占めていた。




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