幕間6 ~トーファの場合~

「ここが、アシェナ村でさ。」


 山の麓で雇った案内人の男は、そう言って馬の足を止めた。ハイデルンでの一件から三日後。いや、正確に言えば二日半。私は予定よりも少し早くアシェナ村へとたどり着いた。

 村の入り口に人影は無い。仮にも大量殺人事件の現場なのだから憲兵の一人や二人居ても良いと思うが……人を置くには山奥過ぎるのだろう。


「あの事件さ起きてから、村には誰も住んでねえです。早いうちに盗賊にも荒されたんで、家の中は酷いもんでさあ……。」


 その案内人の話を聞きながら、私は村へと足を踏み入れる。村の家屋は密集して建っていて、その幾つかは真っ黒な炭になって倒壊していた。殺人事件があった際に焼かれたのか、それともその後盗賊にでも焼かれたのか……。残った建物も既に荒廃が始まっていた。

 それにしても――と思う。

 アシェナ村は、私の想像よりもずっと小さな村だった。村の中央から見渡せる範囲に、ほぼ全ての建物が集まっている。人口は多く見積もっても百に届くまい。村と言うよりは集落に近い規模だ。


「これが――アスライト鉱山の町……?それにしては小さすぎる気がするけれど……。」


 普通、鉱山ならば少なくとも千人単位の町が形成されるはずだ。坑道の掘削に鉱石の運搬、鉱石を選別する人間に炉を運用する人間も必要になる。この村は鉱山を運営するにはあまりにも人が足りない。


「アスライトのは普通の鉱石の採掘と違うんですや。坑道を掘るんでなくて魔物を狩るんでさ。魔物を狩れる人間と炉を扱える人間が居ればそれで十分なんでさ。まあ最近はアスライトの生産もめっきり減って、村自体が衰退したというのもありますがね。」


「魔物を狩ってアスライトを採取する?それはどういう事?」


「アスライトは鉱石として存在しないんでさ。ここら辺の土に少しずつ混ざってて、それをまず草木が吸い上げる。それを動物が食べて、さらにその動物を肉食獣が食べる。そうするとだんだんアスライトが動物の体の中で濃くなって行くんでさ。そしてアスライトは動物の毛皮や骨に溜まる。それを剥ぎ取って採取するんでさ。」


 その案内人の解説に、なるほどと頷く。つまり生物濃縮だ。アスライト鋼は地層に溜まるのではなく、生物の体内に蓄積する。


「お嬢さんは見たところ魔術師様さね……?ここらへんの肉食獣の毛皮は全部アスライトで出来てるんで気をつけて下せえ。魔術は通じないんで。」


「そうね。表皮がアスライトで出来ていると言うのなら、魔術師にとっては天敵でしょう。……でも、アシェナ村の人々は、それを狩っていたの?」


「アシェナ村の人間は皆子供の頃から剣術と槍術を習うんでさ。獲物を狩るにはそれしかないってんで。……しっかしまあ、今回の事件は相当な達人の仕業でな。村人には上級剣士も多かっただろうに、それをみんな斬り殺しちまったつうんだから。」


「……。」


 それはそうだろう。相手では、上級剣士でも瞬殺だ。まして、事件が起こったのは深夜の出来事だと聞いている。異常に気づき、抵抗できた人間が何人いたか。


「それで?生存者は?」


「生き残ったのは子供だけでさ。ここから暫く東に行った別の鉱山町に引き取られたって話ですや。」


「そう。じゃあそちらに案内して頂けるかしら?」


「へえ。それじゃ馬に乗って……ってまた、えれえ速さで走るんですかい……?」


 早すぎる馬に若干怯えている案内人を尻目に、私はもう一度村を見渡す。


「……。」


 真相は未だ何も分からないが、それでも私は少しだけ納得した気持ちになった。小さな村……しかも山に囲まれた立地だ。外部との交流など、アスライトを買い取りに来る行商人程度だっただろう。得てしてそういった閉ざされたコミュニティでは呪術的な要素が発達しやすい。例えば人の魂を損壊させる呪いだったり、その人から名前を剥奪する呪術だったり。たとえ呪術として成立していなくとも、村の慣習などで呪術的な効果が発生する事も多い。もしそれが、このアシェナ村で起こったというのなら、リズちゃんの症状にもある程度説明がつく。


「お嬢さん。どうかしたけ?」


「……いえ、何でもないわ。行きましょう。」


 案内人の声に応え、馬を出発させる。馬を走らせながら、私はもう一度村を振り返ったのだった。

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