第16話 決意

「リズ……。」


 ボクはそっと眠っているリズの手を握った。剣の修練によって硬くなった掌の感触。本来であれば力強く握り返してくるであろうその手は、しかし力を失ったまま動かない。その顔を覗き込むと、うっすらと汗をかいているのが分かった。呼吸は落ち着いてはいるが、その吐息は熱い。ボクは彼女の額に浮いた汗を、布でそっと拭った。


「……。」


 ボク達が偽リズに襲われてから二日。トーファ様がアシェナ村へ向けて旅立ってから丸一日が経過していた。

 あれから特に状況に変化はない。心配されていた偽リズの襲撃も無い。今もラスティさん達が街の周辺を捜索してくれているはずだが、有効な情報も入ってきていなかった。

 けれど、動きが無いからと言って安心することはできない。確かにトーファ様は、相手は数日は動けないと言っていた。でも……あの夜に偽リズが見せた気迫。あれを思い出すと、今この瞬間にでも襲いかかってきてもおかしくないとさえ思える。そして、正面から戦えばきっとボク達は殺される。例えボク一人だったとしても逃げ切れるかどうかといったところ。それを意識のないリズを庇いながら戦うなど無謀もいいところだ。

 今までも自分よりも強い存在を相手に戦った事は何度かある。でもそれはトーファ様と……何よりリズがサポートに居てくれたからこそ戦えたのだ。例えば、一年程前に行われた北方海域でのクラーケン討伐。触手に絡め取られたボクを、リズはその触手を両断して救ってくれた。半年前のサンダーバードの討伐においては、ボクが敵の雷撃を避けられず、あわや直撃と言ったところを、リズが雷を切り裂いて助けてくれた。先のドラゴン退治については言うまでも無い。

 ああ、そうだ――。

 ピンチの時、いつだってリズはボクを助けてくれた。誰よりも速く、何よりも強く、ボクの前に立って。

 でも、今回はその加護は無い。それどころかボクが彼女を護らなくてはいけない。


「……。」


 リズの手を握る手に力をこめる。先ほども感じた様に、その掌は長年剣を振り続けた事により、硬くなっている。何度も皮がめくれ、その下から血を流した事のある手。

 リズは正真正銘の天才だ。しかし彼女の剣技が、才能だけではなく弛まぬ修練によって築き上げられたものである事を、その掌が証明している。冒険者の中でここまで努力の跡を残す手をした者はそうは居ない。

 一方で、リズの手はとても小さく感じられた。もちろんボクの方が小さいは小さいが、それでも男性の剣士……例えばラスティさんと比べれば、一回り以上小さい。筋骨隆々とした剣士を遥かに上回る剣戟を繰り出す手としては、それはあまりに頼りなく見えた。


「……今度は、ボクの番だよね。」


 独り、呟く。

 相手は、自分よりもずっと強い。もし相対して戦えば死ぬかもしれない。それでも――、それでも。リズの危機を放って逃げるなんて事は、ボクには出来ない。

ボクは、リズの手を離して立ち上がった。

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