第12話 遭遇
「食料、それだけで大丈夫なの?しかも生ものばっかり……。」
ジュゼさんがボクの抱えた麻袋を覗き込みながら言う。
「良いんですよ。トーファ様ならアシェナ村まで三日もかからないだろうし、腐敗防止の魔術も使えますから。」
ボクは彼女の素朴な疑問にそう答えた。
……トーファ様の部屋を出てから数時間後。時刻はそろそろ夕暮れ時が終わろうとする頃。ボク達はハイデルンの商店街を巡って買い物をしていた。ジュゼさんはドラゴニアまでの帰路で必要な食料や消耗品。ボクはトーファ様の旅の備品全般を買いに来たのだ。
「はー、死霊魔術っていうのは便利なのね。って言うか三日?アシェナ村までは確か早馬でも一週間は必要じゃなかったかしら?」
「あはは……まあ普通ならそうなんですけどね。トーファ様が魔術を使えば多分それくらいで着くと思います。ほら、トーファ様、ドラゴニアからここまでもそれほどかからず来たでしょう?」
「荷物軽量化の魔術かしら?それとも空を飛ぶとか?そうだとしても一日中発動しっぱなしじゃ魔力ががいくらあっても足りないでしょうに。」
「流石に空は飛びませんけど。ん~……あれも軽量化の魔術の一種なのかなぁ……。ボクも詳しくは分からないんですけど、トーファ様が馬に魔術を使うと、何か、凄く早く走れるようになります。バビューンって。」
「バビューンって……。」
ボクの説明を聞いてジュゼさんが脱力する。でも仕方ない。ボクだってトーファ様の魔術の原理は理解出来ていない。トーファ様の死霊魔術はボクやリズの使う元素魔術とは原理そのものが違うからだ。
元素魔術は火や水、風や土などの属性を持ち、それぞれその物質を魔力で操る事によって効果を発揮する。一方で死霊魔術は……トーファ様にこう言うと怒るのだが、あれは『呪い』に近い。魔力を用いて、「物体の存在定義そのものに影響を与える魔術」、とはトーファ様からの受け売りだ。鈍の剣を伝説の剣もかくやという程の切れ味にしたり、柔らかな布を鉄の様な硬さにしたり、風も使わずに荷物を軽くしたり……と、常識から外れた現象を起こす事が出来るのが死霊魔術の特徴。一方で、魔術の発動条件が非常に厳しいらしく、汎用性に欠けるのが欠点とされている。習得の難しさから、死霊魔術を使える魔術師はごくごく少数だ。その中でもトーファ様は――
「おい……。もう買い物はこれで全部か?いい加減重いんだが。」
と、ボクとジュゼさんの後ろから、疲れ果てた声が聞こえてきた。振り向くとそこには足の生えた大きな麻袋が――いや、その麻袋の横から、ひょいっとラスティさんの顔が覗く。
「それくらいで弱音吐かないの!ちゃっちゃと歩きなさい!」
ジュゼさんはラスティさんに容赦の無い叱責を浴びせる。あまりの容赦の無さにボクは渇いた笑いを浮かべることしか出来ない。
「おまっ、冷静に考えろよ。これ、ジュゼと新人合わせて五人分の荷物だぜ?どんだけ量があると思ってんだ。」
そう言って、ラスティさんは一抱え……と言うには少し大きすぎる袋を持ち上げて抗議した。
「じゃあ何?アンタは私達にその荷物を持てって言うの?」
「いや、そうは言わねえけどさあ……。」
ラスティさんは、まだ何やらブツブツと言っていたが、それ以上反論して来ない。なんと言うか……この二人の力関係が分かった気がする。なんとなくラスティさんを可哀そうに思う。パーティーリーダーなのに……。
それはともかく。実際のところ、買い物自体はほぼ終わっている。商店街も、日没に合わせて店仕舞いをしているお店が多い。ラスティさんの方も、途中冒険者ギルドに寄ってリズに関する噂を撒いていた。彼が言うには今日の所は仕込みだけで、明日から本格的に噂を流すらしい。まあつまり、大方今日済ませるべき用事は終わったという事だ。ボク達もそろそろ切り上げた方が良いだろう。
「まあまあジュゼさん。もうお店も閉まりますし、いったん戻りましょう。足りないものはまた明日の朝に手配すれば大丈夫ですよ。」
ボクがそう提案すると、ジュゼさんは少し考えた後、「ま、それもそうね」と短く答えた。それを聞いて、ラスティさんはホッとしたようにため息をついたのだった。
陽は既に山の稜線に沈んでいる。空の色が茜色から金青へと移り変わりつつある中を、ボクとジュゼさん、そしてラスティさんの三人で歩く。商店街から外れると路地からは一気に人通りが減った。ハイデルンはそこそこ大きな宿場町とは言え、夜まで開いている店は少ない。せいぜい酒場がいくつか開いている程度だ。その酒場も表通りに集中しているので、路地を歩く人間は周辺の住人くらいなものだ。そもそも一般的な常識として、日が落ちた後の路地裏の治安はあまり良くない。人が少なくなるのも当然だろう。
「あー、暗くなっちゃいますね。急ぎましょう。」
ボクはそう言って後に続く二人を促す。もっとも、ボク達三人については治安うんぬんは問題ないだろう。三人とも熟練の冒険者だ。護身用の武器は携帯しているし、そこらのゴロツキ程度に遅れを取ることはない。まあ、そうは言ってもトラブルに巻き込まれないに越したことは無い。ボク達は足早に路地を抜けていく。
「あ、リヒトちゃん。そっちじゃないわよ。」
と、角を曲がろうとしたボクをジュゼさんが引き止める。
「え?」
「トーファさん達、宿を移すって決めたでしょ?」
その言葉にハッとする。そう言えばそうだった。ボク達が元々泊まっていた宿は大通りに近いし、酒場が併設されているので人の出入りが絶えない。リズを匿うには少々不都合だ。そこでボク達は、滞在する宿を町外れの寂れた場所に変えようと決めたのだ。トーファ様はボク達が買い物をしている間に荷物を移すと言っていたので、今頃はもうそちらの宿に移っているだろう。
「あ、そうでしたね。うっかりしてました。」
ボクはエヘヘ、とごまかし笑いを浮かべながら頭を掻いた。
先ほど曲がろうとしたのとは反対方向の路地へ入る。大通りから離れていくにつれて、人影はいっそうまばらに、路地はだんだんと暗くなっていく。宿の近くまで来ると、最早人通りは皆無と言ってよかった。逆によくこんな寂れた所で宿屋を見つけられたものだと感心する。
「うーん……ちょっと寂しい場所ですね。身を隠すには良いのかもしれませんけど。」
「ふん。周りがどうだろうが関係ないだろ。どうせリズは外に出られないんだからよ。」
ボクが感じた事を素直に口にすると、何を言っているんだといった感じでラスティさんが答えた。
「まあリズはそうですけど、ボクはそうも行かないので……。」
恐らく、ハイデルンへの滞在は長期になる。ドラゴニアでの噂が沈静化するか、大量殺人の犯人が捕まるまで。憲兵やトーファ様がうまく犯人を捕まえてくれればいいが、噂が自然に収まるのを待っていれば二、三ヶ月はかかるだろう。その間、買い物をしたりする場合は大通りまで結構な距離を歩かなくてはならない。リズは外を出歩けないから、基本的に食料の買出しはボクの仕事だ。一、二回なら良いが、それが続くとなると結構しんどいかもしれない。
……そんな事を考えならが歩いていうちに、前方にリズ達が泊まっているであろう宿が見えてきた。二階建ての一見して古いとわかる建物だ。宿屋の周辺は空き地になっており、その周辺はやはり粗末なレンガ作りの住宅が並んでいる。窓の無い建物も多いから、半分ほどは空き家なのだろう。廃墟一歩手前といった感じだ。宿屋の方は、入口にランプがぶら下がっているので辛うじて営業していることは分かるが……それが無ければ廃墟の一つだと思ってしまったかもしれない。
「うわぁ……こんな宿屋、よく見つけましたねぇ……。」
想像以上の荒廃ぶりに少々閉口する。
「ま、ダチの伝手でな。安心しな。外見はこんなだが、部屋の中はそれほどでもねぇよ。」
ラスティさんは宿屋を見上げながらそう言った。
「あれ?そう言えば、ラスティさん達もこの宿に泊まるんですよね?」
「いや?大通り近くの宿に泊まるが?」
「えー!裏切り者!」
しれっと言うラスティさんを糾弾する。自分達だけ良い宿に泊まろうとだなんて……うぅ……。
と、そんな馬鹿な会話をしていた、その時だった。
「――。」
ふと、視界の隅に人影が映った。ボク達の歩く道――そこから伸びた一本の細い路地の奥。その路地には当然街灯も無く、周囲の家々からも生活の明かりは漏れていない。その薄闇の中に人が居た。きっと、夜目の効くボクで無ければ見逃していただろう。別に人が居た事自体は特筆すべき事ではない。こんな寂れた場所だが、住民の一人や二人は居てもおかしくはない。それでもボクが足を止めたのは、それが見知った人影だったからだ。
「リズ……?」
どうしてリズがこんな所に居るのだろう。いや、確かに宿の近くではあるのだが、外に出るのはあまり宜しくない。
「あ、すみません。ちょっと待ってもらっていいですか?」
ボクはラスティさん達に一言断ると、路地に入る。足を踏み入れると、そこはよりいっそう暗く感じられた。左右から張り出した建物が、ただでさえ頼りない空の明かりを遮ってしまっている。リズの姿もここからでは黒い影のようにしか見えない。近づくにつれて、どうやらリズはボロ布のマントを羽織っている事がわかった。フードを深く被って顔を隠している。
「リズ!こんなところで何してるの?なるべく外に出ないようにってトーファ様も言ってたでしょ?」
「――。」
ボクが小走りに近づくと、リズは何かに驚いたようにこちらを向いた。そして、何故かボクから距離をとるように一歩下がる。
「……?どうしたの?リズ、もう宿の部屋は取ったんでしょ?なら早く戻ろうよ。」
そう言いながら、ボクは荷物を小脇にかかえて、リズの姿を隠すマントに手をかけようとした。
「――いえ。」
が、しかし。リズはボクが伸ばした手を避けるようにさらに一歩下がる。……と言うか、何だかリズの声に違和感が。
「……すみませんが、人違いでしょう。私は貴女と面識はありません。」
と、リズ……いや、目の前の人物は、顔を隠すフードを少しずらす。
「あ……。」
それを見て、僕は伸ばした手を慌てて引っ込めた。
違う。リズじゃない。性別、フードの横から流れる金髪は同じだが、その奥にある瞳の色は燃えるような赤色だ。リズの瞳は海を連想する深い蒼色。猫ではあるまいし、光の加減の見間違いという事もないだろう。
「す、すみません。知り合いと勘違いしてしまって――。」
ボクはしどろもどろになって頭を下げる。
「いえ……、それは、問題ありません。」
そう言って、目の前の人物は再びフードを深くかぶる。
「本当に、すみませんでした。それじゃ、ボクは戻りますので……。」
どうにも気まずくなって、ボクは早々に踵を返そうとした。しかし――。
「待ってください。もしかしてリズ・シルノフ・アジリエートの知り合いですか?」
聞き慣れた名前。その言葉に、ボクは再び目の前の人物に向き直る。
「えっ、あ……そ、そうですけど……。」
突然、リズの名前が出てきて驚きながらも、ボクは返事を返した。
「実は私、彼女を探していまして。もし彼女が今何処に居るかを知っているのでしたら教えて頂きたいのですが……。」
その言葉に、ボクはハッとなる。もしかしたら大量殺人の事でリズを追いかけている野次馬かもしれない。
「失礼ですが、どういったご用件で……?」
ボクは少し警戒して聞き返す。
「ああ、いえ……私、実はリズの親戚でして……。彼女、アシェナ村の殺人事件の犯人に間違われたのですよね?心配で様子を見に来たのです。」
「……。」
その言い分を信じるべきかと、少し悩む。確かに目の前の人物はリズに似て――
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