第11話 方針
トーファ様の言うとおり、リズはあっさりと釈放された。
ボク達がハイデルンにある憲兵団支部に着くと、トーファ様は責任者に何かの書状を見せた。その書状を確認した後、責任者がトーファ様に二、三質問をしただけで、リズの拘留は解除される運びとなった。
「リズ~!合いたかったよ~!心配したよ~!」
拘留所から出てきたリズに、ボクは早速抱きついた。リズは、そんなボクの体重をしっかりとした足取りで支える。
「リヒト。心配をかけました。」
そう言ってニコリと笑う。その目の下には薄っすらとクマが出来ていた。服装もいつもの白いコートを羽織ってはいるが、その下からは若干汗の臭いが漂ってくる。拘留所での生活はあまり良いものでは無かったらしい。しかし、それ以外は元気そうだ。大きな怪我や病気をしていなくてホッとする。
「おう、リズ。今回は災難だったな。」
再会の喜びを分かち合っているボク達の後ろから、ラスティさんが声をかける。そんな彼にリズは驚きの声を上げた。
「ラスティ。まだ残っていたのですか。」
「「まだ」とは酷でえな。そりゃあ、あんな事が目の前であったんじゃ帰れねえよ。」
ラスティさんは少し不機嫌になって言う。
「リズ。ラスティさんは、リズが捕まっている間ボク達の手伝いをしてくれたんだよ。」
ボクは少し可哀そうになってフォローを入れた。ラスティさんとジュゼさんは、リズが捕まっている間、独自に憲兵団に掛け合ったり、何かと抜けがちなボクのフォローをしてくれたのだ。今回は臨時の共同パーティーを結成してはいたものの、本来赤の他人であるボク達の事をここまで助けるなんて事はなかなか出来ない。彼らには感謝してもしきれない。
「……そうでしたか。それは失礼しました。親切、感謝します。」
そう言ってリズはラスティさんに手を差し出す。ラスティさんは照れくさそうに鼻を鳴らしてその手を握った。
「リズちゃん。」
そして遅れて、トーファ様が声をかけてきた。
「トーファ。貴女が釈放の手配をしてくれたのですね。ありがとうございます。」
「まあ、いーわよ。これくらい。パーティーメンバーが冤罪で捕まるっていうのは私だって面白く無いし。」
そう言ってトーファ様はひらひらと手を振る。あいかわらずの緩さだ。しかし、トーファ様は表情を引き締めると、リズの目を覗き込む様にして言った。
「ところでリズちゃん。体の調子はどう?何か痛いとか怠いとか無い?」
「ええ。寝不足で少々頭が痛いですが……それ以外は特に問題はありません。」
そう言ってリズは笑ってみせる。
「……。」
しかし、リズのその言葉にもかかわらず、トーファ様はジッとリズの目を見つめたままだ。
「トーファ?何か……?」
そんなトーファ様の様子にたじろいて、リズは身を引いた。
「……ふむ。ちょっと疲れが溜ってるみたいね。それに魔力の流れに乱れがあるわ。まずは宿に帰って休みましょう。それと、体力回復の魔術をかけてあげるから、明日一日は私の部屋に居なさいな。」
トーファ様はそう言って、リズの手を引こうとする。
「……え?明日一日?」
しかしボクは、そのトーファ様の言葉に疑問の声を上げた。
「明日一日って、まだハイデルンの町に滞在するんですか!?早くドラゴニアに帰った方が良いんじゃ……。」
今日の所はハイデルンの町に留まるのも仕方が無いだろう。けれど、鼠狼討伐の依頼ももう有耶無耶になってしまった。これ以上、この町に留まる理由は無い。今の状況を考えれば、一刻も早く拠点であるドラゴニアに戻った方が良い気がするが……。
「いえ。しばらくはハイデルンに滞在するわ。」
しかしトーファ様はボクの言葉を否定する。
「トーファ、何故ですか?釈放されたとは言え、この身には未だに大量殺人の容疑がかけれられいます。一度ドラゴニアに戻って、憲兵団本部および冒険者ギルドへの釈明をした方が良いのではないですか?」
リズもトーファの決定に疑問を呈す。そんなボク達を見て、トーファ様はため息を一つついた。
「二人とも、事の大きさが分かってないわね。今回の事件は村の住人のほとんどが惨殺された大事件よ。しかもその容疑者はその村の出身にして、天才剣士と名高いリズ・シルノフ・アジリエート。……今、ドラゴニアは貴女の話題でもちきりよ。そんな中、本人が帰ってきたらどうなると思う?」
「……あ、なるほど。」
ハイデルンの町の中でも、リズの事は噂になっている。けれど所詮は宿場町。滞在者の入れ替わりも早い。今回の件が騒ぎになったとしてもたかが知れている。けれどドラゴニアは大都市だ。本人が帰って来たとなれば、いくら釈明したとしても身の回りが大騒ぎになる事くらいは分かる。トーファ様はそのほとぼりが冷めるまで、ハイデルンに滞在しようと言うのだ。
「憲兵団と冒険者ギルドの方への釈明は私に任せてくれていいわ。もう手は打ってあるから。」
トーファ様は言う。そこまでしてくれているのならば、異論は無い。ボク達は憲兵団支部を離れると、自分達の宿へと戻る事にした。
◆
宿に戻ると、ボクは早速リズの世話を始めた。まずは彼女の身なりを綺麗にしてあげなくてはならない。
「はい。着替えはコレね。今お湯を沸かすから待ってて。」
洗濯しておいた衣服をリズに渡し、魔術を使って桶に水を張る。そして炎の魔術を応用して水を温める。そんなボクを前にして、リズは所在無さげに体を縮こまらせていた。
「いえ、リヒト……。それくらいは自分でやりますから……。」
「ダ~メ!リズはそこに座ってればいいの!」
立ち上がろうとするリズを制して仕度を進める。数日の間辛い拘留所生活を送っていたリズを働かせるわけにはいかない。
「はい!お湯沸いたよ。服はこっちで預かるから脱いじゃって。」
暖かくなった水桶をリズに手渡す。リズはまだ申し訳無さそうにしながら、おずおずと服を脱いだ。
「……。」
ボクはその姿を見てホッと胸を撫で下ろす。実を言えば、内心ではリズが拷問でもされていたのでは無いかと心配していたのだ。だって、リズにかけられた容疑は殺人だ。それくらいはされてもおかしくは無い。けれど、服の下から現れた陶磁器の様な肌には傷一つ無く、肩から垂れ下がった金髪もあいまって神々しく輝いてさえ見える。
……いや、それは言い過ぎか。本来ならばサラリと流れる彼女の金髪は少々硬くなり、頭に結んだ純白のリボンも汚れでくすんでいる。……体を拭くだけでなく、水浴びにでも行った方が良かったかもしれない。
「……リヒト。あまりジロジロと見ないで下さい。少々恥ずかしいです。」
と、リズはボクの視線から逃れるように体を捻った。
「あ、ゴメン。」
女同士なのだから気にする事は無いと思ったのだが、やはり気分の良いものでは無かったのだろう。ボクはそっと視線を逸らす。
「……あ。」
ふと、視線を逸らした先に、布で巻かれた細長い物体が目に入った。リズの剣だ。
売れば豪邸が建つ程の金額になるというアスライトの剣。リズが不在の間、盗まれないようにボクが保管していたのだった。
「リズ。預かってた剣、ここに置いておくね。」
ボクはそれを手に取ると、巻かれた布を解いてリズの近く壁に立てかける。
「――。」
「……リズ?」
無言のリズを不信に思い振り向くと、リズはその剣をじっと見つめて固まっていた。
「リズ?どうしたの?」
「――え?あ、ああ……何でもありません。預かっていてくれて、ありがとうございます。」
リズはボクの視線に気づくと、取り繕う様に笑顔を作った。
「……あ。」
その笑顔で、気づいた。
……ボクはバカだ。そうだ。今回の事件。リズの釈放が認められた事が嬉しくてすっかり忘れていたが、リズの故郷である村の人達が殺されたという事は事実なのだ。
彼女は以前、村全体で一つの家族の様なものだったと言っていた。リズは親兄弟、全てを失ったのだ。その気丈な振る舞いの下で、彼女がどれほどの悲しみを抱えているのか。きっとそれはボクの想像を絶するものだろう。
「……。」
気まずくなって、ついつい無言になる。リズはこちらの思いを知ってか知らずか、特に何を言うでもなく体を拭いていた。彼女が気丈に振舞っているのだから、こちらからわざわざ慰める様なことも言えない。いや……そもそもどのような言葉をかければ良いのかも分からない。
と、ボクがそんな居心地の悪さを感じていると、ガチャリ、と部屋のドアが開いた。
「おい、リズ。入る――グヶッ!」
開いたドアからラスティさんの姿が見えたと思った瞬間、スコーン!という音と共に、彼の姿が消えた。……何が起こったのかとリズの方を見れば、彼女は右手を真っ直ぐにドアの方に伸ばしている。
「あー……。」
きっと、部屋に入ってこようとしたラスティさんに、リズが何かを投げつけたのだ。今は裸同然の状態なので仕方が無いと言えば仕方が無いが、それにしてもなかなかに容赦が無い。
「ラスティ。女二人の部屋に入ってくるのなら、ノックくらいしなさい。」
リズは澄ました顔で言う。しかし、その言葉を聞くべき相手を見ると、廊下の外で目を回して倒れていた。その傍らにはリズがいつも使っているナイフが落ちている。恐らくあれを投げつけられたのだろう。当たったのは柄の方だとは思うが……大丈夫だろうか。
「……まったくバカね。常識を考えなさいな。常識を。」
と、ラスティさんに続いてジュゼさんが姿を現した。ジュゼさんは倒れたラスティさんを見てため息をつく。
「ジュゼ。ドアを閉めてもらえませんか。」
「あら、ごめんなさい。」
ジュゼさんはラスティさんを外に残したまま、部屋に入ってドアを閉める。……ラスティさんを心配する素振りも無い。なんとなく、彼の普段の扱いが垣間見えて可哀そうになる。
「それで?私達に何か用ですか?」
リズはジュゼさんに聞く。
「あなた達……と言うよりも、リヒトちゃんに用事よ。トーファさんが呼んでるわ。」
「ボク?」
「ええ。これからの事について話しておきたいらしいわ。」
「あ、そうですか――。リズ。ちょっと行ってきて良い?」
まだ体を拭いているリズに聞く。
「ええ、構いません。私も話を聞く必要があれば呼んでください。」
「うん。わかった。」
また後で、とリズに手を振って部屋を出た。
……ラスティさんは、まだ廊下に倒れて目を回していた。額が赤く腫上がっている。よっぽどの勢いでナイフを投げられたらしい。体の大きい彼を、ジュゼさんと二人掛かりで起こしてトーファ様の部屋に向かう。
「トーファ様。入りますよ~。」
トーファ様の部屋の前に立つと、念のために声をかける。まあ万が一トーファ様が着替え中であっても、ラスティさんは目を回している最中なので問題無いのだが。
どうぞー。と中から声があり、ボクは部屋に入った。中ではトーファ様が優雅にお茶を飲んでいた。この宿は安宿なので椅子もテーブルもボロボロなのだが……トーファ様が座っているだけで何となく絵になるのは何でだろう。
「リズちゃん。いらっしゃい。こっちに来て座りなさいな。」
トーファ様はボクを招くと、もう一つあったカップにお茶を注いでテーブルに置く。カップからふわりとした優しい香りが立ち上ってくる。恐らく高級な紅茶だ。……お金無いって言ってなかったっけ?
ボクはトーファ様の対面の椅子に腰掛ける。ジュゼさんを見ると、ベッドに腰掛けてラスティさんの額の怪我の様子を見ていた。
「それで。話って何ですか?」
ボクはトーファ様に聞く。
「今後の事について話しておこうと思って。……最初は、リズちゃん抜きで。」
「リズ抜きで?」
ええ。と、トーファ様は頷く。リズに聞かれたく無い話とは何だろうか。
「しばらくはハイデルンの町に残った方が良いって話はしたわよね。」
「はい。今ドラゴニアに帰ると大騒ぎになるからって。」
多分、リズの家などは、噂を聞きつけた新聞屋が押し寄せているに違いない。
「そう。だからリズちゃんとリヒトちゃんはこの町に残って欲しいの。いずれはこの町でも噂が広がるでしょうけど、ドラゴニアに比べれば人は少ないし、憲兵団も事情は分かっているからやりやすいはずよ。」
トーファ様は言う。しかし待って欲しい。リズとボクは残ってほしい……?
「トーファ様はどうするんですか?トーファ様もこの町に残るんですよね?」
トーファ様の言い回しに微妙なニュアンスを感じ取り、ボクは聞き返す。すると彼女は、紅茶を一口飲んでから、ゆっくりと答えた。
「……いいえ。私は、アシェナ村に行こうと思うわ。」
「え――。」
アシェナ村。今回の事件が起きた村であり、リズの故郷。その村に行くという事は、つまり――
「トーファ様。まさか、今回の事件について調べるつもりですか……?」
ボクのその問いに、トーファ様は頷いた。
「……リズの冤罪。憲兵団の誤解は解けたけれど、世間の誤解を解くのは難しいわ。いくら憲兵団が無罪を公言した所で、市民の疑惑というのは残り続ける――。」
それは、確かにそうかもしれない。人々の噂というのは、それが真実かどうかというのは関係が無い。それが人々にとって面白いか、面白く無いかというだけだ。例えそれが真実では無いにしても、皆が憧れる天才剣士が、実は殺人鬼だったという設定はいかにも面白い。
「その疑惑を解消するために一番手っ取り早いのは、真犯人を見つけることよ。」
「――。」
それは、そうかもしれない。しかし――。
「だ、だったらボクも行きますよ。相手は凶暴な殺人犯です。一人じゃ――」
話を聞く限りでは、犯人は相当な手馴れだ。いくらトーファ様でも一人では危険だ。
「ダメよ。もしもの時のために、リヒトちゃんはリズちゃんの事を見てあげていて。」
「でも――」
と、なおも食い下がろうとするボクを、トーファ様は手で制した。
「実を言うとね……個人的に気になっている事もあるの。」
トーファ様は言う。
「気になっていること?」
「ええ。私が今までに調べた所によると、アシェナ村に最近までリズ・シルノフ・アジリエートを名乗る人物が居た事は間違い無い様なの。」
「え……それって――」
「……もちろん。それは私達の知るリズちゃんとは別の人物なのは間違いないわ。でもね、その偽のリズは、村一番の天才剣士として知られていて……そして、その容姿も、話を聞く限りでは本物のリズちゃんそっくりなのよ。」
リズと同じく高位の剣術を駆使し、似たような容姿を持つ何者か。その何者かはリズ・シルノフアジリエートを名乗り、本物のリズが去った後のアシェナ村で暮らしていた。それが意味する所は、いったい何なのか。
「これは、ほとんど妄想に近い、私の推測だけど。」
トーファ様はそう前置きをしてから続けた。
「その偽のリズは、本物を騙って、本物のリズちゃんが居なくなったアシェナ村に住んでいたんじゃないかしら。リズちゃんがアシェナ村からドラゴニアにやって来たのはおよそ三年前。でも、それと入れ替わるように、リズちゃんに成りすまして村に居付いた何者かが居た。そして、村人たちも、その偽物が『リズ・シルノフ・アジリエート』を名乗る事を許容した。……双方の思惑は、分からないけどね。」
「――。」
話の、あまりの荒唐無稽さに、言葉も出ない。そんな事が、ありえるのだろうか。いや、そうだったとして、それにいったい何の意味が有る?
「あくまでも推測よ。推測。――でも、この推測が正しかった場合……この先、その偽のリズが取る可能性のある行動が一つ、考えられる。」
トーファ様は言った。
「その偽のリズは、大量殺人の罪で指名手配されている。一方でこちらの……本物のリズちゃんの容疑は晴れている。偽リズは剣の腕前も天才的で、話に聞く限りでは容姿も似通っている……。なら、可能性はあるわ。」
可能性。
話自体はあまりに突飛だが、それが正しいと仮定するのなら……確かに、ある。あるが、同時にそれは不可能だとも思う。その偽者が、本物のリズに成り代わろうと考える可能性。本物のリズと入れ替わって――、いや。本物のリズを殺害して、自分がその立場に納まろうとする可能性、だ。
「そんな、バカな――。無理です。だって、いったい何人の人がリズの事を知っていると思ってるんですか。仮に入れ替わっても、絶対に誰かが気づきますよ。」
「――本当に、そう思う?」
その様の話を笑い飛ばそうとしたボクに対して、トーファ様はいつになく真剣な表情で返した。その雰囲気に思わず背筋が寒くなる。
「例えば、この部屋に居る人間全員が死んだら、誰が今のリズちゃんを『本物』と判断出来るの?」
「そ、それは――。」
部屋に居る皆を見回す。ラスティさんにジュゼさん、トーファ様、そしてボク。もちろん、リズほどの人物になれば見たことがある、話で聞いたことがあるという人間は沢山居るだろう。この四人意外にも、ちゃんとリズの事を覚えている人は居るはずだ。しかし果たして、自信を持ってリズの真偽を証明できる人物は何人居る事か。
そんな風に考え込んでしまったボクを見て、トーファさまは一つ息をついた。
「……ごめんなさい。意地悪だったわね。もちろん、馬鹿な話よ。現実的に考えれば、心配のし過ぎでしょう。でも――」
用心しておく事に越したことは無い、と、トーファ様は言った。
「……。」
ボクは、その言葉に反論しなかった。トーファ様は、これはあくまで推測、万が一の可能性、有り得ない馬鹿な話と言うが、しかし――。
「それが、リズちゃんをここに呼ばなかった理由よ。こんな荒唐無稽な話をして、自分が狙われているかもしれない、なんて心の負担を彼女に負わせたくない。……それに、私が事件を調べると聞けば、リズちゃんも同行すると言い出すでしょう。彼女が外に出て余計な混乱を招かないようにしなければ。」
……だからトーファ様はボクにリズの事を見ている様に言ったのだ。確かに、それならばボクは頷くしかない。
「――わかり、ました。」
ボクはそう答えた。トーファ様の心配は、普通に考えるのならば、あまりにも馬鹿馬鹿しい、有り得ないと一笑に伏す類の話だ。少々妄想が過ぎる。過ぎる気もするが――、彼女がこういう事を言い出す時は、何らかの根拠がある事が多い。まだ自信を持って語るほどではないが、本人の中では確信に近い何か。それは、死霊魔術師としての勘だ、と以前トーファ様は言っていた。なので、彼女もボク達には説明できないのだと。
「……。」
死霊魔術師としての勘――。それを言うのならば、ボクにも冒険者としての勘がある。その勘を信じるならば――。
この先、何かしら大変なことが待ち受けている。そんな、予感がする。
「なんなら、俺がアンタの護衛に付こうか。」
そんな言葉に振り向くと、いつのまに目を覚ましたのか、ラスティさんがこちらを見ていた。彼には珍しく真剣な表情だが、その額は赤く腫上がっている。……色々台無しだ。
「貴方が?」
トーファ様は彼の突然の申し出に驚く。
「おう。犯人探しをするなら、その犯人様に出くわす可能性があるんじゃないか? アンタも魔術師なら盾になる前衛の一人や二人居た方が良いだろ。……それに、旅慣れているようには見えないしな。アシェナ村まで行くなら、荷物持ちだって必要だろ?」
ボクはジュゼさんに視線を送る。しかしジュゼさんは、処置なしと言った風に首を横に振った。リズが拘留されている間ボク達の世話をしてくれたことと言い、ラスティさんは思いのほかお節介焼きのようだ。
「……申し出は嬉しいけど。貴方だって自分のパーティーを持っているでしょう?」
トーファ様は言う。そうだ。彼女はラスティさんとは顔見知りなのだ。当然彼が自分のパーティーのリーダーだという事も知っていたのだろう。
「それに今回の件。並大抵の腕じゃ盾役すらも務まらないわ。最悪、リズちゃんと同格の剣士を相手にする事になるのよ。……貴方にリズちゃんを相手に立ち回る自身はあるかしら?」
「そ、そりゃあ……。」
ある。とは、流石のラスティさんも言えなかったようだ。と言うか、リズと渡り合える人間など、世界中を探してもそうそう居ない。
……しかし、言っている事はもっともだが、トーファ様も容赦が無い。盾役すら務まらないとは……。
まあ、とは言え彼がボク達の問題に首をつっこむ必要も無いというのも事実だ。冷たいようだが彼らとは二日間一緒に依頼を受けただけの仲だ。それなのにこんな面倒な、そして危険を伴うかもしれない事件に巻き込む理由は無い。と、思っていたのだが……。
「あ、でも。」
と、そこでトーファ様は声を上げた。
「旅の途中の食料調達とか、消耗品の買出しとか、そういうのをやってくれる人が居ると嬉しいかな~。」
トーファ様は、おどけた様子でそんな事を言い出した。
……あ、これは。
「ト・オ・ファ・さ・ま・?」
そんな彼女に、ボクは疑惑いっぱいの眼差しを向けた。トーファ様の魂胆は見えている。こういう話をし出した時は、大抵金銭関係でよからぬ事を考えているのだ。
「途中の食費とか、その他のお金も全部ラスティさんに出してもらうつもりでしょ。」
「……あ、バレた?」
トーファ様はわざとらしく両手を口に当てて言った。
「いや~、実はドラゴニアからここに来るだけで無一文になっちゃって。正直に言うとアシェナ村までの路銀が無いのよねぇ~。」
苦笑いしながら頭を掻くトーファ様にボクは大きく溜息をついた。
「はぁ……。どうせそんなことだろうと思ってましたよ……。路銀はボクが貸しますから。あんまりみっともないマネはしないで下さい!」
そう言いながら、ボクは内心でかなりがっくり来ていた。ボクだって、手持ちのお金に余裕があるわけではない。ああ……せっかく鼠狼の討伐で稼いだお金が……。
「え~……。」
トーファ様はボクの叱責にしょんぼりとした顔をする。え~、と言いたいのはボクの方だ。しかもボクがどんなに怒ろうと、まったく反省しないのは分かりきっている。
「……ま、冗談はさておき。」
ひとしきりため息をついた後、真面目な顔に戻ってトーファ様は言う。……というか、さっきのは絶対に冗談では無かった。
「もし手伝ってくれると言うのなら、ラスティさんには他にお願いしたい事があるの。」
「……何だ?」
「貴方、冒険者の間では顔の利く方でしょ?このハイデルンにも知り合いは居るかしら?」
「あ、ああ。まあ、顔は広い方だからな。何人か心当たりはあるが……それが?」
「その知り合いを通じて、リズちゃんについての噂を流して欲しいの。リズちゃんが事件の犯人では無い事……そして、リズは既にドラゴニアの自宅に帰ったという噂を。」
なるほど。と、ボクは納得した。今回の事の顛末を知っているのは憲兵団とボク達のみ。憲兵団からの公式発表もまだされていないから、今回の事件について、一般市民の情報源は噂話だ。ハイデルンでトーファ様が提案したような噂を流せば、市民の間でリズの無罪が知れ渡るし、街中での無用な詮索、混乱を避けることも出来る。
……先にトーファ様が語った、偽のリズへの対処にしてもそうだ。もし偽のリズが本物のリズを狙っていると言うのなら、リズの居場所を知られなければ良い。リズがドラゴニアに戻ったという噂を耳にすれば、偽リズはハイデルンを素通りしてドラゴニアに向かうことだろう。
「なるほどな。それくらいはお安い御用だ。任せとけ。」
そう言って、ラスティさんはニヤリと笑った。トーファ様の言うとおり、彼らには彼らのパーティーがある。それを考えれば、これくらいの手伝いの方が負担が無くて良いだろう。
これで、各々の役割は決まった。トーファ様はアシェナ村へ、事件の犯人の手がかりを捜しに。ボクはハイデルンに残って、リズが変な行動を起こさないか監視……そして、万が一の有事の際に、リズの護衛をする。そしてラスティさん達は、ハイデルンの街でリズに関する噂を流す。
「それじゃ、決まりね。私もいきなりは動けないから、具体的な行動は明日からにするわ。リズちゃんの様子を見なくちゃいけないし。」
そう言いながらトーファ様は席を立つ。
「さて、と。私はリズちゃんの部屋に行くわ。貴方達はどうするの?」
トーファ様の視線の先には、ラスティさんとジュゼさん。
「俺は早速冒険者ギルドへ行って噂を流してくるつもりだ。ジュゼは新人の奴らをドラゴニアまで送っていってくれ。」
ラスティさんの言葉に、ジュゼさんは「了解」と頷く。
「そう。そちらは任せるわ。リヒトちゃんは、リズちゃんの身の回りの準備と……私の旅の準備もお願いね?」
トーファ様は伺うように言ってくる。つまり、準備にかかるお金を出して欲しいと言ってきているのだ。
「あ~、はいはい。わかりましたよ。でも、立て替えるだけですからね。」
「わ、分かってるわよ……。」
トーファ様はアハハ、と渇いた笑いを浮かべる。お金、返ってくるかなぁ……。
なんにせよ、今後の方針は決まった。最終的な事件の終息にはまだまだ遠いが、とりあえずは今出来る事をやるだけだ。
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