第10話 惨殺事件

 ギシ……と、ベッドが軋む音が部屋に響く。やけに音が大きく感じるのは、きっと部屋が静か過ぎるからだ。閉じられた窓の隙間からは街の活気が漏れてくるが、それもどこか遠い出来事に感じる。寒々とした室内。昼間にもかかわらず、中は薄闇で満たされている。窓の隙間から漏れる光が、逆にその暗さを引き立たせていた。

 そんな部屋の片隅で、ボクは蹲っていた。欠けた暖かさを補う様に、膝をぎゅっと抱える。しかし内に滞留する寂しさは如何ともし難いものだった。


「リズ……。」


 ボクは敬愛する彼女の名を呼ぶ。けれど、それに応える者は居ない。

 ボク達がハイデルンの森で憲兵に取り囲まれたあの日から三日が経っていた。

 結論から言えば。あの後、リズは大人しく憲兵に捕まった。とは言え、罪を認めたわけではない。寧ろ潔白である自信があるからこそ、あえて捕まる事を良しとしたのだ。変に抵抗すれば、それ自体が罪に問われる可能性がある。そんな危険を冒すならば、憲兵達に話をつけて身の潔白を証明した方が良い。そういった考えから、リズは今も憲兵団の拘留所に拘留されている。

 リズの受けた罪状……『大量殺人』。憲兵団から聞き出した情報は次の通りだ。

一ヶ月程前の事。鉱山地帯の、ある小さな村。名をアシェナ村と言う。聞けば、リズの生まれ育った故郷との事だった。人口数十人程度のその村が、

 いや、正確には無人ではない。数人の子供や赤ん坊は見逃され、生き残った。けれど。その他の殆どの村人は、見るも無残な状態で発見された。その惨状を発見したのは、アシェナ村と交流のあった行商人。その行商人は前日に村へと立ち寄ったばかりで、村から少し離れた山小屋に滞在していた。行商人は村の方角に煙が上がっているのを見つけると、異常を感じ取って村へと馬を走らせた。そして彼が目にしたのは、有体に言ってしまえば『地獄』そのものだったのだ。火事により燃え尽き、煙が燻る家屋。一見無事に見える家でも、その中は凄惨な光景で満たされていた。ある者は喉を突かれ、ある者は上半身と下半身を切り離され、ある者は家族揃って首を落とされていた。細切れになって、もはや原型を留めていない遺体もあったという。

 行商人はすぐさまその惨状を近くの町の憲兵に報告。憲兵は迅速に捜査に当たった。当初はその惨状、規模の大きさから山賊などによる大規模な略奪が疑われた。その村の特産である金属は、金やミスリルよりも価値のある高価なものであり、略奪の対象となる事は十分に考えられた。

 しかし、調べてみるとどうも様子がおかしい。その特産の金属は、量は僅かだったものの、荒らされた形跡も無く、倉庫に保管されたままだった。そして村人達が襲われたのは真夜中の出来事らしかった。それにも関わらず、村の大人達は闇夜に乗じて逃げる事も出来ず、一人残らず殺されていた。まるで犯人はどの家に何人居るのか全て把握していたかの様だった。そして、村人達にもあまり抵抗した痕跡が残っていなかった。いや、そもそも抵抗すら出来なかったのかもしれない、と予想された。村人達のほとんどは剣によって斬られて死んでいた。そしてその切り口は、あまりにも鮮やか過ぎた。犯人は間違いなく達人クラスの剣士。山賊の類としてはあまりにも――。

 そうして、その他にも不可解な疑惑が積み重なって行き……それが決定的になったのは、生き残った子供による証言だった。犯人は、その村一番の天才として名高い少女。村の特産であるアスライトで鍛えた剣を携え、いかな大魔術をも切り伏せる絶技を操る不敗の剣士。


『リズ・シルノフ・アジリエート』


 それが、生き残った子供の口から語られた犯人の名前だった。


「きっと、大丈夫だよね……?」


 ボクは膝をぎゅっと抱きかかえる。いや――リズの事を疑っている訳ではないのだ。リズを犯人とする証拠は、まだ小さな子供の証言と曖昧な状況証拠のみ。それに対してこちらのアリバイは完璧だ。

 この大量殺人事件の情報がハイデルンに届くまでには一ヶ月程かかっている。つまり、事件が起きたのは一ヶ月前。一ヶ月前と言えば、リズはボク達と一緒にドラゴン討伐を行っていた時期である。ボク達が討伐に赴いていた洞窟と高山地帯のアシェナ村はドラゴニアを挟んで正反対の位置。早馬でも二ヶ月はかかる距離にある。トーファ様の魔術を使っても二、三週間はかかるだろう。ボク達と一緒に行動していたリズが、アシェナ村へ行って何かをする事など到底不可能なのだ。

 リズは犯人じゃない。分かりきっている。分かりきっているけれど――それでも、リズが冤罪をかけられたまま処罰されるのでは無いかという不安は拭いきれない。リズの容疑を晴らすには、彼女のアリバイを証言してくれる人が必要だ。

 もちろん、それが出来る人自体は沢山居る。ドラゴン討伐の前後には近くの町に立ち寄って居るし、その町の商人などとは何度も会っている。何より、ドラゴン討伐の祝いという事で、その町の冒険者ギルドで大きな宴が開かれている。当然その宴の主役はリズだったから、彼女の事を覚えている人も多いはずだ。

 けれど、その人達を証人としてハイデルンの街まで連れてくるのは容易ではない。あまりにも時間がかかりすぎるし、そもそも協力してくれるかどうかも怪しい。

そこでボク達は、手っ取り早く権力に頼る事にした。証人としての立場は弱くても、憲兵団や国にコネがある人物が口利きをした方が早いと考えたのだ。完全な無罪を証明するには至らないかもしれないが、少なくとも条件付きでの釈放くらいは許可されるだろう。

 今はその、『国にコネがある人物』がハイデルンに到着するのを待っている状態だ。既に魔術を使ってその人物には連絡を入れ、ハイデルンの町まで来てくれるようお願いしてある。ドラゴニアからの旅になるが、彼女の魔術ならば、もうそろそろ到着するはずだ。

 ……と、そんな事を考えていると、部屋のドアがノックされた。


「来た!」


 ボクは急いでベッドから飛び降りて、ドアに駆け寄る。そしてドアを開けると、そこにはラスティさんの姿。――そしてさらにその後ろに、赤いドレスとダークブロンドの髪がチラチラと揺れていた。


「おう、リヒト。客人を連れてきて――」


「トーファ様!」


 ラスティさんが何か言いかけたのを無視して、ボクはその後ろのトーファ様に抱きついた。


「おっと。リヒトちゃん、待たせたわね。」


 トーファ様はそんなボクをそっと抱き止める。


「う~、リズが。リズがぁ~。」


「はいはい。もう大丈夫だから泣かないの。私が何とかしてあげるから。」


 トーファ様は涙目で訴えるボクの頭をポンポンと優しく撫でた。

 そう。『国にコネがある人物』とはトーファ様の事だ。確かに彼女はボク達の仲間だ。彼女がリズの無実を訴えても、仲間内の証言として誰も信じてはくれないだろう。しかし一方で、トーファ様は国を代表する魔術師。明確な所属は無いが王宮からの直々の依頼なども引き受けている。当然ドラゴニアでの立場もそれなりに高く、王宮付きの魔術師と同等の扱いをされている。彼女であれば、国や憲兵団に口利きが可能だろうと考えたのだ。


「だいたいの経緯は聞いているけれど……もう一度説明してもらってもいいかしら?」


 トーファ様はボクが泣き止むのを待って言った。ボクは頷いてトーファ様……とついでにラスティさんを部屋に招き入れる。そしてボク達が鼠狼狩りを始めてから憲兵団がやって来るまでの事、憲兵に聞いたアシェナ村の事件の概要を出来るだけ細かく話した。トーファ様はボクの話を黙って聞いていたが、話が進むに連れてその表情は曇っていった。そして話が終わると、開口一番ボクに尋ねた。


「リズちゃんの様子はどう?」


 ボクは一瞬言葉に詰まる。正直に言えば、リズが拘留された後は一度も直接顔を合わせていないからだ。


「憲兵に連れて行かれる時は、特に変わりはありませんでした。「大丈夫」って言ってボクを励ましてくれて……。でもその後はボクも会っていないので……。」


「そう……。」


 トーファ様の表情は曇ったままだ。そのまま俯いて考え込んでしまう。


「トーファ様……?もしかして、何か問題が……?」


 てっきりすぐにでも憲兵団と交渉してくれると思っていただけに、トーファ様の様子に不安が募る。


「ああ……いいえ。何でも無いわ。リズちゃんの釈放は今日中に出来ると思う。」


 心配ないと言う風に、トーファ様はパタパタと手を振る。


「何にしても、まずは憲兵団の拘留所に行きましょう。大丈夫。事前の根回しは済ませて来たから。」


 そう言って、トーファ様は立ち上がる。ボクはその言葉にホッと息を撫で下ろすと、ラスティさんと並んでトーファ様の後に付いていったのだった。

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