第9話 容疑

 次の日。ボク達は再びハイデルンの森へと向かった。

 昨日の狩場とはまた違った場所に移動。適当な狩場を見つけて鼠狼の群れを探す。

群れ自体はすぐに見つかった。が、今回の群れはそれほど大きくないようだった。多く見積もっても三十に届かない。

 ボクは昨日よりもワイヤーの仕掛けを多くして、一匹ずつしか鼠狼が襲って来れないようにした。どうせなら、新人君達に多くを狩って貰って経験を積ませようという算段だ。狩が始まると、仕掛けは上手く機能し、鼠狼は一匹ずつ新人君達へと向かっていった。それならば、彼らであっても問題はない。昨日の疲れも感じさせず彼らはよく動いていて、安心して見ている事が出来た。むしろ若干二日酔いの残ったラスティさんの方が危なっかしかったくらいだ。彼はジュゼさんに烈火のごとく怒られていた。……自業自得だが。

 さて、そんなこんなで。それなりに時間はかかったが、午前中のうちに最初の群れは全て狩り終えることが出来た。今回はリズが森を焼き払う必要も無く、今日も平穏無事のうちにひと段落ついたのだった。


   ◆


「リヒト。この後はどうしましょうか。」


 狩りが終わり、皆で休憩をとっていると、リズが話しかけてきた。


「ん~そうだねぇ……。」


 ボクはお弁当として持ってきていたパンを齧りながら空を見上げる。太陽は、ちょうど真上に上ろうとしているところだった。時間的にはまだまだ余裕がある。今日は新人君達にがんばってもらった分、ボクやリズ、ラスティさん達熟練組はかなり体力を温存できていた。このまま帰るのはもったいない気がする。


「新人さん達には街に帰ってもらって、ボク達だけでも狩り続ける?数も稼いでおきたいし。」


 ボクは狩りの続行を提案した。初心者の練習も良いが、実際問題として、ボク達の報酬のためにもなるべく多く狩っておく必要がある。


「鼠狼の群れはまだ見つかりそうですか?」


「たぶん大丈夫だと思うよ。もうちょっと森の奥に入ればまだ居るはずだから。」


 ハイデルンの森に居る鼠狼が相当な数になるだろう事は森の様子を見れば分かる。なにせ鼠狼以外の動物の姿を見かけない。おそらくは鼠狼に全て捕食されてしまったのだ。


「そうですか。それでは続けましょう。今度は私達だけですから、ワイヤーの仕掛けは無しにして、討伐数を稼ぎましょうか。」


「……いくら数を稼ぎたいからって、魔術で焼き払うのはナシだからね?」


 ボクは澄ました顔で言う。


「う……。意外と根に持ちますね……。」


 リズは少し困った顔をしながら、ラスティさんの所へ向かっていった。この後の狩りについて伝えに行ってくれたのだろう。


「……。」


 もしゃもしゃと手に持ったパンを咀嚼する。安い固焼きパンなので、味はそんなに宜しくない。冒険者御用達の、食べられれば何でも良い、水で流し込む類の食料だ。けれど今日はなんとなく美味しい気がする。味うんぬんではなく、なんと言うか、気分的な意味で。


「あ、そっか……。」


 どうしてだろう……と考えて、その理由に気づいた。今回の様な森での狩り、しかも雑魚狩りは久しぶりだ。前回の依頼は洞窟でのドラゴン討伐。その前は岩山に住むサンダーバードの討伐。その前は海上でのクラーケン討伐。その前は……。今までのクエストを思い出しながら、ホロリと涙が出そうになった。相手はどれもボクの手に余る高位の魔獣ばかりだし、場所についても狭い洞窟に開けた荒野、果ては大海原とボクの苦手とするフィールドばかりだった。

 ……辛い旅ばかりだった。本当に、辛い旅ばかりだったのだ。ハッキリ言って、リズとトーファ様の横で逃げ回っていた記憶しかない。もう今まで生き残って来れたのが奇跡と言って良い気がする。

 それに比べたら今回のクエストの何と気楽な事か。相手は狩り慣れた鼠狼。場所は故郷を思い出させる闇深い森。ラスティさんとジュゼさんはボクと同レベルの冒険者だし、可愛い新人君達も居る。それらはボクに郷愁を思い出させるには十分だった。ボクが先生になって、子供達に森での狩りの仕方を教えていたあの頃を思い出す。故に、ピクニック気分になるのも仕方の無い事だった。


「ああ……実力的には、ラスティさんのパーティーに入れてもらえるなら、そっちの方が幸せな気がしてきた。」


 いや、ホントに。

 険者になったばかりの頃。トーファ様に誘われて、ボクは彼女のパーティーに入る事になった。トーファ様にリズ。国でもトップレベルの魔術師と剣士である二人。彼女達と同じパーティーに入れるなんて、当初は夢の様な話だと思ったけれど……。現実は甘くは無かった。二人と肩を並べて冒険者をやるなんて土台無理な話だったのだ。


「うぅ……グスッ……。」


「リヒト!?なぜ泣いてるんですか!?」


 ラスティさんと談笑していたリズが、ボクの様子に気づいて戻ってくる。彼女はこちらに駆け寄ると、そっと両手でボクの顔を包み込んだ。


「どうしました?何処か怪我でもしたのですか?」


 ボクの顔を覗き込むように気遣ってくる。


「ううう……、違うんだ。ちょっと昔を思い出してたというか、走馬灯を見ていたというか……。」


「いや、走馬灯は見てはダメでしょう……。」


 ほらほら大丈夫ですよー、と、リズはボクを抱きしめる。その柔らかな感覚に、少しだけボクは平静を取り戻した。ああ、リズがこうやって慰めてくれるのなら、もう少し頑張っても良いかな――。リズの胸に顔を埋めながら、そんな事を思う。我ながら現金なものだ。


「……ん?」


 その時、ボクの耳に地鳴りの様な音が聞こえてきた。いや、地鳴りではない。中型の動物……しかも複数だ。蹄の音からして恐らくは馬……人が、乗っている?


「リヒト?どうしました?」


 リズが聞いてくる。ボクは特別に耳が良いので、リズはまだ気づいていないのだろう。けれど、そろそろリズにも聞こえるはずだ。


「リズも聞こえない?なんだか、沢山の馬がこっちに向かってきてるみたいなんだけど……。」


「……そう言えば、何か聞こえますね。他の冒険者でしょうか。」


「えぇ~。また依頼の横取り?」


 鼠狼が跋扈するこの森にやってくるのは、冒険者くらいしか考えられない。ラスティさん達は考えがあってのことだったし、顔見知りだったので百歩譲るとしても、これ以上他人と狩場の争いになるのは御免である。

 ボクとリズはそんな心配をしながら街へと続く道の先を見つめる。木々によって遮られているため馬の姿を見ることは出来ない。しかしやがて、森の影から十騎程の騎馬が姿を現した。


「え?……あれって。」


「憲兵、ですね……。」


 馬に乗った人達は皆一様に白色のマントを羽織っていた。白のマントは騎士の誇り。加えて鉄と皮であしらった、過不足の無い良く整った装備。ハイデルンの憲兵団と見て間違いないだろう。

 ……しかし、憲兵がこんな所に何の用だろうか。もしかしたら鼠狼の様子を見に来たのかもしれない……いや、それにしては大人数過ぎるか。そんな事を考えているうちに憲兵達はボク達のすぐ近くまで迫って来た。そして、ボク達より十数メートル手前で二手に別れ、ボク達を取り囲むように散開した。そのまま騎馬から降りると、無言でこちらを伺ってくる。


「え?ボク達に用事?」


 思わず呟く。


「何事だぁ?」


 ラスティさん達も突然の憲兵の登場に驚いている。


「――。」


 ふとリズを見ると、手を剣の鞘にかけていた。あからさまに構えているわけではないが、すぐにでも剣を抜ける体勢にしているのだ。ボク達を取り囲んでいる憲兵の数は先程も言ったとおり十人ほど。この憲兵達が何を目的としてこの森までやってきて、何故ボク達を取り囲んだのかは分からない。……でも、確かに。ボクから見ても、憲兵達の様子は少しおかしかった。剣を抜いてこそいないが、明らかにこちらを警戒している様子なのだ。ボクとリズの間に緊張が走る。


「おい?アンタら、何の用だ?」


 痺れを切らしたラスティさんが一歩前へ出る。怖いもの知らずだ。でも相手は憲兵。街の守護者である。ボク達は何も悪い事はしていないのだから、本来なら恐れるような相手ではない。……いやまあ確かに、ラスティさんが昨日の晩あたりに酒に酔って何かやらかした可能性が無いわけでは無いのだが。

 ボクは失礼とは思いつつも、ジトっとした視線をラスティさんに送る。その視線に気づいて、ラスティさんは嫌そうな顔をボクに向けた。


「……おい。何だその目は。」


「……別に。」


「言っとくが俺は何もしてないぞ。」


「……。」


「ホントだって!」


 無言で疑惑の目を送っておく。……しかしまあ冗談はさておき、ラスティさんでは無いらしい。となるとジュゼさんか新人君達か――。

 すると、憲兵のうち一人が、もう一人の憲兵の男――年齢から見るに恐らく憲兵団のリーダーだ――に駆け寄ると、なにやら耳打ちをした。二人は一言二言言葉を交わすと、頷きあう。そして、こちらに向き直ると、叫んだ。


「抜剣!」


 ギャリン!と、リーダーの言葉に呼応して、憲兵達が一斉に剣を抜く。


「なっ!?」


 ラスティさん達は驚きに固まる。憲兵が抜剣するのは、基本的には明らかな犯罪行為が認められた場合のみだ。それを、ボク達に向けて行うとはいったいどういう事か。ボクは反射的にリズの後ろに隠れるように一歩下がる。

 一方でリズは冷静だった。憲兵達の動きに対応して剣を抜くと、逆にボク達を守るように一歩踏み出した。


「憲兵が大勢で押しかけて何事です!私達に剣を向ける理由を答えなさい!」


 リズは憲兵のリーダーに向けて叫ぶ。流石の胆力だ。しかしリーダーはそれに答えずに、逆に問いを返して来た。


「……貴様がリズ・シルノフ・アジリエートか?」


「――。そうですが。」


 リズは答える。冷静を装ってはいるが、ボクにはリズがかなり動揺している事が分かった。無理も無い。憲兵から開口一番、自分の名前が出てきたのだから。


「リズ……?」


 ボクがリズに何事かを聞く前に、憲兵達の緊張が一気に高まった。皆腰を落として剣をリズに向ける。ボク達との距離はまだ数メートルあるものの、いつ斬り込んで来てもおかしくない雰囲気だ。

 この段になって、ボクとラスティさん達も剣を抜いて構えた。一触即発の状態だ。訳もわからぬまま、臨戦態勢に入る。

 ――しかし。そのボク達の緊張は、憲兵が次に放った言葉で吹き飛んだ。それがあまりにも衝撃的すぎる言葉だったからだ。


「リズ・シルノフ・アジリエート!」


 リズに向かって、憲兵のリーダーは言い放った。


「貴様を大量殺人の容疑で拘束する!」


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