第8話 出自

「「「「かんぱ~い!」」」」


  コッ、と木製のコップをぶつけ合い、中の琥珀色の液体に口をつける。甘酸っぱい爽やかな味が口に広がり、続いてハーブ独特の清涼感が喉元を通り抜けた。一方でじんわりとお腹が温かくなったように感じるが、これは僅かながらお酒が入っているせいだろう。


「か~!効くぜ!」


 ドン!と、対面でラスティさんがコップをテーブルに叩きつける。一気に飲み干したのだろう。見れば、コップの中身は空になっていた。


「アンタねえ……。また二日酔いで動けなくなるわよ……。」


 そんなラスティさんの様子を見て、ジュゼさんはジト目で言う。ラスティさんはボク達よりも強いお酒を頼んだはずだ。ジュゼさんの心配も当然だろう。


「だ~いじょうぶだって!まだ日も沈んで無いんだぜ?この時間に飲んだ酒なんて、今日のうちに抜ける!」


 しかし、ラスティさんはそんな心配もどこ吹く風といった様子だ。早速二杯目の酒を注文している。


 狩りが終わった後。ボク達はハイデルンの街へと戻り、一度それぞれの宿屋へと戻った。

 ボク達とラスティさん達の取っている宿は少し離れている。一度装備を全部下ろしてから、再度集まって食事でも……という事だ。ボクとリズが部屋に戻り、装備品の手入れや消耗品のチェックを終えたのが午後の四時頃。まだ早い時間だったが、ラスティさん達も特にやる事もないとの事だったので、こうして日が沈まぬうちから酒盛りが始まったのだった。

 ちなみに、新人君達四人はこの場所には居ない。ラスティさんが言うには、街の探索と消耗品の買出しに行かせているらしい。恐らく、教育の一環だろう。その街での買い物の相場や街そのものの作りを把握しておくのは、遠征の多い冒険者であれば必須事項だ。ボクも冒険者になったばかりの頃は、新しい街に訪れる度に街中を歩いて回ったものだ。


「でもよー。まさかこんなに早く討伐が終わるとは思わなかったぜ。あの群れの多さを見た時はゾッとしたもんだったが。」


 新しく店員が運んできたお酒に口をつけながら、ラスティさんは言った。


「リヒトちゃんのお陰ね。あのワイヤーの仕掛けが無かったら、あんなに上手く捌けなかったわ。鼠狼の狩りにはずいぶん慣れてたみたいだけど、経験があるのかしら?」


ジュゼさんが聞いてくる。


「あ、はい。ボク、大森林近くの村の出身なので鼠狼はよく狩ってたんです。」


「あー、お前、大森林出身か。だから鼠狼の毒牙が売れることも知ってたんだな。」


 ラスティさんはボリボリと頭を掻きながら言った。


「ドラゴニアの奴らはそんなこと誰も知らねーからな。俺も大森林方面に詳しい奴から聞いたときは良い情報だと思ったんだが……。」


「私達に恩を売ろうとは浅はかな考えでしたね。知らなければわざわざこんな報酬の安いクエストなど受けません。それならドラゴンでも狩りに行きます。」


 リズがツンとした顔で答える。しかし待って欲しい。リズにとって先のドラゴン狩りは余裕だったのかもしれないが、ボクはまたあんな丸焼け一歩手前になるような思いはしたくない。


「……そう言えば、アナタがドラゴンを狩ったって専らの噂だけど本当なの?」


 と、ジュゼさんが少し真剣な表情になって聞いてきた。ギルドから依頼達成の通達がされているとは言え、やはりボク達だけでドラゴンを倒したという事には半信半疑なのだろう。


「ええ。もっとも、私だけでなくリヒトとトーファと協力しての事ですが。相手も竜種とは言え、知性も持たない低級なドラゴンでしたし。」


「あ~、ホントに三人だけでドラゴン倒したんだ……。」


 リズは謙遜したつもりなのだろうが、まったく謙遜になっていない。ジュゼさんはリズの話しに苦笑いを浮かべている。興味のある話題なのか、ラスティさんは、ぐい、とテーブルに身を乗り出した。


「でもよ、どうやって倒したんだ?ドラゴンの鱗は下手な魔術や剣は全部弾いちまうって聞いたぜ?」


「ええ、まあ、そうですね……。でも、トーファの魔術は特性も威力も並の魔術とは一線を画しますから。リヒトがスピードで撹乱して、トーファが魔術で足止め。そして私が頭を貫く……といった普段どおりの形ですよ。」


 リズの答えに、ボクは曖昧な笑みを浮かべる。ボクに限って言えば、スピードで撹乱というよりは、地面を這い蹲って逃げ惑っていたと言った方が正しい。できた事と言えばせいぜい時間稼ぎ程度の事だったろう。


「ああ……あのトーファって娘、旧大陸出身の死霊魔術師ネクロマンサーだもんね。しかも国でもトップレベルとなればドラゴンにも通用するか……。」


 ジュゼさんが納得した様に言う。トーファ様の事を知っているという事は、彼女も魔術の素養があるのだろう。


「ふーん。魔術の事は分からんが、そんなもんかねぇ。」


一方でラスティさんは魔術の事には興味は無さそうだ。あくまでも剣士として、興味をリズに向ける。


「まあ魔術はやり方次第でいくらでも事は出来るんだろうけどよ。リズの方はどうなんだ?斬れないものはどう頑張ったって斬れねーだろ。」


「まあ技を磨けば斬れないものも斬れる様になる事もありますが……。しかし、ドラゴンに止めを刺した時はほとんど力づくでしたね。トーファのアシストを受けて、こう、頭の上からずっぷりと。」


 リズはそう説明しながら、テーブルの上の羊肉をナイフで刺す。


「ドラゴンの鱗って、剣そのものの材料になる位硬いんでしょう?それを力づくって、剣が折れそうなものだけれど。」


 ジュゼさんが不思議そうに聞く。


「む。リズの強さの秘訣は、その折れない剣にあると見た。おう、リズ。お前の剣、ちょっと見せてくれよ。」


 ラスティさんがリズの脇に立てかけてあった剣に目を移す。よほどの事でない限りリズはこの剣を肌身離さず持ち歩いているのだ。

 ラスティさんは、リズが差し出した剣を受け取ると、鞘から刀身を抜き放った。その形自体は一般的な両刃の長剣だ。片腕のそれをやや超える長さ。鍔には何やら複雑な模様が彫刻され、柄は革紐が何重にも巻きつけられている。しかし、なんと言っても目を引くのは、その刀身の色だ。通常の剣のような薄鈍色ではない。剣先から鍔まで、何らかの白く輝く金属から成り、磨き上げられたその刀身はまるで薄く光を纏っているように錯覚する。明らかに鋼で作られたものとは異なる。

 ラスティさんは、舐めるようにその剣の隅々まで目を走らせて、しかし顔を曇らせた。


「何の金属だ、これ。」


 どうやら彼には、その剣が何で出来ているのか分からないらしい。それを見かねてか、今度はジュゼさんがラスティさんからそれを奪い取る。


「ん~……。」


 ジュゼさんは、一通り剣を眺めると……しかし、眉間に皺を寄せた。


「……ねえ。もしかして、この剣、アスライト?」


 ジュゼさんが聞く。


「ええ。その剣は鋼二割、アスライト八割で鍛えたものです。」


 ジュゼさんの問いに、リズが答えた。


「アスライト八割!?これ一本で豪邸が建つじゃない!?」


 とんでもない物を持ってしまったという風に慌てて、ジュゼさんは剣をリズに返した。


『アスライト』


 鉱山地帯のごく一部の地域から産出され、その希少性から金やミスリルを上回る価格で取引される金属。加工後の硬度の高さ、その白銀の地金の美しさも目を見張るものがあるが、アスライトの真価はその特性にある。

 アスライトには特性がある。アスライトに魔術を当てると、一定以下の威力の魔術はその表面に届かずに弾かれる。その特性故に、対魔術用の防具の素材として使用される事が多い。もっとも、希少金属を使用するが故に、それらの防具は目がくらむ様な高値で取引されている。取引されている物品も、その殆どがアスライトをごく少量織り込んである程度のものだ。リズの剣のように大部分がアスライトで構成されている武具など、そもそも世間に出回る事すら無い。


「リズ……。お前、実は貴族の生まれだったのか……?」


 ラスティさんが、訝しげな目でリズを見た。彼の憶測ももっともだ。こんな高価な剣を手に入れられるのは、上級貴族や王族くらいのものだろう。しかし、リズは苦笑しながら首を振った。


「いいえ。アスライトは私の故郷の特産品ですから。この剣も元は自分で打ったものですし。」


「故郷の特産……?じゃあアナタ、もしかして?」


「ええ。私のフルネームはリズ・シルノフ・アジリエート……。鉱山地帯の生まれです。」


「なるほど。それで……。」


 リズがそう答えると、ジュゼさんは納得した様に頷いた。リズの名前に付く『アジリエート』というのは、鉱山地帯を取り仕切る派閥の名称だ。鉱山地帯には三つの大きな派閥が存在し、鉱山地帯で生まれた者は必ずどれかの派閥に所属する事になる。その中でもアジリエートは、希少金属の発掘とその加工技術に特化した集団だ。アスライトも、その産地の全てがアジリエートの管理下に置かれている。


「私の生まれ育った村は、鉱山地帯でも特に純度の高いアスライト原料が採れる地域にありましたから。私にとっては、アスライトはそれほど珍しいものでも無いのです。」


 まあ、剣の修理にはかなりのお金が必要になりますけどね。と、リズは苦笑してみせる。


「はー……。鉱山地帯出身なのは知ってたが、そんなすげえ金属が採れるところの生まれなのか。でもそれなら何で冒険者なんかになったんだよ。故郷に居た方がよっぽど良い暮らしが出来ただろうに。」


 そのラスティさんの問いは、ごくごく当たり前の思いつきによるものだった。基本的に、鉱山地帯付近の人々の暮らしは豊かだ。市場に出回る金属の殆どが鉱山地帯から産出され、その鉱石の採掘や原料の採取は三大派閥が独占している。そしてその膨大な金属の売り上げは派閥に属する人々に分配され、他の地域よりも一段高い生活水準を維持できる仕組みになっている。鉱山地帯に居る限り、少なくとも食いはぐれる事は無い。それをわざわざ、いつ命を落とすとも分からない冒険者家業に身をやつすなど、相当の物好きがする事だ。

 そう。だから、鉱山地帯出身のリズが冒険者をやっている理由を不思議に思うのは当然のこと。でも、ボクは今までその理由を聞いたことが無かった。リズ程の才覚に溢れる人間の事だ。きっとボクの様に、田舎での暮らしに飽き飽きして、都会に出てきたのだろう、くらいの考えだった。

 ボクはラスティさんの問いに、リズがどう答えるのかと耳を傾ける。しかし、リズから返って来た答えは要領を得ないものだった。


「あ――、ええと……。確か、村の皆から推薦され、て――、」


 そこまで言って、リズは口を閉じた。表情が消える。何かを喋ろうとして口を開くが、待っても言葉の続きは出てこない。


「あ、れ……?」


 終いには、頭に手を当ててうつむいてしまう。


「リズ……?大丈夫?」


 リズの様子に、思わず声をかける。ボクの声にハッとしたように、リズは顔を上げた。


「え、ええ……。大丈夫、です。」


 そう言って、リズはニコリと笑いかけた。


「そう?でも顔色が――」


「いえ。本当に大丈夫です。……あ、彼らが戻ってきたみたいですよ?」


 心配するボクを遮るように、リズが声を上げた。リズの視線を追って目を向けると、新人君達四人が通りの向こうから歩いてくるのが見えた。街の探索を終えたにしてはずいぶんと早い。


「何だ?アイツら戻ってくるのやけに早ええな。……悪い。ちょっと様子見てくるわ。」


 そう言ってラスティさんは席を立つと、早足に新人君達の元へ向かう。


「ジュゼ。一つ聞いて良いですか?」


 ラスティさんが居なくなるのを見計らって、リズが声をかける。先ほどのおかしな様子からは立ち直った様だ。


「何かしら?」


「……どうしてラスティは私達をパーティーに誘うのですか?」


 そう、リズは聞いた。


「……前にも説明したでしょ?あの子達を一人前に育てるためよ。」


 しかし、ジュゼさんの言葉にリズは首を振る。


「まさか。貴方のパーティーは、新人の彼らを除いても8人の大所帯です。そして皆、十分に経験を積んだ一人前の冒険者だ。私達に頼らずとも、彼らを連れて十分に立ち回れるはずです。」


「……。」


 リズの指摘に、ジュゼさんは少しだけ俯く。リズの言うことはもっともだ。ボクはラスティさん達のパーティーが、どの程度のレベルなのかは知らない。そしてもちろん、上級のパーティーに初心者を加入させてレベルアップを図るという意図もあながち的外れでは無い。それでも、それなりの冒険者が8人もそろっているパーティーならば、初心者4人が入ったところで大崩れする事は無いだろう。


「……まあ、普通はそう思うわよね。でも、アタシ達も完璧じゃないわ。……アイツはあの子達を死なせるわけにはいかないから。」


 そう言って、ジュゼさんは新人君達となにやら話しこんでいるラスティさんを見やる。その瞳には優しい光が見え隠れしていた。


「死なせるわけにはいかない?」


「そうよ。……私達のパーティーメンバーはね、ほとんどが同じ孤児院の出なの。もちろん、あの子達も。そして、ラスティ自身もね。」


 孤児院で育った人間が冒険者になるという例自体は珍しくない。地位も学歴も持たない彼らは、ギルドに登録さえすれば誰にでもなれる冒険者という職業に就きやすい。しかし、皆同じ孤児院の出とはどういうことか。


「昔、ラスティには兄貴分として慕っている人が居てね。アタシ達のパーティーも、元々はその人が立ち上げたものなの。その人ももちろんその孤児院の出。そしてその人は同じ孤児院で育った子供達を自分のパーティーに入れて、一人前に成るまで親身に世話を焼いてたのよ。」


 ジュゼさんは懐かしむように言う。


「……けど、何年か前に仲間を庇って命を落としてしまって。それからは、ラスティが代わってパーティーのリーダーを務めるようになったの。」


 ボクはラスティさんに目を移す。そこには新人君達の話を聞きつつ、何やらアドバイスをしているらしい彼の姿があった。


「元リーダーは、パーティーメンバーを誰も死なせなかったからね……。ラスティも、その遺志を継ごうと必死なのよ。」


 冒険者が、依頼遂行の途中で命を落とす確率はハッキリ言って低くない。野獣、魔獣との戦いにしろ、旅の途中での病気にしろ、冒険者とは基本的に命を賭ける職業だ。彼らのような大所帯のパーティーで誰も亡くなっていないというのは、奇跡と言って良い。だが、奇跡はそう長くは続かない。ラスティさんやジュゼさんの様な熟練の冒険者が居たとしても、いずれは誰かが命を落とす事になるだろう。それが、普通なのだ。

 でも、もし、リズの様な達人クラスの人間が一人でも居れば話は別だ。どんな状況下でも余裕を持てる人間が居るというのは、それだけでパーティーの生存率が飛躍的に向上する。


「なるほど……。それで、私をパーティーに引き込もうと……。」


「ま、そいういう事ね。……今回は悪かったわね。人様の仕事に割り込むような事をして。」


「……まあ、構いません。新人冒険者をダシにして私達の同情を引こうとした事は褒められませんが。」


 リズのその言葉に、ジュゼさんは苦笑いをこぼす。

「アハハ。バレてたか……。でもそこはかんべんして欲しいわね。こっちも、家族の為に必死だから。」


「家族、ですか……。」


 そう言ってリズもラスティさんを見やる。リズの瞳は穏やかな色に濡れている。


「……。」


 そんなリズの様子を見ながら、一方でボクは、先ほどの事が気になっていた。リズが何故冒険者になったのか。その質問にリズは動揺していた。気にする程では無いのかも知れない。ボクの様に、故郷のみんなから推薦されて、王都に出てきただけかもしれない。

 けれど、よく考えたら、ボクはリズの過去を何も知らなかった。そこには、ボクの知りえない何かがあるのかもしれなかった。


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