第6話 ハイデルン

 ……さて、今回の依頼の目的地は、ドラゴニアから馬を走らせて三日程の距離にある『ハイデルン』と呼ばれる町の近くにある森である。ハイデルンは鉱山地帯とドラゴニアの途上にある宿場町で、街中では金属製品の売買も盛んに行われている。町の規模はそれほど大きなものではないが、比較的ドラゴニアに近い地域のためか寂れた感じは無い。どの地域にも一つはある、ごくごく普通の宿場町である。

 今回鼠狼が出没した森は、そのハイデルンの町から徒歩で一時間もかからない近さだ。ハイデルン、そしてその森は、ドラゴニアを挟んで大森林地帯の真逆に位置する。本来であればハイデルンの森は鼠狼が発生するような地域ではないが、恐らく今年は大森林地帯で鼠狼が異常発生したのだろう。前にも言ったとおり、森林地帯で異常発生した鼠狼が、生存競争からあぶれて遠く離れた森に住み着く事が稀にあるのだ。

 依頼を受けると決めた後、ボクとリズは早々に装備を整えてハイデルンに向けて出発した。因みに出発の間際、トーファ様が「私も連れてって~」としがみついて来たが、無理やり引き剥がした。トーファ様もお金が欲しかったのだろうが……自業自得だ。普段の遠出ではトーファ様の魔術の助けを借りて移動するが、今回はそれは使えない。早馬を借りるか荷馬を借りるかで迷って……結局荷馬を借りる事にした。今回は帰りの荷物として鼠狼の牙を運ばなくてはならない。速さよりも荷物を多く運べた方が良いという選択だ。

 少しゆっくりと、四日をかけてハイデルンに到着。その日は街中の安宿に部屋を取って、簡単に明日の討伐の打ち合わせ。その後、英気を養うために食事でもということで、宿に併設の酒場に入った。

 ……のだが。


「……。」


 酒場に入ったとたん、リズが固まった。固まっただけならまだいいが、その顔にはいかにも嫌そうな表情が張り付いている。何かあるのかと、ボクもリズの後ろから覗き込む。


「……。」


 そしてボクもリズと同じように固まった。酒場にはまだ、殆ど客の姿が見られない。それはいい。まだ夕方の早い時間だ。客が少ないのも当然だろう。しかし、その少ない客の中に問題の人物が居た。

 酒場のど真ん中の席に、一人の男が陣取っている。長身で筋肉質の体つき。浅黒い肌と赤色の髪のコントラストがよりいっそう男を目立たせている。

男は酒場の入り口に立ち尽くしているボク達に気づくと、手をぶんぶんと振って声を上げた。


「お、来た来た。おーい、リズ……に、リヒトだったよな?そんな所に突っ立って無いでこっち座れよ。」


  その軽い物言いには覚えがあった。というか、数日前に剣をあわせたばかりだ。

なぜかハイデルンの町に、ラスティさんが居た。


「……。」


 リズは金縛りから開放されると、つかつかとラスティさんに歩み寄った。


「……どうして、貴方がここに居るのです。」


 リズはため息交じりに言う。リズと旧知であった以上、彼もボク達と同じくドラゴニアを拠点とする冒険者のはずだ。そんな彼がここに居るという事は、彼もこの町か、もしくはさらに先の鉱山地帯での仕事の依頼を受けたということだ。でも、ボク達が掲示板を見た時は他にこちら方面の依頼は見当たらなかったけれど……。

 ……。

 ……まさか。


「うん?いや、俺達のパーティーもあの依頼受ける事にしたから。鼠狼のやつ。」


「えー!」


 叫んだのはボクだ。だって、先にこの依頼を受けたのはボク達だ。それを横取りするような事をされて平然としていられるわけが無い。


「……ラスティ。その依頼を先に受けたのは私達です。確かに依頼に人数制限はありませんでしたが、せめて私達よりも出発を数日遅らせる程度の配慮は常識でしょう。」


 ボクの言いたい事をリズが代弁してくれる。確かに、こういった討伐系の依頼は人数制限がされていない事が多い。誰が討伐してくれても構わない。早い者勝ちで討伐した者に報酬を与える。……というのが、の考えだ。 確かにその考えは一理ある。例えば、相手がドラゴンのような強大な存在の場合、できるだけ討伐に参加する人数を増やして討伐の成功率を上げようとするというのは、冒険者の間でもよく取られる手段だ。

 だが、今回はいわゆる『雑魚狩り』である。確かにボクとリズの二人だけのパーティー。でも実力的に討伐に失敗する可能性は低い。他のパーティーが混じっても狩場争いで揉めるだけだ。通常、こういう場合は先に依頼を受けた方が先行してある程度成果を上げた後に、後発組が狩場を譲ってもらうというのが通例なのだが……。


「まあまあ、そう言うなって。俺だってただ意地悪しに来たわけじゃねえよ。」


 ラスティさんはボクとリズの怒りを受け流すようにカラカラと笑う。


「お前達が鼠狼を狩りに行くって聞いてよ。耳寄りな情報を持ってきてやったんだ。」


「耳寄りな情報?」


 リズが怪訝そうな顔で聞き返す。


「ああ。この依頼、報酬がちと安いだろ?これには訳があってな。実は鼠狼の――」


「毒牙が高く売れると言うのでしょう?」


 ラスティさんの言葉を遮って、リズが言った。ラスティさんは言葉を失っている。どうやら図星だったようだ。……ボクもなんとなく予想はしていたが。


「……え?知ってんの?」


「当たり前でしょう。知っていなければ、こんな安い依頼は受けません。」


「マジか……。」


 ラスティさんがいかにも「やっちまったー!」という顔をして頭を抱える。ますます重くなるリズの怒気。これから賑わい始めるであろう夕方の酒場に、形容し難い重苦しい空気が流れる。


「だ~から言ったでしょ? これだけの実力者が何の考えも無しにこんな低報酬のクエストを受ける訳が無いって。」


 と、そんな空気が流れている中、一人の女性が酒場に入ってきた。ウェーブのかかった長い黒髪に切れ長の目。露出の多い黒を基調とした服装からスラリとした手足が伸びている。ボクやリズよりも年上だろう。二十代後半……といったところだろうか。女性はボク達の居るテーブルまで来ると、おもむろにラスティさんへと手を伸ばした。


「おう、ジュゼ。何だ?もう宿屋は確保し――」


「ほら!帰るわよ!」


 そして何か言いかけたラスティさんの耳を捻り上げると、そのまま連れて行こうとする。


「いででででででで!待っで!待でって!」


 しかし、ラスティさんは耳を引っ張られながらも抵抗する。


「はぁ……。アンタねぇ~、これ以上はこの人らの迷惑だって分からないの?アタシ達とは格が違うのよ。格が。アタシらが首突っ込んだって何も良いこと無いわよ!」


 「ほら、分かったら立つ!」と、女性は再びラスティさんの耳を引っ張る。


「痛っ……!痛いって!待ってくれ!こんな機会なかなか無いんだから!」


 ラスティさんの必死の抗議に女性は呆れた様子で手を離した。そしてラスティさんを怒気を含んだジト目で睨む。そして、数秒の後、諦めたようにため息を一つ。


「はぁ……分かったわよ。でも、無理強いしちゃダメよ。」


「いつつ……分かった分かった。」


 ラスティさんとそう短くやり取りをすると、女性は改めてボク達に向き直った。


「ふふ、突然ごめんなさいね。私はジュゼルダ・リテンバッカー。一応、この男とパーティーを組んでいる者よ。よろしく。」


 ジュゼって呼んでね、と笑顔を作りながらボクに手を差し出してくる。


「よ、よろしくお願いします……。」


 ボクはおずおずと彼女の手を取る。ジュゼルダ・リテンバッカー。確か、ラスティさんと同じファミリーネームだ。姉弟には見えないし、夫婦だろうか。

 ジュゼさんとリズとの間で挨拶は無い。恐らく既に知り合いなのだろう。ジュゼさんは再びラスティさんの横へ戻ると、何かを促すように彼の頭を肘で小突いた。


「分かってるって。」


ラスティさんはそれを心底嫌そうに振り払う。どうやら彼はジュゼさんの尻に敷かれているらしい。こほん、と一つ咳払いをして、ラスティさんがあらたまった様子でボク達に向き直る。そして――、


「リズ!頼みがある!俺達もお前のパーティーに加えてくれ!」


 ゴン!とテーブルに頭を打ち付けて言った。


「嫌です。」


 そしてリズも即答だった。


「えぇ……。」


 その流れるような一連のやり取りにボクは閉口する。


「そこを何とか!」


「ダメです。」


「何で!?」


「貴方が嫌いだから。」


「ショック!!!」


 辛辣な一言を浴びたラスティさんは、机に突っ伏してしまう。相変わらずリズはラスティさんに対して容赦が無い。


「バカかアンタは。」

 

 そんなラスティさんの頭をジュゼさんがパカーン!と引っ叩いた。


「いてっ!?」


「そんないきなり「パーティーに入れてくれ」なんて頼んで入れてくれるわけ無いでしょ。順序を踏みなさい。順序を。」


「だってよ~。」


「だってじゃない!」


 もう一発、ラスティさんの頭を叩く。そしてジュゼさんはボク達へと向き直った。


「悪いね。コイツがいつもいつも。」


「いえ……。」


 リズは苦笑いを浮かべて答える。どうやら、リズとジュゼさんの方はそれほど仲は悪くないらしい。


「……でも、どうだい?アタシ達――アタシとこの男の他にも四人居るんだけど……アタシらと組んでくれないかしら?」


「しかし――」


「分かってるわ。もちろんタダでとは言わないわよ。こっちが貰う報酬は旅費と消耗品分だけでいい。残りの報酬は……もちろん毒牙の売り上げも含めて、アナタ達のものでいいわ。」


「む……。」


 リズは黙り込む。恐らくは相手の意図を図りかねているのだろう。気持ちはボクにも分かる。いくら下手に出ているとしても、旅費と消耗品分のお金だけでは、要求する報酬としてはあまりにも少なすぎる。そんな交渉をしてまでボク達のパーティーに加わるくらいなら、最初に言ったように日にちをずらして自分達だけでクエストを受けた方がまだマシだ。


「……何か、理由でもあるのですか?」


 リズは問う。それにジュゼさんはやれやれといった感じで答えた。


「まあ理由はいくつかあるんだけどね……。強いて言うなら、アタシ達のになって欲しいってところかしら。」


「師匠、ですか……?」


 その突拍子も無い答えに、リズは問い返す。「そ。」と、ジュゼさんは頷く。気づけば、ラスティさんもいつの間にか立ち直っている。ジュゼさんの後を継ぐように説明を始めた。


「……リズも知ってのとおり、俺達はドラゴニアでは中堅のパーティーだ。前衛から後衛まで一通り揃ってるし、練度も申し分ない。」


「ええ、それは知っています。確かメンバーは8人程でしたか?よくバランスの取れたパーティーだという噂を聞いていますが。」


 リズのその言葉に、でもな、と、ラスティさんは続ける。


「それは、パーティー発足当時から居たパーティーメンバーだけ……つまり、オマエの言う8人だけならば、という話だ。最近、若手が4人、一気に増えてな。俺達だけじゃ、育て切れなくて持て余してるのよ。」


 彼は困ったように両手を広げる。


「――ふむ。つまり、初心者の育成の為に、私達を手本にさせたいと?」


「まあ、そういうこった。」


 リズの確認に、ラスティさんは頷いた。


「はっきり言って、ドラゴニアに来る依頼は高難易度が多い。ただこなすだけなら問題無いんだが、初心者に教えながら戦う余裕は俺達には無え。……でも、アンタ達は違うだろ?今回の鼠狼だって余裕なはずだ。」


 ラスティさんの言う事は、一応だが筋が通っている。ドラゴニアは大都市だけあって、低難易度から高難易度まで様々なクエストがある。一方で、冒険者の数も多いためにクエストの奪い合いも激しい。特に低難易度のクエストは、それを専門とするパーティーの派閥が出来てしまっていて、初心者が入り込む余地がない。よって、初心者がレベルアップを図るにはそのような派閥に所属するか、中堅以上のパーティーに所属して、高難易度クエストを受ける中で強くなるしかないのだ。派閥に属すればその組織に埋もれてしまうから、野心ある初心者が上級のパーティーに師事する事も珍しくない。ラスティさんのパーティーには初心者が4人。確かに、その4人の身の安全を確保しながら、高難易度のクエストを達成するのは中々骨が折れるに違いない。つまり、彼はボク達に、「初心者4人を守りながら経験を積ませて欲しい」と言ってきているのだ。


「ふむ……、リヒトはどう思いますか。」


リズはしばらく考えた後、ボクに意見を求めた。


「う~ん……。まあ、いいんじゃないかな。負担は増えるけど、戦力的には問題ないと思うし……。」


 何より、結果的にボク達が受け取れる報酬が増えるのは魅力的だ。鼠狼討伐ならば、狩りそのものの他にも雑用も多い。分け前を考える必要が無いのであれば、初心者だろうと人数が多い方が楽だ。結果だけ考えれば、ラスティさん達にタダ働きしてもらうのと変わりない。


「な?というわけだから頼むよ!な?」


 ラスティさんはテーブルに頭を擦り付けんばかりに頼み込んでくる。リズは何やらひとしきり悩んでいたが、最後には諦めたようにため息をついた。


「貴方がここまで下手に出る事に若干裏を感じますが……まあ、いいでしょう。ただし、毒牙の売り上げは全てこちらのものですよ。」


「おお!受けてくれるのか!オーケーオーケー!売り上げは全部お前にやるよ!」


 リズはもう一度ため息をつくと、ボクに向き直った。その顔には苦笑が浮かんでいる。


「まあ、悪くは無い話です。負担は増えるでしょうが、がんばりましょうか。」


「……うん。そうだね。」


 リズのその言葉に、ボクも苦笑で返したのだった。

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