第5話 次の依頼へ
「ねえ、リズ。何でボクの剣に反応出来たの……?」
ボクは手近な椅子に座り、足をぷらぷらさせながら言った。
模擬戦の後、ボク達は再びギルドの建物の中に戻ってきていた。ボク達の戦いを見ていた冒険者からパーティーへの参加のお誘いをいくつも受け、そしてそれらを全てあしらい、ようやく落ち着いた所だ。リズはまた依頼の掲示板をチェックして回っている。ボクも手伝わなくてはいけないと思いつつも、先のリズとの戦いでの疑問の方が気になってしまっていた。
「ん?ああ、最後のアレですか。うーん、なんと言ったら良いか……。強いて言えばですね、動きが見えていたからですよ。」
リズは掲示板を見たまま、ボクの質問に答える。
「え~!嘘だぁ!リズ、完全にボクの姿を見失ってたじゃない。」
「うーん。そうですね……。」
ボクの抗議に、リズはこちらに向き直る。そしてピンと人差し指を立てて説明を始めた。
「確かに、私はリヒトの姿そのものは見失っていました。けれど、リヒトの移動の軌跡は見えていましたから。」
「移動の軌跡?」
「はい。リヒト、私の特技は知っていますね?」
「……?『魔術斬り』でしょ?」
『魔術斬り』
ドラゴンブレスさえ切り裂いた、リズだけが使用を可能とする特殊剣技。純粋な元素魔術ならば切れぬものは無いという強力な技だが、それが先の戦いとどう関係するのか。
「その通りです。では魔術斬りの原理は知っていますか?」
「原理?さあ……?」
あんな高等技術の原理など、ボクが知るはずがない。
「実は、原理自体はとても簡単です。魔術行使中の魔力の流れには、必ず弱い部分と強い部分があります。その弱い部分を見極めて斬っているだけなのです。」
もちろん魔力を斬る事が出来る特殊な剣が必要ですが、と、彼女は腰に下げた剣に手を添えながら言う。
「私もそれを視覚として捉えているわけではありません。けれど感覚として、私には魔力の流れが感じられるのです。」
魔力の流れが分かる。つまり、魔術発動の方向や、発動後の魔力残滓を追えるということだ。ならば、ボクの動きを追う事など容易だっただろう。風魔術を開放する方向、解放後の移動した形跡が分かるのならば、ボクの姿を視認するまでもない。魔術を発動した時点でボクが何処に移動するつもりなのかなど全てお見通しだったということだ。
「そっかぁ……。それじゃいくら速く動いても意味が無いよね。ボクの魔術の流れを追えば、どこに移動するのかを先読み出来るんだから。」
「そうですね。でも、それを抜きにすれば貴女の魔術は見事でした。私のような特殊な技能、もしくは人並みはずれた動体視力でも無ければ、貴女の動きを見極める事は困難でしょう。」
そう言って、リズはボクの頭をくしゃくしゃと撫でる。ボクは少しだけ誇らしい気持ちでそれを受け入れた。仲間内の贔屓目はあるにせよ、リズの様な達人レベルの剣士に褒められただけでも嬉しい。
「うーん。しかし、どうしましょうか。高難易度の依頼はどれも長期の遠征が必要なものばかりですし、短期間で終わりそうなものはどれも安いですね……。」
リズは掲示板に目を戻して言う。ボクもリズに従って掲示板に目を走らせる。大都市のギルドに来る依頼だけあって、高額報酬を謳うものは多い。ただしリズが言うように、高報酬の依頼はどれも数ヶ月かかるような大規模な遠征が必要なものばかりだ。それも当たり前と言えば当たり前。この都市、ドラゴニアまで来る高難易度の依頼は、地方では解決出来ないレベルの依頼が都市部にまで流れ込んで来ているという側面がある。よって、高難易度になればなるほど、ドラゴニアから離れた地域での依頼が多くなる傾向にあるのだ。
一方で、報酬が少なく、しかし手短に終わるクエストも多くある。具体的には貴重品の宅配や薬草の採取。迷子のペット探しから家庭教師の依頼などなど。ただ、こういった依頼は、それ専門のパーティーが取り仕切っている場合が多い。宅配なら宅配専門。ペット探しならそれを専門にする集団が居るのだ。よって、必然的に高報酬の依頼の中からなるべく期間の短い依頼を選ぶのしかないのだが――。
「……あ。」
そこでボクは、一つの依頼を見つけた。
『鼠狼の討伐』
依頼書にはそう書かれている。
「ねえ、リズ。これにしようよ。」
ボクはその依頼書を指差して、リズに言った。リズはその依頼書を覗き込む。
「鼠狼ですか。ドラゴニアの近くに出るとは珍しい。大森林地帯にしか出没しないと聞きましたが。」
「何年かに一度、異常発生するからね。たぶん大森林地帯からあぶれた群れが住みついたんだと思う。」
「へえ、詳しいですね。……そう言えば、リヒトは大森林近くの出身でしたか。」
リズのその言葉に頷いて肯定する。リズの言うとおり、ボクは大陸中央に広がる大森林地帯の近くの村で産まれ育った。鼠狼は大森林地帯では割とポピュラーな野獣で、森を荒らす害獣扱いされている。ボクもその村に居た頃は何度か狩った事がある。鼠狼が持つある特性から、本来は大人数での討伐が望ましいが、リズとボクならば二人でも問題ないだろう。しかし、ふと、依頼書を読んでいたリズが顔を曇らせた。
「ああ……でも、報酬が少なすぎるのではないのですか?」
リズは報酬の欄に書かれた桁を数えながら言う。確かにそこに書かれている数字はそれほど多いものではない。いやむしろ、効率としては悪い方だ。
ドラゴニアから鼠狼の居る森まで片道三日程。旅の途中でかかるお金や諸々の装備品を差し引くと、報酬はほとんど無くなってしまう。けれど、これにはカラクリがあるのだ。
「ううん。直接貰える報酬はこんなものでいいんだよ。鼠狼の討伐には他に特別報酬があるから。」
「特別報酬?」
「うん。鼠狼の毒牙が薬の原料として高く売れるんだ。とは言っても一般にはあまり出回ってないから、売るためには商人か薬師の
「……なるほど。リヒトはその伝手を持っているというわけですね?」
ボクはリズの問いに頷く。鼠狼の特徴の一つとして、大きく発達した犬歯がある。犬歯には麻痺毒が含まれており、それが効果の高い痛み止めや麻酔などの原料となるのだ。ただ、牙から毒素を抽出する方法がかなり特殊で、その精製方法は森林地帯近くに住む一部の部族の秘伝とされる。ドラゴニアに住む人々にとっては馴染みが無いだろうが、ボクの様に森林地帯出身の者にとっては常識だ。と言うか、毒素の精製法を知る部族というのが、ボクの生まれ故郷だったりする。故に、牙を高値で売るルートもよく知っているのだ。
「ちゃんとしたルートで売りさばければ、トータルとしては他の依頼よりも得られる報酬は高くなるはずだよ。……ね?どうかな?」
ボクはリズに問いかける。ボクとしては是非ともこの依頼を受けたい。その理由はいくつかある。
まず、大前提としてトータルで得られる報酬が多い。そして二つ目。鼠狼はボクにとって狩り慣れた相手だ。他の野獣、魔獣相手ではリズにおんぶにだっこ状態になるだろうが、鼠狼ならばリズと肩を並べて狩りを行えるだろう。それに、先ほど言ったように牙の販路を知っているのはボクだけだ。恩を売るわけではないが、リズの役に立てるというのはそれだけで嬉しい。
何度も言うが、今回依頼を受ける事になったのはボクの資金難故だ。リズはあくまでそれを手伝ってくれているのだから、出来る限りボク主導で動きたい。
「……ええ。そうですね。リヒトがそう言うならこのクエストを受けましょうか。」
少し考えた後、リズはそう言ってボクの提案に乗ってくれた。
「やた!じゃあ、これで決まりね!ボク、受付してくるよ。」
「分かりました。それでは私は旅の消耗品を見繕っておきましょう。」
そうと決まれば行動は早い。ボク達はそれぞれに、依頼を受ける準備を始めたのだった。
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