第4話 模擬戦

その後、ボクは仕方なく二人の剣士と連続で戦った。

実力は二人ともラスティさんよりやや劣るかといったところか。既にボクの手の内はバレていたので、少々てこずったが何とか勝つ事が出来た。

だが、それでもボクへ挑戦したがる人は減る事は無かった。寧ろ戦えば戦うほど増えていっているようだった。恐らく、ボクの戦い方が悪いのだろう。ボクのスタイルは剣士と言うよりは暗殺者のそれに近い。まともな剣の打ち合いからは逃げつつ、相手の隙を突いて一撃必殺。しかし、それは一方で、「まともな剣の打ち合いに持ち込めば勝てる」と相手に思わせてしまうのだ。だから、「俺なら」と思う人が後を絶たない。

慣れた冒険者なら適当な言い訳をして切り上げるのだろうが、ボクは模擬戦や決闘という文化そのものに慣れていない。結果、言い訳さえ思いつかないままオロオロするばかりだ。

さて、三人目に名乗りを上げるのは誰かという段になって、見かねたリズがボクと観衆の間に割って入った。


「皆さん!待ちなさい!」


リズが声を張り上げる。


「このままでは埒が明きません!彼女に挑戦するのは一定以上の実力がある者だけにして下さい!」

「あわわわわわわ……。」


そんな事を言ったら『実力ある者』が来ちゃう!

ボクがガタガタ震えていると、観衆の中の一人の男が声を上げた。


「おいおい、いくらアンタだってその言い方は気にくわねぇな。俺達にはその『一定以上の実力』とやらが無いって言いてえのか?」

「その通りですが?」


リズは涼しい顔で即答する。

今日のリズはなんだかおかしい。普段は人を煽るような事は滅多に無いのだ。


「てめえ……!」


当然と言えば当然。リズの煽りに、男が怒りを露にする。

その、瞬間。

ヒュッ、という風切り音と共にリズの姿が消えた。

瞬間移動と見紛う一瞬の早業。

見れば、男の鼻先にリズの剣が突きつけられていた。男は目を見開いて固まる。


「この程度の速度に反応できないようでは、実力不足と言われても仕方がありません。リヒトならばこれをかわせます。」

「いやいやいや……。」


ボクはフルフルと首を横に振る。ボクの目でも早すぎて消えた様に見えたのだから、反応できたかどうかはかなり怪しい。

リズは剣を収めると、ボクに向き直った。


「ふむ……、そうですね。ならこうしましょう。これから私とリヒトが戦います。それを見て、それでもまだ『自分は彼女に勝てる』と思う者にのみ、彼女への挑戦権を与えます。」

「ええええええええええええ!そういう流れ!?」


叫び声はボクのものだ。てっきりリズがこの場を収めてくれるものと思っていたボクは、とんでもないリズの提案に仰天する。


「ちょ、ちょっと待ってリズ!何か話の流れがおかしいし!そもそもボク、リズと戦っても勝てないよ!」


焦るボク。そんなボクにリズは歩み寄ると、そっと耳打ちしてきた。


「大丈夫。リヒトは本気で戦ってください。私がリヒトの動きに合わせますから。」


それに、と、リズはちょっと悪戯っぽい笑顔を作って、


「私も、リヒトと戦ってみたくなりました。また、強くなったようですから。」


そんな事を言った。


「はぁ~~。」


ボクは盛大にため息をつく。


「……わかったよ。ちゃんと手加減してよね?」


そう答えたボクに、リズはニコリと笑った。


「ルールは先ほどまでと同じで良いですね?」


模擬試合場の中央に立って、リズが言う。


「い、いや、魔術は無しで……。剣だけでも勝ち目無いのに、魔術まで使われたら瞬殺されちゃうよ……。」


ボクは頬を引きつらせて、リズの提案を拒否する。

当然、ボクの能力を最大限に引き出す事のみを考えるならば、魔術は使えたほうが良い。ボクだって中級レベルの風の魔術を使う事が出来るし、それを応用してスピードを上げる事だって可能だ。

しかし、リズも魔術を使えるとなれば話は別。剣技が強すぎるが故に殆ど使われる事は無いのだが、リズは魔術も上級まで……つまり、辺り一帯を焼け野原に出来るレベルの魔術を修得している。ボクがいくら魔術でスピードを上げたとしても、そんなものは魔術で広範囲を薙ぎ払われたらまったくの無意味になる。


「大丈夫。貴女に合わせると言ったでしょう?それに、私の方は剣しか使いません。そもそも貴女に試合を申し込んできているのはほとんどが剣士です。私が純粋な剣技でリヒトと戦って、苦戦するとなれば、彼らも貴女の実力を認め、勝負を諦めるでしょう。」

「な、なるほど……?」


リズがこの国最強の剣士であることは、ここに居る冒険者の殆どが知っている。そんなリズが苦戦……もちろん手加減しての事ではあるが……苦戦する相手なら、それは相当な強者だ。少なくともここに居る冒険者ではそうそう相手にならない事は明白になる。

ただ、そのリズの作戦には大きな穴がある。


「でも、それってボクがリズ相手に善戦しないといけないよね……?」


これはあくまでも、ボクの実力を周囲に見せ付けるための試合だ。ボクが何も出来ずに負けました、では話にならない。そんな不安を抱えたままのボクを見て、


「リヒトなら出来ます。頑張ってください。」


リズはのーてんきな笑顔で無責任な言葉をかけてきた。

ボクはがっくりと項垂れて一言。


「リズ……ただボクと戦いたいだけでしょ……。」


その言葉に、リズは小さく舌を出して応えた。



……しかしさて、不安ではあるが模擬戦をやることになったからには仕方が無い。リズと戦うのはこれが初めてではない。今までも何回かトーファ様のお屋敷の庭を借りて模擬戦をした事がある。

まあ、戦績は言うまでもない。純粋な剣の打ち合いでは話にならない。足と道具と魔術、全てを使って、かつリズは剣のみの縛りがあってようやく戦いの体裁を取れる、といったレベルである。模擬戦と言えど、ボクは常に全力でぶつかっていかなくてはならない。

故に、リズはボクの手の内を全て知り尽くしている。過去の模擬戦で、ボクが持ちうる戦法は全て出し尽くした。ラスティさんに使ったようなトリッキーな戦い方は、最早リズには通じない……。

……と、リズは思っているはずだ。

実を言えば。

ボクは戦いそのものには不安を抱きながらも、しかし内心ではリズと戦える事に少しだけワクワクしていた。

実は最近、ボクは新しい魔術を修得していた。まさかそれだけで勝てると思うほどおめでたくは無いが、それでもそれがリズにどこまで通用するのか、少しだけ期待する気持ちもある。と言うか、そんな楽しみでも無ければ、こんな観衆が居る中でリズ相手に模擬戦を受けるような事は絶対にしない。

うう……やっぱり胃が痛くなってきた。

ボクは重い気持ちをなんとか振り払って模擬剣を握り直し、試合場の中央に立った。五歩ほど離れて、リズもボクに相対するように立つ。


「……。」


リズは無言のまま、その手に持った模擬剣を構えた。リズのそれはオーソドックスな長剣だ。ボクの剣の二倍程の長さか。剣のリーチだけで言えば、ラスティさんの大剣よりも短い。

けれどボクは知っている。

彼女の剣は神速だ。

その剣は間合いに入ったもの全てを切り刻む、絶対不可侵の剣域を作り出す。いかにボクの足が速かろうと、彼女の間合いに踏み込むのは困難だ。今までのリズとの模擬戦でボクができた事と言えば、間合いの外から恐る恐る剣を合わせることだけだった。その剣の結界を、ボクの魔術で何処まで崩す事ができるか。それが、この戦いの肝になるだろう。

ボクは、深呼吸を一つして、構えをとった。模擬剣は右手の中で逆手持ちにされている。利き手で打ち合わなければ、純粋な力と剣速で押し切られるからだ。ラスティさんの時の様に様子見は無い。最初から全力で行く。

リズもボクに合わせて構えを取る。右を前に半身になって、剣をやや後ろに引いている。いつもの構えだ。


「――。」

「――……。」


お互いの呼吸を合わせる。

開始の合図は必要ない。お互いのタイミングは既に熟知している。

ボク達の緊張感が伝播したのか、ざわついていた観衆も徐々に静かになっていく。息を呑む音が聞こえてくるようだ。

誰もが、リズ・シルノフ・アジリエートてんさいけんしの剣技はいかなものかと注目している。

そして、観衆の声が全て止んだ――その瞬間。

ボクは地面を蹴って駆けた。

リズとの間合いを詰める。とは言え、ラスティさんの時の様に正面から突進するような事はしない。横へ横へ。ステップを踏みながら、リズの死角に回り込むように徐々に距離を縮めて行く。凡庸な剣士であれば、すでにこの速度に付いて来られないだろう。

しかし、相手はリズである。いくら死角に回り込もうとしても彼女の剣は揺るがない。その刃先はピタリとボクの正中線を捉えて離さない。それだけでボクは彼女に近づく事が出来ないでいた。もし不用意に踏み込めば、一撃の元に勝負がついてしまう。

彼女の構えに隙を見出すには、次の一手が必要だ。


「翼をここに 軽く 早く 高く 大地は無く 湖水は無く 大気は浸透し あらゆる束縛は霧散する 翔けろ飛禽 その憧憬をもって風となれ!」


ボクは移動を続けながら魔術詠唱を行った。

トーファ様の死霊魔術とは異なる、オーソドックスな風の元素魔術。効果は単純。ボク自身のだ。

ふわり、と体を縛っていた重力が軽くなる。それに伴って、ボクの速度が倍化する。


「ふっ……!」


全力で地面を蹴る。今までとは比べ物にならない速度でリズの背後に回る。

だが、これは昔から使っていた魔術だ。リズもこの速さは既に知っている。これだけではまだ振り切れない。先ほどのように常に剣を突きつけられている様な状態からは脱したが、彼女の視線は正確にボクを追っている。

踏み込むべきかどうか、迷う。

今までの経験上、ここから自分の間合いまで踏み込める確率は五割、踏み込む前に迎撃される確率が五割といったところだ。

無論、踏み込んだところで次の剣の打ち合いで勝てる道理は無い。だが、踏み込まなければ何も始まらないのもまた事実。


「――……。」


覚悟を決める。

右側へと運んでいた体を、左に反転させてもう一度リズを揺さぶる。リズの視線はボクを捉えたままだ。だが、彼女の剣が、僅かに揺れる。

ここだ。


「やっ!」


踏み込んだ。

隙とは言い難い、本当に小さな揺らぎ。でも、それをこじ開けてにしなければ、ボクに活路などない。

ダン!と僕の左足がリズの右足の至近を踏んだ。目と鼻の先にリズの体。踏み込みの成功。既に剣を振るえば届くこれ以上ない最良の距離。ボクはその絶好の機会を手にして、


「――!」


全力で、その間合いから脱出しようと後退した。

誘われた……!

瞬時にそう判断する。

あまりにも簡単過ぎる。どんなに上手く踏み込んでも剣戟の一つや二つは飛んで来なくてはおかしい。リズはボクの速さ故に剣が揺らいだのではなく、わざと剣を揺らしてボクを踏み込ませたのだ。

だが、そう気づいたときには遅かった。全力で後退しようとするボクを上回る速度で、リズはこちらに踏み込んできた。


「はっ!」


気合と共に大上段から剣が振り下ろされる。

とっさに剣で受けるが、模擬剣が粉砕されたかと思う程の衝撃。模擬剣の大きさはラスティさんのそれより小さいはずなのに、瞬間的な破壊力は明らかに上回っている。視界が揺れて、一瞬リズの剣を見失う。

しまった!と、思う暇も無い。続く第二撃は右か左か。勘だけで左を選択し剣を構えると、再びそれに衝撃が走った。

さらに右から三撃目。

ラスティさんとは比べ物にならない剣速。最早ボクの目はリズの剣を追えていない。ただただ今までリズと打ち合った経験則だけで防御を固める。


「っ……!」


上段および左右からの高速三連撃。奇跡的にもそれら全てを防ぎきり、ボクはリズの間合いから脱出する。

彼女もそれを追っては来ない。足を止めて、再び剣先をボクに向けてくる。


「つ、はぁ――。」


冷や汗が頬を伝った。

危なかった。

リズの三連撃を防げたのは奇跡に近い。普段であれば、一撃目で体制を崩され、二撃目で剣を弾かれ、三撃目で勝負が決する。それを今回はほぼ無傷で――


「……ん?」


ふと、違和感に気づいた。

そう。普段なら三撃以内に勝負が決まる。けれど、今回ボクはそれを防ぎきった。ボクにはリズの剣が見えていなかったにも関わらず、だ。

それに、リズの剣は速度と衝撃こそ凄まじかったものの、ボクの体勢を崩すまでには至っていない。それを、自分が成長した成果だ、などと言える程ボクは自惚れてはいない。この試合が始まる前、リズはと言った。つまり、そういう事なのだろう。ボクがリズの連撃を防ぎきったのではなく、ボクの防御に合わせてリズが剣を振ったのだ。

苛烈な剣とそれを捌ききったように見えるボク。確かにこれならば、戦いの見栄えだけは華々しいものになる。


「……。」


リズを見れば、真剣な……少なくとも表面上は真剣な顔で、ボクと対峙していた。

手加減された事自体に悔しさは無い。元々これはそういう戦いだ。

逆に、良い機会を手に入れたと思う。普段であれば、ボクはリズ相手に本気さえ出させてもらえない。けれど、この場。リズがボクと打ち合う事を良しとしているのならば、ボクは最後の最後まで全力を出し切ることが出来る。

ボクは、一つ深呼吸をすると言った。


「リズ、行くよ。」


その言葉を聞いて、リズは薄く笑う。ボクが真剣になった事を悟ったのだろう。リズの方も、ボクがどんな手を使ってくるのか楽しみなようだ。


「――……。」


腰を、低く落とす。そして、ボクは再び地面を蹴った。

リズが手加減をしてくれている以上、余計な撹乱は不要だ。最低限のフェイントだけ入れて、最短でリズの間合いに踏み込む。


「ふっ……!」


今度は先手を取って、ボクの方から斬りかかる。先ほどのお返しも込めて三連突き。当然の事ながら、リズは易々とそれらを防ぎきる。

今度はリズが返す刀で切りかかる。斜め上、左右からの二連撃。その速さは雷光の如し。正確な防御など出来るはずがない。

ボクは咄嗟に剣を上に掲げる。するとボクの剣に吸い込まれるようにリズの剣線が走り、正確に二つの衝撃が走る。

やはり先ほどと同じだ。確かに見た目は速く、苛烈な剣戟だが、これならばしばらくは持ちこたえられる。

本来であれば、ここでリズの間合いから離脱するのがセオリーだ。ボクの戦法は一撃離脱を基本とする。相手の間合いに長く留まる事はしない。特にリズの様に卓越した剣士相手の場合はそれを徹底しなくてはならない。

けれど今回に限っては例外だ。リズが打ち合いを続ける事を望んでいると言うのなら、ボクもその期待に応えよう。


「奔れ!風精!」


最短の魔法詠唱。

事前に自分の靴に仕込んでおいた取っておきの魔法式を起動させる。ギチリ、と音を立てる地面。

次の瞬間。

ボクはリズの背後を取っていた。


「……!?」


リズはすぐさま視線を走らせると、ボクの位置を捉えた。

ボクはリズに向けて剣を振るう。それを彼女はギリギリのところで回避した。

流石リズと言うべきか。けれど、そこに生じた焦りは隠しきれていない。先の瞬間、きっとリズにはボクが目の前から消えたように見えただろう。

ボクは続けざまに魔術を起動して、リズがこちらを捉える前に彼女の死角に回り続ける。

使う魔術はやはり風の元素魔術。しかしこれは、最初に使った体重を軽くする魔術のような単純なものではない。

靴に仕込んだ魔術式によって足先に空気を圧縮。足裁きに合わせて方向とタイミングを複雑に操作し、それを一気に開放する。その開放の瞬間の爆発力を脚力に上乗せして、瞬間的に移動を加速しているのだ。

この魔術自体は術者の魔力が続く限り何度でも使用出来るが、一回の発動で移動できる距離はせいぜい数メートル。故に、相手の間合いの外で使ったのでは効果が薄い。踏み込みの瞬間、又は踏み込んだ後のクロスレンジにおいて、その効果を最大に発揮する。


「ふっ……!」


左右前後、魔術を使い、時に魔術を使わずに緩急を付けながらリズを翻弄する。リズは明らかにボクの速さに遅れをとるようになっていた。

それでも、ボクからの攻撃を完全に防いでいるのは流石と言うしかない。それどころか反撃さえしてくる。そしてそれもやはり、ボクの剣に的確に合わせる一撃。

まだ、手加減されているのだ。

速度は僅かにボクの方が上。けれどリズにはそれを補って有り余る剣術の冴えがある。

本気を出させてみたい、と思った。そのためには、さらにあと一手必要だ。

死角へ死角へと回り込んでいたボクは、ふとそれを止めて、リズの正面に躍り出た。当然、リズはそんなボクへと剣を振るおうとする。

これは賭けだ。

リズが剣を振る、その瞬間。

ボクは視線を右に向ける。そして同じ方向に、わずかに体を振った。リズの剣が振り下ろされる。そしてそれは、ボクが振るわれた。

ひっかかった!

そう判断した瞬間、ボクは魔術を用いて、強引に跳んだ。


「っ……!」


リズの剣が宙を斬る。

視線誘導と体捌きによるフェイント。歴戦の剣士でも……いや、経験豊富な剣士であればあるほど、相手の動きを予測するが故にひっかかる。

ザザッ、と足を地面に滑らせる。位置はリズの真後ろ。リズは今度こそ完全にボクを見失っている。気配でそれが分かる。

いける、と確信した。ボクは間をおかず、右手の剣を一閃した。


「やあああああ!」


剣がリズの体に迫る。リズはまだこちらを見ていない。声で位置はバレたであろうが、いまさら気付いたところで遅い。

ボクは勝利を確信し――。

だがボクの剣がリズに届く直前、わずかな差でリズの剣がボクの右手を打った。


「いっ……!?」


声は痛みと言うより驚きから。

まったくの予想外。間に合うはずの無いリズの剣が間に合った。そんなありえない事実の前に、思考が停止する。

ボクの必殺のはずだった一撃は、リズの体のすぐ横をすり抜けていく。ボクはまともに体勢を整える事も出来ずに、たたらを踏んだ。

それでも、今までの習慣から、リズに向かって構えを取り直す。でも、構えを取ったところで次の手は無い。頭は混乱したままだ。

なぜリズの剣が間に合ったのか。疑問と焦りだけが頭の中を支配して――。


「……。」


しかし、リズはそれ以上追撃しては来なかった。彼女はゆっくりと自分のわき腹に手を添えると言った。


「私の脇腹と貴女の右手。相打ちですね。」


リズが剣を下げる。

ボクの最後の一撃が当たったのか。いや、当たった事にしてくれたのだろう。


「いい勝負でした。貴女に合わせるなどと、生意気な事を言った事を許してください。先ほどの高速移動魔術。危うく負けるところでした。」

「い、いや、そんな――」


ボクがどう反応して良いか分からずに居ると、リズはボク達を取り囲んでいた観衆に振り返って言った。


「さあ!試合前に言ったとおりです。今の試合を見て、それでもまだリヒトの実力を疑う者――いえ、先のリヒトの動きが見えた者にのみ挑戦権を与えましょう!もし居るのなら名乗り出なさい!」


「お前見えたか?」「いや、見えなかった。お前は?」そんなやり取りが観衆の間で交わされていた。けれどしばらく待っても、名乗り出るものは居ない。代わりに、パラパラと散発的ながらも拍手が沸き起こった。

それを聞いて、ボクは自分がまだ剣を構えたままだという事に気づいた。ゆっくりと、剣を下ろす。


「……やっと、終わった。」


そう口にした瞬間、どっと体の力が抜けた。

慣れない場所での模擬戦。相当緊張していたらしい。しかしどうやら――これにて一件落着とあいなった様だった。

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