第3話 冒険者ギルド

 ケオイアス王国。

 大陸東部に浩々と広がる大平原。その大部分を領地として収め、肥沃な大地と温暖な気候に支えられて発展した人類史上最大の国。東は金属鉱山から成る山脈、西は植生・生態系に優れた大森林。隣接する各国との街道も整備され、交易も盛んに行われている。特に王都であるドラゴニアには、各地から人、物、お金が集まり、一大都市が形成されている。

「成功したいのであればドラゴニアへ行け」

若者の間ではそんな言葉が交わされる程の、今現在も衰える事を知らぬ勢いで発展し続ける街である。


 そんな街の外れ。街道に接し、商人や冒険者で賑わう区画に一際大きな石造りの建物があった。

『冒険者ギルド ドラゴニア南支部』

 入り口の表札には、大きな文字でそう書かれている。冒険者とは国や商会、個人店では対応出来ない仕事を個人で引き受ける人々の通称だ。大昔は文字通り『冒険』こそが本分だったらしいが、時代の流れか、現代では受ける依頼の内容は様々になっている。魔物の討伐や行商団の護衛などからペット探し、果てにはベビーシッターや家庭教師の依頼などもあったりする。

 しかし、やはり花形は魔物の討伐だろう。依頼の数も多いし、高位の魔獣の討伐に成功すれば一攫千金を狙える。そのため、身分が低く決まった職に就けなかったり、腕に自信がある若者達にとっては憧れの職業なのだった。

 そしてこの建物は、その名の通り、ドラゴニアに滞在する冒険者達の支援活動を行っている組織の支部だった。各地から寄せられた依頼の取りまとめと手配、報酬の支払いを主な活動内容とし、その他にも宿屋や商店の斡旋、消耗品や装備品の販売などを行っている。ドラゴニアに住む、または新しく訪れた冒険者達は、まずここに立ち寄って情報収集と装備の調達を行うのだ。

 

 そして今現在。

 ボクはその冒険者ギルドの建物のすぐ隣にある広場。その一角にある小さな模擬試合場で筋骨隆々な冒険者達に取り囲まれていた。


「……どうしてこうなった。」


 ボクは若干涙目になりながら手に持った木製の模擬剣を握りなおした。囲まれているとは言っても襲われているわけではない。彼らはあくまでだ。


「おら!早く始めねえか!」

「おいおい~。ちゃんと手加減してやれよ~。」


 ボクを取り囲んでいる冒険者達はそれぞれに罵声やら嘲りやらを飛ばしてくる。冒険者は基本的に荒くれ者が多いので、飛んでくる野次も騒々しい。


「うう……。だから冒険者ギルドに来るのは嫌なんだ……。」


 そんな弱音を吐きながら模擬剣を構える。

その構えの先には一人の男が居た。ボクよりも頭二つは背の高い大男だ。赤い髪に浅黒い肌。鉄と皮でできた胸当てを着込んでおり、その姿はいかにも戦士と言った風。

彼がそれなりに経験を積んだ冒険者であろうということは、胸当ての隙間から見えるいくつもの傷跡から見て取れる。

 大男はその手に持った模擬剣――ボクが持つものの三倍はあろうかという大きさのそれを、ぶんっ!と一振りした。ふわりと、ボクの顔を風が撫でて行く。本来であれば模擬剣で殴られてもそうそう死ぬ事はない。模擬剣は軽い木材で作られているし、暗黙の了解として頭を狙うのは禁止されている。でも、今回はなんとなく死の臭いがする。はっきり言って逃げたい。

 ちらりと横を見ると、リズの姿が見えた。リズは周囲を取り巻く冒険者達に混じってボクを見ていた。ボクと目が合うと「がんばって!」という風に笑顔でガッツポーズを送ってくる。


「リズの馬鹿ーー!」


ボクは、暢気に振舞う彼女げんきょうに向かって思わず叫ぶ。


   ◆


 ……事の始まりはこうだ。

 トーファ様の屋敷を出た後。ボクとリズは街で軽く食事を摂り、その足でこの冒険者ギルドにやってきた。冒険者が集まる場所なだけあって、建物の中は筋骨隆々とした荒くれ者達で賑わっていた。八割程が剣を携えた戦士系の人々。残りは純粋な魔術師や探索者といった風貌の人達だが、誰もが鋭い目をしており、弱弱しい感じは無い。

 そんな中にあって、ボクという存在はかなり目立っていた。そもそも女性の冒険者というだけでも少数派なのに、加えて、子供に間違われかねない小柄な体躯。実際として過去に、依頼を受けに来たボクを見て、「ここは子供が来る場所じゃない」と、嫌味か、もしくは真面目に心配した様子で言われた事も何度もある。そんな事もあってここは、ボクとしてはあまり近づきたく無い場所だった。普段どうしても行かなくてはならない時などは、代わりにリズやトーファ様に行ってもらう事が多い。しかし、今回に限ってはそうも言っていられなかった。トーファ様はそもそも居ないし、リズはボクのためにわざわざ資金調達に付き合ってくれているのだ。流石にそれを人任せには出来ない。

 ボクは小さな体をさらに縮こまらせて、目立たないように、目立たないように、リズの後ろに隠れながら、ギルドの建物の中に足を踏み入れたのだった。

 まあ、結果から言わせて貰えば。そんなボクの涙ぐましい努力は全くの無駄だったのだけれども。


 建物に入った瞬間、冒険者達の視線がボク達に集まったのが分かった。いや、ボク達というよりリズに集まった。彼女が珍しい女性冒険者だから……というだけではない。彼女は元々、冒険者の間で超が付く有名人だ。王都の剣術大会で二年連続の優勝。それだけでも剣士や戦士の間では憧れの対象なのに、それがさらに可憐な少女となれば話題になるのは必然だ。それに加え、先日のドラゴン退治の件もある。リズがドラゴンに止めを刺したという噂もそろそろ広がってきている頃だろう。

 そんな憧れ半分、好奇心半分の視線を受けながら、ボク達は依頼が張り出された掲示板の前に立った。王都の冒険者ギルドともなると依頼の数も多い。端から端まで見て回ればゆうに数時間はかかろうが、幸いにして依頼の紙は難易度や種類別に張り出されている。リズは迷う事なく難易度高めの依頼が張ってある箇所へ向かう。


「えーと、目ぼしい依頼は……。報酬が高いものの方が良いですよね?あ、でも、今お金に困っているなら手短に済む依頼の方がいいのでしょうか?」


リズがそんな事を言いながら、掲示板の内容に目を通し始めた時である。


「おう、リズ。聞いたぜ。」


後ろから突然、赤髪の大男がリズの肩に手を置いた。


「……ラスティですか。」


知り合いなのだろう。リズは彼にわずかに視線を向けると、ため息交じりで言った。


「単騎でドラゴン倒したんだって?さすが天才剣士様。」


ラスティと呼ばれた男性は、そう言いながら馴れ馴れしくリズに肩を組む。


「ちょっと、離れて。……私一人で倒したのではありません。トーファとリヒトの力を借りての事です。」

「あー、あの死霊魔術師のお嬢さんね。でもドラゴン相手じゃ魔術なんてほとんど効かないだろ。やっぱりアンタが一番の立役者なんだろ?」

「トーファはそういうレベルの魔術師ではありませんが……。」


リズは呆れたように言う。


「ま、それはどうでもいいや。おほん、……ドラゴン退治、誠にご苦労であった。森を越え、洞窟に潜り、ドラゴンと死闘を繰り広げ、それはさぞ大変なお仕事だったでしょう。しかし、大変なお仕事には多くの対価が支払われるものです。……つーわけで何か奢ってくれ。報奨金、もうもらったんだろ?」


芝居がかった彼の台詞に、リズはため息を返した。


「はぁ……。何かと思えばタカりに来たんですか……。貴方、今私が何を見ているのか分かっていますか?」


リズは目の前にある依頼が張り出された掲示板を指差して言う。


「あん?何って依頼の掲示板……。ん?そう言や何でそんなもん見てんだ?ドラゴン退治の報酬があるならしばらくは遊んで暮らせるだろ?」

「そのはずだったんですがね……。トーファの借金返済で、報奨金は殆どが消えてしまいまして。残念ながら、懐はすっからかんです。」


リズは小銭袋を取り出すと、それを小さく振った。中で数枚の硬貨がチャリチャリと音を鳴らす。だが、それはどう見てもドラゴン討伐の報酬に見合う量ではない。


「はああああああ!?借金で消えたって……いったいどんだけ借金してたんだあのお嬢さん!」

「だから、しばらくは遊んで暮らせるだけの金額を借金していたんですよ。トーファは。」


流石にあんまりだと思ったのだろう。リズの言葉を聞いてラスティさんもゲンナリとした顔になった。


「それは……まあ、ご愁傷様なこって。それで新しく金を稼ごうとしてんのね。」

「そういう事です。」


無駄口はこれで終わり、という風に、リズは再び掲示板に目を向ける。


「おっ!そうだ!それならちょうどいい!」


と、ラスティさんがいかにも「ひらめいた!」という風に声を上げた。


「リズ、どうだ?俺達のパーティーに加わらないか?急ぎで金が必要なら複数人でパッと行って、ちゃっちゃと依頼達成して帰って来れた方が良いだろ?」


 そう言ってラスティさんは背後を指差す。そこには十人弱の冒険者達がテーブルに集まって談笑していた。彼らがラスティさん達のパーティーメンバーなのだろう。一つのパーティーとしては人数が多い。メンバーの年齢は比較的若い人で纏まっているようだが、戦士の他に探索者や魔術師風の人たちも居て、バランスは良さそうだ。パーティーとしては中堅か、錬度によってはそれ以上だろう。

 ちなみに、基本的にパーティーは人数が多いほうが良い。素人の内は報酬の分け前が減ると言って大人数での行動を嫌う者も居るそうだが、大人数の方が戦闘はもちろんその他の雑用の負担は分散できるし、その分少人数では達成不可能な高報酬のクエストも受ける事が出来る。結果として、一人の分け前も多く、依頼達成までの期間も短くなる傾向にある。本来であれば、大人数パーティーに誘われて断る理由は無い。……ただしそれは、誘われた本人とパーティー全体のレベルがほぼ同じである場合は、である。


「……いえ、お断りします。既に先約がありますので。」


 この類の勧誘は慣れているのだろう。リズは素気無く彼の誘いを断った。……まあ、そうなるだろうとは思っていた。リズと彼のパーティーではレベルに差がありすぎる。いくらバランスが良く、人数が多い優秀なパーティーと言っても、それはあくまで一般的な冒険者の中での話。恐らく彼らだけではドラゴンにまともに抵抗する事すら出来ないレベルだ。はっきり言って、リズにとって彼らは足手まといにしかならない。……いやまあ、足手まといはボクもなんだけど。


「ええ~~!何でだよぉ……。何だ?今回もあの死霊術師のお嬢さんと組むのか?」

「貴方も毎回毎回懲りませんね……。いえ、今回はトーファとは組みませんが……。」


どうやら、リズは過去に何度も誘われていたらしい。ラスティさんの提案を軽くあしらっている。


「じゃあ先約って誰よ。あのお嬢さんの他で、俺らより良い冒険者がそうそう居るとは思えないんだが。」


 一応、リズやトーファ様が相当に強い事は知っているらしい。というか、自分より実力が上と知っているのにこの態度。もともとそういうのを気にしない性格なのか、それとも単なる身の程知らずなのか。


「今回の私のパートナーは……彼女です。」


リズはそう言うと、後ろに隠れていたボクの肩をつかんで、ラスティさんの前にグイっと突き出した。


「へ?」

「あん?」


突然の事に固まるボクを、ラスティさんが訝しげな顔で覗き込む。


「……誰だお前。」

「っ……!り、リヒト・アインヘルンです!リズのぱ、パーティーメンバーですっ!」


 突然人前に押し出されて、カ~ッっと顔が赤くなるのが自分でも分かった。焦りすぎて自己紹介が兵隊さんの受け答えみたいになってしまう。そんなボクをラスティさんは、頭のてっぺんからつま先までジロジロと見てくる。そして、ため息交じりで言った。


「おい、リズ……。お前本気でこんなちっこいのとパーティー組むのか……?」

「ちっ、ちっこいとは失礼な……!」


気にしている所を突かれ、ボクは思わず声を荒げる。


「いや、どう見てもチビだろ……。お前、探索者だろ?駆け出しか?このリズって女がどんだけ強いか分かっててパーティー組んでるのか?お前なんかじゃ足手まといだぞ?つーかドラゴン退治に連れて行かれるぞ?死ぬぞ?」

「……!」


 もう既に死にそうになったとか、そもそも駆け出しの冒険者じゃないとかいろいろと突っ込みたい部分はあったが、足手纏いと言われ、思わず言葉に詰まる。


「ラスティ。私のパーティーメンバーを馬鹿にするのはやめてください。」


 そんなボクを見かねてか、リズが間に入って来た。


「……それに、リズは駆け出しの冒険者ではありません。知らなかったのですか?彼女はもう一年以上私とパーティーを組み続けているのですよ?もちろん、足手纏いなどではありません。」

「リズ……。」


 足手纏いでは無い、とはっきりと言ってくれた事に嬉しくなる。


「は?マジか……。一年以上……?でも、今まで名前も聞いた事ねーぞ?」


 それはそうだろう。なにせ名前に上がるのはトーファ様やリズばかり。おまけにボクがリズ達と冒険者ギルドに顔を出したのなんて、まだ数える程の回数しかない。


「……まあいいか。なら、このお嬢ちゃんも一緒でいいからよ。俺達のパーティに入ってくれよ。な?」

「断ると言ったはすです。リヒトは探索者としても、戦力としても優秀です。貴方達のパーティーに頼る必要はありません。」


執拗に誘ってくるラスティさんだが、リズは取り付く島も無い。……と言うか、なんか、リズ、怒ってる。リズの言葉を要約すれば「お前らの方が足手纏いなんだよバーカ!」という事だ。普段はそんな感情的な事は言わない性格なのだけれど……。


「はあ?そのお嬢ちゃんがどれだけ優秀かは知らねえがよ。俺らのパーティーメンバーだって、そこらの冒険者よりはよっぽど役に立つはずだぜ。」

「例えそうだとしても、リヒトには及ばないと言っているのです。旅路におけるサポートても、戦いにおいても、彼女は貴方のパーティの総力を上回る。」

「ちょ、ちょっとリズ……!」


 あまりにボクを持ち上げすぎ、そしてラスティさんのパーティーを落としすぎだ。

さすがにラスティさんも少しカチンと来た様子だった。なんだか話がおかしな方向に向かって行くのに気づいて、僕はリズを制止した。


「はあ……この嬢ちゃんが……?」


 だが、それも後の祭り。案の定、ラスティさんは不機嫌そうな様子でボクを覗き込んできた。


「い、いいい、いえ!そんな事ありませんから!リズ!ちょっと大げさに言いすぎだって!」


 ボクはラスティさんから引き離すようにリズを押しやりながら言った。


「いえ、リヒト。貴女はもっと自信を持つべきです。貴女程の実力がありながら、私達の後ろに隠れてしまうのはもったいない。」


 リズは逃げようとするボクを再びラスティさんの前に押し返す。当然ながら力ではかなわない。ボクは、あうあう、と泣きそうになりながら押し戻される。


「……そうですね、良い機会です。ラスティ。もし貴方がリヒトと戦って勝てたら、貴方のパーティーに入ってもいいですよ。」

「ちょっ!何言ってるのリズーー!?」


 とんでもない事を言い出したリズに、思わず涙目になるボク。当然ラスティさんにその申し出を断る理由は無い。彼はニヤリ、と笑い、


「ほーう……。そこまで言うか。いいぜ、やろうじゃねえか。」


 完全に獲物を狩る獣の目で、ボクを見下ろしたのだった。


   ◆


 本当に、どうしてこうなった……。回想を終え、手元の模擬剣を見つめながらポツリとつぶやく。


「さて、お嬢ちゃん。ルールはどうする?」


 ラスティさんのその言葉で、ボクは我に返った。意識から逸れていた観衆の野次が、再び耳に戻ってくる。そうだ。ボクは今、模擬試合場に立っているのだった。


「へ?ルール?」

「おいおい……。お前、本当に一年以上冒険者やってたのか?決闘のルールだよ。魔術はアリなのか?道具は使うか?」

「あ、なるほど……。」


 冒険者ギルド、ひいては他の冒険者との関わりを避けていたボクは、当然決闘などした事は無い。少し考えればそういったルール設定がある事も分かりそうなものだが、それすら知らない事に恥ずかしくなる。


「えっと……道具も、魔術も、何でもアリ……でも良いですか?」

 

 ボクは恐る恐る提案する。


「あ~……どう見ても真っ当に剣を振るタイプじゃないもんな、お前。いいぜ。じゃあ、何でもアリで。……ただし、毒とか本物の刃物は禁止だからな?」

「そっ、それくらい分かってますぅ!」


 それくらいは常識として分かる。失礼な!と怒るボクを見て、ラスティさんは肩を竦めて笑う。「このお子様は本当に大丈夫なのか?」と馬鹿にしている目だ。


「まあ、俺はコイツしか使わないけどな。」

 

 そう言って、ラスティさんは木剣を構えた。

この試合場に置いてある模擬剣の中では一番大きなものだ。下手をすればボクの身長くらいあるのでは無いかという代物。模擬剣は軽めの木材で出来ているので真剣よりははるかに軽い。が、そうだとしてもこの大きさならばそれなりの重量を伴う。一方ボクの手にしている模擬剣は、ナイフや短剣に分類される小さなもの。軽くて取り回しがし易いがリーチも威力も圧倒的に負けている。でも――。


「じゃ、始めるか。」


 ラスティさんの言葉に、ボクもあたふたと模擬剣を構えた。剣を持つ左手を前に、右手は胸の前に。逃げ出したい気持ちが大きいが、そうも言っていられない。半身になってラスティさんと相対する。

 模擬戦自体は普段からリズとやっている。でも、逆にリズ以外との模擬戦は久しぶりだ。緊張で少し手に汗をかいているのが分かる。ラスティさんは、ほぼ間違いなく戦士系だろう。剣の大きさから言って力技を得意とするように見えるが……まずは相手の様子見が必用だ。


「おい。リズ。合図頼むわ。」


 ラスティさんが、近くに居たリズにそう伝える。


「わかりました。それではお互い、礼節を持って決闘に臨むように。」


 ボクは剣を握り締める。


「――始め!」


 リズが始まりの合図を告げた。


「――。」

「……。」

 

 初手はお互い大きな動きはしなかった。ボクはジリジリと相手との間合いを詰めていく。対して、ラスティさんは剣を構えたまま不動だった。彼もボクとの間合いを測っているのか……いや。あれは「待っててやるから打って来い」という顔だ。どこまでも余裕な態度だ。良いだろう。誘いにのってあげようではないか。


「ふっ!」


 ボクは一足動でラスティさんの懐に真正面から飛び込んだ。ラスティさんの顔色が変わる。ボクの速さに驚いてくれたらしい。ボクは勢いそのままに、首元、心臓、鳩尾、最速で連撃を走らせる。


「ちっ……!」


 ガカカン!と、木の剣同士がぶつかる音がした。驚いた事に、ラスティさんはその手に持っていた大剣でボクの連撃を防ぎきっていた。重鈍な武器に反して鋭い剣捌きだ。流石にリズの挑発に乗るだけの事はある。


「オラァ!」


 彼は一転、剣を翻すと上段からそれを振り下ろした。ボクはそれを短剣で受け止める。


「っ……!」


 ゴン!と衝撃が走る。受け止めきれない事を悟り、反射的に剣を受け流す。それもつかの間、返す刀で下段からの切り上げ。ボクは後ろに跳ぶ事でギリギリそれをかわすと、彼との間合いをやや大げさに取った。


「……。」


 一つ深呼吸をして息を整える。見た目に違わず彼の剣は重い。恐らく本気で剣を振りぬかれたら、手に持つ短剣ごともっていかれる。今の攻防でボクが彼の剣を受けられたのは、彼の油断故だろう。

 彼の様子を伺えば、彼は再び剣を構え直していた。その顔に先ほどのような油断は無くなっていた。恐らくボクの踏み込みの速さを警戒に値すると評価してくれたのだ。それは嬉しくもあり、少し困った事態でもある。彼に油断が無くなった以上、次に真正面から打ち合えばボクが不利になる事は明らかだ。ならば――。

 腰に下げた道具入れに手を伸ばす。中を探ると、細いワイヤーの感触が指先を撫でた。


「ふぅーー……。よし!」


 深呼吸を一つ。直後、ボクは地面を蹴った。先ほどと同じ真正面からの突進。今回は間合いが開いているため彼の懐に入るには三足が必要となる。

 一歩、二歩、三――歩目に入る間際、ラスティさんはボクの突進を止めるべく、剣を横に薙いだ。だが、それは予想の範囲内。ボクはやや体勢を崩しながらも、地面すれすれに体を沈めてそれをかわす。自分の間合いに入るには、まだ半歩足りない。でも、足りないのならば、だけのこと。

 ボクは道具入れからワイヤーを引き出すと、その一端を剣の柄に引っ掛け、


「シッ!」


そのままラスティさんに向けて剣を投擲した。


「うおっ!」


 剣の投擲が意外だったのだろう。ラスティさんは泡を食ってそれを回避する。


「てめっ!獲物を投げ捨てるたあどういう、っ……!」

 

 ラスティさんは、何かしらボクを罵倒しようと、投擲された短剣から正面に視線を戻し――動きを止めた。視線の先に既にボクが居ない事に気づき、彼は慌てて振り返ろうとする。

 だが、遅い。ボクは既に彼の背後、その足元に滑り込んでいた。


「やっ!」


 足払い。不意を突かれたラスティさんは容易くバランスを崩す。


「しまっ……!」


 そして体勢を立て直す前、ナイフの投擲と共に漂っていたワイヤーを手繰り寄せ彼の上体にひっかける。そのまま、彼の体を引き倒した。


「ぐっ……!」


そのまま彼の背後に回りこみつつ、再度ワイヤーを引いて、ボクは模擬剣を手の中に戻す。そして、それを彼の首筋に押し当てた。


「――……。」


 ラスティさんは、尻餅をついた体制のまま固まっている。観衆の野次やら歓声やらは、一転してどよめきに変わっている。それほどボクが勝つ事が意外だったのか。


「チッ。マジかよ……。」


 無言で固まっていたラスティさんが、小さな声で呟いた。そして体に絡まっていたワイヤーを退かして立ち上がる。


「くっそー……。マジで負けるとは……。」


 そんな事を言いながらひとしきり頭を抱える。そしてボクに向き直ると、言った。


「いや。参った。馬鹿にして悪かった。俺の負けだ。」


 その言葉を聞いて、ボクはほっと胸を撫で下ろす。思ったよりも根に持たないタイプのようだ。


「いえ、剣だけだったら負けてましたから。」


 ボクはそう言って困ったように笑った。


「悪い。もう一回名前聞いていいか?」

「リヒト……リヒト・アインヘルンです。」

「そうか。俺はラステウス・リテンバッカーだ。皆からはラスティって呼ばれてる。よろしくな。」


 そう言って、ラスティさんは手を差し出してきた。ボクはその手を恐る恐る握り返して言った。


「よろしく……です。」

 

 性格はアレだが、どうやら悪い人ではないらしい。冒険者の知り合いは殆ど居ないが、この人なら、そう怖がる事も無いような気がした。そんなこんなで、ボクがほっこりしていると、


「おい!次は俺だ!」

「いや!俺に戦わせろ!」


 と、俄かに観衆が騒がしくなった。ガヤガヤと周囲の冒険者達が何か言い争っている。


「えっ?えっ?」


 何事かとオロオロするボクを見ながら、ラスティさんは「あちゃー」という顔で言った。


「あー……、奴ら、お前と戦いたがってるんだよ。負けといてなんだが、俺もそれなりに名の知れた剣士だからな。それを倒した新人ルーキーが現れたってんなら、戦ってみたいのが戦士のさがだ。」

「えええぇぇぇ……。」

「ま、諦めるんだな。挑戦を受けるのは勝者の義務だ。テキトーに何人か相手してやれよ。」

「そんなぁ!」


 ラスティさんはひらひらと手を振ると、早々に試合場を後にする。そしてそのままリズと何かを話し始めた。リズは何故か自慢げな表情をしている。


「おい!嬢ちゃん!次は俺の番だよなぁ!」


 と、突然の大きな声に振り返る。見れば、ラスティさんと同じような剣士風の大男が立っていた。どうやらボクと模擬戦をしたいらしいが……。

 助けを求めるようにリズを見ると、彼女もボクの視線に気づいてこちらを向いた。


「リズ~!助けてえ~!」

「リヒト!貴方なら大丈夫!さっきの調子で頑張ってください!」


 そしてバッサリ切り捨てられた。もう完全に子供を応援する親の顔だった。助ける気は皆無だった。


「そ、そんな……。」


 ボクはリズのあまりに天然な裏切りに、呆然と立ち尽くしかなかった。


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