第2話 ドラゴン退治の報酬
……それが、一ヶ月程前の話だ。
「で、何で報酬がこれっぽっちなんですか……?」
ボクは目の前に散らばった銀貨を指差しながら、冗談ですよね?とトーファ様に視線を投げる。
机を挟んで対面に座った彼女は、その視線から逃れるようにヒューヒューと吹けもしない口笛を吹こうとしながら、目を逸らした。
あのドラゴン討伐後、街へと帰り、ドラゴン討伐の報告などに二週間。さらに色々な事後処理で二週間。そうしてようやく今日になって、ボクはトーファ様の屋敷を訪れていた。
屋敷と言っても、建物自体はそれ程大きなものではない。裕福な三世代の家族が住む程度の――しかし『庶民の家』と言うには少々豪奢な、そんな中途半端な大きさのものだ。
ボクとリズ、そしてトーファ様の三人はここを拠点として冒険者活動を行っていた。ボクを含めて女性三人だけの小さなパーティーだ。それにボクとリズはそれぞれ別に自宅を持っている。大きな家を買ってメンバー全員の住居にするようなパーティーもあるようだが、ボク達にはそれほど大きな建物は必要ない。
さて、こうしてトーファ様の屋敷にやってきたのは、先のドラゴン討伐の報酬を貰うためだった。
ドラゴン程の大物となれば、事実確認や戦利品の回収にかなりの時間が取られる。今日は待ちに待った報酬の山分けという事でルンルン気分でやってきたのだが――。
「トーファ様?これは何の冗談ですか?ドラゴン退治ですよ?ボク、死に掛けたんですよ?その対価がたったの銀貨数枚……?」
ボクはトーファ様を咎めるように覗き込む。
ボクの冷え切った視線を受けても、トーファ様は何処吹く風、といった風だ。自分の金髪をくるくると弄びながら、あさっての方向を向いて口笛の練習を続けている。その赤いドレスのせいでお嬢様然とした雰囲気ではあるが、態度自体は街で出くわす詐欺師そのものだ。
「いやー、今までの借金返したら殆ど無くなっちゃってねー。」
「借金とかいつの間にしてたんですかあああああああああああ!」
のほほん、としたトーファ様の様子に思わず声を荒げる。ボクが両手を思いっきり机に叩きつけると、報酬として渡されたばかりの数枚の銀貨が音を立てて飛び跳ねた。
なにせドラゴン討伐である。そこらの森で狼退治をするのとはわけが違う。本来は十人以上のパーティーを組んで、組織的に当たるレベルの仕事だ。そして大人数で挑んでなお成功は約束出来ず、もし成功した暁には庶民が数年遊んで暮らせるレベルの報酬が各人に支払われる。
それを、三人だ。ボクたちはたった三人のパーティーで完遂した。
本来であれば どこか気候の良い地域にでも行って豪遊するとか、街に店を構えて第二の人生を始めるとか、そういった事が許されるだけの報酬がもらえるはずである。例えまだ報酬が確定していなかったとしても、ボクが故郷への手土産とか挙句の果てには将来設計とか考えてしまったのも仕方の無い事だろう。
そして、今日。パーティーのリーダーであるトーファ様から、ドラゴン討伐の報酬が確定したとの連絡が入り、ボクがニヤニヤと気持ちの悪い笑みを浮かべながらスキップで屋敷までやってきたとしても、それを嗤う事は誰にも出来ないはずだ。
……しかし、だ。
ボクは机に散らばった銀貨に目を向ける。
今しがたトーファ様から渡された金額は、数年どころか数日遊べば消えてしまう程度のお金だった。
「どうしてこうなった……。」
ボクは頭を抱える。
その豪奢な風貌からは想像し難いが、トーファ様はお金の管理に杜撰なところがあった。確かにそういったところがあるのだが……それにしてもこれはあんまりである。おかげでボクの故郷の皆へのお土産と将来設計はもろもろ全部ご破算だ。
いやそれどころか、今回のドラゴン討伐の準備で使ったお金を差し引いてしまうと、今月の家賃とか食費とか、そういった世知辛いものも考えなくてはいけなくなるだろう。
「まーまー落ち着いて。別に生活に困るってわけじゃないんだからいいじゃない。」
「生活に困りそうだから怒ってるんですううううううう!」
全く反省の色を見せないトーファ様の態度に、ボクは涙目になって抗議する。
「えー。そんな事言ったって無いものは無いし……。そうだ!そう言えば、ギルドから新しい高難易度の依頼が来てたんだった。それを受ければ――」
「お断りします!」
怪しい流れになりそうだった所を、大声で断ち切る。
『高難易度』、しかもトーファ様の下へと届く依頼となれば、先のドラゴン討伐に比肩する内容に違いない。今まで何度、報酬に目がくらんで命を失いかけたことか。
「どーせ依頼を受けたって、報奨金はまた借金に消えるんでしょ!もういいです!ボクはボクで稼ぎますから!」
ボクはそう叫ぶと椅子から立ち上がった。
「今日はもう失礼します!」
そう言って、踵を返し部屋から出――る前に、もう一度回れ右。机の上に散らばっていた銀貨をかき集めると、今度こそ部屋から出た。
後ろ手に、バンッ!と扉を閉める。
部屋を出る間際にトーファ様を見ると、とてもションボリした顔をしていたが……知ったことではない。
「ふう……。」
ボクはどんよりとため息をつくと、屋敷の廊下をとぼとぼと歩き出した。
財布の軽さに反比例して、足取りは重い。
「明日からどうしよう……。」
そんな言葉が自然と口をつく。つい勢いで飛び出してしまったが、ボクの実力では、一人で受けられる難易度の依頼は限られている。つまり、言い換えればボク一人で稼げるお金はそれほど多くない。生活に困るほどでは無いが、今回の様に大金を期待する事は出来ない。
ボクの実力はトーファ様やリズから数段劣る。トーファ様はこの国随一の死霊魔術師として知られる大魔導師。王宮からも時々召集がかかって、国を挙げての大規模な仕事などにも参加する事がある。少し魔術を齧ったことがある人間ならば、誰もがその名を知るであろう偉人だ。……ああ見えても。
そしてリズは去年、今年と、国の剣術大会で優勝を果たした天才剣士である。『魔術を斬る』という唯一無二の剣術を体得している人物として、トーファ様程では無いにしろ、こちらも国中で名を知られている。
一方でボクと言えば、故郷の田舎でちょっと成績優秀だっただけの凡人である。実力もしかり、ボクに対する人々の認識自体も、「ああ、そう言えばあの有名人二人にいつもくっついている、ちっこい女の子が居るなぁ」程度のものだろう。
そもそもボクがこの二人とパーティーを組んでいる事自体、身の程知らずもいいところなのだ。もともと、ボクはこのパーティーメンバーにも半ば雑用要員として入れてもらっているだけだ。一応報酬は三人等率に分ける決まりになっているが、本来であれば報奨金の多少に文句を言えるような立場ではない。
「それは、分かってるんだけどさぁ……。」
独り、ため息をつく。
分かってはいても、命を懸けた結果の報酬だ。納得できないものは納得できないのだった。
「ん?」
ふと、窓越しに外を見ると、誰かが屋敷へ入ってくるのが見えた。よく知った顔だ。明るい金色の髪に白いリボンが揺れている。今日は彼女も休日のつもりだろう。常用している白いコートではなく、カーキ色のショートパンツに厚手の白シャツというラフな格好だった。ボクは廊下の窓を少し開けると、彼女の名前を呼んだ。
「リズ!」
リズはボクの存在に気づくと小さく手を振ってくれた。ボクは窓を閉めて、小走りに玄関まで彼女を迎えに行く。
「リヒト。貴女もトーファに呼ばれたのですね。」
リズは靴に付いた埃を落としながら、迎えに来たボクに微笑みかけた。
「リズ~!聞いてよ~!それがね……」
ボクは早々にリズに縋り付くと、事の顛末を彼女に説明する。
「それは……。」
ボクの説明を聞いて、リズは絶句と共に頭を抱えた。
それはそうだ。金貨の山を期待して来てみたら、実際は銀貨数枚だったのである。頭痛の一つもするというものだ。
「ボクこれからどうしたらいいの……。今回の報酬を当てにして手持ちのお金はほぼ使い切っちゃったし……。今月の家賃すら危ういよ~。」
「それはそれで切羽詰り過ぎな気がしますが……。しかし、困りましたね。私も剣の手入れに纏まったお金が必要ですし……。なんとかならないかトーファに交渉してみましょう。」
「なんとかなるなら、なんとかなってると思うけど……。」
「いや……まあ、ええ……。し、しかし、トーファもまったく蓄えが無い訳では無いでしょう。今回の件は明らかに彼女の過失です。多少は融通してくれるよう頼んでみましょう。」
そう言って、リズはトーファ様の居る部屋へと向かう。ボクは先ほど喧嘩別れした事もあり、部屋の外で留守番だ。
しかし、言われてみれば、トーファ様だってこの屋敷を維持するくらいのお金は持っているはずである。屋敷を売れとは言わないが、リズの言うとおり彼女の過失を咎めればいくらかのお金は融通してくれるかもしれない。
と言うかするべきだ。
うんうん、と独り頷く。
ただ、トーファ様も相手からの叱責をのらりくらりとかわす性格である。リズも説得にはてこずるだろう――。
と、そんな事を考えながら数分。
意外にも、リズはすぐに戻って来た。
「リズ、どう――」
どうだった?と聞こうとして、ボクは止めた。
聞くまでも無く、リズの顔を見れば結果は明らかだったからだ。リズは死んだ目で薄笑いを浮かべていた――完全に、諦めた顔だった。
「リヒト。すみません。駄目でした……。」
リズはハハハ、と力なく笑う。
「……うん。そうだよね。トーファ様だもんね。ごめん、ちょっと期待したボクも馬鹿だったんだ……。」
「お金を融通してくれるどころか、逆に借金をお願いされてしまいました……。まさか、当面の生活費どころか、明日の食べ物にも困っているとは……。」
リズが言うには、ボク達が報酬として受け取った銀貨すらなけなしのお金だったらしい。あんまりにもあんまりな状態である。このお屋敷の維持とかどうしてるんだろうか。明日には競売にかけられちゃったりするのではないか。
「リズ……。ボク、このパーティーの将来が不安で仕方ないんだけど……。」
「ええ……私も同じ気持ちです。」
二人、廊下で頭をかかえる。
手の中には先ほど手に入れた数枚の銀貨。見れば、リズの手にも同じように銀貨が握られていた。お互い、顔を見合わせる。
「……とりあえず、昼食でも食べに行きましょうか。ついでにギルドに寄って、臨時の仕事でも請けてきましょう。トーファは放っておいて。」
「うん……。トーファ様は放っておいて、そうしよう。」
リズの提案にボクは力なく頷く。
まあ、リズが居れば百人力だ。ある程度難易度が高い仕事も二人でなら受けられるだろう。得た報酬が借金に消えるような珍事にもならないだろうし……。
そんな感じで自分を慰めながら、ボクとリズはとぼとぼと屋敷を後にしたのだった。
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