フェンス


ショータは小学六年生。

運動神経は抜群。

運動会のリレーではいつもアンカーを任される。

成績もよかった。

クラスで上位の方だ。

進学塾に通っているお陰だ。


学校が終わるといつも速攻で塾へ向かった。

裏門を抜けて草の生い茂る空き地を通り、運送会社の駐車場へ出る。

後は表通りへ出て道沿いにゆけば塾だ。


ショータはつい最近この裏道を見つけた。

このルートが一番の近道、ショートカットコースだった。

自分だけのお気に入りコース。

一番のお気に入りは雑草地帯から駐車場へ行く際に立ち塞がる、1.5メートルくら

いのフェンス。

あれをガシガシかけ上り飛び越える自分の姿にショータは快感を感じていた。

今のオレ、アクションスターみたいだぜ。



不思議なことが一つある。

初めは目にもくれなかったがフェンスの側にいつも女がいた。

いつも同じ場所でフェンスに手をかけたまま動かない。

膝上まで伸びた雑草地帯から駐車場の方を眺めていた。

雑草地帯から向かってくるショータには女の後ろ姿しか見えないが、フェンスを

飛び越した後にいつも女の視線を感じていた。

振り返って顔を見てやろうかなと思ったが気持ち悪いのでやめといた。



そんなある日。

ショータはいつもの様に裏道から塾に向かっていた。

先生からのメールで今日は用事で遅れるから授業は一時間ほど遅くからになりま

すとのコトだった。

走る必要はないか。

ショータは自分の半ズボンの裾まで伸びている雑草をかきわけてフェンスまで歩

いて向かった。


いつもの様に女がいた。

改めてみると意外と背が高い。

ショータは気になりながらもフェンスをよじ登った。

その時視線を感じた。

ショータはフェンスのてっぺんで足を止め、隣を見やった。

女と目があった。

綺麗な顔をしていた。

が。

なぜか口を大きく開けて笑っていた。

声は発さないが、口を半月状に開いたままショータを見ていた。

はっきり言って不気味だった。

ショータは直ぐさま飛び降りた。

ショータがその場を離れようとした時。


がしゃん


音がしたので振り返った。


先程の女が掴んでいるフェンスを揺らした。

先程の表情のまま。


がしゃんがしゃん


ショータを見ながら。


がしゃんがしゃん


何かを訴えていた。

ショータはしばし茫然としていた。


「どうか…しました?」

そして恐る恐る尋ねてみた。

女は口を大きく開けたまま何も答えない。


「もしかして…話せない、の?」


その表情のまま首を縦に振った。


がしゃん


「もしかして…登りたい、とか?」


女が首を縦に何度も振った。目を血走らせ口を大きく開けたまま。


ショータはいつも女の後ろ姿を見て思っていた。

この人は向こう側に行きたいんじゃないかと。


「来ればいいじゃん。」

ショータはそう言ってしまった。


女はさらに口を歪ませた。恐らく笑っているのだろう。


がしゃん

がしゃんがしゃん


「登れないの?」


がしゃんがしゃんがしゃんがしゃん


「腕の力だけじゃ無理だってば」


がしゃんがしゃんがしゃん


「まず手首に力を入れて上半身を持ち上げる。

それから足をかけてかけ上る。」


女がさらにニィ~と笑い、ショータの指導に従った。


がしゃんがしゃんがしゃんがしゃんがしゃんがしゃんがしゃんがしゃん


「なんでできないの。

そこでちゃんと足を」


と、そこでショータは固まった。

自分の顔が青くなっているのが解る。


女が上半身を上げたので見えた。


今まで雑草で隠れていた。

女は膝から先がなかった。


がしゃんがしゃんがしゃんがしゃんがしゃんがしゃん


膝の先端が虚しくフェンスにあたる音だけが響いていた。


ショータは逃げる様にその場を去った。




あれ以降ショータはあの道を通らなくなった。

しかしたまにフェンスを見かけたら飛び越えたい衝動にかられる。

しかしやめておいた。

あれからいつもなのだ。


フェンスに背を向けると聞こえるのだ。


振り返っても誰もいないのだが。


背中越しには聞こえてくる。


がしゃんがしゃんがしゃんがしゃん


女がフェンスを登ってこようとする音が。



終…

(この物語はフィクションでしょう、恐らく…)

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