交差点
「突然のコトでびっくりだよ…」
二十歳くらいだろうか。
後部座席には女子大生らしき風体のコが二人座っている。
外はシトシト雨が降り続き、窓ガラスは少し曇っていた。
時刻は夜中の2時半。
赤信号で停まった際に運賃メーターが回った。
「アキコが死ぬなんて」
先程から話しているのは精悍な顔つきなショートカットの女の子。
「仕方ないよあんな事故じゃあさ」
こちとら華奢な、髪を二つ結びしたなんとも幼児体質な女の子が答えた。
「もうグチャグチャ。押し潰されてひどいのなんの」
友人の葬式…いや通夜の帰りなのだろうか。
郊外から走ってきていて、メーターは4000を上回っていた。
かれこれ1時間は走っている。
「アキコはあの時もこの道を走ってたんだっけね」
「そうだったっけね」
「恋人と肝試しに行くって言ってたじゃない」
「ホント、ガキよね」
「あの男も男だけどアキコもよ」
「あのいわくつきの交差点まで…」
江原南交差点。
この町の誰もが知っている事故が絶えない魔の交差点のことだろう。
スクランブル交差点で日本の中では歴史に古い。
見通しは良いし道路標識も見えやすく配置してあるが、何故か交通死亡者の数は年々増加する一方。
交通自治体も何を改善すべきか解らない。
もはや運転手に最善の安全運転をただただ望むだけである。
「アキコってビビリのくせに怖いもの見たがりなんだから」
「それは誰にだってあるんじゃない?"出る"ってなるとそりゃあ…」
「でも実際、アキコたちが事故ったの、タクシー相手だったし。」
ショートカット、妙に渋い声を出した。
「真夜中の江原町行きのタクシー…」
二十歳の幼女も渋い声を出した。
「乗ってるっていうね。"これ"が」
ショートはそう言って両手をだらんと前に突き出した。
「噂ではさ…
タクシーで交差点に入った時にね、話しかけてくるんだって。
そのタクシーに乗ってる幽霊がね…。
それに応えてしまったが最後…」
「もぅ…。 …!」
そう言った瞬間二人は黙りこくった。
妙な静けさが車内を包む。
二人はそんな話で勝手に盛り上がり、運転手の私に対して失礼かと思い黙りこくったのか。
それとも本気で私をそんな与太話の人物だと…?
私は気にしない。動じもしない。
私はただ客が望む、しかるべき場所へ送り届けるだけ。
私は運転手。
さて、そろそろ目的地が近付いてきた。
フロントガラスの外側をワイパーが撫で付けた時、目の前に交差点が広がった。
赤信号で停車する。
タイヤが雨を吸い込みながら地面にへばりついたような感触だった。
「…お客さん、もう江原南ですが」
シートベルトに後部座席からビクッとした感触が伝わる。
「え、ーあ」
ショートが何故か次の言葉を自制するかのごとく口をつぐんだ。
先程の怪談の掟が頭によぎったのだろうか。
この場所で。
このタイミングで。
声をかけられたら。
タクシーに乗る、人ではない何者かに。
そう感じたのだろうか。
構わず私は続けた。
タクシーをそろそろと交差点へ踏み入れて
「真っ直ぐかい?曲がるのかい?」
私の口調はおかしかったか?不気味だったか?
後ろの二人は未だ意思を表示しない。
仕方ないのでもう一度聞いた。
「…どうするんだい?
真っ直ぐかい?曲がるのかい?」
バックミラーで二人をチラリと見た。
幼女はこれでもかというくらい青い顔をしていた。
タクシーはのろのろと交差点の中心まで距離を伸ばしていた。
ショートのコとバッチリ目があった。
そして数秒睨めっこが続き…彼女の目が緩んだ。
そうして申し訳なさそうに言った。
「…スイマセン…じゃあ右折で…」
「かしこまりました」
再び視界を前に戻そうとする私をショートが遮って言った。
「右折した数10M行ったところに、」
「はあ」
「コンビニがあるのでそこで」
何故だか彼女の視線から逃れられない。
前から光りが迫っている。けたたましい音とともに。大型トラックが直進してきている。
しかし私の目は、バックミラーの中の彼女の目から背けることができない。
ふと、私の目は彼女の横の動きを捕えていた。
顔が青い。それは例えなどではなく、異様な青さ。
言うなれば全身の血液が抜かれたかのごとく。
幼女は…、うなだれてた首を起こそうとして顎を持ち上げた。
その時。
首はあらぬ動きを見せた。真後ろにグニャリと折れ曲がったのだ。
暗いバックシートをよく見ると全身潰されたかのように手足があらぬ方向へ折りたたまれていた。
幼女はまだ首をグニャグニャさせて言った。
「見えない、見えないよ。お姉ちゃん」
「ほら、首しっかりして見なさい。あなたを轢いたのはこの運転手なの?ねえ、"アキコ"?」
THE END
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